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第1章 楽園は希望を駆逐する
第1話 C棟(1日目) その3
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「珍しいことも重なることだな」
「本当にねぇ、なにか準備でも遅れているのかしら」
「……準備、か……」
そう話す三人――大浜新右衛門と白縫音羽と織田流水は、時計を眺めていた。
時間は定刻――10時を迎えていたが、職員は誰一人姿を見せないし、食堂に備え付けられた受話器も何も反応していない。
大浜新右衛門も織田流水もタイムスケジュールの遅れは珍しいと思うが、さして重大には感じていなかった。
白縫音羽もさして興味はなさそうだ。
『卒院式』は<再現計画>最後の一大イベントだ。
このようなトラブルも、今日だからこそ起こるだろうか、と3人ともある意味、都合よく捉えていた。
そうしている間も、定刻から1分、2分と時間が過ぎていく。
だが、周囲の様子も賑やかさに何も変化がない。
タイムスケジュールの遅れに気が付いていない者が大半のようだった。
「…………」
一つ、織田流水が気になる点としては――、
「――誰を見ているんだい?」
「えっ!? えっとぉ……っ」
出し抜けに白縫音羽から疑問をかけられ、織田流水は泡を食う。
「雪花に何か変わったところでもあったかい?」
「えっ? えっ、えっとぉ」
白縫音羽に指摘されたことが図星であったため、どもる織田流水。見かねて大浜新右衛門が口を挟む。
「おい、わかっているなら一々聞いてやるな……それより、変わったこととはなんだ?」
大浜新右衛門の質問に白縫音羽が素直に答える。
「ん、早くから居るのが珍しいから私も今朝から観察していたんだけど……口数が少なくて、素直に着席しておとなしくしているわ」
「……それの何が変わっているんだ? アイツはそんな騒ぐ性格ではないだろう?」と、大浜新右衛門。
「そんなことないよ? 南北さんもスゴく機嫌がいい時もあるよ?」と、織田流水。
「そうなのか……っと、すまん」
話題が横道に逸れたのを素早く察した白縫音羽が、軽く手を振って、目の前の二人の気を引き本題に戻す。
「以前、忍が言っていたんだけど、雪花の機嫌の良し悪しには一つの傾向があってね。それを知っているから流水は気にしているんでしょう。知っての通り、彼女の持ち前の超能力で未来を視れるんだけど……」
「そうなのかッ!?」
「いまさらッ!?」
大浜新右衛門の驚きに織田流水がツッコミを入れる。
「……いや、たしかに噂には聞いていたが、本当だったとは……」
南北雪花――本人がいない場で言及するのは少々気が引けるが、彼女の<再現子>は<超能力者>である。
その能力の幅は、テレパシーや透視、千里眼、予知、念力、念写、サイコメトリーが可能であることが周知だ。
他にどんな超能力ができるかは本人の口から聞かないと分からない。
ちなみに、瞬間移動やパイロキネシスはできないと彼女本人が証言している。
「13ヶ月もいて知らなかったんだね……」
織田流水は同情というよりも、信じられないといった顔で大浜新右衛門を見る。
「そう言ってやらないで、流水。彼なりの彼女への気遣いだったんだから」
白縫音羽がヤレヤレと言いたげな顔で織田流水を止める。
「え? どういうこと?」
「……無駄話はいい、続けろ」
大浜新右衛門が有無を言わせず先を進めたため、白縫音羽は「さすがは“保育士”を目指すだけあるよねって話」とすぐに切り上げた。
「さて――周知の超能力についてだけど、それは万能じゃないということに気が付いたのが、忍よ。雪花本人は既に知っていたのか、はたまた忍が本人よりも早く見抜いたのかは分からないけど……とにかく、一つの傾向があるの」
白縫音羽は指を一本立てる。
「それは、自分が関係する未来しか見られないということ」
「自分?」
織田流水の疑問に白縫音羽が答える。
「逆説的に、自分と関係のない未来は見えない、ということ。自分が関わること……とはいえ、どの程度まで含まれるかは忍ちゃんの仮説から離れることはできないけれど、自分が登場する未来なら見える。具体例で言うならば、事件の目撃者ならば事件の予知ができる。代わりに、間接的に見聞きするものは不安定になる。つまり――」
白縫音羽が南北雪花を見遣る。
「――雪花の今のテンションが低いのは、“そうした未来”を視たからじゃないの?」
「そうした未来とは?」
「自分に……もとい自分たちに降りかかる不幸を視たのではないか? ってことさ」
大浜新右衛門の問いに白縫音羽が答える。
「…………」
「ははぁ、流石は<探偵>、だね。どんな調査と推理をしたら『予知』というオカルトにそんな法則を見出せるのか……」
織田流水が感心しながら、南北雪花を見る。
当の本人は同じテーブルに着いている仲間たちが談笑している最中でも、顔を落とし、自分の手元を静かに眺めている。
――自分の不幸が視えているならば、その気落ちしているような様子にも説明がつくのか?
