R ―再現計画―

夢野 深夜

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第1章 楽園は希望を駆逐する

第1話 C棟(1日目) その4

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 ――唐突に食堂の天井にあるスピーカーから警告音が鳴り響く。


 食堂中に響き渡る不穏な音。焦燥感を煽る高音と低音に、仲間たちは耳を塞ぎ口々に不満の声を挙げる。
「うわっ!? なんの音!?」「うるさっ!! ちょっと、音量下げてよ~っ!!」
 それも、警告音に負けないように大声となり、仲間たちは席から立ち上がる。食堂内は一気にパニックになった。


「な、なんだいきなりッ!?」
「うわっ、なになにッ!?」
「……警報だね」
 大浜新右衛門、織田流水、白縫音羽が耳を押さえる。


 周囲の仲間たちも席を立ち、口々に声を挙げる。
「ちょッ! なにこの音、気持ち悪~いッ!」「いったい何が起きたんだッ!」
 生理的に不快な警報み不満の声を挙げる仲間たち。

 そんな中、仲間たちのパニックとは反対に、大浜新右衛門と白縫音羽は冷静に会話をする。
「……うろ覚えだが、〈再現施設〉の警報は何種類かあると聞いた。その種類によって意味が変わるとも……」
「ああ、確かにそんなこと言っていたわ。避難訓練で毎回配られる緊急避難ファイルにも載っていたわね」

「悪いけど、さすがに憶えてないよ?」と、気まずそうな織田流水。
「我輩も他人のことは言えん……」と、大浜新右衛門が唸る。
「携帯端末に残っていれば分かるんだけどねぇ」と、白縫音羽は携帯端末を取り出す。

 <再現子>は満10歳の誕生日に、全員に携帯端末が支給される。
 搭載されているのはカメラと同等の撮影機能、撮影した画像や動画を端末同士でやり取りできる送受信機能、島内であれば繋がる連絡が取れる通信機能など、これ一つで施設内の生活に困ることはほぼなくなる。


 それで白縫音羽が探している間も、周囲の仲間たちは急に流れ出した警報に慌てふためく。


「おいおいおいっ!? どうしたってんだよ急にッ!?」「始まったッ、サプライズだッ!」「ね~これいつまで続くの~ッ!?」「ちょっと、押さないでッ! 危ないからッ!」「……遠くで爆発音が聞こえるぞ」「今日避難訓練があるって聞かされてないよ~ッ!」「何故だッ! 職員の誰にも連絡が取れないッ!」「ボ、ボク、ちょっとA棟の様子を見て来るよッ」「足踏~む~な~ッ!!」「み、皆、落ち着いてッ! こういう時こそ、訓練を思い出して――」


 場が混沌に支配されていく様子が目の前で拡がっていく。

「もう耳障りなんだっ! 止めてもいいだろっ!?」
 どこからか挙がったその叫び声を聞いて、葉高山蝶夏が呻き声を押し殺し、スピーカーに近づく。

「ま、待て、止めるのはやめろッ! 音量を下げるだけにするんだッ」
 大浜新右衛門は慌てる彼らに近づき、落ち着くように声を掛けたり動き回るのを止めていく。
 白縫音羽はそんな彼らを無視して黙々と携帯端末を探る。
 織田流水も心を落ち着かせて行動しようとすると――


「――この音は警報パターン5。≪その他異常事態発生、特に職員側に異常あり≫、を示すもの。つまり、私たちを放置していた職員側は、何か大きなトラブルに見舞われている。この警報の意味は、≪職員側からの助けを期待するな、自分たちで考えて最善の行動を取るべし≫、だよ」


「――え?」

 いつの間にか織田流水の服の袖を掴んでいたのは、一際小柄な女性――南北雪花だった。
 織田流水は、彼女が自分の傍まで近づいていることに驚きを隠せなかった。

 そして――織田流水は南北雪花の大きな瞳が潤んでいるのを見て、さらに驚愕する。

「――どうして、泣いているの……?」

 彼女は織田流水が何か言う前に顔を俯かせる。

「……ごめん、。何とかしようとしたけど、ダメだった……ごめん」

「えっ? えっ?」
 周囲の騒動と鳴り続ける警報の最中、ギリギリ聞き取れた彼女の謝罪は、織田流水の頭で形作る前に――


『おはようございます! 皆さん、今日も元気ですね~』


 ――それよりも更に異常なモノによって、上書きされた。


「あ! あ、あれって……」
 誰かの声につられた全員が、“ソレ”を見た。


 声の主は、一つのテーブルから”ゴポゴポと湧いてきた暗い液状の物体”だった。

 絶句している彼らを余所に、“ソレ”は湧き続け、テーブルの上で段々と球体の形状に成った。
 テーブルには水が湧いた跡は全く残っておらず、最初から誰かがそのテーブルの上に置いたかのようだった。


「「「…………」」」

 <再現子>の誰もが絶句して目の前の光景に目を奪われている。


 “ソレ”にはカッと見開いた両目があった。
 鼻や耳は見られず、口(と思しき場所)にはマスクのようなマークが描かれていた。
 生命体とは思えない深い藍色の球体に両目が生えたモノが姿を現した――。

 どういった原理かは全くの不明だが、声がそこからもなお響く。


『――初めまして。 “むい”と言うモノです。よろしくね。あっ、耳障りなので、音は消しますね~』
 “むい”と名乗ったソレは、テーブルからバウンドして器用に移動し、食堂の隅の足元にあるスピーカーのスイッチを弄って音量をゼロにする。



『――人間は未知との遭遇をした際、その事実に気が付ける生き物だ。動揺、焦燥、恐怖、興味、もしくは……歓喜する者もいるかもしれない。いずれにせよ、己以外の人間にも認識してもらうように言い広めるか、自らの意志を以て接近を試みることだろう。ただ、前者は野次馬根性、後者は浅薄愚劣。あまり褒められたものじゃないね』

 “むい”はバスケットボールくらいの大きさを維持し、バウンドしながら饒舌に語る。

『しかし、歴史を紐解くとそうした愚か者がいたおかげで人類が進歩していることがよく分かる――しかるに、そうした”愚か者”を叱るのは一概に是とは言えないのだな』

 ソレは、表面積の3割を占めるくらい大きい双眸をギョロギョロと動かすが、常にあらぬ方向に視線を向けている。

『万民に意志や誇りは理解されず、後ろ指をさされバカにされ、認められるのは結果を出せた時だけ。その哀れな境遇を思うと、偉人に対して気の毒に思うよ。ただまあ……偉人のであるキミたちの前で言うことではないかな。アッハッハッハッハッ!』


 ソレは、無邪気にケタケタと笑い声を挙げた。

――自分たち人間と変わらない、見馴れた感情を持っているようだった。

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