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 ジュエルがアリアを名前で呼ぶことは滅多になかった。
 いつもはお嬢さんフロイラインなんて呼んでいるのに。
 そのことにアリアは少しだけ驚いて「はい」と答える。

「……キミを攫い行った理由を、占いの結果だと話したことがあったね」
「はい」
「私は生まれた時から、こんな頭をしていてね。家族と暮らしているだけなら良いが、一歩外へ出れば化け物と罵られた。だから両親が死んで一人になって街へ出ても、まともな職にもつけなくて。物珍しさに売られかけたりもしたね。そうして気が付いたら、こうして空賊なんてものになっていた」

 ジュエルの口から、彼の境遇が少しだけ語られる。
 苦い感情もあるだろう。だが彼の声はしっかりとしたものだった。

「顔も、今の状態も。……まぁ、もちろんね。悪いとは思っていないよ。むしろ良いものだ。だけど両親のように、誰かと結婚して家庭を築くなんてことは無理だと、諦めていた」

 その時にたまたま占い師と出会ったのだそうだ。
 ほんの気まぐれに占ってもらった結果が『攫った相手と恋に落ちる』というものだ。

「馬鹿げていると思った。ありえないと思った。でも、一度だけ、どうしても試してみたくて。……だからキミを攫いに行ったんだ」
「うふふ。光栄でしたわ!」
「ああ。――――そう言ってくれて、笑いかけてくれて、どんなに嬉しかったか」

 ジュエルはふっと表情を和らげる。
 骨の顔の、瞳の見えない暗闇から、優しい眼差しを感じた。

「……アリア。キミが私と、この船で過ごしてくれたら、嬉しい。キミが私と、一緒に町を歩いてくれたら、嬉しい。それで、キミが私を好きになってくれたら、とても嬉しい」

 そこまで言うとジュエルは息を吸って、

「私はキミが好きだ」

 と、告げた。アリアは大きく目を見開いた。
 それから少しして言葉を理解して、かあっと顔が熱くなる。

「あ、あの、ジュエル様! 好きって、あの」
「キミに恋をしているという意味だ」
「で、でも! 大事な方が船にいらっしゃるんでしょう!?」
「キミのことだよ。まったく伝わっていなかったがね」

 あわあわと、アリアは動揺しながら両手で口を覆う。
 どうしよう、どうしよう。その感情でいっぱいいっぱいになりながらアリアは、

「で、でも、あの、わたくし、嫁ぎ先が……」

 と言うと、ジュエルは胸ポケットから何かを取り出した。
 大粒の、金色の光を宿したかのような宝石だ。ジュエルとデートをした花畑に咲いていた、夕焼けに照らされた花の輝きに似ている。

「先ほど言っただろう? とんでもなく高く売れる宝石が手に入ったって。これを売れば、キミの家の借金を返せるくらいの額になる。……もっともこれは、自分が売られそうになった時に知ったものだがね」

 嫌な記憶だったが、何ごとも無駄な経験などないのだとジュエルは言う。

「……白状すると、あの花畑に行ったのは、これを手に入れるためもあってね」

 そう言えば、確かにジュエルは確かに『この花が放つ光には妖精の力が宿っていて、ごく稀にとても美しい宝石を生み出すと言われている』とも言っていた。
 ジュエルとのダンスが楽しくて、アリアはすっかり忘れていたが。

「もちろんキミとデートしたかったのは本当だ。……女性に対して、こんな気持ちを抱いたのは初めてだから、何もかもがへたくそだったがね」

 そう言ってジュエルは肩をすくめて見せる。
 それから再びアリアを見上げ、

「この宝石で作った金で借金を返して、キミの自由な時間を取り戻したい。その上で――――その時間を、もう一カ月でも構わないから、私にくれないだろうか」
「時間を?」
「ああ。その間に、私の出来る限りで、キミに好きになって貰えるように努力する。だからどうか、これを受け取って欲しい」

 懇願するようにジュエルは言う。
 たった一カ月ではあるが、アリアはジュエルがどんな人なのか知っている。全てではないけれど、彼が紳士的で、優しいことを知っている。
 だから。
 アリアはぎゅっと手を握った。

「……宝石の、お金は必ず返します。時間はかかりますが、必ず、お返しします」
「…………」
「だから、ジュエル様。わたくしに――――わたくしと! その時間を一緒に過ごして頂けませんか?」
「え」

 断られると思っていたのか、ジュエルは驚いて顔を上げる。

「働きます。稼ぎます。そしてその間に、わたくし、あなたにもっと好きになって貰えるように、努力したいんですの!」

 アリアがそう言うと、ジュエルは弾かれたように立ち上がった。

「ほ、本当に? 良いのかね!?」
「そ、それはわたくしの台詞だと思いますの!」
「いや、だが……ああ、うそだろう……まさか、本当になるなんて……」

 感極まったようにジュエルは繰り返しながら、アリアの手を取る
 そして、

「キミが好きだ。大好きだ。―――――愛している」

 心からの声で、そう言ったのだった。
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