31 / 44
先輩と後輩
2
しおりを挟む冒険者ギルドは先程までの静かな空間とは一転してとても賑やかだ。
話し声や笑い声、真剣な声に、咎める声、様々な感情が混ざり合った冒険者特有の賑やかさが、熱気のように体に触れる。セイルはこの熱気が好きだった。
「終わりました」
その声を聞きながらログの羊皮紙を持って行くと、書類の整理をしていたギルド職員の女性は顔を上げた。
先日アルギラに絡まれていた女性だ。
歳は三十代前半くらいだろうか。サラサラとした長い金髪を頭の後ろで纏めている。
垂れ目の茶色の目は優しげで、目元のホクロがチャーミングな美人だ。
その豊かな胸につけられたネームプレートにはアティカ・ギーレンと書かれていた。
「ありがとう、セイル。うふふ、助かっちゃった」
「いえ、わたしの方も良い経験をさせて頂きました」
セイルかログの羊皮紙を受け取ったアティカは、内容を確認し終えるとにこにこ微笑んだ。
美人に微笑まれると、同性ながら、セイルでも少しドキドキする。照れて笑い返したセイルだったが、そこでふと頭の中に、先日のアルギラとのやりとりが浮かんだ。
アティカに何かを言われたアルギラは一瞬で青ざめていた。一体、彼女はアルギラに何を言ったのだろう。そしてそれを見て遠い目をした男性陣は何を知っているのだろう。
(知りたいような、知りたくないような)
知らないままの方が幸せかもしれないな、セイルがアティカの笑顔を見ながらそんな事を考えていると、背後の方からアイザックに声を掛けられた。
「おう、終わったか。ありがとうよ」
「いえいえ。また何かあればどうぞ」
セイルがそう言うと、アイザックは少し笑った。
「お前さんは素直で良い子だなぁ……」
しみじみとしたアイザックの言葉に、アティカや周りのギルド職員達も神妙な顔で頷いている。
褒められてくすぐったいが、何故そんな事を言われたのか不思議でセイルは首を傾げた。
「今の新人って、無茶な要求ばかり多いのが多いのよねぇ」
「しかも何かにつけて権利を主張するんだからさ」
「そうそう、それで依頼を失敗した時なんか、そんな依頼を出したギルドが悪い! とかさぁ……」
「一度叱り飛ばしたんだが、効きやしねぇ……」
「お、お疲れ様です」
セイルは苦笑してそう言った。冒険者ギルドも大変なようだ。
自分もなるべく迷惑を掛けないように気を付けよう、セイルはそう思いながらカウンターの向こう目を向けると、今日もアルギラが元気に騒いでいた。
懲りない男である。彼の仲間達――おおよそ取り巻きのようにも見えるが――は少しばかり申し訳なさそうな顔をしているが、率先して止める気はないようだ。力関係、もしくは上下関係だろうか。どこも大変である。
「だから、こんな低レベルな依頼ではなく、もっと僕に相応しい依頼をくれと言っているんだ!」
「こちらも力量を見て斡旋する依頼を決めておりますので」
「僕が低レベルだと言いたいのか!?」
「だからですね……」
受付のギルド職員の男性がうんざりした顔で対応をしていた。
アルギラの後ろに並んで待っている他のパーティの冒険者も、困った顔をしたり、イライラしながら時計を見上げている。受付は限られているので、一人が滞ると他の冒険者にまで影響が出るのだ。
「おいおい、兄ちゃんよ。そのくらいにしときなって」
「うるさい!」
見かねて声を掛けた大柄な冒険者に対しても、アルギラの態度は変わらない。
どうやら冒険者達に何度かつまみ出されてはいるらしいのだが、それでも懲りずにやって来るらしい。ある意味凄い執念である。
彼の何がそうさせているのだろうかセイルには見当もつかなかったが、どんな理由があっても迷惑な物は迷惑だ。
セイルは少し考えるとカウンターの外に回り、騒いでいるアルギラにひょいひょいと近づく。
アイザックやギルド職員達が「あ」と言う間もなく、セイルはアルギラに話しかけた。
「あのー」
「貴様、この僕を誰だと……」
「あのーすみませーん」
「なんだ!!」
苛立ちを隠さずにアルギラは怒鳴りながら振り返る。
唾が飛んだが、それに臆せずセイルはにこりと笑い掛けた。
「すみません、ちょっと気になったもので。お怒りのようですが、一体どんな依頼を斡旋されたんですか?」
「なんだ、お前」
アルギラは明らかに不審者を見る目でセイルを見る。彼の仲間の冒険者の一人はセイルが遺跡の調査に言っていた冒険者だと気付き、何か言おうと口を開いたが、それよりもセイルの方が早かった。
「まぁまぁなんでもいいじゃないですか。ただの野次馬です。素人目でも分かるくらい立派な鎧を身に着けていらっしゃったので、さぞお強い方なのだとお見受けしましてー」
手で口を隠してうふふと笑うと、セイルはもう片方の手をぱたぱたと動かす。そしてここぞとばかりにアルギラを持ち上げた。まるで井戸端会議のおばちゃん、のようなノリである。
だがおだてられたアルギラは、満更でもなさそうに表情を緩めた。
「……フン。まぁいい、これだ」
カウンターに置いた依頼書を持ち上げると、セイルに向かって差し出した。
「おお、これはどうも」
セイルは顎に手をあてて、やや体を折ってそれを見た。
アルギラに斡旋された仕事の依頼はは新人向けの討伐と採取のようだ。
内容はナインテールと呼ばれる川に住む魚の魔獣からの鱗の採取。
