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3 第二の人生……人生?

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 その日、モントシュテルは頭を抱えていた。
 理由は同僚の女神ルクスフェンがやらかした・・・・・からだ。

 きっかけは部下からの報告だった。ルクスフェンがお気に入りの人間を転生させようとしていると耳の早い部下から聞いたモントシュテルは、大急ぎで彼女の元へ向かった。
 本来であればそういう生き死にの関係は、音楽の女神ルクスフェンの管轄外――つまり他人の仕事だ。勝手に手を出せば余計ないざこざが起きかねない。
 そして、そういういざこざの解決を押し付けられるのが、主神の補佐をしているモントシュテルだ。ただでさえ仕事量が多いのだから、当人同士で解決しろよとモントシュテルは何度も思ったものだ。

 モントシュテルには主神の補佐なんて仰々しい役職名がついているが、要は主神の雑用係である。
 神々の仕事の監視、調整と関係各所への連絡、揉め事の解決。もっとあるが、そういう細かな仕事が全部モントシュテルに振られてくるのだ。
 しかも厄介な事に神という奴は大抵が大雑把で傲慢だ。それはこの世界の生き物に対してもそうで、神自身は良かれと思ってやった事も、相手からすればただ振り回されただけという事が多々ある。そしてそれによって被害が起きる。
 それらを何とかするのがモントシュテルの仕事だった。

 そしてたった今、ルクスフェンがそれ・・をやらかした。
 彼女のお気に入りの人間を転生させる直前に「ちょっとだけ」加護を増やしたのである。

「ちょっと、ルクスフェン!? 俺の話、ちゃんと聞いていました!?」
「だってぇ~……」

 モントシュテルが目を吊り上げて怒ると、ルクスフェンはしょんぼりと肩を落とした。彼女は数々の神を恋に落したと言われている上目遣いで可愛らしくこちらを見上げているが、それどころではない。

「俺、今ちゃんと、危険性をしっかり説明しましたよね?」

 神の加護は少量であれば確かに良い方向へと作用する。けれども与え過ぎれば毒にも呪いにもなるのだ。
 先ほどモントシュテルが「弾け飛ぶ」と表現したが、あれは比喩ではなく実際に起きた話である。神から与えられた加護に耐えきれずに、魂がパンと弾けて消滅してしまった事が何度かあるのだ。
 消滅するだけならまだ良いが、下手をすると強力な呪いになってその場に残り続ける事もある。

「で、でもでも、ほら、フィガロちゃんは大丈夫だったし!」
「奇跡的に今はね」

 モントシュテルは、ハァ、とため息を吐いた。
 転生させる際に、魂は一時的に強度・・が薄くなり、消滅に近い形をとる。そのタイミングでルクスフェンが加護を増やしたものだから、薄くなった部分を加護――というか魔力が補完する形で収まって弾けずに済んだのだろう。
 しかし、前例はほとんどない。今は無事でも転生させた後にどんな影響を及ぼすか、モントシュテルにも分からなかった。頭痛を感じながらモントシュテルはルクスフェンをじろりと睨む。

「……それで、最後は一体何の加護を与えたんです?」
「……幸運」
「幸運!? うわぁ、マジでそれ与えたんですか!?」

 ルクスフェンの答えにモントシュテルはさすがに引いた。神が与える加護の中で『幸運』は取り扱いが面倒な部類に入るのだ。
 言葉の通り、単純に運が良くなるだけなら良いのだが『幸運』の加護は下手をすると、本人以外にも影響を及ぼす。極端な例を挙げれば、一つの国や現地の生態系がおかしくなるレベルの大事になる可能性がある。
 モントシュレルは「マジかよ……」と手で顔を覆った。するとさすがのルクスフェンもまずいと思ったのか、慌てて弁解をし始めた。

「だ、だって、フィガロちゃん、とっても運が悪いの。二十五年しか生きてないのに、人間の一生で起こる不幸の数のほとんどが起きているのよ?」
「えっ、何それ。呪われていたりしません?」
「でしょう? でもね、呪われている感じはしなかったの」
「ふーん……? となると前世か何かであったって感じですかねぇ。まぁ、その辺りはレテの担当か……」

 モントシュテルは髪をがしがしと乱暴に掻く。

「……あ~、だけどそれなら、元々の不運とルクスフェンの加護が相殺されているかもしれませんね」
「そうよね! だからちょっとしっかりめに加護を与えちゃってても大丈夫よね」
「……ルクスフェン?」
「あっ」

 ルクスフェンは「しまった」と言わんばかりに両手で口を覆った。

(この女神は本当に……)

 モントシュテルはこめかみをピクピクさせながら強く目を閉じた。
 神であるモントシュテルにとって、フィガロが弾けて死ぬかどうかというのは、この際どうでも良い。人間の生死というものは神にとっては些細なものだからだ。
 問題は加護の方である。
 先ほども言った通り、強すぎる加護は周囲にすら影響を及ぼす毒にも呪いにもなる。それが加護を与えられた当人だけが影響を受けるのならばモントシュテルだって気にしたりはしない。そうでないから頭が痛いのだ。
 幸いフィガロを転生させた先は、モントシュテルが担当しているシュテルンビルトだ。自分の管轄内であればどうにか手を出せる。

(……とりあえず俺の部下を送って、しばらく様子を見させるか。ああ、ほんっと頭が痛いなぁ!)

 そう思いながらモントシュテルは目を開くと、これだけは言わねばと口を開く。

「ルクスフェンは主神にめちゃめちゃ怒られてください」
「ええー!?」

 ルクスフェンは両手を頬に当てて、悲痛な声を上げたのだった。



◇ ◇ ◇



 さて、そんな騒ぎの中心人物に意図せずなってしまったフィガロは、気が付いた時には神殿のような場所にいた。
 壁や柱が黒色で統一され、星と月の模様が描かれたその部屋の中央。そこの大きな台座の上で、フィガロは横たわっていたのである。

「…………ここは」

 ぼんやりしながらフィガロはそう呟く。
 確か音楽の女神ルクスフェンが自分を転生させてくれると言って、夜の神モントシュテルが転生先は自分の担当地区で……と言っていた気がする。
 だんだんと意識がはっきりしてくると、フィガロはハッと飛び起きた。そして自分の身体をペタペタと触って確かめる。
 服こそ着ていないが、ちゃんと体温を持った自分の身体がそこにあった。
 ――生きている。
 その事を実感して、フィガロは両手を組んで天井を見上げた。

「ルクスフェン様、モントシュテル様、ありがとうございます……!」

 そして二柱に感謝の祈りを捧げる。本当に転生させてくれたのだと感動していると、

「やれやれ、ようやく起きたかねぇ」

 なんて声が台座の下の方から聞こえて来た。
 フィガロは目を丸くして、恐る恐るそちらの方を覗き込む。すると台座のすぐ傍の床に、黒色のゆったりとした衣装を身に纏った巨大な男が、床でごろりと寝転がっているではないか。
 長い黒髪を首の後ろで結び、両目のあたりを目のような模様の描かれた布で隠している、少々異様な装いの男だ。思わずフィガロは短く悲鳴を上げて後ずさる。
 そんなフィガロをよそに男は、あくびをしながら身体を起こした。

「きょ、きょ、巨人……!?」
「ちょっとちょっと、その反応は酷いんじゃない? こちとらモントシュテル様に命じられて、お嬢さんが起きるのをずっと待っていたってのに」
「モントシュテル様に……ですか?」
「そうそう。それから巨人族ってはのハズレね。ボクも神だよ。そして大きさは一般人サイズだ。違うのはお嬢さんの方」
「わ、私……ですか?」
「そ。自分の身体をよく見てごらん」

 男はそう言うと、懐からアンティーク風の手鏡を取り出し、フィガロの方へ向けた。

「え?」

 フィガロは目を瞬いた。曇り一つない鏡面には背中に虫の翅のようなものを生やしたフィガロが映っている。見た目は十五、六くらいだろうか。死んだ時よりも若返っていて、フィガロは目を剥いた。

「お若い……ッ!」
「自分の姿を見て一番最初に反応するところ、そこ?」
「だって死んだ時二十五くらいでしたから。いやぁ若返ったなぁって……」
「人間で二十五なら言うほど年でもないでしょうに。っていうかね、そこじゃない。もっと違う部分あったよね?」
「翅がありますね」
「ありますね……何この子」

 あっけらかんとフィガロが答えれば、男からは呆れた眼差しを向けられてしまった。

「いや、何か身体を丈夫にしてくれるとか色々言われたので……化け物になってないだけマシかなぁって……」
「化け物って、どんな転生をさせようとしたんだ、ルクスフェン様は……。まぁ、いいや。お嬢さん、翅以外に気付いた事は?」
「翅以外と言われても……」

 うーん、と首を傾げながらフィガロはもう一度手鏡を覗き込む。
 若返っているが基本的な容姿は生前のフィガロそのままだ。それ以外に違うところと言うと……と考えて、そう言えば彼はサイズがどうのと言っていた気がする。

(……あれ?)

