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最終章 世界で一番不運で幸福な夏休み
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9時。
喫茶店を出て3人で図書館に向かう道中、先ほどの真面目な話と打って変わり、取り留めのない雑談を交わしていた。
例えば――。
灯里の場合。
来夏の400メートルリレーや全中陸上でのリベンジを誓っており、また、引退した先輩の中で特に親交の深い先輩に、個別にプレゼントを贈るサプライズをしたようで、話す途中で涙ぐんでいる姿が印象的だった。
嬉しそうに、寂しそうだった。
栞菜の場合。
先週の駿台予備校の全国模試で実力を発揮できなかったと悔しがっており、10月末にある東進ハイスクールの全国統一中学生テストへの意気込みを熱く語っていた。
語る最中、時々遠い目をしている姿が印象的だった。”将来の進路”を見据えていたのかもしれない。
俺の場合。
俺の夏休みの日記が400字詰め原稿用紙で100枚分を越えたことを話した。灯里も栞菜も、自分とは別格の人間であると羨望の眼差しを俺に向け、担当教員を憐れむといった回りくどい誉め言葉を羅列したのであった。
栞菜から日記(ダイアリー)の暴力――ダイハラ(ダイアリー・ハラスメント)と言われたのが印象的だった。
そんな中、ふと――こんな雑談をした。
次に願い事を叶えられるとしたら、どうする――?
「たしかルールあったよな。なんだったっけ?」
「えぇとぉ……単発で済んでぇ、かつ個人にとどまるものだったかなぁ」
「そんな感じでいいんじゃない? 次も同じルールなのか分からないしさ」
俺たちは互いに話し出す。
「俺ちょうど欲しいヤツあってよ~、ニュータイプの自転車が販売されたみたいで、”それをプレゼントしてくれ”って願うぜ!」
「あぁなるほど、サンタクロース的な感じで願うわけね」
「なかなかいい着眼点じゃなぁい? うーん、うまいッ」
「へへへッ、さすがに2回目ともなればベテランだぜッ」
強がる俺は胸を張り、鼻高々な顔をする。
「灯里もちょっと似てるけどぉ、運動靴の修繕かなぁ。”傷んだ箇所の修繕”を希望するわぁ」
「ん? 新調じゃなくていいのか?」
「思い出が沢山詰まってるからねぇ。サイズ的に履けなくなったらしょうがないけどねぇ」
「まあ、“買う”よりかは“直す”方がハードルは高い場合があるものね」
「なるほどな~、一理あるッ!」
「えへへぇ。まあ、鍛錬と辛酸の日々が失われちゃうようで複雑だけどねぇ。実際にそう願うかは分からないやぁ」
灯里は照れたように顔を赤らめ、頬を掻く。
「私は――」
栞菜は眼鏡をクイッと上げる。
「神獣の――”アナタたちの日常や能力を教えてほしい”……かな」
俺と灯里は顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「……強欲だな~」「……ちゃっかりしてるわねぇ」
「な、べ、別にいいでしょ~ッ!?」
栞菜は恥ずかしそうに顔をそむける。
「へへっ、わりぃわりぃ」「冗談だよぉ」
“願い”――というよりかは“目標”に向かって静かに歩み始めた心の友を誇りに思うあまり、からかってしまった。
素直になれないお年頃なのだ、許せ。
「一番は、”これから名を呼んだときに姿を現してほしい”だけどね。持続的な願いの範疇に含まれそうだし……あ」
栞菜がそう言っている間、とある場所に注目した。
