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第1章 楽園は希望を駆逐する
第1話 C棟(1日目) その5
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“むい”が一つのテーブルの上に再度飛び乗り、喋りだすのを観察する面々。
<再現子>は、まるで蛇に睨まれた蛙のように身動ぎ一つせずに“むい”を見つめていた。見たことのない生物。人語を解する未知の生物。傲慢で軽薄な生物だった。先ほどまでパニック状態だった食堂には恐ろしいほどの沈黙が下りていた。
“むい”は、ひとしきり笑った後、ゆっくりと語りだした。
『――やれやれ、皆の呆けた顔を見ていると、やっと出番が来たんだなって実感が湧いてくるよ。物語が始まって第一章の第一話としては長すぎるページ数が経って、漸くの登壇だよ。長かったね。長すぎるね。普通の物語じゃ読むのを止めてしまっているよ。さて、改めて自己紹介するけれど――“むい”です。キミたちの監視役兼管理人になります。よろしくね』
織田流水たち全員がその様子を見守りつつ、着々と“むい”の存在を認める準備を終えてきた。“むい”の長い演説は、彼らの緊張をほぐすために行ったかもしれない。
ある者は“むい”の目的を探るように、ある者は“むい”を訝しむように、ある者は今の状況が全く呑み込めていないように、それぞれ未知の存在を受け入れ、“むい”に視線を向けていた。
「バ、バ、バスケットボールが喋ったああァァァッ!!!???」
仲間たちの1人が叫ぶのを筆頭に、口々に話し出す。
「い、いや、バスケットボールにしては色味がグロくないか? もっとこう目に優しいものでだな――」「そういう問題じゃないだろッ!」「し、新種のドローンかッ!? すげぇぜッ!?」「いやいやッ! テーブルから生えたよねッ!?」「声からしても機械音とはおもえないけどなぁ」「冷静に分析している場合かよ……」
四方八方から飛び交う反応がまた混沌を呼ぶ。
「――ねえ、近くに行こう」
「え? あっうん」
「……くっくっく」
南北雪花に引っ張られ、何が何だか分からない織田流水と、笑い声を漏らす白縫音羽は食堂に端から移動し、仲間たちの輪に入る。
「…………おい、なんだ、アレ? 何か聞いていたか?」
すると、織田流水はさっそく1人の男――美ヶ島秋比呂に話しかけられる。
「……いや、何が何だか……」としか答えられない織田流水。
美ヶ島秋比呂は<足軽大将>だ。読者諸君にはあまり聞き馴染みがないだろう、軍隊でいうところの部隊長だと思ってくれていい。
改造された胴丸を着崩しており、籠手や草摺、佩楯、臑当も全て改造しており、本来の頑丈さよりも日常生活を送る上での身軽さを重視している。そのため兜も軽量化されており、少し後頭部寄りにズラして前髪や耳を見せている。兜の前立ては蝶の紋があしらわれていた。
彼本人の風貌は、黒の短髪と平凡そのもの。高身長かつ筋肉質であり、細マッチョと呼ばれる体型だ。また、不眠症ゆえの深い隈があり第一印象が悪い。
ちなみに将来の夢は、<手品師>だ。
閑話休題。
白縫音羽がニヤニヤと頬を緩めながら言う。
「……この”異変の原因”なんじゃない? <再現計画>で一度としてなかった予定の遅延が起こった日に、こんな異常なモノが現れてさ」
美ヶ島秋比呂が眉をひそめる。
「原因だと?」
「だってさ――」
美ヶ島秋比呂のオウム返しに白縫音羽がすかさず答える。
「――食堂のスピーカーのスイッチの場所をすぐに見つけていたし」
「はっ!?」
織田流水が息を呑み、美ヶ島秋比呂が納得する。
「そうか! 警報が流れたのは天井にあるスピーカーから! そのスイッチの場所が食堂の隅っこにあると最初から知っていた! ……たしかに、急に現れたくせに施設の設備について知っているなら、無関係とは言えないな」
「そう。それに、ここにいる誰一人、アレを見たことがないという。関係者以外、誰一人知られていないはずなのに施設に詳しい部外者……この異変と無関係だなんて到底思えないわ」
白縫音羽がどことなく面白そうに言った。
織田流水、美ヶ島秋比呂が“むい”に視線を向ける。南北雪花は視線を床に落としていた。
「――いやぁ、驚いた。世の中には人間のように話す生き物もいるんだねぇ。人面犬ならぬ、人面“球”?」
ふざけているような感想を述べる矢那蔵連蔵だがその動揺は隠しきれておらず、冷や汗を浮かべている。
「インコやオウムの類とは掛け離れてるよ……ッ! ゴリラのココですら手話が限界なのに、ここまで発声が完璧なのは常軌を逸してる……ッ!」
動物の生態に詳しい<再現子>が警戒心を露骨に見せる。
”むい”はそれを受けてか、自身の正体を彼らに告げた。
『“むい”は生物なんてチャチなものじゃない。“むい”は地球外生命体――ズバリ、宇宙人なのだぁッ!』
