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第1章 楽園は希望を駆逐する
第2話 無為に帰す(2日目) その8
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その後も、織田流水とその仲間たちは食堂で歓談を続けた。織田流水はすっかり当初の目的を忘れて会話を楽しんでいる。
時刻は19時頃、食堂に続々と人が集まってくる。こんな状況ではあるが生きている以上、食事を摂らないではいられない。
丸2日間、この緊迫した施設に閉じ込められ、ストレスを溜め込んだ彼ら。加えて、いくら1年以上寝食を共にした仲間たちといっても、昨夜と今朝と、意見が割れるほど議論をして、多少の諍いや争いも起こったばかりだ。顔を突き合わせて食事を摂るのも少々気が進まなかっただろう。
しかし、そうした事情を詳しくは知らない織田流水が普段通りの雑談をすることで食堂の雰囲気が明るくなり、自然と人が集まりやすくなったのだろう。<外交官>の面目躍如と云っておこう。
さて、新たに来たのは次の4名。風間太郎、峰隅進、深木絵梨、そして厨房で花盛清華を手伝っていた臼潮薫子だ。
「めし~めし~めしのじかんだ~っ♪ ばばん、ばんめっし~♪」と、能天気に自作の歌を口遊む風間太郎。
「まだ晩御飯のアナウンスが来てないのに集まるなんて、ほんと暇人だね~」と、自分を棚に上げて悪態をつく峰隅進。
「……ふぅ。慣れない看病が2日も続くと疲労が溜まるわね」と、己の肩を揉む深木絵梨。
「あっ、私、マッサージしようか。肝心の看病は手伝えないけど、これくらいは力になりたいなッ」と、頑張る仲間を労わる臼潮薫子。
臼潮薫子は厨房から出てきて、他3名は廊下側から入室してきた。
臼潮薫子は手に食器類を抱えていた。
食堂内で特別大きいテーブルに食器類を並べる臼潮薫子。その様子を見た面々がそのテーブルに近づく。
既にいた4名と新たに集った4名が大テーブルを囲む。
「ありがとよ、臼潮。ウチも手伝うぜ。ところでさ、和泉を見なかったか?」
「忍ちゃん? え~と、今日は1回だけ廊下で見かけたかな。でも、具体的にどこに行ったかは見てないの、ごめんね」
「そっか。ありがと」
「あっ、でも、廊下で見かけた時は梯子を抱えていたよ? 室内のどこで使うつもりだったんだろうね」
空狐が臼潮薫子にお礼を言いながら食器を半分受け取る。
「今日も無事に終えたわね。3人で分担しているとはいえ、骨が折れるわ」
「まったくだわ。本業の人たちにはこれから頭が上がらないわね」
「くくくっ、新右衛門にはこれ以上、ベッドの肥やしにならずに早く目を覚ましてもらいたいものだね?」
「白縫さん、不謹慎な発言は控えなさい。ただ……今日で1日半。あと数日はかかる覚悟はしておいた方が良さそうね」
白縫音羽と深木絵梨がテーブル上の調味料の数を調節しながら会話する。
「峰隅サン、今日も南北サンは欠席なの?」
「うるさい。アタシがユキの一番の親友だからって、いちいち聞いてこないでよ。いきなり陰気なヤツに話しかけられて、今日の運勢は最悪だわ」
「今日の運勢ってもう夜だけど……って、ゴメン! ボクみたいな屑が口答えするなんて、サイテーだよね。どうにかして……ッ! お詫びしないと……ッ!」
「うわッ!? 食堂で自傷癖を起こすなッ! ご飯が不味くなるだろーッ!? もういいからッ! 発言は撤回するから、おとなしくしてろッ!」
己の両腕をテーブルに叩きつける西嶽春人を制止し、峰隅進は彼の腕の具合を看る。
「風間くん、上機嫌そうだね? 何かあった?」
「ばっか! おめぇ、ご飯食べる時にテンション下がるアホがいるかってんだッ! 東大レベルの愚問だなッ!」
「そ、そうだね……東大レベルの愚問って、どういうこと……? 教科書レベルの難問みたいな矛盾……」
「おめぇこそこんな状況だけど……いや、こんな状況だからこそいうけどよぉ、せっかく共同生活が延びたんだ。思い残さねぇ内にしっかり告白し――」
「ちょっと、風間くん!?」
「うごげぁっ!?」
焦った織田流水が口を塞ぐために風間太郎の首を絞める。
そんな、人数も増え賑やかさも増えた食堂に、花盛清華が厨房から顔を出す。
「おいっ、てめぇらぁッ! なに案山子みてぇに突っ立ってんやがんだぁッ!? 料理ができたんだから、運べオラァッ! 言われる前から手伝えやッ、三歳児かてめぇらぁッ!?」
「「「「はーい」」」」
花盛清華の怒鳴り声を受けた一同が厨房と食堂を往来して、料理を運ぶ。
「残りの連中はまだかぁッ!? ったく、オレ様のスペシャルな料理が冷めちまうじゃねぇかッ!?」
「あっ、私がもうアナウンスしておいたよ!」
18名分(大浜新右衛門は意識不明のため除く)の料理を終えた花盛清華は、その忙しさと達成感でテンションが極まっており、アドレナリンが大量に出ているようで、無闇矢鱈に叫びまわる。エプロンを外し普段着に着替えてくればテンションは収まるのだが。
料理を運び終えた一同はいただきますの号令を掛けて、食事を始める。
人数も8名(花盛清華は着替えに行った)、賑やかな食卓だ。
「深木、お前、花札に興味ないか?」「……ふぅ、悪いけど、今はする気起きないわ」「本当にお疲れだね、ご苦労様。食後にしっかりマッサージしようねっ」「ねぇ風間、このパンも美味しいよ? きっとお前の口に合うから」「おっ、いいのかぁ~ッ!? 峰隅、ありがとなッ!」「なかなかお洒落なパンだね? まるで刺殺体のように真っ赤で美味しそうだ」「……くくくっ、きっとトマトケチャップだ。とても“濃厚”な、ね」「…………音羽ちゃん、食事中に悪いけど、とても良く効くお尻の薬をコッソリ教えてほしいな……」
仲良く談笑しつつ食事を摂っている彼らの様子は、まるでこれまでと何ら変わらない日常のひと時のようだった。
夜になり、食堂のカーテンウォールにブラインドが下りたことで、“外の景色”が見えなくなったことも彼らの落ち着いて過ごせる理由の一つだろう。
臼潮薫子のアナウンスを受けた残りの仲間たちも、食堂に集まった。
今日も一日“むい”への抗議で走り回っていた葉高山蝶夏を担ぐ矢那蔵連蔵。鬼之崎電龍と狗神新月が食堂全体を見渡せるように陣取り、時時雨香澄もいつの間にかテーブルの端にいた。花盛清華も食卓に合流する。
6名も増えると、また一段と騒がしくなる。
「お゛、お゛ぉ゛~~ッ、あ゛い゛か゛わ゛ら゛す゛う゛ま゛そ゛う゛た゛な゛、あ゛り゛か゛と゛う゛は゛な゛さ゛か゛り゛く゛ん゛」と、濁声の葉高山蝶夏。
「無理しないように、蝶夏。それだと“蝶”じゃなくて“蝉”だよ。音のデカさは変わらないかもしれないけど、ちゃんと人間の声に治さないと“むい”への抗議も威力半減だよ」と、皮肉混じりの矢那蔵連蔵。
「大願成就には、休息も必要だ」と、言葉少なに同意する鬼之崎電龍。
「米と肉と魚、味噌汁に野菜、おっとキノコ類も重要だ。時時雨もバランスよく食べられるように、私が料理を取ってこよう」と、自分の皿の盛りつけを終えた狗神新月が時時雨香澄に手を差し出す。
「貴様は私の母親か」と、簡潔に拒む時時雨香澄。
「てめぇらッ、一切お残しすんじゃねぇぞッ! 食材とオレ様に死ぬほど感謝して、食事という“幸福”を味わいやがれッ!」と、皆の食事を見て嬉しそうな花盛清華。
退室した中川加奈子を除けば、14名が揃った。
これまでの日常でよく見た光景ではあったが、今の状況でも同じように見れることには別の意味合いを持ちそうである。例えば、この苦境の中でも同じ釜の飯を食い、困難に立ち向かえるという共通認識が、彼ら<再現子>の強い結束力をさらに高める……かもしれない。
