私は彼のメイド人形

満月丸

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 さて、夜の平原に来ました。私の視界は夜目が効くようでして、月のない夜でも苦もなく見渡すことが出来ます。
主要道路からやや外れた大岩の上で、望遠鏡のように視界をズームアップしていれば、見つけましたよゴブリン。
二匹のはぐれでしょう。緑色で捻じくれた身体、大きな鼻、鋭い牙、あんまり知性があるように見えない顔。
では、私は見つからないように四つん這いで素早く移動します。身体が軽いので音はほとんど立てません。よくて草がカサカサ言う程度ですね。あれ、音といい動きといいゴキブリかな?
二匹は動物を狩っていたのでしょう。ウサギらしき動物をシメているところでした。そっちに夢中で周囲に注意を向けていません。
身軽に近づき、私は獲物を取り出します。
そう、獲物。
メイドが持つ武器といえば、箒!ハタキ!あとナイフ!
なので、持ってきたのは箒です。長物は重要ですから。
そのまま背後から音もなく近づき、私は襲いかかりました。

おーい野球しようぜ―!お前ボールな!

「グギャァッ!?」

ゴブリンの聞くに堪えない声。襲撃に気づいたもう一匹がこちらを見ますが、手に持つのは棍棒。その程度の代物、私を壊すには至りませんよ。
ゴブリンが武器を振るって迫るも、私は自分で驚くほどの素早い身のこなしで避け、ステップを踏むように肉薄し、獲物を振り下ろします。
今度は全力全開!

「ゲグァッ!?」

思った以上の一撃だったらしく、相手の頭がトマトみたいにパーンッと吹き飛びました。えぇ…。
ちょ、ちょっとやりすぎましたかね…うわぁ、グロい。返り血がかかってしまいましたよ。血は青色ですけどね。
と、ともあれ。
血が着いた箒をゴブリンの汚らしい布で拭いつつ、気絶していたもう一匹もシメて、必要な部位を持ち帰りましょう。ええと、大振りの包丁を出して、持ってきた本をかばんから取り出し、参考にしながら削ぎましょう。

全部取りきると、なかなかの量になりました。残ったゴブリンは骨と皮だけですが、これは野生の動物たちが始末してくれるでしょう。
私は戦利品を風呂敷みたいに包んで、帰ることにします。あの城壁、上り下りするの面倒くさいですねぇ。ロープでも用意しておきましょうか?

で、翌朝。

返り血を浴びたメイド服を洗い、この屋敷の備品らしい埃まみれのメイド服を着込んで、朝の支度をしました。


「………なんだ、これは」

おや、お皿をテーブルに出せば、ラクル様は引きつってます。
料理本のレシピを元に味付けしたゴブリンステーキです。どうです、美味しそうでしょう?

「なんでゴブリン肉がありやがるんだ!?お前、勝手に買ってきたのか!?」

買ってきたんじゃありません、狩ってきたのです。

「同じだ!?」

違いますって。

…と、
なんやかんやありましたが、とりあえず根気強く説明することで誤解は解けました。なので、坊っちゃんは冷え切ったゴブリン肉を食べることに。だから早く食べないと美味しくありませんのにねぇ。
しかし、緑色の肉って美味しいんでしょうか?私は人形なので物は食べられません。喉の空洞とか無いんですよね、このボディ。
ですが、ラクル様のご要望をこなしたので、今日の朝食はパーフェクトなジョブに違いありません。

「ふん!魔物を一人で狩れるっていうんなら、明日も同じ物を用意しろよ」

え、マジですか?

「なんだ?俺に楯突くつもりか?」

ニヤッと悪役スマイルが似合う方です。
あーはいはい、わかりましたよご主人さま。今晩も狩ってきます。あ、それじゃあ屋敷の中で使えそうな物を持っていってもいいですか?