ナインテールと言うのは水色の鱗をした魔獣で、尾びれが九つに分かれている事からその名がついた。比較的おとなしく、気の弱い小型の魔獣である。
ナインテールの対処法は、川に石を投げ込んだり大きな音を立てたりして驚かせ、飛び上がった所を攻撃して捕まえるのである。
ナインテールの鱗には耐水性があり、主に防具等に加工される。またキラキラとした鱗は美しく、女性の冒険者達にとても人気があった。
「あ、ナインテールですか」
「そうだ、こんな小さい魔獣など……」
「ナインテールって、小さいけれど捕まえるのには 冒険者としてのセンスが必要なんですよね。そのセンスがなければ、ベテランの方でも難しいとか」
「え?」
「しかもナインテールの鱗は、恋のお守りとも言われているとか。いいですね、憧れますねぇ。もしあなたがこの依頼を受けないのなら、わたしが代わりに受けてもいいですか?」
セイルの言っている事は大げさではあるが、大体は間違ってはいない。
ナインテールはおとなしく気が弱い魔獣だが、自分の身を守る為に逃げるのがとても上手なのだ。
驚かせ飛び上がらせても、その瞬間に尾びれを動かし、するりと逃げる。
その動きは生息地単位で変わる為、その場のナインテールを注意深く観察しなければ捕まえる事は難しい。
ベテランの冒険者の中には自分なりの方法で、観察も必要とせずサッと捕まえる者もおり、セイルが言っているセンスとはその事だ。
また、恋のお守りというのも同じじで、ナインテールの鱗はとても綺麗で女性に人気がある。防具以外にもアクセサリーに加工して贈れば喜ばれるだろう。
「そうですね、こちらの依頼は専用のものではありませんので、受けたいという方がいらっしゃいましたら、こちらとしては構いませんよ」
セイルがにこにこ笑いながら受付のギルド職員の男性を見ると、その意図を察してかギルド職員もにこやかに笑って頷いた。
「そうですか、それなら――――」
「ふ、ふん! やらないとは言っていないだろう! これは僕達で受ける。おい、行くぞ!」
セイルが手を伸ばそうとすると、アルギラは慌てて依頼書を自分の体に引き寄せる。そのまま自分の仲間達に声を掛けると、足早に冒険者ギルドを出て行った。
「そうですか、それではお気を付けてー」
その背中に向かってセイルは手を振った。
セイルの言葉の中のどれがアルギラの琴線に触れたのかは分からないが、どうやら嵐は去ったようである。
アルギラ達の姿が見えなくなり扉が閉まると、冒険者ギルド内にパチパチと拍手が起こった。
「やるなぁお前さん」
アイザックにも褒められてセイルは頭をかきながら、照れたように笑った。
「いえいえ、わたしはただ、ナインテールって塩焼にすると美味しいとも聞いたので、やらないならやりたいなと思ったくらいでー」
「それなら荒くれ亭へ行ってみな。旬の時期になるとメニューに並ぶぞ」
「えっ本当ですか! ありがとうございます!」
目を輝かせて礼を言うセイルに、どっと笑い声が起こる。
そんな笑い声の中、セイルはアイザック達に挨拶をし、冒険者ギルドを後にした。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
転生嫌われ令嬢の幸せカロリー飯
赤羽夕夜
恋愛
15の時に生前OLだった記憶がよみがえった嫌われ令嬢ミリアーナは、OLだったときの食生活、趣味嗜好が影響され、日々の人間関係のストレスを食や趣味で発散するようになる。
濃い味付けやこってりとしたものが好きなミリアーナは、令嬢にあるまじきこと、いけないことだと認識しながらも、人が寝静まる深夜に人目を盗むようになにかと夜食を作り始める。
そんななかミリアーナの父ヴェスター、父の専属執事であり幼い頃自分の世話役だったジョンに夜食を作っているところを見られてしまうことが始まりで、ミリアーナの変わった趣味、食生活が世間に露見して――?
※恋愛要素は中盤以降になります。
妹と歩く、異世界探訪記
東郷 珠
ファンタジー
ひょんなことから異世界を訪れた兄妹。
そんな兄妹を、数々の難題が襲う。
旅の中で増えていく仲間達。
戦い続ける兄妹は、世界を、仲間を守る事が出来るのか。
天才だけど何処か抜けてる、兄が大好きな妹ペスカ。
「お兄ちゃんを傷つけるやつは、私が絶対許さない!」
妹が大好きで、超過保護な兄冬也。
「兄ちゃんに任せろ。お前は絶対に俺が守るからな!」
どんなトラブルも、兄妹の力で乗り越えていく!
兄妹の愛溢れる冒険記がはじまる。
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした
仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」
夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。
結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。
それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。
結婚式は、お互いの親戚のみ。
なぜならお互い再婚だから。
そして、結婚式が終わり、新居へ……?
一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる