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先輩と後輩

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 冒険者ギルドは先程までの静かな空間とは一転してとても賑やかだ。
 話し声や笑い声、真剣な声に、咎める声、様々な感情が混ざり合った冒険者特有の賑やかさが、熱気のように体に触れる。セイルはこの熱気が好きだった。

「終わりました」

 その声を聞きながらログの羊皮紙を持って行くと、書類の整理をしていたギルド職員の女性は顔を上げた。
 先日アルギラに絡まれていた女性だ。
 歳は三十代前半くらいだろうか。サラサラとした長い金髪を頭の後ろで纏めている。
 垂れ目の茶色の目は優しげで、目元のホクロがチャーミングな美人だ。
 その豊かな胸につけられたネームプレートにはアティカ・ギーレンと書かれていた。

「ありがとう、セイル。うふふ、助かっちゃった」
「いえ、わたしの方も良い経験をさせて頂きました」

 セイルかログの羊皮紙を受け取ったアティカは、内容を確認し終えるとにこにこ微笑んだ。
 美人に微笑まれると、同性ながら、セイルでも少しドキドキする。照れて笑い返したセイルだったが、そこでふと頭の中に、先日のアルギラとのやりとりが浮かんだ。
 アティカに何かを言われたアルギラは一瞬で青ざめていた。一体、彼女はアルギラに何を言ったのだろう。そしてそれを見て遠い目をした男性陣は何を知っているのだろう。

(知りたいような、知りたくないような)

 知らないままの方が幸せかもしれないな、セイルがアティカの笑顔を見ながらそんな事を考えていると、背後の方からアイザックに声を掛けられた。

「おう、終わったか。ありがとうよ」
「いえいえ。また何かあればどうぞ」

 セイルがそう言うと、アイザックは少し笑った。

「お前さんは素直で良い子だなぁ……」

 しみじみとしたアイザックの言葉に、アティカや周りのギルド職員達も神妙な顔で頷いている。
 褒められてくすぐったいが、何故そんな事を言われたのか不思議でセイルは首を傾げた。

「今の新人って、無茶な要求ばかり多いのが多いのよねぇ」
「しかも何かにつけて権利を主張するんだからさ」
「そうそう、それで依頼を失敗した時なんか、そんな依頼を出したギルドが悪い! とかさぁ……」
「一度叱り飛ばしたんだが、効きやしねぇ……」
「お、お疲れ様です」

 セイルは苦笑してそう言った。冒険者ギルドも大変なようだ。
 自分もなるべく迷惑を掛けないように気を付けよう、セイルはそう思いながらカウンターの向こう目を向けると、今日もアルギラが元気に騒いでいた。
 懲りない男である。彼の仲間達――おおよそ取り巻きのようにも見えるが――は少しばかり申し訳なさそうな顔をしているが、率先して止める気はないようだ。力関係、もしくは上下関係だろうか。どこも大変である。

「だから、こんな低レベルな依頼ではなく、もっと僕に相応しい依頼をくれと言っているんだ!」
「こちらも力量を見て斡旋する依頼を決めておりますので」
「僕が低レベルだと言いたいのか!?」
「だからですね……」

 受付のギルド職員の男性がうんざりした顔で対応をしていた。
 アルギラの後ろに並んで待っている他のパーティの冒険者も、困った顔をしたり、イライラしながら時計を見上げている。受付は限られているので、一人が滞ると他の冒険者にまで影響が出るのだ。

「おいおい、兄ちゃんよ。そのくらいにしときなって」
「うるさい!」

 見かねて声を掛けた大柄な冒険者に対しても、アルギラの態度は変わらない。
 どうやら冒険者達に何度かつまみ出されてはいるらしいのだが、それでも懲りずにやって来るらしい。ある意味凄い執念である。
 彼の何がそうさせているのだろうかセイルには見当もつかなかったが、どんな理由があっても迷惑な物は迷惑だ。
 セイルは少し考えるとカウンターの外に回り、騒いでいるアルギラにひょいひょいと近づく。
 アイザックやギルド職員達が「あ」と言う間もなく、セイルはアルギラに話しかけた。

「あのー」
「貴様、この僕を誰だと……」
「あのーすみませーん」
「なんだ!!」

 苛立ちを隠さずにアルギラは怒鳴りながら振り返る。
 唾が飛んだが、それに臆せずセイルはにこりと笑い掛けた。

「すみません、ちょっと気になったもので。お怒りのようですが、一体どんな依頼を斡旋されたんですか?」
「なんだ、お前」

 アルギラは明らかに不審者を見る目でセイルを見る。彼の仲間の冒険者の一人はセイルが遺跡の調査に言っていた冒険者だと気付き、何か言おうと口を開いたが、それよりもセイルの方が早かった。

