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第2章 驚天動地(その1)

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『この町には現代では廃れつつある犬神信仰があったのです。その歴史は古く、平安時代末期に源頼政という武将が討ち取った大妖怪――鵺の死体が4つに裂け、各地に飛び散り、一つひとつが”犬神”となりました。私はそのうちの1柱から神通力を分け与えられた、末端的存在であり――』

「は?」「へぇ?」「ほ?」
 俺たちは“女”から説明を受けるが訳が分からず顔を見合わせる。

「――難しい話は置いておいてよ、結局俺たちが集められた理由って何なんだ? お礼をしたいってどういうことなんだ?」
「感謝されることは嬉しいですけど……こんな真夜中に呼び出す必要はあったんですか?」
「明日も部活なのでぇ、帰ってもいいですかぁ? ママに外出がバレると怒られちゃうしぃ」
 俺たち3人の冷静な反応が予想外だったようで、”女”はオロオロと慌てだす。

『は、はいッ。えぇと……結論を申し上げますと、紆余曲折あって失われていた私の神通力が戻ったのは、皆さんの献身的なお世話が“信仰”となって私の力の源になったんですッ。夜になっちゃったのは、ごめんなさいッ。今晩が一番力が出るのでッ。そ、それと、私の神通力でご両親……というか、ご家族の方々には戻るまで分からないようになってるから、安心してッ』
 ”女”は俺たちのせっかちな様子に押され、説明を掻い摘んでくれた。中学生に長話は難しい。

 俺はその熱意に免じて、しっかり話を聞くことにした。
「わ、分かった。落ち着けって、話を聞くからッ」
 俺は背伸びをして手を伸ばし、“女”の肩を叩く。
『は、はひッ』

「…………」「…………」
 栞菜と灯里が顔を見合わせる。
 不安な表情だった彼女たちも、“女”の動揺っぷりに気持ちが解れたようで表情が和らいだ。

「……まあ、色々腑に落ちないけれど、アナタからの御礼を受け取れば私たちは元の生活に戻れるということね」
 栞菜は眼鏡を掛け直す。
「じゃあ、ちゃちゃっとやっちゃいましょぅ」
 灯里は柔軟運動をして身体を目覚めさせていた。

『う、うんッ!』
 “女”はパァッと明るい笑顔を浮かべる。



「――つーか、お前のことはなんて呼べばいいんだ?」
『え?』

「さすがに元小犬といっても見た目が成人女性に向かって、“ブラックダークネスシャドウ”と呼ぶのは……気が引けるんだ」
 栞菜と灯里も頷く。
「たしかに……早太郎と呼ぶのは……」「“ろっくん”は“ろっくん”だから”ろっくん”て名前だし……」
 ふと俺たちは“女”を見る。

『え? え? なに?』


「……お前って、メスだったのか?」


『あっ、あー。えぇと、話すと長くなるので、簡潔に言うと、人間として顕現したときは“女”になります。性別は両方備えてると思ってもらって……大丈夫ッ、うんッ』
 “女”はグッと親指を立てる。

「そ、そうなんだ……」「なんだか、灯里、頭痛くなっちゃったよぉ」「気をしっかり持て!」
 栞菜と灯里は非現実的な話が続くことに頭を抱えていたので、突拍子もない話にも一切動じない冷静沈着な俺がリードすることにした。

「よし、名前は“ブラッドローズワインレッド”だッ」
「ちょ、またそんなダサい名前をッ!?」「軽率すぎぃ!」

『素敵な名前をありがとうございますッ』
 “女”改め――ブラッドローズワインレッドが深々と頭を下げてお礼を言う。

「ちょ、ちょっと! 正気なの!?」「灯里はイヤだよぉッ!? カワイくないぃ~ッ!!」
 2人が拒絶するが、ブラッドローズワインレッドは気にしない様子で答える。
『そんなッ! とても素敵な名前をありがとうございますッ!』

