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第十話 帰り道のたい焼き屋

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「おーい! おーい! おいコラ、入学したってのに、俺に会いに来ないってのはどういう事だっ」

 ミツバ達がちょうど校門を出た時、後ろからそんな風に声をかけられた。
 振り返ると赤髪の鬼人が、右手をぶんぶん振りながら追いかけてきている。
 賀東レンジだ。ちょっと拗ねた顔をしている。
 レンジはミツバ達に長い脚で追いつくと、

「ったくよ~、生徒会長だって分かっただろ~? 会いに来たっていいじゃんよ~」

 と言った。
 入学式の時にあれだけアピールしたのに、と彼は口をとがらせている。
 思わずミツバは小さく噴き出してしまった。

「ふふ、それは失礼しました。こんにちは、レンジ先輩。入学式でのお話、とても良かったです」
「へへへ、そうか?」
「レンジ先輩ぃ~~?」

 ミツバが挨拶を返していると、先輩、という部分でツバキが嫌そうな顔になった。
 そしてレンジを睨むように見上げる。

「レンジ、あんた、あたしの妹とどういう関係よ?」
「ああん? この間友達になったんだよ」

 訝しんだ目を向けられたレンジは、堂々とそう答えた。
 しかし、

(そうだっけ?)

 ミツバは軽く疑問を抱く。
 果たしてあれは友達になったと言えるのだろうか、と。

「そうだっけって顔しているじゃない!」

 するとどうやら顔に出ていたらしい。
 心の中の呟きはツバキにしっかり伝わってしまっていた。
 すると今度はソウジが小さく噴き出す。

「ふふ。まぁ、知り合いであるのは確かですよ。婚約の顔合わせの時に、天窓を突き破って乱入してきたくらいで」

 そしてあっさりバラした。
 げっ、とレンジの顔色が悪くなり、ツバキの目がつり上がる。

「ハァ!? どういう事よ! あんた、そんな事したわけ!?」
「ちょ、ちょっと話の行き違いがあったんだ! てめぇ、ソウジ!」

 詰め寄るツバキに、レンジは大慌てで両手を横に振り、ソウジに向かって怒った。しかしソウジはどこ吹く風である。
 何となくツバキがソウジの事を「性格が悪い」と言っている理由の片鱗が見えた気がした。
 まぁ、些細な事である。
 そんなやり取りをしながら四人は揃って歩き出した。

「レンジ先輩のお家は、こちらの方向なんですか?」
「ああ、そうだぜ。途中まで一緒だな」
「ツバキさん、この人下手すると明日以降もついて来ますよ」
「ええ? ……ちょっとレンジ、自重しなさいよ。っていうか、あんた生徒会長でしょう? そっちはいいの?」
「今日の大仕事は入学式だけだよ。生徒会のメンバー増えてから本格始動だ……っていうか、そうだよ。お前ら生徒会入れよ、ちょうどいいわ」
「嫌です」
「こいつ、良い笑顔で……」

 即座にお断りをしたソウジにレンジが半眼になる。
 勧誘には即断が大事と、ミツバの恩師が言っていた。
 そう思っているとレンジから縋るような目を向けられる。

「……ミツバは?」
「私は特に部活とかにも入る予定がないので、様子次第では入っても良いかなぁとは思いますが」
「ミツバさん、正気ですか?」
「正気ではありますよ。……実はこういうのドラマとか本で読んで、ちょっと興味がありますし」
「あんた、わりとミーハーよね」
「うーん……。ミツバさんが入るなら、僕もやりますかねぇ……」

 ミツバが少しうきうきしながら答えれば、ソウジとツバキからは生暖かい目を向けられてしまった。
 解せぬ、とミツバは思う。
 思うが――まぁ確かにミーハーであるのは否めない。 
 ドラマや本の登場人物達がやっている「格好良い事」を自分でも体験してみたい気持ちはとてもあるのだ。
 するとレンジが嬉しそうにニカッと笑った。

