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2-4 質問

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 ──聞きたいことは正直山ほどある。

 前提としてルキアが本当にスウェルティアのリーダーなのかもわからないが、彼女のこの圧でトップでなければ組織に対する恐怖が増してしまうため、ひとまず彼女が本当にリーダーなのだと仮定しよう。

 その上で聞きたいことはたくさんあるが──できれば彼女らとは極力関わりたくないというのが僕の本音だ。アナさんを苦しめたその一端を担う組織なのだから。

 ……アナさんはどうだろうか。

 彼女へとチラと視線を向けると、目が合う。その瞳にはやはり迷いが見て取れる。

 と、そんな僕たちの姿を見て、ルキアが再度口を開く。

「うーん、やっぱりそこで迷うかぁ。……よし。ならアナちゃん。会話中でも遠慮なくボクにスキルを使ってもいいよ」

「スキル?」

「そう。持ってるでしょ? 会話を優位に進めるためのスキルを」

「それは……」

 確かに彼女は持っている。スキル『精神感応』。それでルキアの感情を覗き続ければ、ひとまず僕たちに害をなそうと考えているか否かの判断くらいはつくだろう。

 ……正直なぜアナさんのスキルを知っているのか、どこまで知っているのかという疑問はあるけれど、そこはいい。

 相手が情報を隠すのが上手い組織であれば、同時に情報を手に入れるのもまた容易なのだろうから。それにルキアには人の全てを見透かすスキルを有しているという噂もあるし。

 会話をするのなら、そこを前提として行う必要がありそうだ。

「ソースケさん、ひとまずスキルを使ってみますね。会話をするかは置いておくとして……」

「了解です。ルキア、それでいい?」

「うん、いいよ! ちょっと恥ずかしいけど、好きなだけ覗いちゃって!」

 言ってわざとらしく頬を赤らめるルキアに向けて、アナさんはスキルを発動し……すぐさま困惑した表情を浮かべる。

「……えっと、陽気と……興奮?」

「ん、興奮?」

「はい。ただ悪い意味ではなくて、なんというか私たちと会話しているという事実に心を躍らせているようです」

「……なぜ?」

「えっと……」

 困惑する僕たちを前に、ルキアは頬を赤らめたまま楽しげに口を開く。

「だって、ようやく直接お話できるようになったからね! それに普段堅苦しい会話ばーっかりでさ、こうして姿を見せて談笑することがなかったのもあるかな~」

「談笑はしてない」

「あれ、談笑じゃなかった? まぁいいや。とにかく、どうする? ボクが言うのもなんだけど、ボクに質問できる機会なんて普通ないよ? それに知りたいこともたくさんあるはず。それを聞かずに帰るの?」

「……アナさん、どうしましょうか?」

「そうですね……ひとまず感情は逐一チェックしますので、とりあえず会話をしてみましょうか。聞きたいことがたくさんあるのは事実なので」

 ──どうやら僕と同意見のようだ。

 ということで彼女の言葉に頷くと、ルキアはパーッと表情を明るくしながら、すぐさま僕たちが座る席を用意した。

 僕たちはやはり警戒心を抱きながらも、ルキアと対面するように腰掛ける。するとすぐさま、ルキアは両手で頬杖をつきながら言った。

「さぁさ、なんでも聞いて! 今日は出血大サービスでどんなことでも答えるよー!」

 そうだな。……まずは世の噂が正しいのか確認してみることにするか。

「スウェルティアについて、貧しいものに富を与え、一部貴族から盗みを働くいわゆる義賊的行動をし、一定層から英雄視されている集団だという噂があるけど、これは事実?」

「まぁ、大きくは間違っていないかな~。確かに一部悪徳貴族から資産を盗むことはあるよ。たとえば虐げられている奴隷とか、重税によって集められた不当なお金とかね。それを配ったりもしているけど……正直ボクたちはスウェルティアを義賊集団だと思ってはいないし、一部から英雄視されているのもよくわからない。ボクたちはただボクたちのために動いてるにすぎないからね」

