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12 音楽の魔法
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フィガロにとって音楽は自分の全てだった。
家族を亡くし、家を奪われ、地道に積み重ねて来た信用も一瞬で消え去った。
そんなフィガロに残ったのは音楽だけだのだ。
とは言えフィガロはお世辞にも優れた音楽家ではなかった。
自分の音楽の価値と言うものが、他者の評価で成り立つのならば、それこそ低いものだったのだろうと思う。
演奏をしても作曲をしても、フィガロの音楽は路傍の石のように人の耳を通り過ぎて行く。
特別ではないありふれたモノ。それがフィガロの音楽に対する世間の評価だった。
自分の音楽は人の耳には残らない。
その事を理解していても、フィガロは自分の音楽を恥じる事は一度も無かった。
ピアノを弾くのが楽しい。作った曲を聴いてもらいたい。
フィガロはその一心でピアノを弾いてきた。ひたすらに音楽に向き合って来た。
――だから。
だから自分の音楽を好きだと言ってもらえて嬉しかった。
今はもういない家族と、あの時の言葉が本心かどうかは今ではもう分からないがニコロに。
◇ ◇ ◇
フッと目を覚ました時、フィガロはトバリの足の上に横になっていた。
(あれ、何でこんな事に?)
そう思いながら目をこすると、その動きがトバリに伝わったようで、
「あ、起きた起きた」
とフィガロを見下ろして言った。
「大丈夫? 身体がだるいとかない?」
そしてそうも聞いてくる。
今まで何をしていたっけと、フィガロはぼんやりする頭で少し考えて、そう言えば魔法の訓練をしていた事を思い出した。それで魔力を一度全部放出しようとか言われて、だんだん視界が暗転して。
そこまで考えて、ああ自分は気絶したんだっけとフィガロは思い出した。
「いえ、まったく。大丈夫です」
ひょいと身体を起こしてフィガロはそう答える。
だるさも、痛みも、苦しさも特に感じない。いつも通りの感覚だ。そう答えるとトバリは少しほっとした様子だった。
「そっか。ごめんねぇ、魔力の放出スピードがちょっと速すぎた。もう少し時間をかけて、眠るように気絶するはずだったんだけど」
「それはそれで毒みたいな事を仰りますね?」
「毒というよりは乾燥かな。干物になっちゃうね」
「妖精の干物……」
それは砂漠にある国で聞く『ミイラ』という奴ではないだろうかとフィガロは思った。
まぁ、それはそれとして。どうやら魔力放出のアレに関しては、トバリからすると少々想定外だったらしい。神様も失敗ってするんだなとフィガロは少し微笑ましい気持ちが湧いて来た。
「いや本当に干物にならなくて良かったな……」
……しかし直後にそんな呟きが聞こえて来た。実はちょっとまずかったのではないだろうかと考えて、フィガロの表情は固まる。
けれどもここを追及すると怖いので、とりあえず生きているのだし深く考えるのはやめようと、フィガロは疑問と好奇心にそっと蓋をする事にした。
そして若干引き攣った笑顔を浮かべ、
「と、とりあえず魔法の訓練、続きをお願いできますか?」
とトバリに聞いた。彼は「そうだね」と頷く。
それから右手を差し出してくるので、フィガロはひょいとそこに乗った。するとそのままテーブルの上に乗せられる。フィガロは恐る恐る足をついた。土足でテーブルの上に立つのは、やはり、なかなか緊張するものだからだ。
トバリはそんなフィガロの心境などお構いなしに「それじゃあ、始めるよ」と言った。
「基本的に魔法というものはイメージなんだ」
トバリはそう話し始めた。
魔法というものは、体内に保有する魔力を使って起こす一種の奇跡であり学問だ。
そんな魔法を使うための一連の流れは、まずはどのような魔法を使うかイメージし、次に身体の中の魔力を必要な分を掬い上げ、最後にそれをイメージした通りに練り上げて放つ。この三段階で行われる。