 灯里は溜め息を吐きながら、俺を見る。
「はぁ、“親”の悪いところを継いじゃったのかなぁ~、ネーミングセンスのなさを“親”から継ぐとは」
「なるほど……栞菜、反省しろよな」
「アナタのことだよッ!?」
『そんなッ、私のために争わないでくださいッ』
「気にするな、ブラッドローズワインレッド。これは俺たちにとっては日常だ。コイツらはブラッドローズワインレッドに自ら名前を付けたかったと僻んでいるだけさ。まあ、ブラッドローズワインレッドほど、いい名前を付けれたとは思えんがな」
「却下ッ! 却下却下ッ! 絶対却下ッ!」
「……灯里、その名前、呼びたくなぁ~いッ!」

 その後も反論の雨は止まず、議論の末、最終的に“ローズ”という愛称で呼ぶことに決まった。



「――で、結局のところ、お礼ってのはどうなるんだ?」
 随分話が逸れてしまったが、俺は改めてローズに聞く。


 ……今晩だけ』


「「「願い事を叶える?」」」
 俺たちは互いに顔を見合わせる。


「……急に言われてもなぁ」
 俺は頭を掻く。願い事など、そう簡単には浮かばない。
「……俄かには信じがたいね」
 栞菜がジロリとローズに疑惑の視線を向ける。こちらはそもそも信じていないようだ。
「……ふぁ~、もう帰りたいなぁ」
 灯里が欠伸をする。彼女はすっかり興味をなくしていた。

『えっ!? そ、そんな~ッ!? 私のこの、ただ闇雲に恩人に尽くしたい奉仕の心は、どう処理すればいいのですかぁ~ッ!?』
 ローズは頭を抱えて振り回しだす。

「ちょちょッ!?」「……うわぁ」
 栞菜と灯里が後ずさりして、俺を盾にする。
「ま、まあ、こうまでして俺たちにお礼をしようと言うんだ。無下にするのは男が廃るってもんだ」

「……無理すんなぁ?」
「うっせ」
 背後から聞こえる灯里の声を消す俺。

『――ぐすんッ』
 涙目のローズが器用に俺を上目遣いで見る。
「願いを叶えてくれるってのはありがたいが、ひとまず家に帰らしてくれないか? 何をするにしても、寝間着のままだと気分がなぁ……」

『あっ、それなら……サービスしちゃいますよッ』

 ローズの目が光ると――、

「うおっ!?」「えっ!?」「あ、あれぇ??」
 俺たち3人の姿は、学校の制服に着替えられていた。

 シャツやズボン、スカートは勿論、靴下や髪型、バンダナや校章まで揃っていた。
『衣食住は人間にとって大切だと聞きましたッ。なので、これは“願い事”には含みませんので、気にしないでくださいッ、ハイ』
 ローズは平身低頭な姿勢を崩さない。

「こ、これはいったい……ッ!?」「や、やっぱり夢なんじゃぁ…………」
 栞菜と灯里が互いの制服を指差し、触り、掴み、しまいにはお互いの頬を引っ張って確かめ合っている。

「――ど、どうやら、“本物”みたいだな」
 俺が自分の制服を見回してそう結論付ける。

「し、信じないッ。非現実的すぎて、信じないッ」「目、目を覚ませ~ぇ」
 栞菜と灯里が今更、慌てふためいている。

 ――ああ、そうだ。
 コイツラ2人とも、あの“元の大型犬”を見ていないのだ。

 目を覚ませば深夜の神社に友人と謎の女がいたというだったのが、一瞬で衣服が変わるというをしていることを自覚したようだった。

 ……逆に俺がこんなに落ち着いているのが奇妙だな。

『あ、あれあれ? 喜んでくれるはずだったのに……?』
 2人のリアクションに困惑した表情を浮かべているローズに俺は言った。
「――ローズ、ありがとう。やはりいつもの服装の方がはるかに調子がいいな」

