9 / 14
第八話 自己肯定感の低いイングリット
しおりを挟む
ベルン様と約束の日。私はとんでもなく緊張していた。
理由は単純に、家族が今日の事をデートだなんだと言うからである。
いやいや、そんな事はないだろう。だって今日は、アイリス様の誕生日プレゼントを選ぶだけなのだ。
ない、絶対に、ない。
そう自分に言い聞かせている間に、うちで働いてくれているメイド達によって、私は綺麗に着飾られてしまった。
普段、あまり袖を通さないようなお洒落なワンピースを着させられ、薄っすらと化粧まで施されて。
……いや、これ、気合を入れ過ぎではないだろうかと心配になる。
普段とのギャップが激しくて、ベルン様から「誰ですか?」なんて言われる未来が目に映るようだよ。
なんて事を兄に言ったら、
「そこまで劇的に変化していないから大丈夫だよ」
と言われた。
「待って兄さん! それだと、頑張ってくれたメイドの皆さんに申し訳ないよ! あんな素材からこんなに立派な感じにしてくれたのに!」
「あんな素材って」
「あんな素材! ビフォアー! アフター!」
私は飾ってある写真を指さしてから、今の自分を指さす。
すると兄は心底呆れた顔になり、
「イングリットの自己肯定感の低さは何とかしないとな……」
と呟いた。ついでに残念そうな目まで向けられている。
解せぬ、どうしてだ。
私が明らかに納得できないという顔をしていると、メイド達が口々に、
「イングリットお嬢様は元から素材は良いのです!」
「そうです! 私達は常々思っておりました、お嬢様を着飾りたいと!」
「念願が叶いました、ありがとうございますフレデリク様!」
などと、勢いよく言ってくれた。
何故だ、どうして誰も私に同意してくれないんだ。
私がぐぬぬと唸っている前で、兄は満足そうに頷いて、
「君達、苦労をかけるけど、これからもイングリットをよろしくね」
とメイド達に向かって頼んでいた。
彼女達は「お任せください!」と力強く請け負ってくれている。
何だか私のことなのに若干の蚊帳の外感……。
……あれ、この感覚、最近もあったな。
そんな事を感じていると、ベルン様が到着されたと連絡があった。
急いで玄関へ向かうと、外出着に身を包んだベルン様の姿がある。
ベルン様は私達を見るとにこりと微笑み、
「こんにちは、イングリット、フレデリク。少し早く着いてしまってすみません」
「いらっしゃいませ、ベルン様。お待ちしておりました」
「こ、こ、こんにちは!」
スマートに挨拶を返す兄の横で、私は盛大に噛みながら頭を下げる。
ふふ、とベルン様が小さく笑う声が聞こえた。
「今日のイングリットは、いつにも増して可愛らしいですね。よくお似合いです」
「あ、ありがとうございます……」
褒められて照れくさくなる。
……だけど、ほら兄さん、メイドの皆さん。ベルン様がいつにも増してって言ったよ。
普段の残念な雰囲気が、メイドの皆さんのパワーで向上したとベルン様は言っているじゃないか。
私が「どうだ!」と思って兄を見れば、殊更残念そうな目を向けられた。
「考えている事が顔に出てるけど、言葉をちゃんとよく考えようね」
そして、そんな風に言われた。分からない。
まぁとりあえず、それは置いておいて。
私はベルン様の馬車に乗せて頂いて、マロウ家を出発したのである。
そう言えば、出発の間際に兄がベルン様に何かこそこそ言っていたけれど、何だろう。
そんな疑問を感じながらも、ゴトゴトと、馬車が進む音が響く。
しかしさすが王族の馬車と言ったところか、ほとんど揺れは感じないし、椅子も座り心地が良い。
ふと頭上を見れば、小ぶりの宝石が連なった照明用の魔術具が天井に飾られていた。
魔術具の間には文字が刻まれている。読んでみると、振動を吸収するタイプの術式が使われている事が分かった。
なるほど、そういう方法もあったね。これは今度うちの馬車でも試してみよう。
なんて、感心していると、
「イングリットは本当に魔術がお好きですね」
とベルン様に言われた。
あっしまった。つい魔術具に目を奪われていた。
「すすすすみません! いや、その、つい……」
「ふふ。……実はイングリットが喜んでくれるかなと思って、兄に頼んでこの馬車を貸して貰ったのです」
「そ、そうなのですか?」
「はい。兄は国のあちこちに出向く事が多いですから」
ベルン様はそう教えてくれた。
確かに、あちこち移動する事が大糸、馬車の揺れや椅子の具合は大事だよね。
……でもそんな馬車を私のために借りてくれたなんて、ちょっと感動である。
「ありがとうございます、ベルン様。勉強になります!」
私がお礼を言うと、ベルン様は「良かった」と笑ってくれた。
「ところで、あの、イングリット」
「はい、何でしょう?」
「先ほども言いましたが、本当に、今日のあなたも可愛らしいですよ。イングリットによく似合っています」
再び、褒められてしまった。
二人きりの場所で、面と向かってそう言われると照れくさい。
顔が熱くなるのを感じながら、
「あ、ありがとうございます……うちのメイドの皆さん、腕が良くて……」
「ふふ。そうですね。でも、いつものイングリットだって可愛いですよ」
「え?」
思わずぎょっとなる。
そ、そんな事はないだろうと否定しようとしても「本当ですよ」と念を押された。
困惑しているとベルン様は「フレデリクが言っていた理由が分かりました」と言って、
「兄が何か……」
「イングリットが自己肯定感が低いので、感じたままに褒めて下さい、と言われました」
兄さん!!!!!!!