突然の告白に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする面々。誰も理解が追い付かなかった。
「何言ってるの、アナタ」「どう見ても宇宙“人”ではないだろッ!」「突っ込むところはそこじゃないだろ?」
周囲で巻き起こる混沌の中――、
「……さいこー」
――隣で小さく聞こえた歓喜の声に、織田流水が堪らず聞き返す。
「え?」
声の主――白縫音羽は微笑を湛えていた。
「…………」
織田流水はそんな彼女の笑顔を見て何か言おうとしたが、口から出たのは言葉にならないかすれた息だけだった。
ざわめく仲間たちを掻き分けて、美ヶ島秋比呂が“むい”に向かう。
「もう用件をさっさと言ってくれないか? オレたちは忙しいんだ。なあ、お前一体何なんだ? 急に出てきて、オレたちに何か用なのか?」
“むい”が困ったような声を出す。
『う~ん、用があると言えば用がある。用がないと言えば用がない』
「どっちだよっ!?」
食って掛かる美ヶ島秋比呂を制しつつ、和泉忍が分析する。
「――お前、私たちの監視役兼管理人だと言っていたな? なにか目的があるはずだ」
『わぉ! 自己紹介をしっかり聞き取れていた人がいたなんて! やっぱり優秀だなぁ!』
“むい”が喜びにプルプルと、文字通り波打つように震えていた。
「うわっ、グロっ……」
<再現子>の1人が顔を歪める。
「それで、結局お前は何しにきたんだ?」と、大浜新右衛門が聞く。
『う~ん、言った通り、監視なんだよね。それ以上もそれ以下もないというか――今君たちが不安に思っている通り〈卒院式〉は急遽中止に……君たちはこの施設から出ずに、このまま待機してもらうことになる』
「――なっ!」「中止なのっ!?」「施設から出ずにって、どういうこと!!」
再び混沌が巻き起こるかと思ったが――、
「待てッ!!!」
――と、食堂中に届く声が飛ぶ。
<再現子>全員からの視線を一身に受けたのは、大浜新右衛門だった。
「こう各自話していては埒が明かない。一人ひとり冷静に質問していこう」
大浜新右衛門が“むい”を正面から睨む。
「――確認したいのだが、この状況のこのタイミングで現れたということは、今我々が置かれている状況にも、物事の順を追って説明をしてくれると考えて相違ないか?」
大浜新右衛門の問いに“むい”が応える。
『もちろん』
「では、我々の今後についても話があると考えていいのだろうか?」
『もちろん』
「……職員の方々が誰一人姿を見せないことも?」
『ああ、全てだよ』
“むい”がゆっくりと話し出した。
『結論から述べよう――君たちは〈救興富導党〉にとっての最後にして最強のカード、日本政府への牽制と交渉のための切り札……つまりは、”人質”になってもらう』
<再現子>は、まるで蛇に睨まれた蛙のように身動ぎ一つせずに“むい”を見つめていた。見たことのない生物。人語を解する未知の生物。傲慢で軽薄な生物だった。先ほどまでパニック状態だった食堂には恐ろしいほどの沈黙が下りていた。
“むい”は、ひとしきり笑った後、ゆっくりと語りだした。
『――やれやれ、皆の呆けた顔を見ていると、やっと出番が来たんだなって実感が湧いてくるよ。物語が始まって第一章の第一話としては長すぎるページ数が経って、漸くの登壇だよ。長かったね。長すぎるね。普通の物語じゃ読むのを止めてしまっているよ。さて、改めて自己紹介するけれど――“むい”です。キミたちの監視役兼管理人になります。よろしくね』
織田流水たち全員がその様子を見守りつつ、着々と“むい”の存在を認める準備を終えてきた。“むい”の長い演説は、彼らの緊張をほぐすために行ったかもしれない。
ある者は“むい”の目的を探るように、ある者は“むい”を訝しむように、ある者は今の状況が全く呑み込めていないように、それぞれ未知の存在を受け入れ、“むい”に視線を向けていた。
「バ、バ、バスケットボールが喋ったああァァァッ!!!???」
仲間たちの1人が叫ぶのを筆頭に、口々に話し出す。
「い、いや、バスケットボールにしては色味がグロくないか? もっとこう目に優しいものでだな――」「そういう問題じゃないだろッ!」「し、新種のドローンかッ!? すげぇぜッ!?」「いやいやッ! テーブルから生えたよねッ!?」「声からしても機械音とはおもえないけどなぁ」「冷静に分析している場合かよ……」
四方八方から飛び交う反応がまた混沌を呼ぶ。
「――ねえ、近くに行こう」
「え? あっうん」
「……くっくっく」
南北雪花に引っ張られ、何が何だか分からない織田流水と、笑い声を漏らす白縫音羽は食堂に端から移動し、仲間たちの輪に入る。
「…………おい、なんだ、アレ? 何か聞いていたか?」
すると、織田流水はさっそく1人の男――美ヶ島秋比呂に話しかけられる。
「……いや、何が何だか……」としか答えられない織田流水。
美ヶ島秋比呂は<足軽大将>だ。読者諸君にはあまり聞き馴染みがないだろう、軍隊でいうところの部隊長だと思ってくれていい。
改造された胴丸を着崩しており、籠手や草摺、佩楯、臑当も全て改造しており、本来の頑丈さよりも日常生活を送る上での身軽さを重視している。そのため兜も軽量化されており、少し後頭部寄りにズラして前髪や耳を見せている。兜の前立ては蝶の紋があしらわれていた。
彼本人の風貌は、黒の短髪と平凡そのもの。高身長かつ筋肉質であり、細マッチョと呼ばれる体型だ。また、不眠症ゆえの深い隈があり第一印象が悪い。
ちなみに将来の夢は、<手品師>だ。
閑話休題。
白縫音羽がニヤニヤと頬を緩めながら言う。
「……この”異変の原因”なんじゃない? <再現計画>で一度としてなかった予定の遅延が起こった日に、こんな異常なモノが現れてさ」
美ヶ島秋比呂が眉をひそめる。
「原因だと?」
「だってさ――」
美ヶ島秋比呂のオウム返しに白縫音羽がすかさず答える。
「――食堂のスピーカーのスイッチの場所をすぐに見つけていたし」
「はっ!?」
織田流水が息を呑み、美ヶ島秋比呂が納得する。
「そうか! 警報が流れたのは天井にあるスピーカーから! そのスイッチの場所が食堂の隅っこにあると最初から知っていた! ……たしかに、急に現れたくせに施設の設備について知っているなら、無関係とは言えないな」
「そう。それに、ここにいる誰一人、アレを見たことがないという。関係者以外、誰一人知られていないはずなのに施設に詳しい部外者……この異変と無関係だなんて到底思えないわ」
白縫音羽がどことなく面白そうに言った。
織田流水、美ヶ島秋比呂が“むい”に視線を向ける。南北雪花は視線を床に落としていた。
「――いやぁ、驚いた。世の中には人間のように話す生き物もいるんだねぇ。人面犬ならぬ、人面“球”?」
ふざけているような感想を述べる矢那蔵連蔵だがその動揺は隠しきれておらず、冷や汗を浮かべている。
「インコやオウムの類とは掛け離れてるよ……ッ! ゴリラのココですら手話が限界なのに、ここまで発声が完璧なのは常軌を逸してる……ッ!」
動物の生態に詳しい<再現子>が警戒心を露骨に見せる。
”むい”はそれを受けてか、自身の正体を彼らに告げた。
『“むい”は生物なんてチャチなものじゃない。“むい”は地球外生命体――ズバリ、宇宙人なのだぁッ!』
突然の告白に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする面々。誰も理解が追い付かなかった。
「何言ってるの、アナタ」「どう見ても宇宙“人”ではないだろッ!」「突っ込むところはそこじゃないだろ?」
周囲で巻き起こる混沌の中――、
「……さいこー」
――隣で小さく聞こえた歓喜の声に、織田流水が堪らず聞き返す。
「え?」
声の主――白縫音羽は微笑を湛えていた。
「…………」
織田流水はそんな彼女の笑顔を見て何か言おうとしたが、口から出たのは言葉にならないかすれた息だけだった。
ざわめく仲間たちを掻き分けて、美ヶ島秋比呂が“むい”に向かう。
「もう用件をさっさと言ってくれないか? オレたちは忙しいんだ。なあ、お前一体何なんだ? 急に出てきて、オレたちに何か用なのか?」
“むい”が困ったような声を出す。
『う~ん、用があると言えば用がある。用がないと言えば用がない』
「どっちだよっ!?」
食って掛かる美ヶ島秋比呂を制しつつ、和泉忍が分析する。
「――お前、私たちの監視役兼管理人だと言っていたな? なにか目的があるはずだ」
『わぉ! 自己紹介をしっかり聞き取れていた人がいたなんて! やっぱり優秀だなぁ!』
“むい”が喜びにプルプルと、文字通り波打つように震えていた。
「うわっ、グロっ……」
<再現子>の1人が顔を歪める。
「それで、結局お前は何しにきたんだ?」と、大浜新右衛門が聞く。
『う~ん、言った通り、監視なんだよね。それ以上もそれ以下もないというか――今君たちが不安に思っている通り〈卒院式〉は急遽中止に……君たちはこの施設から出ずに、このまま待機してもらうことになる』
「――なっ!」「中止なのっ!?」「施設から出ずにって、どういうこと!!」
再び混沌が巻き起こるかと思ったが――、
「待てッ!!!」
――と、食堂中に届く声が飛ぶ。
<再現子>全員からの視線を一身に受けたのは、大浜新右衛門だった。
「こう各自話していては埒が明かない。一人ひとり冷静に質問していこう」
大浜新右衛門が“むい”を正面から睨む。
「――確認したいのだが、この状況のこのタイミングで現れたということは、今我々が置かれている状況にも、物事の順を追って説明をしてくれると考えて相違ないか?」
大浜新右衛門の問いに“むい”が応える。
『もちろん』
「では、我々の今後についても話があると考えていいのだろうか?」
『もちろん』
「……職員の方々が誰一人姿を見せないことも?」
『ああ、全てだよ』
“むい”がゆっくりと話し出した。
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