皆漠然とした不安は持っているだろうに、夕食会はそのまま賑やかに過ぎ去った。
そして――大浜新右衛門は当然だが、南北雪花と美ヶ島秋比呂、和泉忍の3名はついに夕食会に姿を見せなかった。
時刻は19時頃、食堂に続々と人が集まってくる。こんな状況ではあるが生きている以上、食事を摂らないではいられない。
丸2日間、この緊迫した施設に閉じ込められ、ストレスを溜め込んだ彼ら。加えて、いくら1年以上寝食を共にした仲間たちといっても、昨夜と今朝と、意見が割れるほど議論をして、多少の諍いや争いも起こったばかりだ。顔を突き合わせて食事を摂るのも少々気が進まなかっただろう。
しかし、そうした事情を詳しくは知らない織田流水が普段通りの雑談をすることで食堂の雰囲気が明るくなり、自然と人が集まりやすくなったのだろう。<外交官>の面目躍如と云っておこう。
さて、新たに来たのは次の4名。風間太郎、峰隅進、深木絵梨、そして厨房で花盛清華を手伝っていた臼潮薫子だ。
「めし~めし~めしのじかんだ~っ♪ ばばん、ばんめっし~♪」と、能天気に自作の歌を口遊む風間太郎。
「まだ晩御飯のアナウンスが来てないのに集まるなんて、ほんと暇人だね~」と、自分を棚に上げて悪態をつく峰隅進。
「……ふぅ。慣れない看病が2日も続くと疲労が溜まるわね」と、己の肩を揉む深木絵梨。
「あっ、私、マッサージしようか。肝心の看病は手伝えないけど、これくらいは力になりたいなッ」と、頑張る仲間を労わる臼潮薫子。
臼潮薫子は厨房から出てきて、他3名は廊下側から入室してきた。
臼潮薫子は手に食器類を抱えていた。
食堂内で特別大きいテーブルに食器類を並べる臼潮薫子。その様子を見た面々がそのテーブルに近づく。
既にいた4名と新たに集った4名が大テーブルを囲む。
「ありがとよ、臼潮。ウチも手伝うぜ。ところでさ、和泉を見なかったか?」
「忍ちゃん? え~と、今日は1回だけ廊下で見かけたかな。でも、具体的にどこに行ったかは見てないの、ごめんね」
「そっか。ありがと」
「あっ、でも、廊下で見かけた時は梯子を抱えていたよ? 室内のどこで使うつもりだったんだろうね」
空狐が臼潮薫子にお礼を言いながら食器を半分受け取る。
「今日も無事に終えたわね。3人で分担しているとはいえ、骨が折れるわ」
「まったくだわ。本業の人たちにはこれから頭が上がらないわね」
「くくくっ、新右衛門にはこれ以上、ベッドの肥やしにならずに早く目を覚ましてもらいたいものだね?」
「白縫さん、不謹慎な発言は控えなさい。ただ……今日で1日半。あと数日はかかる覚悟はしておいた方が良さそうね」
白縫音羽と深木絵梨がテーブル上の調味料の数を調節しながら会話する。
「峰隅サン、今日も南北サンは欠席なの?」
「うるさい。アタシがユキの一番の親友だからって、いちいち聞いてこないでよ。いきなり陰気なヤツに話しかけられて、今日の運勢は最悪だわ」
「今日の運勢ってもう夜だけど……って、ゴメン! ボクみたいな屑が口答えするなんて、サイテーだよね。どうにかして……ッ! お詫びしないと……ッ!」
「うわッ!? 食堂で自傷癖を起こすなッ! ご飯が不味くなるだろーッ!? もういいからッ! 発言は撤回するから、おとなしくしてろッ!」
己の両腕をテーブルに叩きつける西嶽春人を制止し、峰隅進は彼の腕の具合を看る。
「風間くん、上機嫌そうだね? 何かあった?」
「ばっか! おめぇ、ご飯食べる時にテンション下がるアホがいるかってんだッ! 東大レベルの愚問だなッ!」
「そ、そうだね……東大レベルの愚問って、どういうこと……? 教科書レベルの難問みたいな矛盾……」
「おめぇこそこんな状況だけど……いや、こんな状況だからこそいうけどよぉ、せっかく共同生活が延びたんだ。思い残さねぇ内にしっかり告白し――」
