上 下
8 / 44
白雲の丘

とある遺跡の記録:laissez vibrer A

しおりを挟む
  White clouds remains ――――A long time ago "A"


 人里から離れた場所に、大樹に貫かれたように建つ建物があった。
 真っ白な石造りのその建物は、何も知らずに踏み入れれば、神聖な場所のようにも思えるだろう。
 だが、ここは別に、神様を祀るような場所ではない。
 ここはとある魔法使いの住居兼研究所だ。

 さて、そんな建物だが、前述の通り、大きな樹が一本生えている。
 ちょうど遺跡の真ん中くらいだろうか。樹齢百年は優に超えているような、立派な幹をしている。
 その根元に、年老いた魔法使いが一人と、大きなウッドゴーレムが一体座っていた。
 木漏れ日が差し込むその中に座る二人。傍から見れば、実に爽やかな光景である。

 だが、しかし。
 そんな爽やかさとは裏腹に、魔法使いは憤怒の形相を浮かべていた。
 しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして、魔法使いは両手の拳をぶんぶんシェイクしている。

「くううう、あの小童め! わしの可愛いウッドゴーレムを馬鹿にしよって! なーにが今はストーンゴーレムがトレンドです、じゃ!」

 年老いた見た目の割に、魔法使いは大層元気そうな様子で怒っていた。
 両手を振り回し、立っていたのならば地団駄でも踏みそうな勢いだ。まるで癇癪を起した子供の用だ。
 隣のウッドゴーレムは膝を抱えながら、そんな魔法使いをじっと見つめていた。ぬいぐるみのように素朴な顔からは、表情は読み取れない。
 ただ、じっと魔法使いを見つめていた。

 魔法使いはしばらくすると、怒り疲れたようで静かになった。肩でぜいぜいと息をしている。若く見えても、やはり歳は歳なのだろう。
 魔法使いは木の幹に背中を預けると、空を見上げた。青く広々とした空に、ゆっくりと白い雲が流れて行く。
 それをぼんやり眺めながら、魔法使いはぽつりと呟いた。

「トレンドって、どういう意味じゃろうなぁ……。若い連中の言葉は難しい……」

 魔法使いは深くため息を吐いた。
 トレンドとは、いわゆる流行、、を意味する言葉である。
 魔法使いは言葉の意味は分からなかったが、それが『自分が作ったウッドゴーレムよりも、ストーンゴーレムの方が優れている』と言っているのだという事は理解した。
 ゴーレムに優劣をつけるなど、魔法使いにとっては大変不愉快な事である。言われた時の言葉を、相手の表情つきで思い出して、魔法使いは不機嫌そうに口をヘの時に曲げた。

「…………くそう」

 悔しげに言葉を漏らして、魔法使いはウッドゴーレムを見上げる。
 表情の変わらないウッドゴーレムであったが、魔法使いの目からは、それが悲しげな表情をしているように見えた。
 なので、

「そうかそうか、お前も悲しいか。あいつらは酷い事言う奴じゃな!」

 などと、都合よく解釈をして、魔法使いは子供にするように、ウッドゴーレムの体を撫でた。
 ウッドゴーレムの体を作る木材の温もりが、手のひらから伝わってくる。まるで血の通った生き物のように。
 否、魔法使いにとっては、生き物そのものであった。

 一般的に、ゴーレムは生き物ではなく無機質だ。魂も宿らない。感情も、表情もない。もしも感情があるようなゴーレムがいたら、それはただ単に、そういう風に作られているだけである。もしくは、作り手の思い込みかどちらかだ。
 ゴーレムは人の手で作り出された人形だ。人間を模したホムンクルスとはまた違う、人形で、道具である。
 それが多くの者にとっての共通の認識だ。
 だが、魔法使いにはそんな事は関係なかった。魔法使いにとってゴーレムは、我が子同然の存在であるからだ。

「次こそは、お前の素晴らしさをあいつらに分からせてやるとしよう。のう!」

 そう言って、魔法使いはポンポンと、ウッドゴーレムの体を優しく叩いた。
 その行動に、ウッドゴーレムは自分の事が呼ばれたのだと反応する。そして魔法使いの方を見たのだが、指示がないので首を傾げた。
 それを見て魔法使いは小さく笑う。

 ゴーレムとは何であるか。
 それを問いかけた時、魔法使いの大半はこう答えるだろう。
 ゴーレムとは人の夢である、と。
 人の言葉を聞き、人の望むように働き、そして人を助けてくれる存在。
 それは古くからの人の夢であった。そしてこの年老いた魔法使いも、その夢を抱いていた。
 彼はその人生のほぼ全てをゴーレムに注ぎ込んだ。何十年の間、ただひたすらにゴーレムの事だけを考えて生きてきた。
 魔法使いにとって、命とも言える夢の結晶。それが目の前のウッドゴーレムなのだ。

「……お前は可愛いのう」

 魔法使いは、自分を見下ろすウッドゴーレムの顔に向かって手を伸ばす。
 するとウッドゴーレムは、その仕草が何の指示なのかを少し考えた後、その大きな体をゆっくりと折って頭を下げた。
 魔法使いはその頭を優しく撫でる。

「よしよし、良い子、良い子じゃ」

 ゴーレムに感情はない。
 だが、そんな事は魔法使いには関係がなかった。
 魔法使いにとってゴーレムは我が子だ。かけがえのない大切な我が子なのだ。
 ウッドゴーレムの頭を優しくなでてやりながら、シワだらけの顔を更にくしゃくしゃにして魔法使いは笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

処理中です...