「好きにしろ」

よし、言質は取りましたよ。
ともあれ、ラクル様が朝ごはんを食べている間に、今日のお仕事をしましょうか。


 今日も朝は洗濯から始まります。部屋一室の洗濯物はまだまだありますからね。それと、ラクル様が脱ぎ捨てた衣服…本当に生活力皆無ですね。まあ王族ですし。今までどうやって生きてきたんでしょう?
それらをぽいぽいっと籠に突っ込み、腐海の山の衣類も突っ込み、裏庭までうんせこらせっと運びまして、井戸の桶を放り込んでからガラガラガラーっと滑車で引き上げて水を汲みます。全ての動作が軽やかで、まるでどれほど重いものを持っても楽ちんです。あら凄い。

この世界にはヌカの実というものがありましてね、いい匂いがするだけで身は不味いらしく、その汁を水に溶かすと衣服の匂いが爽やかになるのです。と、メアリさんが言ってました。そのメイドのお知恵を拝借しつつ、乾燥しきってたヌカの実を握力でゴシャァッ!し、その皮や身を桶に付けておくと、あら不思議。仄かなミントみたいな香りが。しかし、これって消毒になるんですかね。なりませんよね、やっぱり。しかし洗剤も石鹸も存在しないようなので、手もみ洗いとこれで我慢してもらいましょう。丹念にやらないと。手抜きは厳禁です。
しかし、石鹸が無いということは、バイ菌という概念もなさそうですね。治癒魔法なんてセーレみたいな一部しか使えない以上、病や怪我ってかなりハイリスクなのでは。ま、私は人形なので関係ありませんけど。

そんな事を考えながら、脅威の手捌きバサササーっと洗濯をこなしていきます。ふむ、今日も洗濯場は満杯ですね。これ以上は干せないので、残りはまた後日。…まだ三分の一残ってるんですよねぇ。坊っちゃん、どんだけ洗濯嫌いなんですか。いえ、気持ちはわかりますけど。
服の物持ちが良すぎるのも問題ですねぇと思いつつ、午後の仕事を考えますか。昨日は外観の美化でしたので、内装の使用している場所を重点的にやりましょうか。このお屋敷、坊っちゃんが使っていない場所はほとんど手つかずで埃まみれなので、そっちはまあ、ぼちぼちやりましょう。

 掃除用具を適当に発掘してから、まずはキッチンから初めます。うわぁ、ホコリだらけ。オーブンは特に入念にやりましょうか。しかし薪は…うわ、隣のツボが割れて水漏れしてます。ううん、そのせいで薪がちょい湿気ってますかね?仕方がないので外に干しておきましょう。お天道様は今日もごきげんなので、天日干しすれば使えるようになるでしょう、たぶん。
真っ白な机を雑巾使ってキュッキュッキューとやれば、黒い埃があっという間に。あらあら。これは時間がかかりますね。ああそうだ、まずは天井付近からやりましょうか。
そんな感じで、キッチンの窓という窓を全開にしてから、天井の蜘蛛の巣や戸棚の埃をハタキで叩き落とし、雑巾がけでキレイキレイ。徐々に地上に向かって掃除していけば、ホコリが落ちてくることもありません。最後は床のゴミを全て除去すれば、あら綺麗なキッチンがこんにちわしてきます。
ふう、いい仕事しましたね。さすが私、という自画自賛。お掃除は好きなんですよ、こう見えても。

…と、そこで思いついて、使える薪を確認後、食料庫を覗いて材料を探します。この袋は小麦ですかね…この変な果物はなんでしょう。フルーツ?甘そうな香りなので、たぶん甘いでしょう、おそらく。
材料を机に乗せて、いざやるぞ!と思ったんですが、そこで気づきました。
私、埃で真っ白でした。
呼吸してないのでマスクもしなかったもので、ちょっと気がつかなかったんですけど、私かなり白いです。これはいけない。慌てて裏庭に出て、メイド服を洗います。なに裸ですって?球体関節人形に恥なんてありませんよ。

「おいお前、何を…って」

あら、ラクル様。

「な、何をしてんだお前はっ!?」

何とは。普通に洗濯ですけど。

「服を着ろこの恥晒しめッ!!」

あらあら。

球体関節人形でも、今の私は人間大なので、ちょーっとラクル様にはキツイ光景だったようです。まあ人形でも人は発情できるのですから相手が球体関節でも気にしない人は気にしないですよね。ああ、つまり坊っちゃんって人形フェチ…。

「…なんだその目は。何が言いたい?」

いえいえ、趣味というのは人それぞれですよね、と思っていたまででして。

「壊すぞこの駄人形が」

怒られてしまいました。てへっ☆

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