私は彼のメイド人形

満月丸

文字の大きさ
上 下
20 / 119

20

しおりを挟む

部屋に入って早々、ラクルはメイド人形に殴りかかった。
しかし殴られてもメイドはなんともなく、ただじっとラクルを見つめている。

「なんで俺の邪魔をしたっ!?」
「・・・」
「答えろ糞人形がっ!!場合によっちゃこのままゴミ捨て場に捨ててやるぞっ!!」

髪を掴み、上から睨め付けるも、メイドはひっそりとしたまま、ただ見つめているだけ。それにラクルはますます苛立った様子で、人形に暴力を振るう。

「くそっくそっ!!ちくしょうっ!!どうせお前も一緒なんだろ!?お前も、あいつらも!!どいつもこいつも俺を見下して馬鹿にして、嗤ってやがるんだっ!!生まれてこなきゃ良かったってそう思ってるんだろう!あぁっ!?」

ガツン、と殴り倒せば、人形は壊れたように床に倒れ、頭が転がった。何も言わぬそれは、本当に人形のようだ。
はぁはぁ、と息荒く叫び散らしたラクルは、それでも憤懣やるかたない様子で人形の髪を引っ掴んで、その顔を覗き込む。

「言え・・・!なんで俺の邪魔をした!?」
「・・・・・・・・・ラクル様は、パトリックを殺すようご命令されましたでしょう?」
「そうだっ!!あいつをあそこで殺しちまえばよかったんだ!!お前の力があればできるだろう!!」
「ええ、可能です。ですが、それは悪手です」

ドラゴンすら仕留めるこの人形ならば、パトリックも殺せるだろう。あのグランだって自分を馬鹿にしている貴族連中だって、皆殺しに出来る。
茹だる思考の儘に気づけば、後は簡単だ。それを命じれば良かった。
だが、人形はそれを拒否した。それに、ラクルはこれ以上も無く、傷付いていた。

「お前は俺の人形だ!俺の言うことだけを聞いてりゃいいんだよ!!なのに、なんで・・・なんでお前まで俺の言うことを聞かないんだっ!!」
「・・・ラクル様が投獄される未来は、望んではおりません」
「知ったことか!どうせ俺が牢に入っても悲しむ奴なんか一人も居ない・・・じゃあ殺しちまえばいいんだよ!あいつを、第二王妃を・・・あいつらをっ・・・!!」

ラクルは、自身でも気づかぬ様相で、叫ぶ。

「母上とメアリを殺したあんな連中!!皆殺しにしちまえば良かったんだっ!!!」

言い放った。

・・・それに、人形は目を細める。
彼女は、気づいたのだ。主人の心の内が。

彼の心はきっと、あの日、乳母が死んだ時から・・・何も変わっていないのだと、人形は察した。

「・・・ラクル様」

人形は、口を開く。
その瞳は静かに、しかし確かな輝きを秘めて。

「メアリさんは、そのようなことを望んでいませんよ」
「っ!?」
「彼女を殺した連中は、許せないでしょう。・・・けれども、それだけで終えてはいけません。貴方の人生を、復讐のためだけで終わらせてはいけません」
「・・・う、うるさい、うるさいっ!!もう喋るなっ!!」

頭を投げ捨てる。転がる人形の首は、ひたむきに彼を見つめている。

「貴方の人生は、貴方だけのもの。それを死者に明け渡してはなりません。貴方は貴方の母上の、お人形ではないでしょう?」


――王になりなさい、ラクル
――私を馬鹿にした連中を、見返してやりなさい・・・


耳の奥で木霊する、母の声。
未だに彼を束縛する、亡霊の声だ。

それに首を振って、ラクルは叫ぶ。否定するように。

「俺は・・・俺は、自分の意思で王になるんだ・・・!そうだ、俺がそう望んだんだ!母上の為じゃ・・・」
「逃げてはなりません、坊っちゃん」
「違うっ!!これは俺の意思だ!!俺は自分の意思で王になる!そしてパトリックと第二王妃を殺して、全ての連中を見返してやるんだっ!!そうじゃなきゃ・・・そうじゃなきゃ、誰からも愛されない俺の人生なんてなんの意味も価値も無いんだよっ!!」

それは、子供の癇癪だった。
心の奥底、冷静な自分が今の自分をそう評し、それでもラクルは叫ぶしか無い。耳を塞ぎ、小さな子供の我が儘の如く、目を瞑ることしか出来ない。

・・・息荒く黙り込んだラクルを見上げ、人形はただ、静かに口を開く。

「・・・それが、貴方の望みなのですね」

人形は、かつての乳母のような黒い瞳で、ただ彼を見つめる。

「ならば、宜しい。私は貴方の仰せのままに、動きましょう。ですが」

彼女は、静かに告げた。

「たとえ何があろうと、私だけは、貴方の味方ですよ。坊っちゃん」

・・・・・・・・・その言葉に、ラクルは何も言わず、ただ俯いて顔を歪めた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...