「一度決めた約束は違えないのが信条らしいね」

「それは少し曲解されてるかな? 正しくはボクが正当だと判断した依頼については、100%完遂する。絶対に失敗はしないよ~っていうのが信条かな」

 ……今までの話を聞くと、絶対悪とは思えない。お金を盗むのは良くないことだけど、その相手も一部の悪徳貴族からだけのようだし。だからこそ余計にわからない。

「……なぜ金貸しをしている? それも他人名義で貸すなんて非人道的な活動を。……そのせいでアナさんがどれだけ苦しい思いをしたか、ルキアは知っているでしょう?」

「うん。知ってるし、アナちゃんには申し訳なく思ってるよ。それはもう心の底からね。……ここからは言い訳みたいになるけど、ボクたちは普段お金を貸したりはしていないよ。今のところアナちゃんの件が最初で最後だね」

「は? どういう……」

「付け加えるなら、ボクは相手の意図も、理由も、なによりもアナちゃんにとってそれが理不尽だと理解した上でお金を貸した」

「口約束で?」

「そうだよ。普通お金のやり取りには書類とか色々と必要なんだろうけど、その辺りは重要視しなかった。目的のために必要なのはお金を貸すことではなくて、あの流れでアナちゃんが借金を負うことだったからね。……ただその目的はもう果たせた。だから、はいこれ」

 言葉の後、ルキアはゴソゴソと懐をいじった後、とりだした金貨をテーブルへと置いた。……その額は、おそらくアナさんが返済した額と同額?

「今までアナちゃんが払ってくれたお金。これは全て返すよ。残りも一切支払わなくていい」

「……えっ」

 アナさんが思わず声を漏らす。

 正直、行動の真意が読めない。そう思いながらアナさんの動向を窺うと、彼女はやはりそのお金を受け取ろうとはしない。

 そんな彼女の姿を見て、ルキアはあっけらかんとした様相で声を上げる。

「あぁ、盗んだものじゃないかって気にしてる? 大丈夫だよ。それは正当な方法で稼いだお金だから」

「そういうことではないです。……ルキアさん。こんなわけのわからないことをしてまで、果たそうとした目的ってなんですか?」

「あぁ、目的? それはね──」

 ルキアはその金色の瞳を僕の方へと向けてくる。

「──ソースケ、君に会うことだよ」

「……は?」

 訳がわからない。それがなぜアナさんに借金を押し付けることにつながる? いや、そもそもアナさんが借金を負ったその時、僕はこの世界にいない。だからどんなルートを辿ろうとも、数年前の段階で僕に会うことを目的にできるはずがない。

 ……ダメだ、全く意味がわからない。

「ソースケさんに会うことと、私が不当な借金を負うことにつながりが見えません」

「ボクもそう思うけど……仕方がないんだよ。それがボクたちにとっての最善だったから」

 金色の目がこちらを見つめる。吸い込まれてしまいそうなそれからは明らかに常軌を逸した力を感じる。

「確かにさ、アナちゃんにとってここ数年は辛い日々だったかもしれない。……でもね、ある意味これでよかったところもあるんだよ?」

 一拍置き、ルキアは言葉を続ける。

「アナちゃんの元経営仲間の子にも選択肢はあった。他の闇ギルドでアナちゃん名義でお金を借りたり、あとはまごころ名義でお金を借りることも間違いなく可能だったんだよ? あの時ならね」

「そんなこと──」

「ないと思う? 大半の人間が闇ギルドと関わることを恐れてやらないだけ。あいつらに倫理観なんてものはないからね」

「あいつらじゃなくて、闇ギルドには……でしょう?」

 僕がそう言うと、ルキアはチラとこちらへ視線を向けた後、再度口を開く。

「……そうだね。闇ギルド相手なら、そんな理不尽がまかり通ることもあるし、それで奴隷に落とされた人を僕は何人も知ってる。……今のアナちゃんなら腕の立つ知り合いも多いから、きっと闇ギルド側もそんなことしないと思うけど。……まぁ結局、世の中そんなもんなんだよ」

