R ―再現計画―

夢野 深夜

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第1章 楽園は希望を駆逐する

第3話 崖っぷちの平穏(3日目) その9

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 [食堂]。大浜新右衛門を除いた18名が揃った。

 臼潮薫子と花盛清華の両名は、食堂の椅子に座らせている状態だ。身体は拘束されていない。臼潮薫子の拘束は西嶽春人が無事解除して、花盛清華への拘束は一番被害を受けた葉高山蝶夏が拘束に反対したため自由のままだ。
 他の一同はそんな2人を囲むように円形に並ぶ。
 その円陣に、“むい”が交じっていた。

『む~、出るタイミング、見失ったんだけどぉ~ッ。キミたち、行動と展開が早すぎないッ?』
 “むい”が歯痒そうにプルプル震える。
「ふっ、遅かったな。乳母車に乗っていたのか?」
『違います~ッ! 出ようと思った時にはもう状況説明もされて、花盛さんをどう止めるかまで話していて、“むい”が出ても話すことがなくなっちゃったのッ!』
 和泉忍の挑発に悔しそうにする“むい”。

 その傍で、深木絵梨が花盛清華に説教する。
「改造スタンガンは他人に向けちゃダメよ。今回大事にならなかったとはいえ、もうしないようにね」
「…………分かった。葉高山、済まなかったッ。咄嗟とはいえ、やり過ぎたって反省してる」

 既に回復した葉高山蝶夏が胸を張る。
「気にしなくていいぞ、花盛くんッ! 新しい電気マッサージみたいなものだったさッ! しかも、三途の川を見学できる効能もあるようだぞッ!」
「そこは無理にフォローせず、謝罪を受け入れるだけの方がいいぞ」
 鬼之崎電龍が葉高山蝶夏のヘタなフォローを捌く。


『――さて、では裁定を下さないとね。前回たしか、美ヶ島くん1人の暴力行為で、織田くん――ひいては大浜くんの銃殺刑だったわけだけど……』
 “むい”は一度そこで言い切ると、臼潮薫子と花盛清華を見るように、ギョロギョロと双眸が動く。
『一気に2人も脱走を企てた違反者が出てくるとはね。“どんな罰”を、“誰に”与えようか』

 “むい”の最後の発言に、空気がピリッと張り付く。
 ある者は緊張感を持って“むい”を見て、ある者は怯えるように目を逸らし、ある者は責めるように問題の2人を睨む。

「――聞き損ねた疑問が一つあるんだけど……」
 白縫音羽が口を挟んだ。ピリつく雰囲気と異なり、穏やかな声色だった。
『なにかな?』


「ずっと思っていたんだけど、?」


『……は?』
 さすがに予想外の意見だったのか、“むい”がキョトンとした声を出す。


「だって、薫子は伝書鳩に友人への手紙を託しただけでそれは“未遂”に終わったじゃない。清華だってバズーカ砲とスタンガンの“試し打ち”をしただけじゃない」


『……は?』
 白縫音羽の驚きの言説に、“むい”だけでなく<再現子>たちも同じ反応だ。
 臼潮薫子が手紙を外部に出して助けを呼んだことを認めつつ、花盛清華が兵器を用いて脱出を謀った行為を認めつつ、その上で反対を唱える<再現子>。


「逆に、どこがルール違反なのか改めて教えてほしいわ。薫子の件も掘り下げる前に清華の暴走で有耶無耶になったから、この際2人分をまとめて、ね♪」
 白縫音羽がニヤリと微笑む。

「そうだな。いい機会だ。“むい”の判断基準を聞いておきたい」
「刑事裁判でも最初に、検察官に起訴状が読まれると聞く。ここでも同じように、順を追って説明をするべきじゃないのか? 監視役兼管理人の役割を自称しているなら、説明責任がある筈だ」
 和泉忍と時時雨香澄が同調して畳みかける。2人とも白縫音羽の策に乗ったようだ。

 他の<再現子>は口が上手い3人の仲間の口八丁手八丁を見守る。

『水を得た魚のように畳みかけるねぇ。そんな言論に振り回されるほど、“むい”はチョロいと思われているのかしら?』
「まさか! その丸い体型に一本の芯が真っ直ぐ貫通してるってことを分かってるわ!」と、白縫音羽が冗談混じりにふざけて、
「この無駄な問答に付き合う意味はあるのか? 是非を答えるだけだ、早くしろ」と、和泉忍が寄り道を許さずに急かし、
「チョロいかどうかなど、付き合いの浅い我らには分かるまい」と、時時雨香澄が正面から反論するのが同時だった。
 三者三様である。