『~~~~ッッ』
 ローズは感激のあまり満面の笑みを浮かべている。

「ちょ、ちょっとちょっと! 何能天気なこと言ってるのッ!」
「な、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏~ぅ」
 栞菜には服を引っ張られ、灯里には耳元で念仏を唱えられる。

「別に、その通りだろ? 何をするにしても、現実的にも気持ち的にも動きやすい方がいいだろう? それに――事が済めば、元に戻してくれるんだろ?」
『そ、それはもちろん! 皺の数から見えない汚れまでッ、全部元通りにできるよッ』
 ローズがフンフンと全力で頭を縦に振る。

「ほらな?」
「……なんか……ずいぶん、飲みこみが早くない?」
「栞菜。お前は何でもかんでも疑いすぎだって。いや、疑うのは悪いことじゃないが、視野を狭めてる。冷静に考えてみろ。何かしてくるんだったら、服なんて変える必要ないだろ?」
「…………」
 栞菜は不服そうな顔をしながらも、反論はなかった。納得……してくれたか?

「灯里も落ち着けって。いつもの負けん気はどうしたんだよ。ただ、服を変えられただけだぜ? 俺たちが普段からしていることじゃないか。今日だけで何回着替えたよ。それをされただけで怯える必要なんてないだろ」
「……いや、そういう問題ぃ? 手を使わずにその場で存在しない服を……って、あ、んん?」
 灯里はを考え始め、頭がパンクしていた。

「さて……じゃあ、さっさと――」
『ありがとう~~ッッ、克樹さん、しゅきッッ!!』
 ローズがその大柄な体を拡げて、俺に抱き着いてきた。


 そして――、
 ガブリッ。
 ――と、耳を噛まれた。


「痛ってぇ~~~~ッッッ!?!?!?」
 これほどの大声を深夜に出したことはなかった。

『あっ、ご、ごめんなさいッ!?』
 ローズはすぐさま離れて土下座をする。

『つ、つい嬉しさのあまり、歯を立ててしまいましたッ! す、すみません~~ッッ』
「う、嬉しくて噛むって……どういうことだッ!?」
「――あっ。もしかして、”甘噛み”ぃ?」
 俺が耳を擦りながらクレームを付ける後ろで、灯里が呟く。

『す、す、す、すみませぇ~んッ! 私、昔から”甘噛み”が苦手でッ! つい”ガチ噛み”してしまうんですッ!』
「そういうものッ!? ……ちょ、ちょっと、俺の耳どうなってる?」
「――あ~、全然無傷だね。血も出ていないし、赤くもなっていないよ。ある意味、ちゃんと“甘噛み”してるわ」
 栞菜に噛まれた耳の具合を看てもらう。

「ほんと? ほんとにぃ? 耳2つになってない?」
「耳は最初から2つあるよぉ~」
 俺は灯里にそう言われつつ、耳の具合を触って確かめる。

 その間、灯里と栞菜が互いに顔を見合わせる。
「このおっちょこちょいな性格ぅ……」「このドジっぷり……」
 プッと噴き出す2人。
「笑いごとじゃねぇぞぉ!?」

「いや、ごめんごめん。そうだね、願い事しないと終われないなら、お願いしちゃおうか」
「そうだねぇ。灯里たちの大切な“家族”からの申し出だし、断るのも忍びないしねぇ」
 栞菜と灯里が先ほどの態度とは打って変わって、好意的な発言をする。

「は? どういう風の吹き回しだ?」

「まあ、なんというか言葉にできないけど――」
「――面影が見えたから、かなぁ」
 栞菜と灯里が優しい表情で顔を見合わせ、ローズを見る。ローズはキョトンとしたが、謂わんとすることが何か、俺は察した。

 ローズの絶妙で可愛げのあるドジを見て落ち着きを取り戻した2人。

 この1週間程度、共に過ごした愛犬――もとい大切な“家族”の姿が脳裡に蘇ったといったところか。

「ふっ、じゃあ準備ができたなら、話を進めようか」
 俺は耳を優しく撫でながら、キメ顔でそう言った。

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