「…………」

「それで、他に聞きたいことはあるかな?」

「──そうまでして、ルキアが僕に会おうとした理由は?」

 これまでも意味がわからなかったが、何よりも訳がわからないのが、なぜそこまでして彼女が僕に会おうとしたかである。

 確かに僕はある意味では希少な存在なのかもしれない。スキルも珍しければ、何よりも異世界からやってきた人間という事実があるのだから。
 ただ、だからといって彼女のような強者にとって利用価値がある人間かといえば──正直そんなことはないはずだ。

 そんな疑問と共に問うた僕のその声に、ルキアはうーんと悩んだ後、申し訳なさそうに口を開いた。

「ごめん、それはボクにもわかんない」

「は?」

「それが最善だって教えてくれただけで、ソースケに会う意味はボクにも今はわからないんだ」

「教えてくれた? 今は? ルキアがこの組織のトップなんじゃないのか?」

「──知りたい?」

 アナさんへとチラと視線を向けた後、僕は首を横に振った。

「いや、やめとくよ。それを知ったらルキアたちと深く関わることになってしまいそうだからね」

「つれないなぁ」

 言葉と共に、ルキアは唇を尖らせる。
 そんな彼女の前で、僕は表情を崩さずに声を上げる。

「……とにかく、これでアナさんが今後借金を支払う必要はない。それは間違いない?」

「うん、間違いないよ」

「アナさん」

「……感情を見る限りでは、嘘はついていないようです。今も、これまでの会話の中でも」

 ……正直、ルキアにはそれすら誤魔化す術がありそうなんだよな。ただだからといって何らかの契約をするというのは、正直避けたいところではある。だから……口約束にはなってしまうけど、これでいいか。借金の件間違いなくチャラだろうし。

「ルキア。借金の件が解決したなら、もう帰ってもいい?」

「えーもう少し話していけばいいのに。ボクに質問できる機会なんてないよ? それこそなんでも答えられる自信がある。君の知りたいことならなんでも」

「いい。これ以上関わりたくない。アナさんもそれでいい?」

「はい、大丈夫です」

「ふーん、そっかぁ」

 いじけるように唇を尖らせるルキアを前に、僕たちは立ち上がると彼女に背を向ける。
 そこで僕は思い出したように振り返り、口を開く。

「あ、そうだ。そちらにどんな意図があったとしても、もしもこれがアナさんにとって最善だったのだとしても──僕はアナさんに不当に借金を押し付けた君たちとは関わる気がない。だから今後は一切僕たちに近づかないでほしい」

 ルキアはニッコリと相変わらず邪気の感じない笑みを浮かべながら、うんと頷く。

「いいよ。ボクたちからは絶対に関わらない、約束するよ」

 その言葉を受け、僕は視線を戻すと入り口へと歩き出す。そしてそのまま数歩歩いたところで、突然背後から声が掛かった。

「ねぇ、最後にボクも1つだけ聞いていい?」

「……答えられる範囲なら」

「最近のボクってさ、この世界でもそこそこの強さになったんだ。それに噂の通りちょっとだけ特別なスキルもある。だから基本対面したら皆ボクを恐れる。……正直初めてなんだよね。ボクより弱くて、後ろ盾もなんもないのに、こうして強く言う人って。ソースケはさ、ボクのこと怖くないの?」

「そりゃ、怖いは怖いよ。きっとルキアなら僕が感知できないほど一瞬で僕を殺せるだろうからね。……でも、わざわざこんな回りくどいことをしてまで、僕と会おうとするんだ。どうせそちらに僕を殺すことなんてできないんでしょ?」

「……でもさ、周りの人をどうにかする可能性も──」

「ないね。そんなことをしたら、僕が自害をするかもしれない。そんなリスクをルキアたちが負うわけがない」

「ふーん、そ」

「……もういい?」

「うん、いいよ。じゃあね、ソースケ、アナちゃん」

「うん、さよなら」

 言葉の後、僕たちは居酒屋から外へと出た。
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