「まぁまぁなんでもいいじゃないですか。ただの野次馬です。素人目でも分かるくらい立派な鎧を身に着けていらっしゃったので、さぞお強い方なのだとお見受けしましてー」

 手で口を隠してうふふと笑うと、セイルはもう片方の手をぱたぱたと動かす。そしてここぞとばかりにアルギラを持ち上げた。まるで井戸端会議のおばちゃん、のようなノリである。
 だがおだてられたアルギラは、満更でもなさそうに表情を緩めた。

「……フン。まぁいい、これだ」

 カウンターに置いた依頼書を持ち上げると、セイルに向かって差し出した。

「おお、これはどうも」

 セイルは顎に手をあてて、やや体を折ってそれを見た。
 アルギラに斡旋された仕事の依頼はは新人向けの討伐と採取のようだ。
 内容はナインテールと呼ばれる川に住む魚の魔獣からの鱗の採取。
 ナインテールと言うのは水色の鱗をした魔獣で、尾びれが九つに分かれている事からその名がついた。比較的おとなしく、気の弱い小型の魔獣である。
 ナインテールの対処法は、川に石を投げ込んだり大きな音を立てたりして驚かせ、飛び上がった所を攻撃して捕まえるのである。
 ナインテールの鱗には耐水性があり、主に防具等に加工される。またキラキラとした鱗は美しく、女性の冒険者達にとても人気があった。

「あ、ナインテールですか」
「そうだ、こんな小さい魔獣など……」
「ナインテールって、小さいけれど捕まえるのには 冒険者としてのセンスが必要なんですよね。そのセンスがなければ、ベテランの方でも難しいとか」
「え?」
「しかもナインテールの鱗は、恋のお守りとも言われているとか。いいですね、憧れますねぇ。もしあなたがこの依頼を受けないのなら、わたしが代わりに受けてもいいですか?」

 セイルの言っている事は大げさではあるが、大体は間違ってはいない。
 ナインテールはおとなしく気が弱い魔獣だが、自分の身を守る為に逃げるのがとても上手なのだ。
 驚かせ飛び上がらせても、その瞬間に尾びれを動かし、するりと逃げる。
 その動きは生息地単位で変わる為、その場のナインテールを注意深く観察しなければ捕まえる事は難しい。
 ベテランの冒険者の中には自分なりの方法で、観察も必要とせずサッと捕まえる者もおり、セイルが言っているセンスとはその事だ。
 また、恋のお守りというのも同じじで、ナインテールの鱗はとても綺麗で女性に人気がある。防具以外にもアクセサリーに加工して贈れば喜ばれるだろう。

「そうですね、こちらの依頼は専用のものではありませんので、受けたいという方がいらっしゃいましたら、こちらとしては構いませんよ」

 セイルがにこにこ笑いながら受付のギルド職員の男性を見ると、その意図を察してかギルド職員もにこやかに笑って頷いた。

「そうですか、それなら――――」
「ふ、ふん! やらないとは言っていないだろう! これは僕達で受ける。おい、行くぞ!」

 セイルが手を伸ばそうとすると、アルギラは慌てて依頼書を自分の体に引き寄せる。そのまま自分の仲間達に声を掛けると、足早に冒険者ギルドを出て行った。

「そうですか、それではお気を付けてー」

 その背中に向かってセイルは手を振った。
 セイルの言葉の中のどれがアルギラの琴線に触れたのかは分からないが、どうやら嵐は去ったようである。
 アルギラ達の姿が見えなくなり扉が閉まると、冒険者ギルド内にパチパチと拍手が起こった。

「やるなぁお前さん」

 アイザックにも褒められてセイルは頭をかきながら、照れたように笑った。

「いえいえ、わたしはただ、ナインテールって塩焼にすると美味しいとも聞いたので、やらないならやりたいなと思ったくらいでー」
「それなら荒くれ亭へ行ってみな。旬の時期になるとメニューに並ぶぞ」
「えっ本当ですか! ありがとうございます!」

 目を輝かせて礼を言うセイルに、どっと笑い声が起こる。
 そんな笑い声の中、セイルはアイザック達に挨拶をし、冒険者ギルドを後にした。

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