「どうかしたか?」「んぅ?」
俺と灯里も、栞菜の視線の先を追うと――。
「…………」
「…………」
「…………」
見覚えのある段ボール箱が、道路脇に捨てられていた。
「…………」「…………」「…………」
俺たち3人は黙って、それに近づいた。
――クゥゥン。
小犬がそこにいた。
“今度”は比較的元気な小犬がいた。
俺たち3人は顔を見合わせる。
「…………フッ」「…………だねぇ」「…………うん」
俺たち3人は言わずとも互いに動いた。
図書館に行く時間を少し遅らせて、段ボール箱ごと動かして日陰のある安全な場所に連れて行く。
水を飲ませ、小犬を落ち着かせる。
ここまで最低限の会話で行った俺たちは、もう阿吽の呼吸で繋がっていた。
2度目はベテランーーここにも掛かるとはな。
「明日の始業式のあと、ここに集合しようかぁ。今日帰宅したらパパとママに聞いてみるぅ」
「うん、ありがとね」
「また世話になっちまうな」
気にしないでと手を振る灯里。
えー、ゴホンッ。
「――さて、じゃあ名前だな」「ええ、名前ねぇ」「うん、名前だね」
俺と灯里と栞菜は顔を見合わせる。
「……いいか?」と、公平を期すために確認を取る俺。
「……問題なしぃ」と、胸を張り、腕を組む灯里。
「……当然」と、眼鏡をクイッと上げる栞菜。
――じゃあ、言うか。
“既に考えていたとばかりに”、俺たちは同時にそれを言った。
「「「せーのッ! 」」」
3人の声が朝の晴天に木霊した。
ここで今回の物語は終わりとさせていただこう。
俺たち3人の波瀾万丈な日々や他に類を見ない大事件が続くわけだが、それはまた別の話。
まあ、俺のIQ5000の高度な頭脳で万事解決に向かったが、今回の本筋からは外れてしまうのが残念だ。
別の“日記”で語るとしよう。シーズン2を楽しみにしていたまえ。
そうだな。
余談ではあるが、俺たちの夏休みの課題は無事に完遂したことは伝えておこう。
俺と慶太の擦れ違いもすぐには改善しなかったのは、恥ずかしながら事実である。
これについては栞菜に伝えた通り、“今すぐ解消しなければならない”というわけではない、というヤツだ。
長い目で見て生きて行こうと思う。気楽に行こうぜ。
さて。
以上が――。
世界で一番幸運で不幸な男――足立克樹の、世界で一番不運で幸福な夏休みである。
完
喫茶店を出て3人で図書館に向かう道中、先ほどの真面目な話と打って変わり、取り留めのない雑談を交わしていた。
例えば――。
灯里の場合。
来夏の400メートルリレーや全中陸上でのリベンジを誓っており、また、引退した先輩の中で特に親交の深い先輩に、個別にプレゼントを贈るサプライズをしたようで、話す途中で涙ぐんでいる姿が印象的だった。
嬉しそうに、寂しそうだった。
栞菜の場合。
先週の駿台予備校の全国模試で実力を発揮できなかったと悔しがっており、10月末にある東進ハイスクールの全国統一中学生テストへの意気込みを熱く語っていた。
語る最中、時々遠い目をしている姿が印象的だった。”将来の進路”を見据えていたのかもしれない。
俺の場合。
俺の夏休みの日記が400字詰め原稿用紙で100枚分を越えたことを話した。灯里も栞菜も、自分とは別格の人間であると羨望の眼差しを俺に向け、担当教員を憐れむといった回りくどい誉め言葉を羅列したのであった。
栞菜から日記(ダイアリー)の暴力――ダイハラ(ダイアリー・ハラスメント)と言われたのが印象的だった。
そんな中、ふと――こんな雑談をした。
次に願い事を叶えられるとしたら、どうする――?
「たしかルールあったよな。なんだったっけ?」
「えぇとぉ……単発で済んでぇ、かつ個人にとどまるものだったかなぁ」
「そんな感じでいいんじゃない? 次も同じルールなのか分からないしさ」
俺たちは互いに話し出す。
「俺ちょうど欲しいヤツあってよ~、ニュータイプの自転車が販売されたみたいで、”それをプレゼントしてくれ”って願うぜ!」
「あぁなるほど、サンタクロース的な感じで願うわけね」
「なかなかいい着眼点じゃなぁい? うーん、うまいッ」
「へへへッ、さすがに2回目ともなればベテランだぜッ」
強がる俺は胸を張り、鼻高々な顔をする。
「灯里もちょっと似てるけどぉ、運動靴の修繕かなぁ。”傷んだ箇所の修繕”を希望するわぁ」
「ん? 新調じゃなくていいのか?」
「思い出が沢山詰まってるからねぇ。サイズ的に履けなくなったらしょうがないけどねぇ」
「まあ、“買う”よりかは“直す”方がハードルは高い場合があるものね」
「なるほどな~、一理あるッ!」
「えへへぇ。まあ、鍛錬と辛酸の日々が失われちゃうようで複雑だけどねぇ。実際にそう願うかは分からないやぁ」
灯里は照れたように顔を赤らめ、頬を掻く。
「私は――」
栞菜は眼鏡をクイッと上げる。
「神獣の――”アナタたちの日常や能力を教えてほしい”……かな」
俺と灯里は顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「……強欲だな~」「……ちゃっかりしてるわねぇ」
「な、べ、別にいいでしょ~ッ!?」
栞菜は恥ずかしそうに顔をそむける。
「へへっ、わりぃわりぃ」「冗談だよぉ」
“願い”――というよりかは“目標”に向かって静かに歩み始めた心の友を誇りに思うあまり、からかってしまった。
素直になれないお年頃なのだ、許せ。
「一番は、”これから名を呼んだときに姿を現してほしい”だけどね。持続的な願いの範疇に含まれそうだし……あ」
栞菜がそう言っている間、とある場所に注目した。
「どうかしたか?」「んぅ?」
俺と灯里も、栞菜の視線の先を追うと――。
「…………」
「…………」
「…………」
見覚えのある段ボール箱が、道路脇に捨てられていた。
「…………」「…………」「…………」
俺たち3人は黙って、それに近づいた。
――クゥゥン。
小犬がそこにいた。
“今度”は比較的元気な小犬がいた。
俺たち3人は顔を見合わせる。
「…………フッ」「…………だねぇ」「…………うん」
俺たち3人は言わずとも互いに動いた。
図書館に行く時間を少し遅らせて、段ボール箱ごと動かして日陰のある安全な場所に連れて行く。
水を飲ませ、小犬を落ち着かせる。
ここまで最低限の会話で行った俺たちは、もう阿吽の呼吸で繋がっていた。
2度目はベテランーーここにも掛かるとはな。
「明日の始業式のあと、ここに集合しようかぁ。今日帰宅したらパパとママに聞いてみるぅ」
「うん、ありがとね」
「また世話になっちまうな」
気にしないでと手を振る灯里。
えー、ゴホンッ。
「――さて、じゃあ名前だな」「ええ、名前ねぇ」「うん、名前だね」
俺と灯里と栞菜は顔を見合わせる。
「……いいか?」と、公平を期すために確認を取る俺。
「……問題なしぃ」と、胸を張り、腕を組む灯里。
「……当然」と、眼鏡をクイッと上げる栞菜。
――じゃあ、言うか。
“既に考えていたとばかりに”、俺たちは同時にそれを言った。
「「「せーのッ! 」」」
3人の声が朝の晴天に木霊した。
ここで今回の物語は終わりとさせていただこう。
俺たち3人の波瀾万丈な日々や他に類を見ない大事件が続くわけだが、それはまた別の話。
まあ、俺のIQ5000の高度な頭脳で万事解決に向かったが、今回の本筋からは外れてしまうのが残念だ。
別の“日記”で語るとしよう。シーズン2を楽しみにしていたまえ。
そうだな。
余談ではあるが、俺たちの夏休みの課題は無事に完遂したことは伝えておこう。
俺と慶太の擦れ違いもすぐには改善しなかったのは、恥ずかしながら事実である。
これについては栞菜に伝えた通り、“今すぐ解消しなければならない”というわけではない、というヤツだ。
長い目で見て生きて行こうと思う。気楽に行こうぜ。
さて。
以上が――。
世界で一番幸運で不幸な男――足立克樹の、世界で一番不運で幸福な夏休みである。
完
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