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白雲の丘

閑話:とあるログティアの旅立ち

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 セイルが冒険者の資格を得るために白雲の遺跡へと向かうより数日前。
 彼女が故郷を旅立ったのは、朝日が昇り始めたばかりの明け方の事だった。

 鞄を掛け、杖を持ち、旅支度を整えたセイルは、その薄茶色の髪をふわりと揺らし、振り返る。
 その視線の先には、魔女のような装いをした女性が、ソファに寝転んでいた。セイルの師匠、エレノアだ。

「それでは師匠、そろそろ出発します。朝ご飯はいつものように、温め直して食べて下さいね。あと、作り置きが出来るものは、保冷庫に入っていますから」
「はぁい」

 セイルがそう言うと、エレノアは気だるげな様子で、ひらり、と手を挙げる。エレノアは挙げた手で拳を作ると、人差し指だけ立てる。
 そして立てた指で、空中にゆっくりと、円を描き始めた。

「いいかい、セイル」

 エレノアは、鍋をかき混ぜるようにゆっくりと、指を回す。
 すると、だんだんとそこに、金色の光の粒が現れ始めた。
 エレノアが指を回すたびに、光の粒は増えて行く。
 やがてその光の粒は部屋中に広がり、まるで夜空を照らす星々のごとく、キラキラと煌めいた。

「世の中はね、ままならない事が多い。けれど不思議な事に、ままならないがゆえに、意外と上手いように回っていてね」

 話ながらエレノアは指を動かす。
 その指の動きに従って、金色の光は空中を揺れ、舞い、踊る。
 セイルはその金色の光の動きを目で追った。エレノアはセイルの目の動きをちらりと見て、小さく微笑む。

「あたし達にとってログとは事実であり、真実だ。だけどね、セイル。別の面から見れば、それはではなくとも言えるのよ」
「別の面、ですか?」

 エレノアの言葉に、セイルは首を傾げた。真実は一つではないのかと思ったからだ。
 そんなセイルの疑問を見透かしたように、エレノアは頷き、話を続ける。

「ああ、そうだ。関わる立ち位置と、関わった時の心情、それらによって変わるのさ」

 そう言うと、エレノアは指を弾く。すると、金色の光は一瞬で、玉のようにまとまって、天井高く跳ねあがる。
 そして、まるで花火のように、パンッと音を立てて弾けた。
 弾けた光はキラキラと雨のように部屋の中に降り注ぐ。
 綺麗だとセイルは思った。

「わたし達次第、という事ですか?」

 それを見上げながら、今一つ理解が出来ない様子でセイルは言う。エレノアはフッと口元を上げ、笑った。
 そして置き上がってセイルを見る。
 エレノアがセイルに向ける眼差しは、まるで我が子を慈しむように、優しく穏やかだ。

「そう、そうだよ。あたし達は死ぬまでずっと、ログと関わり続ける。だからこそ、覚えておきなさい。真実は一つだ。けれど見た側によってそれは幾重にも色を変え、形を変える。この光のようにね」

 降りつづける光の雨の中、エレノアは言うと、ドアの方へと手を向けた。

「さあ、行っておいで。セイルの作るご飯が食べられなくなるのはちと痛いが、まぁ、何とかなるだろう」
「はい。……師匠、くれぐれも、お酒の飲み過ぎには注意して下さいね」
「はいはい」

 セイルのお小言に、エレノアは軽い調子で頷く。
 これは絶対に分かっていないな、とセイルは思った。長い付き合いだ、エレノアの事は、セイルは良く分かっている。
 不真面目で、真面目で、いい加減で、思慮深くて、そして誰よりも一番の人だと胸を張って言える、セイルの師匠。
 そんな師匠に、セイルは深く、深く頭を下げた。

「師匠、長い間お世話になりました。……行ってきます!」

 努めて明るく、でもほんの少し寂しさの混じった声で。
 セイルは元気にそう言うと、頭を上げ、エレノアに背を向けた。
 そして目の前にある、ドアノブを握り、回す。
 錆びた音を立てて開いたドアから、朝日が差し込んで来る。
 その光の中にあっても、部屋の中に降り注ぐ光の雨は、混ざらず煌めいていた。

「セイル」

 一歩足を踏み出そうとした時、ふと、エレノアが呼びとめる。
 セイルが振り返ると、何時の間にかエレノアは立ち上がっていた。そしてセイルに向かって手を振る。

「行っておいで、一番弟子」

 エレノアが笑う。その言葉に、セイルは一瞬、泣きそうになるのを堪えて、笑い返した。

「はい!」

 そうして勢いよく外へと飛び出す。
 エレノアはドアが閉まる最後まで、セイルの背を見つめ、手を振り続ける。
 パタンとドアが閉まる頃、部屋の中に降っていた光の雨は静かに止んだのだった。
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