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第二十五話 一緒に帰ろう

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 ある程度計画が纏まった後。
 ミツバ達は開いたままの光の大穴を見た。
 サクヤから聞いたが、やはりこの大穴は幽世と繋がっているらしい。
 彼が術で開けた穴なのだそうだ。
 先日、ヒメカが邪気を呼び出したものの大本が、これなのだとサクヤは話す。

「ミコトさんはこの大穴から幽世に行って連れて来る――で良いですか?」
「うん。あの人は自分じゃこちらへ出て来てくれないだろうからね。……責任感が強い人だよ」

 糸が切れた事は伝わるだろうから、顔を覗かせてくれても良いのにね、とサクヤは苦笑する。

「……ま、とは言え、自由に行き来が出来るってわけじゃないんだけど」
「おや、そうなんですか?」
「うん。術者がが一緒じゃないとね。つまりボクだけど……定員があるんだ。ボクを含めて三人」

 そう言ってサクヤは指を三本立てた。
 なるほど、とミツバが頷いた。

「なるほど……。じゃ、私が行きましょうか。居場所は分かりますし、邪気があるなら私も一緒の方が安全でしょう?」
「ミツバさんが行くなら僕も行きます。さすがに一人は心臓に悪いので駄目です」
「ミツバが行くならあたしも行くわよ!」
「なら俺も行くわ!」

 ミツバが手を挙げると、ソウジ、ツバキ、レンジも順番に立候補した。
 するとサクヤが半眼になる。

「あと二人だって言ったでしょ」
「天才なんでしょ、頑張んなさいよ」
「ツバキ君って面倒だなぁ……」

 真顔でサクヤは言った。本音のようだ。
 あまり相性が良くないのかなぁとミツバは思っていると「スギノさんと、森川の当主にそっくり……」なんてキキョウが呟いていた。こういう感じらしい。
 思わずミツバがスギノを見上げると、義父は若干バツが悪そうな顔になっていた。

「ボクとしてはソウジ君が良いと思うよ。鬼人の能力的に、ボクが攻め側だしさ。それに二人の手首のそれ、ここの神社の組紐でしょう? ボクのと同じさ」

 そう言ってサクヤはミツバとソウジの手首を順番に指さす。
 薄桜色のお揃いの――縁結びの組紐だ。

「二人の間に繋がりが出来てる。その方が幽世を動くには安全だ」
「……分かったわ。こっちはあたし達に任せて、しっかりやんなさい」

 サクヤの言葉にツバキは渋々とそう言った。
 それでレンジも諦めた――まぁ彼の場合はツバキが行こうとしたからだろうが――のだろう。

「気を付けろよ。無理はするんじゃねーぞ」

 と言って。スギノ達も不安そうではあったが、こちらでの諸々の対処もある。
 十分に注意するんだぞ、と心配されながら、ミツバ達は光の大穴の中に足を踏み入れた。



◇ ◇ ◇



 大穴を通った先は、薄桜神社だった。やはり場所はリンクしているらしい。
 あちこちに光る彼岸花が咲き誇っている場所を見て、ミツバは「あれ?」と首を傾げた。

「彼岸花が光ってる……」

 先ほど幽世に来た時、ミツバが見たのは常桜学園の中だけだった。
 けれどもあの場でもここまで彼岸花は咲いていないし、そもそも光ってはいなかった。普通の赤い彼岸花だったのだ。

「この彼岸花が邪気を生んでいるんだよ。光っているのがその証拠さ。君が見たのは光っていない彼岸花だったろう?」
「はい」
「うん。……ミコトさんの体質で抑えられていたんだよ。ほら見てごらん、ミツバ君のの足元」

 サクヤはそう言って、地面を指さした。
 するとミツバの近くにあった彼岸花の光が消えている事に気が付く。
 そよそよと風に吹かれて、見慣れた彼岸花が揺れていた。

「これは分かりやすくて良いですね」
「そういう感想を抱いちゃうんだなぁ」
「ミツバさんらしいですねぇ」

 正直な感想を言っただけなのだが、何とも言えない笑みを返されてしまった。
 解せぬ、とミツバが思っていると、サクヤが自分の手首から組紐を外した。
 そしてそれに向かって何やらぶつぶつと呟く。
 すると、
 ちりん、
 と音がして、組紐が子ぎつねに姿を変えた。
 ミツバが幽世に来た時に、ミコトの元へ案内してくれたあの子ぎつねだ。

「あ、あの時の」
「これ、ボクの式神。可愛かったでしょ~?」
「用意周到ですねぇ」
「準備万端と言って欲しいねぇ」

 そう言って笑うと、サクヤは子ぎつねの頭を撫でて、

「ミコトさんのところへ案内して」

 と言った。子ぎつねはひと鳴きすると歩き出す。
 それを見てサクヤも歩き出したので、ミツバとソウジも続いた。
 ちりん、ちりん、と鈴の音だけが響く。
 歩いているとだんだん常桜学園が近付いて来た。

「……やっぱりそうか」

 サクヤが呟く。ミツバも、やっぱりあそこにいるのだなぁと思った。
 恐らくミコトがいるのは先ほどと同じく、常桜学園の屋上だ。

「ミコトさんはどうして学校にいらっしゃるのでしょう?」
「学園が建つ前は、あそこが神坂家の敷地だったからだよ」
「そう言えば学園長の苗字って神坂でしたね」

 思い出したようにソウジが言うと、サクヤは頷いた。

「そうそう。まぁ、だから便宜を図ってくれていたんだけどね。表立って協力は出来ないけれどとは言われたけどね」
「なるほど……。思う所はあるでしょうね」
「うん。ミコトさんの件があるのに、祓い屋は色々と、神坂家を蔑ろにし過ぎたからね」

