9 / 11
第九話「――――せめて船で」
しおりを挟む翌日は、雲一つない青空が広がる良い天気だった。
シュネーとスタッグは昨晩同様に簡単に朝食を済ませると、スタッグの仲間がいるという場所へ向かう事になった。
スタッグが言うには、この小島からそう遠くはない場所にあると言う。
とは言え、船もなく、イカダなどを作るような道具や材料もないので、泳いで渡る事になる。
シュネーは泳ぎはそれほど苦手ではないが、長距離には不安があった。だがスタッグが適度に休憩を挟んだり、足が着く場所を選んで進んでくれたので、何とか辿り着く事が出来たのだ。
そこは周囲から見え辛い入り江にある洞窟だった。
海から上がると、シュネーはぜいぜいと肩で息をする。歩くのとは違って、普段はあまりしない行動は体力を使うものである。
だが、ここでへばっては、自分が来た意味が無いとシュネーは深呼吸して気合を入れた。
スタッグの後ろをついて歩いて行くと、そこには大きな船があった。
帆には髑髏のマークはないが、スタッグの海賊船だろうか。この国の船よりは小さいが、どっしりとした立派な船である。
シュネーはそれを見ながら、滑り落ちないように注意して岩肌を歩いて行く。
少し行くと、息絶えたバジリスクを見つけた。全身が灰色の固い鱗で覆われたワニのような魔獣である。これがスタッグに石化の呪いをかけた張本人だ。
バジリスクはコカトリスと違い、視線で相手を石化させる事が出来る。
まるで魔法のようであったと、バジリスクの石化の呪いを目の当たりにした人間は口々に話す。
魔法であるのか、そうでないのかは、はっきりとした事は分からない。だがこの国には、メデューサという石化の魔眼を持った魔女を食らったから、という伝説が残されていた。
さて、そんなバジリスクの身体には、一本の剣が鱗を砕いて突き刺さっている。
先述のように、バジリスクの体は固い鱗で覆われている。剣を弾き、矢を弾くこの鱗には、生半可な攻撃は通らない。
その鱗を貫いているという事は、相当の力で叩きつけたのだろう。
シュネーがスタッグを見ると、彼は苦い笑みを浮かべた。
「このバジリスクにやられたんです。何とか倒せはしましたが……」
この様ですよ、とスタッグは右腕を上げて見せた。
「いえ、倒せた事はすごいと思います」
本当にそう思ったので、シュネーはそう讃える。
スタッグは指で顔をかいて「いやぁ」と笑った。
「それで、石化した人たちは、どちらに?」
「ええ、はい。船の上に移動させてあります」
「全員ですか?」
「全員ですね」
スタッグは頷いた。
どのくらいの人数がいたのかはシュネーは知らないが、そんなに少なくはないだろう。
それを片腕が石化した状態で、一人で全員運んだとスタッグは言う。
いくらスタッグが力があるとは言えど、簡単に出来る事ではない。
「――――せめて船で」
スタッグは船を見上げた。シュネーもそれにつられて顔を上げる。
「誰一人として、僕は助けられなかった。だから、せめて、船と一緒にいさせてやりたかったんです」
スタッグの声に滲むのは後悔だ。だが、それでも、スタッグは悔やむばかりで足を止める事はなかった。出来る限りの事をスタッグはしたのだ。
シュネーはそう思ったら、
「だからスタッグさんは、生きようとしたのですね。船と家族を守ろうと」
なんて言葉がぽろりと口から零れていた。
スタッグは驚いたようにシュネーを見る。そうした後でスタッグは穏やかな笑みを浮かべた。
「《見通しの》のお弟子さんらしい」
どうやら正解だったようだ。
師匠の弟子らしいと褒められて、シュネーはくすぐったくなった。
スタッグは船の傍まで行くと、その大きな手で船体を軽く叩く。
「僕らはね、故郷に帰れなかったり、そもそも故郷がない連中の集まりなんですよ。だからここが僕らの家」
「海を渡る家とは素敵ですね」
「ははは。シュネーさんみたいなお嬢さんに素敵だなんて言われたら、船も喜びます」
シュネーが褒めると、スタッグは満更でもなさそうに笑う。
それから船を見上げながら、
「さて、それじゃあ、上がりますか」
とシュネーに言った。
◇ ◇ ◇
甲板に上がってみれば、そこには石化したスタッグの仲間たちがずらりと並んでいた。
数は十五人前後くらいだろうか。年齢は様々で、シュネーよりも年下に見える子もいれば、スタッグより年上に見える人もいる。
スタッグはシュネーに、自分たちは故郷がなかったり、故郷へ帰れないのだと話してくれた。
彼らをスタッグが受け入れたのか、それとも、気が付いたら集まっていたのか、それはシュネーには分からない。
だが船を家と呼んだスタッグにとって、彼らはきっと、家族だったのだ。
――――同じだな。
そんな事をシュネーは思った。
シュネーは元々孤児だった。というか、孤児だった、らしい。
らしいというのは、シュネーにはその記憶がないからである。
シュネーは赤子の頃に師匠のマルコに拾われた。
とある戦場に、ぽつんと建っていた廃屋の中に捨てられていたのだ。それをマルコが拾って家に連れて帰ったのである。
その頃にはすでにコールマンもいたようで、二人揃って、慣れない子育てに四苦八苦していたのだと、シュネーは村の人から聞いた。
孤児であった、という事は、物心ついた時には知っていた。
まぁ容姿も全然似ていない――付け加えるならばマルコとコールマンも似ていない――のでそうだろうなと思っていた時に、マルコの同僚が口を滑らせたのだ。
その時のマルコとコールマンの焦り方は凄かった。マルコの同僚も床に額をこすりつけて謝っていた。
血のつながりはない、と聞いても、シュネーは特に驚きも、悲しみもなかった。そうであっても、二人が家族であるのは分かっていたからだ。
だが、三人の剣幕が怖くて、逆に泣いてしまった事は、今でも話のタネになっている。
まぁ、それはそれとして。そういう意味で同じだな、とシュネーは思った。
「…………うん、全員いるな」
甲板に上ってすぐに、人数を確認しに行ったスタッグはそう言って頷いた。
どうやら誰も欠けてはいないようだ。
いくら人目に付きにくい入り江にある洞窟だとしても、数日間離れていれば盗人に入られる可能性はある。
だが、問題はないようだ。
良かったと思いながら、シュネーは持っていた鞄から鞄からランプと、魔法に使う薬等を取り出し始めた。
スタッグの症状が悪化する事を危惧して、念のため持ち歩いていたのが功を成したようだ。瓶に入れていないものの幾つかは濡れてはいたが、魔法として使う分には問題ない。
シュネーはランプの蓋を空けると、それらをざっと中へと入れた。
魔法に使う薬等は、対象の数や使う魔法の大きさによって量が変わる。今回は人数が多いので、ランプの中はそういったものでいっぱいになった。
ランプの中がここまで一杯になるのはシュネーは初めてだったが、師匠のマルコはその状態でも問題なく魔法を使っていた。なので、きっと大丈夫だろう、と独り言つ。
シュネーは蓋を閉めて、ランプをノックするように叩く。カンカン、と音を立ててランプはロッドのように変化した。
そうしていると、スタッグがシュネーの所へ戻って来た。
「ぞれでは、何かする事はありますか?」
「あとは魔法を使うだけなので大丈夫ですよ」
シュネーはそう答えると、ロッドの底を甲板につけた。
「そうですか、それなら――――あ、そうだ。ちょっと待ってください」
「どうしました?」
「シュネーさん、せっかくなので、うちの船に乗ってみませんか」
スタッグがにこやかに言う。
船には、もう載っているのだけれども。シュネーはスタッグが言っている意味が分からず、
「と、言いますと?」
と聞き返した。するとスタッグがぴん、と指を一本立てて、
「船を出そうと思いまして」
と言った。シュネーは目を瞬く。