今日までタイムスケジュールの遅れなど一度も発生しなかったこの<再現計画>で起きた、たかだが数分の遅刻と、南北雪花のよくあるローテンションを、絡ませてよいのだろうか?
大浜新右衛門はジロリと白縫音羽を睨む。
「――その話、信憑性は高いのか?」
「さあ。当たるときは当たるし、外れるときは外れるわ」と、白縫音羽は何食わぬ顔で答える。
「高いか低いかを聞いているのだ」
「高くても外れるし、低くても当たるわ。目に見えない人の能力に、尺度を設けようなんて見当違いじゃない?」
「…………」
大浜新右衛門が口を閉ざすと、入れ違いに織田流水が口を開く。
「でも――だったらなんで南北さんは誰にも話さないの?」
「さあ? あの娘の秘密主義者っぷりは周知の事実でしょう? 本人に聞かないとわからないわ」
「……そ、それは……そうだけど……」
二の句を告げずにいる織田流水を余所に、大浜新右衛門がガタッと立ち上がる。
「よしっ、確認してくる! 本人に聞かねば分かるまいし……聞けば分かることだ!」
「えっ!? 急に聞きに行くの!? それはちょっと……!」
「いってらっしゃい」
空気を読め、と暗に織田流水が宥めようとしたところ、白縫音羽が呑気に送り出す。
大浜新右衛門が「うむ」と歩き出そうとしたときに。
――“地獄”が開幕する。
「本当にねぇ、なにか準備でも遅れているのかしら」
「……準備、か……」
そう話す三人――大浜新右衛門と白縫音羽と織田流水は、時計を眺めていた。
時間は定刻――10時を迎えていたが、職員は誰一人姿を見せないし、食堂に備え付けられた受話器も何も反応していない。
大浜新右衛門も織田流水もタイムスケジュールの遅れは珍しいと思うが、さして重大には感じていなかった。
白縫音羽もさして興味はなさそうだ。
『卒院式』は<再現計画>最後の一大イベントだ。
このようなトラブルも、今日だからこそ起こるだろうか、と3人ともある意味、都合よく捉えていた。
そうしている間も、定刻から1分、2分と時間が過ぎていく。
だが、周囲の様子も賑やかさに何も変化がない。
タイムスケジュールの遅れに気が付いていない者が大半のようだった。
「…………」
一つ、織田流水が気になる点としては――、
「――誰を見ているんだい?」
「えっ!? えっとぉ……っ」
出し抜けに白縫音羽から疑問をかけられ、織田流水は泡を食う。
「雪花に何か変わったところでもあったかい?」
「えっ? えっ、えっとぉ」
白縫音羽に指摘されたことが図星であったため、どもる織田流水。見かねて大浜新右衛門が口を挟む。
「おい、わかっているなら一々聞いてやるな……それより、変わったこととはなんだ?」
大浜新右衛門の質問に白縫音羽が素直に答える。
「ん、早くから居るのが珍しいから私も今朝から観察していたんだけど……口数が少なくて、素直に着席しておとなしくしているわ」
「……それの何が変わっているんだ? アイツはそんな騒ぐ性格ではないだろう?」と、大浜新右衛門。
「そんなことないよ? 南北さんもスゴく機嫌がいい時もあるよ?」と、織田流水。
「そうなのか……っと、すまん」
話題が横道に逸れたのを素早く察した白縫音羽が、軽く手を振って、目の前の二人の気を引き本題に戻す。
「以前、忍が言っていたんだけど、雪花の機嫌の良し悪しには一つの傾向があってね。それを知っているから流水は気にしているんでしょう。知っての通り、彼女の持ち前の超能力で未来を視れるんだけど……」
「そうなのかッ!?」
「いまさらッ!?」
大浜新右衛門の驚きに織田流水がツッコミを入れる。
「……いや、たしかに噂には聞いていたが、本当だったとは……」
南北雪花――本人がいない場で言及するのは少々気が引けるが、彼女の<再現子>は<超能力者>である。