 フィガロはもう一度男を見上げ、それから手鏡に映る自分を見る。
 何度か見比べて見て、ようやくフィガロは理解した。

「私のサイズが小さい……?」
「ご明察!」

 男は軽快に手を叩いて頷いた。

「ルクスフェン様はお嬢さんを転生させた、までは良いね。その際に人間ではなく別の種族にしたんだよ。見た目から察しているかもしれないが魔族だ。お嬢さんの場合は妖精だね」
「妖精……」
「そうそう。それでボクはモントシュテル様から、しばらくお嬢さんの御守を仰せつかった眠りの神トバリ。よろしくね」

 そう言ってトバリと名乗った男――もとい神はサムズアップした。

「それで、お嬢さん。お名前は?」
「フィガロです」
「あら、名前は元のままでいいの? 新しい人生だよ?」

 トバリは少し首を傾げてそう聞いて来た。
 そう言えば……とフィガロは思う。一度死んで新しい人生を歩むのならば、名前もそうした方が良いのかもしれない。
 だがフィガロと言う名前は、何もかもを失ったフィガロにとって、ピアノの腕以外に残った唯一のものだ。亡くなった家族が呼んでくれた大事な名前だ。
 フィガロは指で頬をかくと、

「フィガロで」

 とトバリに言う。すると彼は軽く頷いて「分かった」と笑った。

「……ところで、お嬢さん。さっきから気になっていたんだけど」
「何ですか?」
「恥じらいないの?」

 トバリは何とも不思議そうに言う。
 恥じらい、とは何の事だろうか。そう考えてフィガロはハッと自分の身体を見下ろした。
 そう言えば全裸だった。

「ぅぎゃーっ!?!?」

 フィガロはそう叫ぶと、転げ落ちるように台座を降りて、そこで自分の身体を隠した。だいぶ手遅れ感が強いが、それでもフィガロはトバリに向かって必死に頼んだ。

「ふ、服はありませんか! 布でも良いです!」
「はいはい、ちょっと待っててね」

 トバリはそう言うと、人差し指を立てて、空中でくるくると円を描いた。するとその指先から夜空のような煌めきをもった黒色の光の糸が現れ、フィガロの身体にしゅるしゅると巻き付いて来る。
 そうして身体を覆い尽くすと、ふわり、と形を変え、黒色のワンピースとなった。トバリの着ている衣装とよく似たデザインだ。

「はい、これでオーケー」
「あ、ありがとうございますぅ……すごい、質が良い服……」

 安堵の息を吐いてフィガロはよたよたと立ち上がる。
 トバリは台座をぐるりと回ると、フィガロのいる方へと近づいて膝をついた。そして右手を差し出してくれる。

「はい、乗って。まだ背中の翅で飛べないでしょうし」
「あ、お邪魔します……。というか、飛べるんですね……」
「まぁ妖精だからね」

 フィガロがそろりとその手に乗ると、トバリはよいしょと立ち上がった。
 視界が高くなる。人間だった頃には見慣れた高さなのに、何とも不思議な感覚だ。
 トバリはそのまま歩き出した。

「どちらへ?」
「ま、いつまでもここにいるわけにはいかないしね。……それにしてもお嬢さん、ボクの言う事をあっさり信じたね」
「お世話になった神様のお名前が出ましたので」
「そかそか。ボクとしては手間が省けたからいいけど、こりゃ別の意味で心配だな~」

 トバリはそんな事を言っている。
 彼の手の上で揺られながら、そう言えばとフィガロは重要な事を思い出した。

「ところでトバリ様。ここは一体どこなのでしょうか?」
「ああ、そうだった。説明してなかったね」

 フィガロの質問にトバリは軽く頷く。
 そんな話をしていると、二人は大きな扉の前に到着した。
 トバリはドアノブを握ると、扉を開きながら、

「ここはモントシュテル様が担当している地区――魔族の国シュテルンビルトだよ」

 と言ったのだった。
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