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白雲の遺跡

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 白雲の遺跡、と呼ばれる場所がある。
 冒険者たちが集う始まりの町『ライゼンデ』から、二時間ほど歩いた先にある、崖の上に立つ古い遺跡だ。

 この遺跡は、かつて住んでいた者たちが亡くなった後、長い間ずっと放置され、あちこち崩れかけている。
 今は石材の柱が、骨のように残っているだけの、見事なまでの吹きざらし。
 床なんて、雨風を受けてひび割れて、今では草花と土が顔をのぞかせていた。

 回廊があった場所を進めば、下の方に川と、大樹の生えた小島が見えた。
 恐らく、中庭であったのだろう。
 そこへ続く石段らしきものも――やはり崩れてはいるが――崖伝いに見えた。

(――――のどかですねぇ)

 それを眺めて歩きながら、セイルはそう思った。
 一目で見て分かるほどに、朽ちた遺跡。
 しかしそこには不思議と哀愁というものは感じられなかった。
 その理由は小鳥や小動物たちの多さだろう。

 セイルはこの遺跡に足を踏み入れてから、たくさんの小鳥や小動物の姿を見かけた。
 例えば危険な遺跡であったり、凶暴な魔獣が生息していると、こうはいかない。
 チュンチュン、チチチ。
 そんな可愛らしいさえずりが、あちらこちらで聞こえていた。
 
 そんな長閑な遺跡の回廊を、セイルは同行者と連れ立って歩いていた。

 まずはセイルことセイル・ヴェルス。
 歳は十六歳、ふわりと柔らかそうな薄茶のショートヘアに、空色の目をした見習い冒険者である。
 体格は小柄で、地味だが、どこか愛嬌のある顔立ちをしている。
 彼女の体を包むのは、柔らかなベージュのブラウスとベスト、そしてズボン。そして緑色のグラデーションが綺麗なマントだ。手には音叉のような形をした白い杖を持っていた。
 杖こそ特徴的だが、全体的に素朴な雰囲気がセイルには良く似合っている。

 そんなセイルのとなりには、二十代前半くらいの青年が歩いている。 
 肩までの長さの薄い翡翠色の髪と、黒色の三白眼が特徴の、長身痩躯の眼鏡の青年である。
 整った顔立ちをしており、雰囲気はどこか知的そうな印象を持っている。
 そのひょろりとした体を包むのは、足首まである長い緑色の服とズボン。その上に、茶色のコートと横掛けの鞄だ。
 彼の名前はハイネル・ギュンターと言い、セイルと同じ見習いの冒険者である。

「どうしました、セイル? 疲れましたか?」
「いえいえ、まだぜんぜん元気ですよ! こう、のどかだなぁって思いまして」
「確かに」

 セイルがそう言うと、ハイネルは空を見上げた。
 青空を、件の小鳥が飛んでいく。

「ところでハイネル。冒険者ギルドから以来のあった、白雲の花が咲く場所って、この先ですよね」
「ええ、そうですよ。回廊に沿って歩けば、到着できるはずです。……あ、でも、一応は地図で確認してみましょうか」
「そうですね」

 セイルが頷くと、ハイネルは鞄の中から地図を一枚取り出した。
 地図の端には白雲の遺跡、と綴られている。描かれているのは遺跡内の地図と、その周辺だ。
 地図には『冒険者ギルド発行、新人試験用』とも記載されている。
 その言葉の通りこの地図は、冒険者になるための試験用に、冒険者ギルドで発行されているものだった。 

 冒険者とは、その名前の通り、あちこちを冒険をする旅人たちの組織だ。
 ただの旅人と違うのは、彼らは冒険者という職業に就いている、という事だろうか。
 冒険者は冒険者ギルドという支援組織に登録し、そこを経由して、魔獣の討伐や遺跡の調査、その他もろもろの困りごとを依頼という形で請け負っている。もちろん依頼を完遂すれば報酬を得る事も出来る。

 冒険者になるメリットとしては、相応の支援をギルドから受けられること。デメリットとしては、一定期間ごとに冒険者の資格を更新しなければならない手間と、その際の費用くらいだろう。
 まぁ、そんなこんなで、ただの旅人でいるよりは、小遣い稼ぎも出来る冒険者になりたがる者は一定数いた。
 だが、そうは言っても、申請すれば誰でもなれるわけではない。
 冒険者ギルドもおかしな――と言っては色々憚られるらしいが――者を在籍させて、悪さを働かれるのは困るので、簡単な筆記テストと実技テストを設けている。冒険者として最低限度の知識と、力量を測るためだ。

 さて、そこでこのセイルとハイネルだが。前述の通り、二人は見習い冒険者だ。
 何故見習いなのかと言うと、今現在進行形で、その実技テストを受けている最中だからである。
 実技テストの内容は至ってシンプル。冒険者ギルドから出された依頼を完遂する事、がお題である。
 依頼と言っても最初から魔獣を討伐しろ、というものではない。二人に提示された依頼は『白雲の花の採取』という簡単なものだった。

 白雲の花とは、名前の通り雲みたいな、ふわふわとした見た目の花だ。
 小さな花弁がたくさん集まった様子が、空に浮かんだ雲と似ている事から、その名前がつけられた。
 見た目が良いので花束にしても喜ばれるし、手先が器用な者ならば花冠を作る事も出来るだろう。

 そんな可愛らしい白雲の花だが、見た目が良いだけではなく薬にもなる。
 花弁をそのまま煎じれば解毒薬になり、そこから様々な薬の材料にもなる便利な植物なのだ。
 その花の群生地が、ちょうどこの遺跡の奥――白雲の丘なのである。

 この遺跡と白雲の丘には、危険な魔獣は生息していない。魔獣が出たとしても小型で、攻撃をされても多少怪我をする程度で済む。
 なので、新人用の実技テストとして重宝されていた。
 ついでに言えば白雲の花の確保も出来るので、冒険者ギルドとしては一石二鳥なのである。
 最初に考えたついたのは誰かは知らないが、上手い事を考えた物である、とセイルは思った。

「それにしても地図まで頂けるなんて、ギルドも太っ腹ですね」
「ええ、本当に。でも、最初の頃の試験では、自分でマッピングする必要もあったそうですよ」
「おや。そうなんですか?」
「ええ。でも、いつだったかな……どこぞの金持ちのボンボンがですね、テスト中に迷子になってしまったそうで。その事でいちゃもんをつけられたらしいんですよ。お前たちがちゃんとサポートをしなかったからだーって」
「うわぁ」

 ハイネルの話にセイルは半眼になった。 
 いわゆるクレーマーというアレである。
 冒険者を目指すならば、自分の行動は自分の責任である、というのが常識だ。
 もちろん冒険者でなくてもそうではあるが、最初のそこで躓けば、後々厄介な事になるのは目に見えている。

「……その人、どうなったんですか?」
「まぁ試験は落ちたらしいですけど。何ですっけ、お前たちなんか潰してやるーみたいな事を言っていたらしいですけど」
「典型的なアレですねぇ」
「ええ、アレです。まぁ、今も冒険者ギルドが残っているのを見れば、潰せなかったそうなんですけどね」

 ハイネルが肩をすくめて見せる。
 どういうやりとりが行われていたかは分からないが、当時の冒険者ギルドの職員たちは大変だったろうな、とセイルは思った。

(そういう人にはなりたくない)

 反面教師にしようと、セイルは小さく頷いた。
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