そう聞いて、おや、とフィガロは思った。魔法が使えなかったフィガロだが、それでも知っているくらい有名な特徴的なモノが、その工程に入っていない事に気が付いたからだ。
「魔法を使える方って、呪文を唱えていませんか?」
「あれは集中力を高めるためのポーズだね」
「ポーズ?」
「例えば、そうだねぇ。今から火を出せと言われた時に、お嬢さんならどのくらいのモノをイメージする?」
「松明の火……くらいですかね?」
「うん。それじゃあそのイメージをしている時に、空から雨が降ってきたらどう思う?」
「火が消えないか心配だなと思いますね」
「そういう事。つまりね、魔法を使おうとして練り上げたイメージが、何らかの要因で崩れてしまうんだ。それだけで魔法は失敗する」
トバリは右手を軽く握り、それから開く。するとそこから、ポン、と軽快な音と共に粉のような光がキラキラと空中を舞った。
「いかに集中力を保てるか、それが魔法にとっては一番大事な事なのさ。そのために呪文がある。口から声を出す、言葉にする。それが大事なんだよ。魔法を使う目的じゃなくてもね」
そこまで言うとトバリは開いて手を再び握り、人差し指をピンと立てた。今度はそこから現れた光が彼の周囲に光の鍵盤を作り出す。
わ、とフィガロの顔が明るくなると、トバリは小さく微笑んだ。
「お嬢さんは本当にピアノが好きだね」
「大好きです!」
「うん。だから無意識に出来てしまったんだ。豊潤な魔力があって、頭の中で明確なイメージが出来ていたから。それが危険な事だって分かるよね」
「はい」
ほんの少し浮かれていた気持ちを見透かすようにトバリは言う。フィガロも、ハッ、として神妙な顔で頷いた。
音楽の事で頭がいっぱいだったから、あの時は運良く光の鍵盤が出た。
けれどもし、あの時自分がもっと別の想像をしていたら――例えば、誰かに復讐しようとしていたり、危害を加えようとしていたら、その方法を明確に想像した時点で恐ろしい事になっていたのかもしれない。
それを理解すると背筋に冷たいモノが走って、フィガロの表情が一気に青くなった。
「……私にはピアノしかなかったので。だからそれしか、自分には無いと思っていたんですけれど」
「うん」
「ピアノだけがあって良かったです」
前の人生では自分が胸を張って誇れるものはピアノだけだった。ある意味フィガロは不器用だったのだ。
本当はもっと色々出来たら、器用であったら、送っていた人生はもっと気楽なものだったかもしれない。
けれどこうして改めてトバリから話を聞くと、それだけに熱意を注いでいて良かったとフィガロは思った。
なので浮かんで来た気持ちのままにトバリにそう言うと、彼は意外そうに目を丸くした後、優しい表情へと変わった。
「……なるほど、これは受けが良い」
面白そうに言うトバリにフィガロは首を傾げる。意味はよく分からないが、声の雰囲気から悪い方ではなさそうだな、くらいの事は分かった。
それからフィガロの魔法の訓練は続いた。
何だかんだで覚えようとするモノが音楽の魔法という事が良かったらしい。フィガロに馴染みのあり、想像もしやすいその魔法を習得するには、意外と時間は掛からなかった。
――まぁ、簡単に、というわけではないのだが。
最初の頃に思ったが、このトバリという神は意外とスパルタなのだ。朝から晩まで、多少の休憩時間を挟んでみっちりとフィガロは魔法の訓練を受けた。
怒られもしないし、呆れられる事もない。ただ笑顔で「よーし、やってみよう」みたいな軽い調子で、課題をどんどん増やして行くのである。
もしかしたらトバリは生き物の体力が、しっかりあるとでも思っているのかもしれない。
悪意のない善意とは恐ろしいものだ。訓練の内容を夢に見るほどに、フィガロは魔法漬けの時間を過ごした。
たまに様子を見に来たオボロとカグヤが、
「え……それ本当にやってるの……?」
「手心というものは……?」
とドン引きするようなくらいである。魔法の勉強なんてした事のないフィガロは、そこで「あ、これ普通じゃないんだ」と理解した。
しかしそれを理解したところで、しんどいのでもう少し緩くしてください、なんてフィガロは言えない。
そして出来るだけ早く習得しなければ自分はいつまでも魔王城のただ飯食らいである。それはそれで耐えられない。
まぁ、神が一緒なのだ、死ぬ事はないだろう。頭の中に不穏な発言がちらつくが、フィガロはそこだけは信用して、トバリの訓練を受け続けた。
そうして二週間程たった頃、ようやくフィガロはトバリから合格判定をもらったのである。
にこにこと褒めてくれるトバリ。
よく頑張ったと、なぜか涙ぐみながら労ってくれるオボロとカグヤ。
フィガロも思わず、ぐす、と鼻をすすった。
「努力が報われるっていいものですね……」
しみじみとそう思った。思い返せば、そういう経験はあまり多い方ではなかった気がする。じーん、と感動していると、
「それじゃあ、さっそく弾いてみたらどうだい?」
トバリからそう提案された。仕事もそうだが、フィガロはピアノを弾きたい気持ちもあってこの魔法を学んだのだ。
なので「そうですね!」と元気に返事をして、フィガロは音楽の魔法を使い始めた。
すると、ふわり、と自分の周りに光の鍵盤が現れる。
見慣れた並びに懐かしさを感じながら、フィガロは指で鍵盤を押す。ポーン、と澄んだ音が響いて、フィガロの口の端が上がった。
その音を聞きながらフィガロは何を弾こうか考える。
妖精として生まれ変わって最初の弾く曲だ。何となく特別感がある。
少し考えて、フィガロは自分が一番好きな曲を弾く事にした。
両手を鍵盤の上にのせ、ゆっくりと押す。
ポロン、と柔らかなメロディーがフィガロの指先から奏でられ始める。
この曲はフィガロの両親が歌ってくれた子守歌だ。フィガロ同様に音楽家であった両親が、フィガロのために作ってくれた曲である。
両親が作った曲は家と共に奪われた。けれどもフィガロは一度たりとも、その曲を忘れた事はなかった。
懐かしいなぁなんて思いながらフィガロは弾く。
すると不思議な事に、自分の周りからキラキラとした光が現れ、音符へと変化していくではないか。
二週間ずっと魔法を訓練していたから分かる。これは魔力の光だ。音符がフィガロの演奏に合わせて空中を舞いながら、トバリやオボロ、カグヤの身体に吸い込まれて行く。
「……身体の疲れが」
ぽつりとオボロが呟いた。そう言えば音楽の魔法には、そういう効果があると言っていた気がする。魔法で光の鍵盤を出したら、するっとそれが出来るのかとフィガロが感心していたら、
「そこは、まだ教えてないんだけどな……」
トバリのそんな呟きが聞けてきた。ついでに「ルクスフェン様さぁ……」なんて事も言っている。
……もしかしたらこれも加護の影響かもしれない。
良いのか悪いのかトバリの言葉からは推測が出来ない。
(けれど、今はまぁ、いいか)
久しぶりにピアノが弾けて楽しい。
フィガロはただただそれだけを感じながら、指を動かし続けた。
家族を亡くし、家を奪われ、地道に積み重ねて来た信用も一瞬で消え去った。
そんなフィガロに残ったのは音楽だけだのだ。
とは言えフィガロはお世辞にも優れた音楽家ではなかった。
自分の音楽の価値と言うものが、他者の評価で成り立つのならば、それこそ低いものだったのだろうと思う。
演奏をしても作曲をしても、フィガロの音楽は路傍の石のように人の耳を通り過ぎて行く。
特別ではないありふれたモノ。それがフィガロの音楽に対する世間の評価だった。
自分の音楽は人の耳には残らない。
その事を理解していても、フィガロは自分の音楽を恥じる事は一度も無かった。
ピアノを弾くのが楽しい。作った曲を聴いてもらいたい。
フィガロはその一心でピアノを弾いてきた。ひたすらに音楽に向き合って来た。
――だから。
だから自分の音楽を好きだと言ってもらえて嬉しかった。
今はもういない家族と、あの時の言葉が本心かどうかは今ではもう分からないがニコロに。
◇ ◇ ◇
フッと目を覚ました時、フィガロはトバリの足の上に横になっていた。
(あれ、何でこんな事に?)
