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しおりを挟む部屋に入って早々、ラクルはメイド人形に殴りかかった。
しかし殴られてもメイドはなんともなく、ただじっとラクルを見つめている。
「なんで俺の邪魔をしたっ!?」
「・・・」
「答えろ糞人形がっ!!場合によっちゃこのままゴミ捨て場に捨ててやるぞっ!!」
髪を掴み、上から睨め付けるも、メイドはひっそりとしたまま、ただ見つめているだけ。それにラクルはますます苛立った様子で、人形に暴力を振るう。
「くそっくそっ!!ちくしょうっ!!どうせお前も一緒なんだろ!?お前も、あいつらも!!どいつもこいつも俺を見下して馬鹿にして、嗤ってやがるんだっ!!生まれてこなきゃ良かったってそう思ってるんだろう!あぁっ!?」
ガツン、と殴り倒せば、人形は壊れたように床に倒れ、頭が転がった。何も言わぬそれは、本当に人形のようだ。
はぁはぁ、と息荒く叫び散らしたラクルは、それでも憤懣やるかたない様子で人形の髪を引っ掴んで、その顔を覗き込む。
「言え・・・!なんで俺の邪魔をした!?」
「・・・・・・・・・ラクル様は、パトリックを殺すようご命令されましたでしょう?」
「そうだっ!!あいつをあそこで殺しちまえばよかったんだ!!お前の力があればできるだろう!!」
「ええ、可能です。ですが、それは悪手です」
ドラゴンすら仕留めるこの人形ならば、パトリックも殺せるだろう。あのグランだって自分を馬鹿にしている貴族連中だって、皆殺しに出来る。
茹だる思考の儘に気づけば、後は簡単だ。それを命じれば良かった。
だが、人形はそれを拒否した。それに、ラクルはこれ以上も無く、傷付いていた。
「お前は俺の人形だ!俺の言うことだけを聞いてりゃいいんだよ!!なのに、なんで・・・なんでお前まで俺の言うことを聞かないんだっ!!」
「・・・ラクル様が投獄される未来は、望んではおりません」
「知ったことか!どうせ俺が牢に入っても悲しむ奴なんか一人も居ない・・・じゃあ殺しちまえばいいんだよ!あいつを、第二王妃を・・・あいつらをっ・・・!!」
ラクルは、自身でも気づかぬ様相で、叫ぶ。
「母上とメアリを殺したあんな連中!!皆殺しにしちまえば良かったんだっ!!!」
言い放った。
・・・それに、人形は目を細める。
彼女は、気づいたのだ。主人の心の内が。
彼の心はきっと、あの日、乳母が死んだ時から・・・何も変わっていないのだと、人形は察した。
「・・・ラクル様」
人形は、口を開く。
その瞳は静かに、しかし確かな輝きを秘めて。
「メアリさんは、そのようなことを望んでいませんよ」
「っ!?」
「彼女を殺した連中は、許せないでしょう。・・・けれども、それだけで終えてはいけません。貴方の人生を、復讐のためだけで終わらせてはいけません」
「・・・う、うるさい、うるさいっ!!もう喋るなっ!!」
頭を投げ捨てる。転がる人形の首は、ひたむきに彼を見つめている。
「貴方の人生は、貴方だけのもの。それを死者に明け渡してはなりません。貴方は貴方の母上の、お人形ではないでしょう?」
――王になりなさい、ラクル
――私を馬鹿にした連中を、見返してやりなさい・・・
耳の奥で木霊する、母の声。
未だに彼を束縛する、亡霊の声だ。
それに首を振って、ラクルは叫ぶ。否定するように。
「俺は・・・俺は、自分の意思で王になるんだ・・・!そうだ、俺がそう望んだんだ!母上の為じゃ・・・」
「逃げてはなりません、坊っちゃん」
「違うっ!!これは俺の意思だ!!俺は自分の意思で王になる!そしてパトリックと第二王妃を殺して、全ての連中を見返してやるんだっ!!そうじゃなきゃ・・・そうじゃなきゃ、誰からも愛されない俺の人生なんてなんの意味も価値も無いんだよっ!!」
それは、子供の癇癪だった。
心の奥底、冷静な自分が今の自分をそう評し、それでもラクルは叫ぶしか無い。耳を塞ぎ、小さな子供の我が儘の如く、目を瞑ることしか出来ない。
・・・息荒く黙り込んだラクルを見上げ、人形はただ、静かに口を開く。
「・・・それが、貴方の望みなのですね」
人形は、かつての乳母のような黒い瞳で、ただ彼を見つめる。
「ならば、宜しい。私は貴方の仰せのままに、動きましょう。ですが」
彼女は、静かに告げた。
「たとえ何があろうと、私だけは、貴方の味方ですよ。坊っちゃん」
・・・・・・・・・その言葉に、ラクルは何も言わず、ただ俯いて顔を歪めた。
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