「よし、オーケー。確か二組の担任、八村先生だったよな? 声かけとく」

 どうやらレンジは、どのクラスの担任の先生が誰かもちゃんと覚えているらしい。
 この人は意外と生徒会長の適正があるのでは?
 少し失礼な感想だったがミツバはそう思った。



◇ ◇ ◇



 四人はそのまま他愛ない話をしながら歩いて行く。

「っていうか珍しいな、あの吾妻さんが送り迎えしねぇのは」
「あの……?」
「過保護じゃん?」
「どう……ですかね? 今回は自分で歩いた方が道順を覚えやすいからと言われました」
「あ~なるほど」

 ミツバがそう答えると、レンジは納得したように軽く頷いた。
 ちなみにその理由を細くすると「娘達が迷子にならないか心配」である。
 この辺りは幼い頃のツバキが道に迷った事が理由でもある。だから迷子という言葉にミツバの義両親達は敏感なのだ。
 
(そう言えば、姉さんが泣いたのを見たの、あの一回だけだったな)

 そんな事をミツバは思い出した。
 歯を噛みしめて、必死で泣くまいと堪えていたツバキ。
 けれども我慢できなくなって、ぽろぽろと涙を零していた。
 ミツバはそれを偶然見つけたのだ。
 そうして手を繋いで、一緒に家族を探して歩いて――ようやく見つかった時には夕暮れだった。
 その時のスギノとキキョウは今にも死にそうな顔を浮かべていた。
 二人はツバキを抱きしめて、安心したようにぼろぼろ泣き出して。
 とても優しくて暖かい光景だった。同時に羨ましくも思って、見ていてミツバもつられてちょっと泣いた。

(……それがまさか、家族になるとは思わなかったな)

 何となく当時の事を思い出していると、

「……バ、ミツバ」
「えっ、あ、はい!」

 ツバキから呼びかけられた。
 ハッとしてミツバは彼女の方を向く。ツバキは少し首を傾げていた。

「どうしたの? ぼうっとして」
「いえ、ちょっと考え事を……」

 さすがに正直に「姉さんが迷子の時の事を思い出していました」とは言えない。
 ツバキが拗ねそうだから。
 拗ねたツバキも可愛いが、しばらく口を聞いて貰えない可能性も僅かにある。
 さすがにそれはミツバは耐えられない。
 なので曖昧に誤魔化すと、

「ハハ。入学式で疲れたんだろ。んで、疲れた時には甘いものだ」

 レンジが笑ってそう言った。ナイスアシストである。ミツバの心の中のレンジ評価ゲージがぐんと上がった。
 まぁそれはそれとして――ところで彼は今、気になる事を言わなかっただろうか。

「甘いものですか?」
「おう、アレだよアレ」

 レンジはそう言って、ミツバ達の進行方向を指さした。
 あと数歩進んだ先。建物と建物の間にちょこんと構えたその店には、たい焼き、と書いてある。
 ミツバはパッと目を輝かせた。

「たい焼き!」
「ふふん、入学記念に今日は俺が奢ってやるよ」
「へぇ、太っ腹じゃない。じゃあ、あたしはあんこね!」
「僕はカスタードを」
「こいつら遠慮がねぇ……」

 スッ、とごくごく自然な流れで自分の分をオーダーするツバキとソウジ。
 レンジは若干呆れた顔になったが「自分で払え」と言わない辺り、やはり人が良いのだろう。

「俺もあんこにするかねぇ。ミツバ、お前はどれにする?」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、えっと……」

 店の前まで来ると、ミツバはたい焼きのメニュー表を眺める。
 あんこ、カスタード、クリームチーズ、チョコレートなどなど。
 意外と種類がたくさんあった。
 おお、と思いながらミツバはじっとメニュー表を見つめた後、お店の主――おばあちゃんに顔を向けた。