『同時に喋らないでよ、もう。“むい”は聖徳太子じゃないんだからさ。まあ、キミたちの言い分ももっともだ。”むい”は暴君じゃあないからね。これ以上、キミたちに嫌われたくはないし、それに――お手並み拝見といこうか』
 “むい”がギョロギョロと動く。


 “むい”がルールを暗誦する。

 ――この施設内から出ないことを条件に、キミたちを拘束せず、自由行動をすることを認める。

『臼潮さんは脱出禁止のルールがあったのにも関わらず、脱出を求める手紙を外部に出そうとした。これは言うなれば、窃盗禁止の張り紙を出してる店に、万引きをするよう指示をするようなものだ。本人がその行為をしなかった場合でも、誰かにその行動を要請し、その成果として目的を達成しようとすることは、”罰”と呼んで差し支えないはずだ』

「その理屈は分かるが、結果的に臼潮は脱出していない。実際に脱出をしなくても、その罪を問われるということか?」と、時時雨香澄。
『手紙を出してるから、と考えるよ。だって、脱出しようと思わなければ、こんな内容で出さないでしょ?』
 そんな”むい”に白縫音羽が詰め寄った。


「でも――よね?」


『…………』
「――ぁ」
 織田流水が思わず口に出す。
 “静観派”として従順に過ごすという行動方針を取った皆に内緒にしていただろうことを、簡単に言った白縫音羽に驚きを隠せなかった。

「なっ……!?」「ちょっと、それどういうことッ!?」
 その事実を知らない仲間たちは当然口々に文句を言うが、和泉忍が手を突き出して反論を抑える。
「あとで説明しよう。今は先にコイツを何とかしないと、”誰か”の命が危ない――」
 ”二度目の奇跡”を当てにしていない和泉忍の覚悟が表れた語尾の強さに、仲間たちは口を閉じる。

「私たちのことは黙認したくせに、薫子は見逃さないなんて、道理に合わなくない?」
 “むい”は予想外の返しだったようで、落ち着いた声を出す。
『……意外だね。まさか、自分から言い出すなんて……』
「私たち3人が噛みついた時の落ち着きように、その反応…………やっぱり勘付いていたのね。どうせアナタに反論として利用されるなら、自分で出してカードにするわ」

 どうやら先ほどの“むい”との会話で白縫音羽は察したようだった。“自分たちの反論を一発で黙らせる論がある”、と。ものすごい洞察力と弁論力、そしてアドリブ力である。

 しかし、“むい”は焦らない。
『大した変化球だけど、それだけだと悪手でしょ』
「と、言うと?」


『――だったら”むい”は、さッ♪』
 “むい”は興奮しだしたように双眸がグルグルと回りだす。


「それはつまり、ここで5人も殺すのか?」
 時時雨香澄が真正面から見据える。
「お前らの本来の目的は私たちの人質だろう? 本末転倒じゃないか?」
『別に、19名から14名になっても困らないよ。両方ある方がいいけれど、人質は量よりも質だからね』

 事の成り行きを見守っていた<再現子>たちがざわめき、身構える。
「お、おいおい?」「な、なにこの空気……?」「ちょ、ちょっとお前ら、今すぐ謝れって!」
 慌てふためく仲間たちに交じり、武闘派の<再現子>たちは自身の得物に手を触れていた。

「ふーん。だってさ、忍」「面白い冗談だよな、時時雨」「ああ、ずいぶんと都合のよい管理人だ、白縫」
 白縫音羽と和泉忍と時時雨香澄は笑みを浮かべて、互いの顔を見て名前を呼ぶ。

『……何がおかしいの? “むい”は?』
 自分を舐めている態度だと感じた“むい”は、珍しく怒りの感情がこもった声色を出す。
 白縫音羽が「だって」と返す。



「――だって、も~んッ!」
 白縫音羽が両手を拡げて笑顔で言う。



 一瞬、空気が止まった。
『……は?』「……は?」「――え?」
 その発言は、“むい”だけでなく仲間たちも唖然とさせた。

 3人の頭の回転と交わす話の展開が早すぎて、誰も3人に追いつかなかった。事情を知っていた織田流水は、まさしく頭が真っ白になった。“むい”の興奮も冷めたようで、双眸はあらぬ方向を一点集中して見つめている。

 ――何を言っているんだ? こいつらは?

 この場にいる全員が、心の中で思った。

「聞こえなかったか? 私たちの可愛い“嘘”だって言ったんだよ」
 和泉忍が腕を組み、したり顔で言う。

『……う、嘘……? 嘘って…………』
 “むい”の声色が少しだけ動揺していた。その様子に、白縫音羽が楽しそうに言う。

「あら、もしかして“嘘”じゃないの? 私の“嘘”って。私としたことが、つい口から出ちゃった妄言なのに、まさか現実に起こっていることなんてッ! そんな証明、ぜひしてほしいわッ!」
 白縫音羽はまるで他人事のように、自分たちの犯行の証拠を出すように言った。

「いや、待て待てッ! 君たち、今自分で反論に利用される前にカードにするとかって――!」
 葉高山蝶夏が思わず口を挟むが――。
「繰り返しになるが、それは“嘘”だ」
 ――平気な顔で言う和泉忍に、呆然と黙るしかなかった。
「まさか……自白を根拠に罰を与える気じゃないよな?」
 時時雨香澄がダメ押しに”むい”に詰め寄った。

 ――証拠は、当然”ない”ことだろう。
 監視カメラや盗聴器がないことは既に確認済み。加えて、<探偵>の和泉忍が調査をする際にその痕跡を残すはずがない。
 彼女たちの“自白”でその事実が判明し、その“自白”でしかそれを証明できず、その“自白”は嘘だった、と云う。
 とんだ搦め手だった。

『…………』
 “むい”が何も答えられないのは、当然の結果だった。

 時時雨香澄が続ける。
「それなのに、なんて、ずいぶんと物騒なことを言ったものだな。お前の論法を借りるなら、その脅し文句はと考えていいんだよな? なにせ、当の本人が言ったセリフだ。第三者に頼った臼潮よりも、強い言動だ」

『…………それは、少し、言葉の、揚げ足取り、ってヤツじゃ、ない?』
 “むい”は珍しく、しどろもどろに答える。
「言葉の揚げ足取り? 薫子の言動を“深読み”した本人が言うセリフじゃないわね」
 白縫音羽が嫌味を言う。

『――分かったよ、分かった分かったッ。キミたちの言い分は理解したよッ。でも、“むい”を言い負かしたからって何になるの? 結局、主題である臼潮さんの行動への処罰は――』
「あくまでその態度は貫くわけだな?」
『……そもそも“むい”の発言を根拠に、“むい”の発言を論破しようだなんて――』
「是か非か、答えは一言で済むはずだぞ」
 “むい”の言い訳を和泉忍が拒否する。

『…………そうだよッ』
 和泉忍の問いかけに“むい”は沈黙を守ろうとしたが、待ち続ける和泉忍に答えを返した。


「そう。じゃあ、”皆”に聞こう」
 白縫音羽が仲間たちに振り返って語り掛ける。


「ねぇ、皆。自分の発言を”自分にとって都合よく曲げる存在”がいるんだけどさぁ。ソレは私たちが従順に過ごし、政府との交渉が上手くいけば解放するって言ってるんだけどぉ。どう思う? 

『――なッ!?』
「「「…………?」」」
 初めて驚愕したような声を出す“むい”を余所に、語り掛けられた仲間たちは何を言われているのか分からず顔を見回せる。
 ただ、一部の<再現子>はその意図を察したようで――、

「いーや、思わないね。“むい”はこうしてイチャモンをつけ続けて、ウチらを全滅させる気だ」と、空狐。
「そうだね。もしかしたら、僕たちを生かして帰す気はサラサラないのかもしれない……否、きっとない」と、矢那蔵連蔵。
「……『予知』で視えたよ。このままだと私たちは始末される」と、南北雪花。

『ちょ、ちょっと……!』
 “むい”が慌てふためく。
 その様子に続々と彼女たちの“狙い”に気づき出す<再現子>たち。

「そうだな。大浜を殺害しようとした時点で気づくべきだった。これ以上、犠牲者は出せない」と、銃を取り出す狗神新月。
「誰かを殺す前に誰かに殺されるなんて……<殺人鬼>の名が、ボクのちっぽけで粗末な”愛”が泣くよッ」と、懐から短刀を取り出す西嶽春人。
「潔く死ぬか、醜く生きるか、いずれか一つだ」と、拳に巻いているバンテージの具合を確認する深木絵梨。

『わ、分かった! 分かったよッ! ッ! “むい”は自分の発言を都合よく捻じ曲げないよッ! キミたちに言ったことは守るッ!』
 “むい”が臼潮薫子を罰しないと言ったことで、他の仲間たちも全員気づいた。

 和泉忍たちは、直接反論するのではなく、“むい”自身に撤回させることで無罪を勝ち取ろうと考えていたのだ。
 それもそうだろう。
 臼潮薫子が手紙を外部に出した行為、その手紙の内容はすべて抑えられているからだ。物証も自白も手の内にある以上、正面きっての反論は不可能だった。

 それを承知の上とはいえ――また思い切った奇策だった。

 姿使――という、斜め上の脅しで。

 どういう発想で思い至ったのか、その頭脳が計り知れない。
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