「ちょっと、風間くん!?」
「うごげぁっ!?」
焦った織田流水が口を塞ぐために風間太郎の首を絞める。
そんな、人数も増え賑やかさも増えた食堂に、花盛清華が厨房から顔を出す。
「おいっ、てめぇらぁッ! なに案山子みてぇに突っ立ってんやがんだぁッ!? 料理ができたんだから、運べオラァッ! 言われる前から手伝えやッ、三歳児かてめぇらぁッ!?」
「「「「はーい」」」」
花盛清華の怒鳴り声を受けた一同が厨房と食堂を往来して、料理を運ぶ。
「残りの連中はまだかぁッ!? ったく、オレ様のスペシャルな料理が冷めちまうじゃねぇかッ!?」
「あっ、私がもうアナウンスしておいたよ!」
18名分(大浜新右衛門は意識不明のため除く)の料理を終えた花盛清華は、その忙しさと達成感でテンションが極まっており、アドレナリンが大量に出ているようで、無闇矢鱈に叫びまわる。エプロンを外し普段着に着替えてくればテンションは収まるのだが。
料理を運び終えた一同はいただきますの号令を掛けて、食事を始める。
人数も8名(花盛清華は着替えに行った)、賑やかな食卓だ。
「深木、お前、花札に興味ないか?」「……ふぅ、悪いけど、今はする気起きないわ」「本当にお疲れだね、ご苦労様。食後にしっかりマッサージしようねっ」「ねぇ風間、このパンも美味しいよ? きっとお前の口に合うから」「おっ、いいのかぁ~ッ!? 峰隅、ありがとなッ!」「なかなかお洒落なパンだね? まるで刺殺体のように真っ赤で美味しそうだ」「……くくくっ、きっとトマトケチャップだ。とても“濃厚”な、ね」「…………音羽ちゃん、食事中に悪いけど、とても良く効くお尻の薬をコッソリ教えてほしいな……」
仲良く談笑しつつ食事を摂っている彼らの様子は、まるでこれまでと何ら変わらない日常のひと時のようだった。
夜になり、食堂のカーテンウォールにブラインドが下りたことで、“外の景色”が見えなくなったことも彼らの落ち着いて過ごせる理由の一つだろう。
臼潮薫子のアナウンスを受けた残りの仲間たちも、食堂に集まった。
今日も一日“むい”への抗議で走り回っていた葉高山蝶夏を担ぐ矢那蔵連蔵。鬼之崎電龍と狗神新月が食堂全体を見渡せるように陣取り、時時雨香澄もいつの間にかテーブルの端にいた。花盛清華も食卓に合流する。
6名も増えると、また一段と騒がしくなる。
「お゛、お゛ぉ゛~~ッ、あ゛い゛か゛わ゛ら゛す゛う゛ま゛そ゛う゛た゛な゛、あ゛り゛か゛と゛う゛は゛な゛さ゛か゛り゛く゛ん゛」と、濁声の葉高山蝶夏。
「無理しないように、蝶夏。それだと“蝶”じゃなくて“蝉”だよ。音のデカさは変わらないかもしれないけど、ちゃんと人間の声に治さないと“むい”への抗議も威力半減だよ」と、皮肉混じりの矢那蔵連蔵。
「大願成就には、休息も必要だ」と、言葉少なに同意する鬼之崎電龍。
「米と肉と魚、味噌汁に野菜、おっとキノコ類も重要だ。時時雨もバランスよく食べられるように、私が料理を取ってこよう」と、自分の皿の盛りつけを終えた狗神新月が時時雨香澄に手を差し出す。
「貴様は私の母親か」と、簡潔に拒む時時雨香澄。
「てめぇらッ、一切お残しすんじゃねぇぞッ! 食材とオレ様に死ぬほど感謝して、食事という“幸福”を味わいやがれッ!」と、皆の食事を見て嬉しそうな花盛清華。
退室した中川加奈子を除けば、14名が揃った。
これまでの日常でよく見た光景ではあったが、今の状況でも同じように見れることには別の意味合いを持ちそうである。例えば、この苦境の中でも同じ釜の飯を食い、困難に立ち向かえるという共通認識が、彼ら<再現子>の強い結束力をさらに高める……かもしれない。
皆漠然とした不安は持っているだろうに、夕食会はそのまま賑やかに過ぎ去った。
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