その能力の幅は、テレパシーや透視、千里眼、予知、念力、念写、サイコメトリーが可能であることが周知だ。
他にどんな超能力ができるかは本人の口から聞かないと分からない。
ちなみに、瞬間移動やパイロキネシスはできないと彼女本人が証言している。
「13ヶ月もいて知らなかったんだね……」
織田流水は同情というよりも、信じられないといった顔で大浜新右衛門を見る。
「そう言ってやらないで、流水。彼なりの彼女への気遣いだったんだから」
白縫音羽がヤレヤレと言いたげな顔で織田流水を止める。
「え? どういうこと?」
「……無駄話はいい、続けろ」
大浜新右衛門が有無を言わせず先を進めたため、白縫音羽は「さすがは“保育士”を目指すだけあるよねって話」とすぐに切り上げた。
「さて――周知の超能力についてだけど、それは万能じゃないということに気が付いたのが、忍よ。雪花本人は既に知っていたのか、はたまた忍が本人よりも早く見抜いたのかは分からないけど……とにかく、一つの傾向があるの」
白縫音羽は指を一本立てる。
「それは、自分が関係する未来しか見られないということ」
「自分?」
織田流水の疑問に白縫音羽が答える。
「逆説的に、自分と関係のない未来は見えない、ということ。自分が関わること……とはいえ、どの程度まで含まれるかは忍ちゃんの仮説から離れることはできないけれど、自分が登場する未来なら見える。具体例で言うならば、事件の目撃者ならば事件の予知ができる。代わりに、間接的に見聞きするものは不安定になる。つまり――」
白縫音羽が南北雪花を見遣る。
「――雪花の今のテンションが低いのは、“そうした未来”を視たからじゃないの?」
「そうした未来とは?」
「自分に……もとい自分たちに降りかかる不幸を視たのではないか? ってことさ」
大浜新右衛門の問いに白縫音羽が答える。
「…………」
「ははぁ、流石は<探偵>、だね。どんな調査と推理をしたら『予知』というオカルトにそんな法則を見出せるのか……」
織田流水が感心しながら、南北雪花を見る。
当の本人は同じテーブルに着いている仲間たちが談笑している最中でも、顔を落とし、自分の手元を静かに眺めている。
――自分の不幸が視えているならば、その気落ちしているような様子にも説明がつくのか?
今日までタイムスケジュールの遅れなど一度も発生しなかったこの<再現計画>で起きた、たかだが数分の遅刻と、南北雪花のよくあるローテンションを、絡ませてよいのだろうか?
大浜新右衛門はジロリと白縫音羽を睨む。
「――その話、信憑性は高いのか?」
「さあ。当たるときは当たるし、外れるときは外れるわ」と、白縫音羽は何食わぬ顔で答える。
「高いか低いかを聞いているのだ」
「高くても外れるし、低くても当たるわ。目に見えない人の能力に、尺度を設けようなんて見当違いじゃない?」
「…………」
大浜新右衛門が口を閉ざすと、入れ違いに織田流水が口を開く。
「でも――だったらなんで南北さんは誰にも話さないの?」
「さあ? あの娘の秘密主義者っぷりは周知の事実でしょう? 本人に聞かないとわからないわ」
「……そ、それは……そうだけど……」
二の句を告げずにいる織田流水を余所に、大浜新右衛門がガタッと立ち上がる。
「よしっ、確認してくる! 本人に聞かねば分かるまいし……聞けば分かることだ!」
「えっ!? 急に聞きに行くの!? それはちょっと……!」
「いってらっしゃい」
空気を読め、と暗に織田流水が宥めようとしたところ、白縫音羽が呑気に送り出す。
大浜新右衛門が「うむ」と歩き出そうとしたときに。
――“地獄”が開幕する。
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