「はい、いらっしゃい。何がいいかしら?」
「あの、ご婦人。おすすめは何ですか?」
「あら、ご婦人だなんて、うふふ。そうね。うちのおすすめは白あんのたい焼きよ~」
「ではそれをお願いします!」

 ミツバの大好きな『おすすめ』オーダーである。
 わくわくしながらミツバが注文するとツバキ達も続く。
 
「すぐ焼いちゃうわね~」

 おばあちゃはそう言った。どうやら焼き立てをいただけるらしい。最高なのでは、とミツバが思っていると、

「お」
「あら」
「おや」

 ミツバの後ろの三人の表情が、ピリ、と変わった。

「――レンジ、ちょっと手ぇ貸しなさい」
「ああ、分かってる。おいソウジ、守りはお前だけだ。やれるか?」
「ええ、もちろんです」

 そして三人はそんなやり取りをしている。

「何かありました?」
「ええ、ちょっとね、小さめの邪気を感知したのよ。大丈夫よ、あんたの事はあたしが守るから」

 どうやらそういう事らしい。
 ミツバにはまったく分からないが、鬼人には何か感じるものがあるようだ。
 人間には知らない世界が色々あるのだなとミツバはしみじみ思いながら、

「姉さんが格好良くてときめきます」

 と言うと、ツバキは軽く咽た。ついでにボン、と顔も赤くなる。

「そ、そうよ、存分にときめきなさい!」

 ツバキは腰に手を当てて、ふふん、と胸を張る。
 その直後、ツバキの背後でポンポンッと、地面から何か湧き出して来た。
 黒くて、ミツバの膝までくらいの大きさで、二本角っぽいものが生えている何かだ。

「……小鬼?」
「邪気の塊ね。こういう形を取る奴がいるのよ。行くわよ、レンジ!」
「おう、まかせろ!」

 鞄を放り投げて、ツバキとレンジは小鬼に向かって行った。
 それを見送りながらミツバは二人の鞄を拾い上げる。

「祓い屋のお仕事って、こういう感じなんですね」
「そうですね。まぁでも、三分の一くらいは戦いではなくて、その場に漂う邪気を祓う事なんですが」

 ソウジはそう言いながら、す、と右手を軽く掲げた。
 すると二人の目の前に、この間『月猫』で見た半透明な光の幕が現れる。
 同時に、ソウジは小鬼に向かって行ったツバキやレンジの前も、的確に光の幕を出し二人を守っている。
 ミツバの素人目でも、技術のいる事をしているのだろうという事が分かった。

「そう言えば、祓い屋の資格がどうのと聞きましたが、大丈夫なんでしょうか?」
「報酬を貰ってしまうとまずいですが、偶然遭遇した際の対処なら問題ないですね。放っておくと危ないですから」
「なるほど~」

 それならば安心だとミツバは頷く。

「それにしても、ツバキ姉さんもレンジ先輩もすごいですね」
「あの二人、同じ年代の祓い屋の子供の中では、かなり強い部類に入りますからね」
「なるほど……。そう言えば、どうして賀東家は十和田家を目の敵にされてらっしゃるので?」
「レンジ君の曽祖父が好きだった相手と、十和田家の曽祖父が結婚したからですね」
「ああ、そういう……。面倒くさいですね」
「まったくです。ご理解いただけて嬉しいです」

 にこり、とレンジは笑う。その後で軽くため息を吐いた。

「……それが今も続いているのですから、色恋沙汰は本当に厄介な話ですよ」
「ソウジ君がそちら方面にあまり関心がない理由がよく分かりました。私も似たようなものです」
「おや、それは偶然」

 そんな話をする後ろでは、たい焼き屋のおばあちゃんがのんびりたい焼きを焼いている。
 甘くてとても美味しそうな香りに包まれながら、ミツバはツバキ達の戦いを見守ったのだった。
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