思わず叫びそうになって、我慢した自分をそれこそ誰か褒めて欲しかった。
理由は単純に、家族が今日の事をデートだなんだと言うからである。
いやいや、そんな事はないだろう。だって今日は、アイリス様の誕生日プレゼントを選ぶだけなのだ。
ない、絶対に、ない。
そう自分に言い聞かせている間に、うちで働いてくれているメイド達によって、私は綺麗に着飾られてしまった。
普段、あまり袖を通さないようなお洒落なワンピースを着させられ、薄っすらと化粧まで施されて。
……いや、これ、気合を入れ過ぎではないだろうかと心配になる。
普段とのギャップが激しくて、ベルン様から「誰ですか?」なんて言われる未来が目に映るようだよ。
なんて事を兄に言ったら、
「そこまで劇的に変化していないから大丈夫だよ」
と言われた。
「待って兄さん! それだと、頑張ってくれたメイドの皆さんに申し訳ないよ! あんな素材からこんなに立派な感じにしてくれたのに!」
「あんな素材って」
「あんな素材! ビフォアー! アフター!」
私は飾ってある写真を指さしてから、今の自分を指さす。
すると兄は心底呆れた顔になり、
「イングリットの自己肯定感の低さは何とかしないとな……」
と呟いた。ついでに残念そうな目まで向けられている。
解せぬ、どうしてだ。
私が明らかに納得できないという顔をしていると、メイド達が口々に、
「イングリットお嬢様は元から素材は良いのです!」
「そうです! 私達は常々思っておりました、お嬢様を着飾りたいと!」
「念願が叶いました、ありがとうございますフレデリク様!」
などと、勢いよく言ってくれた。
何故だ、どうして誰も私に同意してくれないんだ。
私がぐぬぬと唸っている前で、兄は満足そうに頷いて、
「君達、苦労をかけるけど、これからもイングリットをよろしくね」
とメイド達に向かって頼んでいた。
彼女達は「お任せください!」と力強く請け負ってくれている。
何だか私のことなのに若干の蚊帳の外感……。
……あれ、この感覚、最近もあったな。
そんな事を感じていると、ベルン様が到着されたと連絡があった。
急いで玄関へ向かうと、外出着に身を包んだベルン様の姿がある。
ベルン様は私達を見るとにこりと微笑み、
「こんにちは、イングリット、フレデリク。少し早く着いてしまってすみません」
「いらっしゃいませ、ベルン様。お待ちしておりました」
「こ、こ、こんにちは!」
スマートに挨拶を返す兄の横で、私は盛大に噛みながら頭を下げる。
ふふ、とベルン様が小さく笑う声が聞こえた。
「今日のイングリットは、いつにも増して可愛らしいですね。よくお似合いです」
「あ、ありがとうございます……」
褒められて照れくさくなる。
……だけど、ほら兄さん、メイドの皆さん。ベルン様がいつにも増してって言ったよ。
普段の残念な雰囲気が、メイドの皆さんのパワーで向上したとベルン様は言っているじゃないか。
私が「どうだ!」と思って兄を見れば、殊更残念そうな目を向けられた。
「考えている事が顔に出てるけど、言葉をちゃんとよく考えようね」
そして、そんな風に言われた。分からない。
まぁとりあえず、それは置いておいて。
私はベルン様の馬車に乗せて頂いて、マロウ家を出発したのである。
そう言えば、出発の間際に兄がベルン様に何かこそこそ言っていたけれど、何だろう。
そんな疑問を感じながらも、ゴトゴトと、馬車が進む音が響く。
しかしさすが王族の馬車と言ったところか、ほとんど揺れは感じないし、椅子も座り心地が良い。
ふと頭上を見れば、小ぶりの宝石が連なった照明用の魔術具が天井に飾られていた。
魔術具の間には文字が刻まれている。読んでみると、振動を吸収するタイプの術式が使われている事が分かった。
なるほど、そういう方法もあったね。これは今度うちの馬車でも試してみよう。
なんて、感心していると、
「イングリットは本当に魔術がお好きですね」
とベルン様に言われた。
あっしまった。つい魔術具に目を奪われていた。
「すすすすみません! いや、その、つい……」
「ふふ。……実はイングリットが喜んでくれるかなと思って、兄に頼んでこの馬車を貸して貰ったのです」
「そ、そうなのですか?」
「はい。兄は国のあちこちに出向く事が多いですから」
ベルン様はそう教えてくれた。
確かに、あちこち移動する事が大糸、馬車の揺れや椅子の具合は大事だよね。
……でもそんな馬車を私のために借りてくれたなんて、ちょっと感動である。
「ありがとうございます、ベルン様。勉強になります!」
私がお礼を言うと、ベルン様は「良かった」と笑ってくれた。
「ところで、あの、イングリット」
「はい、何でしょう?」
「先ほども言いましたが、本当に、今日のあなたも可愛らしいですよ。イングリットによく似合っています」
再び、褒められてしまった。
二人きりの場所で、面と向かってそう言われると照れくさい。
顔が熱くなるのを感じながら、
「あ、ありがとうございます……うちのメイドの皆さん、腕が良くて……」
「ふふ。そうですね。でも、いつものイングリットだって可愛いですよ」
「え?」
思わずぎょっとなる。
そ、そんな事はないだろうと否定しようとしても「本当ですよ」と念を押された。
困惑しているとベルン様は「フレデリクが言っていた理由が分かりました」と言って、
「兄が何か……」
「イングリットが自己肯定感が低いので、感じたままに褒めて下さい、と言われました」
兄さん!!!!!!!
思わず叫びそうになって、我慢した自分をそれこそ誰か褒めて欲しかった。
0
お気に入りに追加
168
あなたにおすすめの小説
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる