上 下
14 / 28

第十三話 ミツバの嫌なもの

しおりを挟む

 学校を出たミツバとソウジは、近くの公園までやって来た。
 公園をぐるりと囲むように咲く桜の中、ミツバがベンチに座っていると、ソウジがお茶のペットボトルを買って戻って来た。

「はい、どうぞ」
「……ありがとうございます」

 にこりと笑顔で差し出され、ミツバはそっと受け取る。
 手に熱が伝わって来る。
 キャップを開けて一口飲むと、熱がじわりと身体を温めてくれて、ミツバはほっと息を吐いた。
 それを見てからソウジは隣に腰を下ろし、自分もお茶を飲む。

「具合は大丈夫ですか?」
「ええ、はい。離れたので、今はもう平気です」

 心配してくれるソウジにミツバは頷いて返す。
 これは本当だ。学校を離れて公園まで来る間に、感じていた吐き気はすっかりなくなった。
 ミツバの言葉にソウジもほっとした顔になる。

「そうですか、良かった。……すみません、やはり一緒に行くべきでしたね」
「いえいえ。ずっとべったりというのも、お互いに良くないですよ」
「僕は構いませんけどね。鬼人って、結構、執着心が強いんですよ」
「見えないですねぇ」
「ふふ、心外です」

 ソウジは少し冗談めかしてそう言った後、

「僕は最後の方しか聞いていませんが――何か嫌な事を言われましたか?」

 と、聞いて来た。
 ミツバはどう答えたら良いものかと「うーん……」と少し考えた後で、

「コウ君が言っていたのは、いつもと同じような事です。私がそれを同じように受け取れなかっただけ」

 と言った。ソウジは軽く頷く。

「嫌いだと言っていましたね」
「ええ」

 短くそう答えた後、ミツバは少し間を空けた。
 言うまいか、言おうか迷った後で、

「私の本当の両親はね、お互いに浮気をして離婚しました」

 ミツバはソウジに話してみる事にした。

「最初はお互いが好きで結婚したのに、他に好きな人が出来たからって」

 小さいミツバからすれば、あまりにあっさりとした言葉だった。
 世間話をするように実の両親はミツバにそう告げたのだ。
 だから離婚すると。
 だけれど再婚するのにミツバは邪魔だと。
 結婚していた事を、家族だった事を、足枷のように彼らはミツバに告げたのだ。
 あの時実の両親から自分に向けられた目を、ミツバは今もよく覚えている。
 二人の目は無機質で、淡々としていて、ただの置物のようにミツバを見ていた。

 他に好きな人が出来るのは良い。仕方がない。
 そして再婚する時に、上手くやるために自分が邪魔になるのは、悲しいがミツバだって何となく分かるのだ。
 二人にとってミツバは優先順位がとても低かった。
 それだけだ。
 それだけだと、ミツバは思う事にして生きている。
 だけれど、あの出来事はミツバにとって何よりも大きい事だった。
 だからその原因である、両親がしたお互いへの不誠実な態度が、ミツバはとても嫌いだった。

「だからね、だから……何か、嫌なんですよ。ああいうの……嫌なんですよ」

 絞り出すように言うミツバの言葉を、ソウジは静かに聞いてくれていた。
 決して多くを話したわけではない。浮かんだ言葉をぽつぽつと零しただけだ。
 しかしソウジは根気強く聞いてくれた。
 真剣な目で自分を見つめるソウジに、ミツバは少し気恥しくなって、

「――というのは私の事情なので、御堂君には悪い事をしました」

 と付け足した。こちらも本音だ。
 確かに先ほどは聞きたくない言葉を言われて、動揺して、はっきりと拒絶の言葉を発してしまったが。
 八つ当たりでもあったとミツバは反省する。
 するとソウジは軽く首を横に振った。

「あれはしつこい彼が悪いですよ」
「あはは……本当に、どうしたら諦めてくれますかねぇ」
「僕もヒメカさんにずっと悩まされていますから、時間が掛りそうですねぇ。まぁ、先ほどの様子を見る限り、コウ君の方がまだマシには思えますが」
「ソウジ君も苦労していますね」
「ええ、とても」

 ミツバがそう言えば、ソウジは肩をすくめてから小さく笑った。
 二人の頭の上からはらはらと、薄桃色の桜の花が落ちて来る。
 ああ、綺麗だ。
 それを見上げながらお茶を飲んで、ミツバはそんな風に思った。
 そうしていると、

「……そうだ、ミツバさん。良かったら今度の日曜日に、気晴らしに出かけませんか?」

 不意にソウジがそんな事を言い出した。
 ミツバは、おや、と目を瞬く。

「デートのお誘いで?」
「ええ、デートのお誘いです。何だかんだで二人で出かけた事がなかったので」
「そう言えば……。はい、ええ。構いませんよ」
「ふふ。では吾妻家の御家族に許可を得なければ。いやぁ、腕が鳴りますねぇ」

 何やら楽しそうにソウジは言う。
 デートの許可を得るのに、どうして腕が鳴るのかミツバには良く分からないが――まぁ、ソウジが楽しいならそれでいいかと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

処理中です...