私は彼のメイド人形

満月丸

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「ラクル様、本日の掃除中にこのようなものが」

そう言い、人形メイドはラクルへある物を差し出した。
まだまだぎこちないニコライへ上着を脱がせつつ、ラクルは眉を潜めてそれを見た。

「なんだ、その薄汚い紙は」
「ラクル様のお爺様の書斎にて見つけました」
「・・・なに?」

出てきた名前に、ラクルはますます眉を上げる。
かつて、このイズレルカ家の当主は祖父であったのだが、彼が没した後、この家はラクルの所有物にはなったのだが、手入れされることも無く廃墟同然に成り下がっていた。かつては栄華を極め、何十人もの使用人が居たここも、今では一人の使用人と人形が一つだけ。
しかし、ラクルの記憶では、亡き母と祖父の仲はあまり良くなかったと記憶しているが・・・とはいえ、実際に会ったことはないので、真偽の程はわからない。

「貸せ」

ピッ、と手紙を取り上げ、斜め読みする。
・・・だんだんと眉を顰め、ラクルは鼻で笑った。

「・・・ふん、老いぼれの罪悪感か」
「ラクル様のお爺様は、お母上に負い目が御座いましたか?」
「その通りだ。母上が王宮に召し上げられる際、祖父はたいそう反対したらしい。母上は父が王子だった時代に関係を持ったらしいが…最終的に、怒れる祖父は母を追い出し、疎遠となった・・・らしいな」
「なるほど、勘当して追い出された娘への謝罪のお手紙でしたか」

したり顔で宣う人形へ、ラクルはうさんくさい目を向けた。

「しかし、これを何処で見つけた?お爺様の書斎だと?必要な書類はほとんど国かヘッセムが持って行ったはずだが・・・」
「書斎の引き出しに入っておりました」

その物言いに、ラクルは思わず渋面を作った。

「王め、これを握り潰したな」
「国王が?」
「当時、お爺様は王都にまでやってきたアモラ風邪に対して、王から対処を要請されたんだとよ。しかし試みた政策が失敗し、多額の賠償金を抱え込んだそうだ。そのせいでイズレルカ家が没落、と同時にそのままお爺様もアモラ風邪によって亡くなったんだ。もしお爺様が立ち直っているか、勘当されてた母上が戻ってさえいれば、イズレルカ家が潰れることも無かったかもしれん。王はそれを嫌がったのかもな・・・あの男は、セグナートの泥棒猫にベッタリだったから」
「それで、未開封の封筒が送り返されたわけですか」
「みたいだな。・・・結果、イズレルカ家は没落と同時に、所有していた領地全てが借金として売られた・・・母上は、王家の避暑地である辺境に追いやられ、その時の使用人は着いて来たが、それ以外は俺は知らん。家財が売られず、この手紙が残っていたのは幸運だ」

実の父親への物言いには棘がある。実際、ラクルは王を父とは見なしていない。血は繋がっているが、第二王妃へ献身的な姿に、ラクルとしては不信感の方が強いのだ。

「それとも、俺と母上が死ぬとわかっていたから、渡さなかったのかもな」

第一王妃の暗殺劇について、国の上層部を密かに揺らがした大事件ではあった。しかし、ラクルは王もまた例の事件に関わっていると信じている。第二王妃の計略に、あの男も噛んでいるのだ、と。
それに、メイドはしばし黙する。

「第一王妃を殺めた男達は、いったい何者なのでしょうか」
「・・・俺が知りたいくらいだ。大方、あの泥棒猫の差し金だろう。仮にも王位継承権は俺の方が高い・・・そうだ、まだ俺の方が高い。だから、自分の息子を王にするため、母上ともども亡き者としたかったんだろう・・・糞が」

小さく毒づく。
自然、フラッシュバックするのはかつての光景。
自身を庇いながら、胸から剣を生やした・・・、

「・・・ちっ!」

嫌なことを思い出した、とラクルは首を振る。あのときの事は、未だに夢に見ることもあるほどに。だから極力、思い出さないようにしてきた。…今ではもう、彼女の顔すら思い出せない。

「大丈夫ですか」

ふ、と、気づけばハンカチで顔を拭われた。はっと見れば、メイド人形はいつもの鉄面皮でラクルの汗を拭っていたのだ。
自身の顔色が最悪なのだろう、と察し、ラクルは思わず手を振り払う。

「お前のせいでいらん事まで思い出した・・・くそっ、どうしてくれる?この木偶人形」
「申し訳ございません」
「貴様には罰を与えてやる。明日の朝食にはドラゴンの肉を出せ」
「・・・ドラゴン?」

止まるメイドに、ラクルはニヤッと人の悪い笑みを浮かべる。

「そうだ、ドラゴン。北の山脈に連中の巣があるという。それを狩ってこい」

ラクルは、下々の者へ無理難題を押しつけ、慌てふためく姿が好きなのだ。しかしこのメイド、どんな注文にも眉一つ動かさずに頷き、こなしてしまう。だから、悪ふざけも兼ねて命じてみた。
頭でも下げて許しを請えば許してやる、と思っていたところ、

「分かりましたラクル様」

なんと、メイドはいつも通りに受けてしまうのである。
予想外のそれに、ちょっとラクルは焦った。

「・・・おい、ドラゴンだぞ?わかっているのか?貴様なんぞ一踏みで壊せてしまえる怪物だぞ?」
「ええ、火を噴く恐ろしい存在なのは承知しております。ですが、ご安心下さい」

メイド人形は、鉄壁の無表情で胸を張った。

「全力を尽くしてドラゴンを狩って参ります。必ずや、朝までには戻りますので」
「あ、ああ・・・」

予想外な流れに、今更「やっぱなし」とは言えず、有耶無耶のまま話は終わった。

(本当に大丈夫だと思ってんのか?)

とはいえ、メイド人形はラクルの触媒だ。どこへいようと一瞬で手元まで転移させられるので、まあ好きにやらせるか、とため息まじりにそう思う。

・・・で、翌日。

「お待たせいたしました」

朝食の食卓には、紛うことなきドラゴンステーキが乗っており、ラクルは思わず変な声を上げたのであった。

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