そう思いながら目をこすると、その動きがトバリに伝わったようで、
「あ、起きた起きた」
とフィガロを見下ろして言った。
「大丈夫? 身体がだるいとかない?」
そしてそうも聞いてくる。
今まで何をしていたっけと、フィガロはぼんやりする頭で少し考えて、そう言えば魔法の訓練をしていた事を思い出した。それで魔力を一度全部放出しようとか言われて、だんだん視界が暗転して。
そこまで考えて、ああ自分は気絶したんだっけとフィガロは思い出した。
「いえ、まったく。大丈夫です」
ひょいと身体を起こしてフィガロはそう答える。
だるさも、痛みも、苦しさも特に感じない。いつも通りの感覚だ。そう答えるとトバリは少しほっとした様子だった。
「そっか。ごめんねぇ、魔力の放出スピードがちょっと速すぎた。もう少し時間をかけて、眠るように気絶するはずだったんだけど」
「それはそれで毒みたいな事を仰りますね?」
「毒というよりは乾燥かな。干物になっちゃうね」
「妖精の干物……」
それは砂漠にある国で聞く『ミイラ』という奴ではないだろうかとフィガロは思った。
まぁ、それはそれとして。どうやら魔力放出のアレに関しては、トバリからすると少々想定外だったらしい。神様も失敗ってするんだなとフィガロは少し微笑ましい気持ちが湧いて来た。
「いや本当に干物にならなくて良かったな……」
……しかし直後にそんな呟きが聞こえて来た。実はちょっとまずかったのではないだろうかと考えて、フィガロの表情は固まる。
けれどもここを追及すると怖いので、とりあえず生きているのだし深く考えるのはやめようと、フィガロは疑問と好奇心にそっと蓋をする事にした。
そして若干引き攣った笑顔を浮かべ、
「と、とりあえず魔法の訓練、続きをお願いできますか?」
とトバリに聞いた。彼は「そうだね」と頷く。
それから右手を差し出してくるので、フィガロはひょいとそこに乗った。するとそのままテーブルの上に乗せられる。フィガロは恐る恐る足をついた。土足でテーブルの上に立つのは、やはり、なかなか緊張するものだからだ。
トバリはそんなフィガロの心境などお構いなしに「それじゃあ、始めるよ」と言った。
「基本的に魔法というものはイメージなんだ」
トバリはそう話し始めた。
魔法というものは、体内に保有する魔力を使って起こす一種の奇跡であり学問だ。
そんな魔法を使うための一連の流れは、まずはどのような魔法を使うかイメージし、次に身体の中の魔力を必要な分を掬い上げ、最後にそれをイメージした通りに練り上げて放つ。この三段階で行われる。
そう聞いて、おや、とフィガロは思った。魔法が使えなかったフィガロだが、それでも知っているくらい有名な特徴的なモノが、その工程に入っていない事に気が付いたからだ。
「魔法を使える方って、呪文を唱えていませんか?」
「あれは集中力を高めるためのポーズだね」
「ポーズ?」
「例えば、そうだねぇ。今から火を出せと言われた時に、お嬢さんならどのくらいのモノをイメージする?」
「松明の火……くらいですかね?」
「うん。それじゃあそのイメージをしている時に、空から雨が降ってきたらどう思う?」
「火が消えないか心配だなと思いますね」
「そういう事。つまりね、魔法を使おうとして練り上げたイメージが、何らかの要因で崩れてしまうんだ。それだけで魔法は失敗する」
トバリは右手を軽く握り、それから開く。するとそこから、ポン、と軽快な音と共に粉のような光がキラキラと空中を舞った。
「いかに集中力を保てるか、それが魔法にとっては一番大事な事なのさ。そのために呪文がある。口から声を出す、言葉にする。それが大事なんだよ。魔法を使う目的じゃなくてもね」
そこまで言うとトバリは開いて手を再び握り、人差し指をピンと立てた。今度はそこから現れた光が彼の周囲に光の鍵盤を作り出す。
わ、とフィガロの顔が明るくなると、トバリは小さく微笑んだ。
「お嬢さんは本当にピアノが好きだね」
「大好きです!」
「うん。だから無意識に出来てしまったんだ。豊潤な魔力があって、頭の中で明確なイメージが出来ていたから。それが危険な事だって分かるよね」
「はい」
ほんの少し浮かれていた気持ちを見透かすようにトバリは言う。フィガロも、ハッ、として神妙な顔で頷いた。
音楽の事で頭がいっぱいだったから、あの時は運良く光の鍵盤が出た。
けれどもし、あの時自分がもっと別の想像をしていたら――例えば、誰かに復讐しようとしていたり、危害を加えようとしていたら、その方法を明確に想像した時点で恐ろしい事になっていたのかもしれない。
それを理解すると背筋に冷たいモノが走って、フィガロの表情が一気に青くなった。
「……私にはピアノしかなかったので。だからそれしか、自分には無いと思っていたんですけれど」
「うん」
「ピアノだけがあって良かったです」
前の人生では自分が胸を張って誇れるものはピアノだけだった。ある意味フィガロは不器用だったのだ。
本当はもっと色々出来たら、器用であったら、送っていた人生はもっと気楽なものだったかもしれない。
けれどこうして改めてトバリから話を聞くと、それだけに熱意を注いでいて良かったとフィガロは思った。
なので浮かんで来た気持ちのままにトバリにそう言うと、彼は意外そうに目を丸くした後、優しい表情へと変わった。
「……なるほど、これは受けが良い」
面白そうに言うトバリにフィガロは首を傾げる。意味はよく分からないが、声の雰囲気から悪い方ではなさそうだな、くらいの事は分かった。
それからフィガロの魔法の訓練は続いた。
何だかんだで覚えようとするモノが音楽の魔法という事が良かったらしい。フィガロに馴染みのあり、想像もしやすいその魔法を習得するには、意外と時間は掛からなかった。
――まぁ、簡単に、というわけではないのだが。
最初の頃に思ったが、このトバリという神は意外とスパルタなのだ。朝から晩まで、多少の休憩時間を挟んでみっちりとフィガロは魔法の訓練を受けた。
怒られもしないし、呆れられる事もない。ただ笑顔で「よーし、やってみよう」みたいな軽い調子で、課題をどんどん増やして行くのである。
もしかしたらトバリは生き物の体力が、しっかりあるとでも思っているのかもしれない。
悪意のない善意とは恐ろしいものだ。訓練の内容を夢に見るほどに、フィガロは魔法漬けの時間を過ごした。
たまに様子を見に来たオボロとカグヤが、
「え……それ本当にやってるの……?」
「手心というものは……?」
とドン引きするようなくらいである。魔法の勉強なんてした事のないフィガロは、そこで「あ、これ普通じゃないんだ」と理解した。
しかしそれを理解したところで、しんどいのでもう少し緩くしてください、なんてフィガロは言えない。
そして出来るだけ早く習得しなければ自分はいつまでも魔王城のただ飯食らいである。それはそれで耐えられない。
まぁ、神が一緒なのだ、死ぬ事はないだろう。頭の中に不穏な発言がちらつくが、フィガロはそこだけは信用して、トバリの訓練を受け続けた。
そうして二週間程たった頃、ようやくフィガロはトバリから合格判定をもらったのである。
にこにこと褒めてくれるトバリ。
よく頑張ったと、なぜか涙ぐみながら労ってくれるオボロとカグヤ。
フィガロも思わず、ぐす、と鼻をすすった。
「努力が報われるっていいものですね……」
しみじみとそう思った。思い返せば、そういう経験はあまり多い方ではなかった気がする。じーん、と感動していると、
「それじゃあ、さっそく弾いてみたらどうだい?」
トバリからそう提案された。仕事もそうだが、フィガロはピアノを弾きたい気持ちもあってこの魔法を学んだのだ。
なので「そうですね!」と元気に返事をして、フィガロは音楽の魔法を使い始めた。
すると、ふわり、と自分の周りに光の鍵盤が現れる。
見慣れた並びに懐かしさを感じながら、フィガロは指で鍵盤を押す。ポーン、と澄んだ音が響いて、フィガロの口の端が上がった。
その音を聞きながらフィガロは何を弾こうか考える。
妖精として生まれ変わって最初の弾く曲だ。何となく特別感がある。
少し考えて、フィガロは自分が一番好きな曲を弾く事にした。
両手を鍵盤の上にのせ、ゆっくりと押す。
ポロン、と柔らかなメロディーがフィガロの指先から奏でられ始める。
この曲はフィガロの両親が歌ってくれた子守歌だ。フィガロ同様に音楽家であった両親が、フィガロのために作ってくれた曲である。
両親が作った曲は家と共に奪われた。けれどもフィガロは一度たりとも、その曲を忘れた事はなかった。
懐かしいなぁなんて思いながらフィガロは弾く。
すると不思議な事に、自分の周りからキラキラとした光が現れ、音符へと変化していくではないか。
二週間ずっと魔法を訓練していたから分かる。これは魔力の光だ。音符がフィガロの演奏に合わせて空中を舞いながら、トバリやオボロ、カグヤの身体に吸い込まれて行く。
「……身体の疲れが」
ぽつりとオボロが呟いた。そう言えば音楽の魔法には、そういう効果があると言っていた気がする。魔法で光の鍵盤を出したら、するっとそれが出来るのかとフィガロが感心していたら、
「そこは、まだ教えてないんだけどな……」
トバリのそんな呟きが聞けてきた。ついでに「ルクスフェン様さぁ……」なんて事も言っている。
……もしかしたらこれも加護の影響かもしれない。
良いのか悪いのかトバリの言葉からは推測が出来ない。
(けれど、今はまぁ、いいか)
久しぶりにピアノが弾けて楽しい。
フィガロはただただそれだけを感じながら、指を動かし続けた。
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