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第十三話 ミツバの嫌なもの
しおりを挟む学校を出たミツバとソウジは、近くの公園までやって来た。
公園をぐるりと囲むように咲く桜の中、ミツバがベンチに座っていると、ソウジがお茶のペットボトルを買って戻って来た。
「はい、どうぞ」
「……ありがとうございます」
にこりと笑顔で差し出され、ミツバはそっと受け取る。
手に熱が伝わって来る。
キャップを開けて一口飲むと、熱がじわりと身体を温めてくれて、ミツバはほっと息を吐いた。
それを見てからソウジは隣に腰を下ろし、自分もお茶を飲む。
「具合は大丈夫ですか?」
「ええ、はい。離れたので、今はもう平気です」
心配してくれるソウジにミツバは頷いて返す。
これは本当だ。学校を離れて公園まで来る間に、感じていた吐き気はすっかりなくなった。
ミツバの言葉にソウジもほっとした顔になる。
「そうですか、良かった。……すみません、やはり一緒に行くべきでしたね」
「いえいえ。ずっとべったりというのも、お互いに良くないですよ」
「僕は構いませんけどね。鬼人って、結構、執着心が強いんですよ」
「見えないですねぇ」
「ふふ、心外です」
ソウジは少し冗談めかしてそう言った後、
「僕は最後の方しか聞いていませんが――何か嫌な事を言われましたか?」
と、聞いて来た。
ミツバはどう答えたら良いものかと「うーん……」と少し考えた後で、
「コウ君が言っていたのは、いつもと同じような事です。私がそれを同じように受け取れなかっただけ」
と言った。ソウジは軽く頷く。
「嫌いだと言っていましたね」
「ええ」
短くそう答えた後、ミツバは少し間を空けた。
言うまいか、言おうか迷った後で、
「私の本当の両親はね、お互いに浮気をして離婚しました」
ミツバはソウジに話してみる事にした。
「最初はお互いが好きで結婚したのに、他に好きな人が出来たからって」
小さいミツバからすれば、あまりにあっさりとした言葉だった。
世間話をするように実の両親はミツバにそう告げたのだ。
だから離婚すると。
だけれど再婚するのにミツバは邪魔だと。
結婚していた事を、家族だった事を、足枷のように彼らはミツバに告げたのだ。
あの時実の両親から自分に向けられた目を、ミツバは今もよく覚えている。
二人の目は無機質で、淡々としていて、ただの置物のようにミツバを見ていた。
他に好きな人が出来るのは良い。仕方がない。
そして再婚する時に、上手くやるために自分が邪魔になるのは、悲しいがミツバだって何となく分かるのだ。
二人にとってミツバは優先順位がとても低かった。
それだけだ。
それだけだと、ミツバは思う事にして生きている。
だけれど、あの出来事はミツバにとって何よりも大きい事だった。
だからその原因である、両親がしたお互いへの不誠実な態度が、ミツバはとても嫌いだった。
「だからね、だから……何か、嫌なんですよ。ああいうの……嫌なんですよ」
絞り出すように言うミツバの言葉を、ソウジは静かに聞いてくれていた。
決して多くを話したわけではない。浮かんだ言葉をぽつぽつと零しただけだ。
しかしソウジは根気強く聞いてくれた。
真剣な目で自分を見つめるソウジに、ミツバは少し気恥しくなって、
「――というのは私の事情なので、御堂君には悪い事をしました」
と付け足した。こちらも本音だ。
確かに先ほどは聞きたくない言葉を言われて、動揺して、はっきりと拒絶の言葉を発してしまったが。
八つ当たりでもあったとミツバは反省する。
するとソウジは軽く首を横に振った。
「あれはしつこい彼が悪いですよ」
「あはは……本当に、どうしたら諦めてくれますかねぇ」
「僕もヒメカさんにずっと悩まされていますから、時間が掛りそうですねぇ。まぁ、先ほどの様子を見る限り、コウ君の方がまだマシには思えますが」
「ソウジ君も苦労していますね」
「ええ、とても」
ミツバがそう言えば、ソウジは肩をすくめてから小さく笑った。
二人の頭の上からはらはらと、薄桃色の桜の花が落ちて来る。
ああ、綺麗だ。
それを見上げながらお茶を飲んで、ミツバはそんな風に思った。
そうしていると、
「……そうだ、ミツバさん。良かったら今度の日曜日に、気晴らしに出かけませんか?」
不意にソウジがそんな事を言い出した。
ミツバは、おや、と目を瞬く。
「デートのお誘いで?」
「ええ、デートのお誘いです。何だかんだで二人で出かけた事がなかったので」
「そう言えば……。はい、ええ。構いませんよ」
「ふふ。では吾妻家の御家族に許可を得なければ。いやぁ、腕が鳴りますねぇ」
何やら楽しそうにソウジは言う。
デートの許可を得るのに、どうして腕が鳴るのかミツバには良く分からないが――まぁ、ソウジが楽しいならそれでいいかと思った。
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