R ―再現計画―

夢野 深夜

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第1章 楽園は希望を駆逐する

第3話 崖っぷちの平穏(3日目) その4

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 和泉忍の登場は誰も予想しておらず、それは皆の反応から明らかだった。

 目を剥いて彼女を睨む矢那蔵連蔵。
 目を丸くして口をパクパクと動かす風間太郎。
 (覆面越しだが)彼女を二度見する鬼之崎電龍。
 驚きのあまり目を見開いて動かなくなってしまった織田流水。

 驚きも束の間、その全員の表情に警戒の色が帯びる。
 だが――和泉忍はそれに動じない。

「顔を突き合わせて挨拶するのは初めてだな、改めてよろしく……え~と、誰だっけ?」

『……“むい”だよ。もー忘れっぽいんだからー。それでも<探偵>なのかな?』

「あーそうだったな。その名前、名前っぽくないから覚えづらいんだよな。なんだよ、“むい”って。日本語にはな、『無為』って言葉があるんだ。紛らわしいから、これを機に改名しろよ」

 和泉忍の飄々とした挑発に周囲の<再現子>たちは冷や冷やする。

 風間太郎がそれを傍観しながら呟く。
「いやぁ、アイツがこんなドサ回りみたいなことに付き合うとは、意外だった。なら最初から誘えばよかったぜッ。そうしたら、こんな女っ気のない男臭い中、走り回らずに済んだのにッ」
 織田流水はそんな戯言を耳にしながら、心の中で確信していた。

 ――いや、あの和泉に限ってそんなことは絶対にしないッ!

 織田流水はふと視線を階段に向ける。
「…………っ」
 織田流水から見える様子では、階段には誰もいないようだった。

 ――和泉忍はどこから来たのか。

 役目を与えられた織田流水の心の中で、その疑問がドンドン膨らむ。焦りとなり心臓がドクドクと鳴る。

 織田流水は静かに深呼吸する。
「……スー、ハー……」
 しかし、冷静に考えれば和泉忍の登場は、<再現子>たちにとって何ら不利益を与えるものではない。
 この状況で監視カメラを仕掛けるのは“安全”のためなのだ。それに、“静観派”の方針に決まった今でも非常口を探すというグレーな行動をしている和泉忍たちに、“勝手な行動”と非難される謂れはない。

 こちらとしては、引け目負い目を感じる必要は一切ないのだ。
 織田流水はそう結論づけた。

「……“あいつ”も、貴様と同じか?」
 鬼之崎電龍は織田流水が落ち着いた頃を見計らって、彼に声を掛ける。
「いや、違うと思う。和泉さんが誰かの策に乗っかるなら、別方向からのアクションを起こすと思うし……僕の後追いをするだけの行動は、絶対に取らないよ」
「……貴様が言うと説得力あるな」

 矢那蔵連蔵が和泉忍に声を掛ける。
「やあ、和泉さん。まさか、君がこんな付き合いの良い人だったなんて……この13ヶ月間で初めて知ったよ。なんの気まぐれかな?」
「女心と秋の空だ。今日は天気が良いからな。ほら、あそこに立派な入道雲が見える。これを見ると、夏を感じるな」
 和泉忍は空に浮かぶ雲を見て目を細める。

『存外、能天気な感想を言うものだね。そうだ! 絶好の昼寝日和だし、これから植物園か屋上庭園で日向ぼっこしつつ、お昼寝でもしようか?』
「うむ、たまには悪くないな。“無為”に時間を過ごし、人生にゆとりをもたらすのも悪くない」
『…………』
「どうした?」
 和泉忍は視線を戻し、急に押し黙った“むい”を真っすぐ見る。

 視線を受ける“むい”はその双眸をギョロギョロと動かす。

「うわっ……グロッ……」
 風間太郎がウゲッと舌を出す。

 織田流水は眉を顰める。<探偵>が言うセリフは、どれもこれも意味深に聞こえてくるから神経が磨り減る。
 矢那蔵連蔵は和泉忍の真意を探ろうと怪しむ目つきだ。

 和泉忍がそんな“むい”に探るように聞く。一瞬、目が鋭く光った気がする。
「――なにか考え事か? 目は口ほどに物を言うのは、人間だけじゃないんだな」
『……あーなるほど、そういうことか。“そういう目的”ね』
 和泉忍の質問を受けて、“むい”が納得の声を上げる。
 矢那蔵連蔵もハッと息を呑む。彼もそのやり取りで気づいたようだ。

 そんな3人(?)を余所に、外野がコソコソと話し出す。
「え? どういうこと?」と、織田流水。
「は? 今のやり取りで何が分かるんだよ?」と、風間太郎。
「…………」と、黙って顔をそむける鬼之崎電龍。

 矢那蔵連蔵がそんな彼らに小声で教える。

「“むい”も気づいたみたいだから教えるけど、。この2日間、何をしていたかは知らないけれど、”元凶”にちょっかいをかけにくる用事ができたんだろうね。今のやり取りから察するに、“むい”の反応を観察しにきたんじゃないかな」
「反応だけじゃないぞ?」
 矢那蔵連蔵の説明を地獄耳で聞いていた和泉忍はすかさず訂正する。

「色々あって流していたけど――コイツ、自称“宇宙人”だろ? 人類にとっては前代未聞の大発見だ。好奇心が抑えられなくてね。あれ、やって見せてくれよ。床に染みて消えてなくなるような、“魔法の瞬間移動”――『透過移動』と呼べばいいのか?」
 和泉忍がカツカツと“むい”に歩み寄る。
『えー、まー、うん、そうだよ。キミたちで云うところの、透過に似ている』
「恥ずかしながら、目の当たりにしたのは切迫した状況だったし、離れたところで見ていたから、もっとしっかり見ておきたい」

 和泉忍が“むい”を抱き上げる。
「うおっ!? 本当に柔らかいなッ。しかも冷たいッ。これで“生き物”なのかッ?」
『ちょっとー、無造作に抱えちゃダメだよー? 生まれたての可愛い赤ちゃんを慈しむように抱き上げてくれ』
「妊娠も出産も未経験だから、ムリだな」
「なにそのマジレスッ!?」
「しかも別に理由になっていないところが、シュールだね……」
 和泉忍を中心に、“むい”と風間太郎と矢那蔵連蔵が会話を始める。

 織田流水はその輪に混ざらずに様子を見守る。
 この中で織田流水だけが、和泉忍の“嘘”に気づいた。

 ――好奇心を抑えられなくてね。

「……ふっ、名前を忘れたをしておいて、よく言うよ」
 織田流水は和泉忍のバレバレの噓八百を聞いて思う。

 この適当で気の抜けた会話は、。彼女は論理的にズケズケと話し、ドンドン詰めていくスタイルだ。
 この喋り方はどちらかというと、場を掻き乱すことが好きな、だ。

「…………」
 この13ヶ月間、和泉忍という<探偵>から“コバヤシ”という助手扱いをされてきた織田流水だけが分かった。

 ――白縫音羽のやり口を真似ている?

 和泉忍は考えもなしに無意味なことはしない。
 もしかすると、あの例の“3名”の策で動いているのか?

 織田流水がそんな結論に辿り着く頃に――
『――もうッ、しつこいよッ!? “むい”は抱き枕じゃあないんだよッ』
「あっ、ちょっと」
 “むい”はそう言うと、プルプルと震えて和泉忍の胸元から床に落ちる。
 そして、当てつけのようにバウンドで彼女から離れようと移動する。

 ――階段から離れる方向に。

「あっ、ちょっと待ってよ、“むい”くん」「こらー逃げるのかー? 敵前逃亡は切腹だぞー」「…………」
 矢那蔵連蔵と風間太郎と鬼之崎電龍が逃がすまいと“むい”を追いかける。
 それも当然だ。それが彼らの目的なのだ。

 織田流水は結果的に目的を達成したことに安堵する。彼は振り返り“階段”を見る。うまく姿を消していて、やはりここからは伺い知れない。だが、あとを任せた以上、気持ちを切り替える。織田流水はここで姿を消すのも怪しまれると思い、彼らを追いかける。

「――おい」

 ――と、そこで呼び止められる。

 声の主を見ると、和泉忍が不敵な笑みを浮かべていた。
「……あ」
 織田流水は気が付く。目的達成の安心感から、和泉忍のことをすっかり忘れていた。

 和泉忍が織田流水にガシッと肩を組み、彼の耳元で囁く。
「聞いたぜ? お前ら、面白いことやってるな」
「あっ///。ちょ、ちょっと耳元で囁かないでよっ」
 和泉忍はニコニコと笑い不肖の助手を褒める。男の子の織田流水も少し嬉しい様子。

 聞いた、ということは、階段を用いて来た際に彼らの誰かと遭遇したのか。別棟からの渡り階段を使って来たということはないらしい。
「監視カメラの設置は南北の策だって? 穏やかじゃないな」
「え、どうして?」
「峰隅の言説通りなら、外敵の侵入の警戒、なんだろ?」
「う、うん」

「なら、C棟内の階段に監視カメラを仕掛ける理由がないだろ。その監視カメラに引っ掛かるとき、既に敵が内部にいるからな」

「……あ」
「ってことは、別の何かを監視するために仕掛けたと考えるべきか。また、良からぬ”予知”でも見たのだろうな。さて、“むい”を追いかけよう」
 和泉忍はヤレヤレと詰まらなさそうに言うと、織田流水から離れる。

 どうやら和泉忍が立腹していないようで、織田流水は安心し、彼女との接触の余韻を楽しむ。
 和泉忍は自ら勝手な行動を起こすこともあり、別の仲間が同じように行動を起こすことを受け入れているようだった。

 織田流水はふと気が付く。
「――あっ、そういえば、渡り廊下は警戒しなくてよかったのかな? 階段だけじゃ不足じゃない? 別棟から攻めてくるとしたら危ないよね」
「またお前は今更そんなことを……」
 和泉忍はヤレヤレとまた口に出して呆れ顔をする。

「渡り廊下には防火扉が付いていて、煙を検知した火災報知器が鳴ればその辺り一帯が閉まる。そして、それは防火装置の作動とも連動している。謂わば、“脳”の役割を持つ防火装置と“筋肉”の役割を持つ防火扉といった関係性だ。そして、南北が防火装置の中枢をハッキングできているから、その時がくれば渡り廊下のすべての防火扉を閉めてC棟への侵入を防ぐことができる」
「…………へ、へぇ~」
「当然だが、事前に防火扉を閉めておくという選択も取らない。我々の行動を狭めるからな。その時が来たらでいい」

 <探偵>と<超能力者>がいる以上、自分が思いつく問題は全て解決済みなのかもしれないと、織田流水は自信を無くした。他にもそれぞれ他分野のスペシャリストがいるわけだし、織田流水は自分を頭脳派だと名乗ることは無理だと悟った。

「そういえば、私の合図は伝わったか?」
「え? ……あっ、うん。和泉さんがこっちに合流してきたのは、香澄ちゃんや音羽ちゃんとの策の一つなんでしょ?」
「ああ、それでこそコバヤシだ! 詳細は言えないが、察してくれたようで安心だ!」
 和泉忍が一転、満面の笑みで織田流水を見る。

 織田流水は、和泉忍のこういう表情豊かな愛嬌は可愛いのにな、と惜しむ。

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