 色々と、という部分に少し力が籠っていた。
 ミツバが知っているのはごく僅かな面だけだが、それこそ色々とあるらしい。
 鬼人の世界も大変そうだなぁと思いながら子ぎつねについて行くと、三人は学園の屋上に到着した。
 そこには先ほど見たのと同じように、赤い彼岸花の中にミコトが座っている。

「ミコトさん……」

 ぽつりと呟くサクヤ。
 その声に、ミコトが「うん?」と振り返った。
 そしてサクヤやミツバ達を見て目を丸くする。

「サクヤ? それにミツバまで……。……ああ、そうか。これはサクヤの仕業か」

 それから右手を軽く広げ、小さいく息を吐く。

「糸がなくなったと思ったら、そうか。――――馬鹿な事をする」

 その声には若干の落胆が感じられる。
 サクヤの表情が僅かに強張った。
 だが彼は一歩前に足を踏み出した。

「ミコトさん、帰ろう。元の世界へ」
「遠慮しておくよ。天秤体質自体は、そのまま効くからね。今の状態でも、ここで役に立てる」
「ボク達はあなただけに押し付けなくても、ちゃんともう対処出来る。大丈夫なんだ。だから……!」

 サクヤは必死で言い募る。一歩、また一歩彼女へ近づいて、そう訴えかける。
 しかしミコトは首を横に振るだけだ。

「サクヤ。いつまでも、あの頃の約束に囚われる必要はないんだ。君はもう、自由になりなさい」

 寂しそうに笑うミコトに、サクヤの顔が辛そうに歪む。

「……嫌だよ」

 サクヤは大きく首を横に振る。

「嫌だ。ボクはあなたを必ず家に帰すと――あの時、約束したんだ」
「サクヤ……」

 サクヤの悲痛な声にミコトの顔も悲しそうに歪む。
 そのやり取りを聞いていて、ミツバは指を顎に当て、思案した。

(ミコトさんの家は確か、この学校が建つ前に――)

 そこでミツバは再び「あれ?」と思った。
 帰らないとミコトは言っているが、あの時彼女は里帰りはしたいと言っていた。
 ならば別に帰りたくないわけではないのだ。
 にも関わらず、帰れる状態になっても、彼女は頑なに頷いてくれない。
 その理由は何か――そう考えて、ミツバは「ああ」と察した。

「……帰るのが、怖いのでは?」
「え?」
「帰っても、待っていて欲しい人がいないのが、怖いのではないですか?」

 ミツバの言葉にミコトが目を見開いた。
 やっぱり、とミツバは確信する。
 その・・感情はミツバにも理解出来るものだったからだ。

「……私も物心ついた頃には、実の両親はあまり家にいませんでした。一人の時が多かった」

 胸に手を当て、ミツバは目を伏せる。

「家に帰ると誰もいない。静かで、誰もいない」

 いつだっただろうか。両親が自分をいらないと思っていると感じたのは。
 それを理解するのが怖くて、ミツバは気付かない振りをした。
 確かに慣れはしたけれど、でも――はっきりと自覚して傷つくのを、幼い頃のミツバは無意識に拒んだのだ。
 だからそれを冷めた目で見ている自分が出来上がった。
 吾妻の家族から愛情を貰い、ソウジに惹かれている今ならそれが分かる。
 幼い頃に必死で抑えた気持ちのフタ・・が、言葉にするたびに開いて行く。

「それが寂しくて、寂しくて――私はとても嫌だった。悲しかった。理解したくなかった」

 これがもう少し前ならばミツバ泣いていただろう。
 だが今は驚くほどに穏やかに言える。
 微笑んで見せると、ミコトは一度目を閉じた。

「……ああ、そうか」

 と、零すように呟く。

「そうだね。ああ、そうだよ。……そちらではもう長い時間が経ったんだろう?」

 そして目を開くと、泣きそうな笑顔を浮かべて言葉を続ける。

「もう誰も待っていてくれない。私が知っている人は誰もいない。それを――自分の目で見て理解するのが、とても怖いんだ」

 だから帰る勇気が無いとミコトは言う。
 サクヤは何も言えずに、ソウジは静かに彼女の言葉を聞いていた。
 ミツバは微笑みを浮かべたまま、ゆるく首を横に振る。

「意外と、時間が解決してくれました」
「時間が?」
「はい。待っていて欲しかった人はもういなくても、私には、一緒に家に帰ろうと言ってくれる人達が出来ました」

 そう言ってミツバはソウジを見る。
 ソウジは目を瞬いた後に、にこ、と笑い返してくれた。
 そのまま手を繋ぐ。
 それから二人揃って、開いた手で、
 ぽん、
 とサクヤの背中を押した。

「ビシッと」
「決めてください」

 驚くサクヤに向かって、二人は順番に声を掛ける。
 
「――――うん」

 サクヤは頷いた。それからミコトの方を向き、力強い足取りで彼女の方へ向かう。
 そして目の前まで来ると、膝をついて視線を合わせ、

「ミコトさん、ボクが何度だっておかえりを言うよ。何年もずっと、あなたを待っていたんだ」

 真っ直ぐにミコトの目を見て、手を差し出した。

「一緒に帰ろう」

 ミコトはサクヤと、その手を交互に見た。
 それからしばらくして、

「…………ふふ」

 と小さく笑う。

「そうか。君が待っていてくれるのか」
「待つよ。いつだって、あなたを待つ。迎えにだって行くよ」
「ああ、それは…………嬉しいなぁ」

 ミコトの目尻から涙が一粒流れ落ちる。
 そして彼女は笑ってサクヤの手に、自分のそれを重ねた。
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