言われてみれば、確かにこのまま魔法を使っても少し心配だな、シュネーは思った。
魔法を使えばスタッグの記憶からシュネーと関わった部分が消える。消えたあとは、残った部分を断片的に繋ぎ合わせたものが、スタッグの記憶となるのだ。たぶんスタッグは混乱するだろう、とシュネーは考える。
それにスタッグの仲間たちも、石化が解けたとしても、石化していた体は衰弱しているはずだ。まともには動けないだろう
その状態で、軍などに見つかったらどうなるか。この洞窟であれば確かに人目には付きにくいが、万が一がある。
それにシュネーには、コールマンがあのまま放置してくれる、とは思えなかった。
この洞窟は王都からそう離れてはいない。だからこそ、周囲の海を船で虱潰しに探せば、ここが見つかる可能性がある。
そして洞窟の出入り口を塞がれてしまえば、逃げ場はない。
一応、洞窟の奥の方へ続く道もあるが、船を置いて逃げれば拿捕され、石化したスタッグの仲間たちも捕まるか――――破壊されるかだろう。
だから予め動けるようにしておこうとスタッグが言っているのだとシュネーは考えたのだ。
「なるほど、入口を塞がれたら、逃げようがありませんものね」
「え?」
「ほら、コールマン兄さんは、そう簡単に逃してくれませんので」
「…………ああー」
シュネーの言葉に、スタッグは何度か頷いた。そっちか、とも呟いている。
その様子を見ると、どうやらお互いに考えていた事が、少しズレていたようだ。
何か違うらしい、という事は分かったが、それが何であるかは思い当たらず、シュネーは首を傾げた。
「…………これは仲間に怒られる奴だ、うん」
「え?」
「いえ、こちらの話です。そうですね、軍の船に塞がれてしまっては、どうにもなりません。では準備をしてきますので、少しお待ちを」
「私も何かお手伝いを」
「いえいえ、慣れてますから。まだ疲れているでしょうし、休んでいてください」
シュネーが手伝いを申し出ると、スタッグは走って行った。
船の知識は、シュネーにはあまりない。なので手伝いを断られてしまった以上、出来る事はない。
お言葉に甘えて、シュネーは少し休憩させて貰う事にした。
船が動いたのは、スタッグの言う通りそれから「少し」してからだった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【前編完結】50のおっさん 精霊の使い魔になったけど 死んで自分の子供に生まれ変わる!?
眼鏡の似合う女性の眼鏡が好きなんです
ファンタジー
リストラされ、再就職先を見つけた帰りに、迷子の子供たちを見つけたので声をかけた。
これが全ての始まりだった。
声をかけた子供たち。実は、覚醒する前の精霊の王と女王。
なぜか真名を教えられ、知らない内に精霊王と精霊女王の加護を受けてしまう。
加護を受けたせいで、精霊の使い魔《エレメンタルファミリア》と為った50のおっさんこと芳乃《よしの》。
平凡な表の人間社会から、国から最重要危険人物に認定されてしまう。
果たして、芳乃の運命は如何に?
家出令嬢が海賊王の嫁!?〜新大陸でパン屋さんになるはずが巻き込まれました〜
香月みまり
恋愛
20も離れたおっさん侯爵との結婚が嫌で家出したリリ〜シャ・ルーセンスは、新たな希望を胸に新世界を目指す。
新世界でパン屋さんを開く!!
それなのに乗り込んだ船が海賊の襲撃にあって、ピンチです。
このままじゃぁ船が港に戻ってしまう!
そうだ!麦の袋に隠れよう。
そうして麦にまみれて知ってしまった海賊の頭の衝撃的な真実。
さよなら私の新大陸、パン屋さんライフ〜
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
どーも、反逆のオッサンです
わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる