ニワトリ王子の魔術伯

石動なつめ

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第九話 パフェのおはなし

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 私の心情がてんやわんやだったが、アイリス様への誕生日プレゼント選びは以外とスムーズだった。
 ベルン様いわく、アイリス様は花が好きなのだそうだ。
 なら普段使うものに、花の意匠のついたものを選んではどうかと私が提案すると、ベルン様は「良いですね!」と喜んでくれた。

 そして選んだのは花の意匠のついた手鏡だ。背面にキラキラと輝く小粒な宝石が百合の花の形に並んでいるものである。
 この優れたところは、魔力を込めるとふわりと鏡が光を放つところだ。これならば夜会や、夜に開かれる舞踏会に持って行った時に安心である。

 やり遂げた達成感を感じながら、私とベルン様は近くのカフェで休憩をする事になった。
 もちろん近くに護衛の人もいるので、二人きりと言うわけではないが。
 ……二人きり。
 何か、デートだの、可愛いだの言われてしまったから、妙に意識してしまう。何ておこがましいんだ、私。
 
 それにしてもカフェである。
 ほとんど家から出ない私にしてみれば、カフェなんて何年ぶりだろう。
 ちょっとワクワクしながら、今のオススメのストロベリーパフェなるものを頼んでみた。
 ベルン様はチョコレートパフェにしたようだ。チョコレートも美味しいよね。

「パフェなんて、初めてです」

「私もだいぶ久しぶりです! 楽しみですね」

「はい! 楽しみです!」

 パフェが待ち遠しくてにやける私の目の前で、ベルン様はにこにこ笑ってそう言った。

「イングリット、今日は本当にありがとうございます、助かりました」

「いえ、私こそありがとうございました。雑貨を取り扱う店にも、魔術が絡んだ商品が置いてあるのが分かって、嬉しかったです」

 これは本当だ。
 普段、外に出る事はないため、魔術関係の道具が欲しい時は兄に買ってきてもらうか、店に注文して届けてもらうかのどちらかだった。
 なので目的の店以外は知らないのだ。だから新しい発見が出来て嬉しかった。
 ベルン様も「イングリットの目が輝いていたのが分かりました」と言っていた。そ、そんなに分かりやすかっただろうか。

「魔術の道具はもちろんですが、それ以外だとイングリットはどんなものを貰ったら嬉しいですか?」

「私は書き物を多くしますので、ペンとか、インクとかですねぇ。いくらあっても足りないくらいです」

「なるほど……」

 ふむふむ、と呟きながらベルン様はポケットからメモ帳を取り出して、さらさらとペンを走らせた。
 あ、書きやすくて有名なブランドのメモ帳だ。ベルン様は分かってらっしゃる。
 でも何故メモを取られたのだろうか?
 そう思いながら見ていると、注文したパフェが二つ、届けられた。
 持ってきてくれたのはミルク色の髪のウェイターだ。
 
「お待たせしました、ストロベリーパフェとチョコレートパフェです」

「わあ! ありがとうございます! 美味しそうですね」

「ふふ、当店の自慢のパフェです」

 そう言って、ウェイターはテーブルの上にパフェを置く。

――――それを見たとたん、ぞっとした。

 これは よくない ものだ。

 私の『幸運』の聖痕が、そう告げている。心臓が、急に早鐘を打ち始める。
 そう自覚したとたん、反射的にウェイターの腕を掴んでいた。
 ウェイターは驚いたように目を見開く。

「食べては駄目です、ベルン様」

「――――!」

 私がそう言うと、ベルン様は直ぐに護衛を呼んだ。
 彼らは怖い顔になってテーブルへ駆け寄って来る。

「あ、あの、一体何が……」

「失礼。パフェの中身を、改めさせてもらう」

 騎士の一人がそう言ってパフェに粉――毒や呪いなどを『色』として浮かび上がらせる鑑定石の粉を振りかけた。
 すると、美味しそうなパフェの色が、濃い紫へ変色していく。
 この色は呪術だ。
 ウェイターを掴んでいる手とは逆の手を、私はパフェに向ける。そして素早く呪文を唱えると、二つのパフェの中から赤黒い欠片と共に、文字が浮かび上がり始めた。
 赤黒い欠片は、呪術の媒介。文字は呪術を構成する言葉だ。

 この者を起点に、王族とそれに連なる者へ呪いを。

 文字にはそう記されていた。
 どうやら私とベルン様の両方を狙っての呪術のようだ。
 サッとベルン様が青褪める。魔術式の古いタイプの文字が、どうやらベルン様も読めるらしい。

「大丈夫です、ベルン様。このタイプは体内に入って発動させる事で、初めて効果を発揮するもので、何もしなければ問題ありません」

「イングリット……」

「大丈夫です。それよりも……」

 言いながらウェイターを見上げる。彼はいかにも「困惑しています」という表情を浮かべたままだ。
 私は掴んだ腕を離さないように、拘束用の魔術を紡ぎながら睨む。

「この呪術は、近くにいないと発動できないものです。――――あなたですね」

「……………………」

 ウェイターは目を見開いて、次の瞬間、ニタリ、と嫌な笑顔を浮かべた。

「……ああ、なるほどなるほど。さすが魔術伯の人間というわけか。ニワトリ王子が、ニワトリのように泣きわめく姿を見たかったのですが」

 どろりと、纏わりつくような気味の悪い声だった。
 護衛達が剣を抜き、前後から男の首につきつける。
 私はウェイターを逃がすまいと拘束の魔術を発動する。
 バチバチと音を立てて、光の縄が男の身体に巻き付いていくが、ウェイターは特に気にしていない様子だった。

「フフ、ウフフ……なかなか良い強度の拘束魔法ですねェ」

「あなたは誰ですか?」

 ウェイターに向かって、ベルン様は問いかける。

「私の事はご存じなのでは? 昔からお世話になっていたでしょう『黒靴』ですよ」

「ええ、知っています。ですが、私は今、あなたの名前を伺っています」

「おやおや。知ったところでどうします。やる事なす事変わらないでしょう? 黒靴、とお呼びくださいな」

 クスクス笑いながら、ウェイターこと『黒靴』は言う。
 組織の名前と同じだと、少しややこしいけれど、ひとまずそう呼んでおこう。
 これだけ大勢の人間に囲まれているにも関わらず『黒靴』は飄々としている。
 やっぱり、父さん達が言ったとおり、捕まったら弾け飛んで消えれば良い、というような考えなのだろうか。

 ……そう言えば、何でここまで王族を呪うんだろう。
 王族に限った話ではないかもしれないけれど、十年前の件ならば、恨むのは原因となった私の方だ。
 なのにどうして、そう思ったので私は問う。

「あなた達の組織が潰されるきっかけになったのは私です。なのにどうして、狙うのは私ではないんです?」

「イングリット、それは!」

「『黒靴』に逆恨みされましたので。ご存じでしょう?」

 私がそう聞くと『黒靴』は片方の眉を上げた。
 それから、ふうん、と呟く。
 そして興味深そうに目を細め、

「ええ、知っていますよ。フフ。あれね、本当に逆恨みでしたからねェ。ちびっこに悪い事したと思っているんですよ? だから知らん顔しているなら、そのまま放っておいてあげようと思ったのに」

「え?」

「まぁ、いいや。せっかく宣言してくれたんだ」

 なんていうと、カッと目を見開いた。
 その瞬間、拘束用の魔法が弾け飛んだ。
 相手が魔術師の可能性があったから、だいぶ強度を上げたものなのに……!
 けれど驚いてばかりはいられない。すぐに次の魔術を唱えようとした時、目の前に『黒靴』の顔があった。
 近い。
 男の目が、口が、猫の爪のような弧を描く。

「イングリット!」

 ベルン様の焦った声が聞こえる。

「いいものみーつけた」

 にたり、と笑う『黒靴』の身体から、黒い霧が噴出される。
 視界が一気に黒で染まる。
 魔術の何かだ。抵抗呪文を。
 そう思いながら、口で呪文を唱えている間に、私の意識は闇の中に落ちた。
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