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1-31 いやな噂
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翌日。この日は変わらずPOPPYの営業日である。
すでに事前予約で一杯であったため、幾人かの新規とリピーターのマッサージを行い、あっという間に時間が過ぎていく。
そして辺りが真っ暗になった時間帯に、この日ラストのお客さんであるリセアさんがやってきた。
今回彼女が選んだメニューはいつも通りの全身オイルマッサージ……なのだが、時間を30分延長して90分となっている。
そして香り的にも問題なかったため、使用するオイルは一般的なマッサージオイルと、前回とは大きな変化点がいくつもある。
そんなこんなで普段と変わらぬ順序でマッサージを開始したのだが、その時の彼女の反応やコリの感じを見て、僕はあることに気がつき、それを口にした。
「だいぶお疲れのようですね」
「んー。今日戦った魔物が中々の強敵でよ、思った以上に苦戦してなぁ」
「なんと。リセアさんが苦戦する魔物なんているんですね」
「そりゃいるだろうよ。あたしなんかまだBランクだからな。それにパーティーメンバーも同じランクだし。冒険者にも、魔物にもまだまだ上がいるってわけよ」
「想像つかない次元の話です」
単純計算で僕の80倍以上の攻撃力があるリセアさんが苦戦する相手となると、最弱のゴブリンと死闘を繰り広げたばかりの僕にはイメージが湧かない話だ。
……世界は広いんだなぁ。
そんなことを心の内で考えていると、少ししてリセアさんが真剣な面持ちのまま口を開いた。
「……今度Bランクの魔物に会わせてやろうか?」
「僕を殺す気ですか……?」
「ははっ、冗談だよ。でもパーティーメンバーにはいずれ会わせてやるよ。2人とも個性的でおもしれぇやつらだからな。きっとソースケも気にいるぞ」
「それは是非お会いしたい所ですね」
正直リセアさんが言う個性的やおもしろいは少しだけ不安だが、実際彼女が普段どんなメンバーとパーティーを組んでるのかはかなり気になるところである。
リセアさんはこちらに視線をやると、ニッと快活な笑みを浮かべる。
「だろ? ま、2人ともソースケのマッサージにも興味持ってたからな。もしかしたらあたしが紹介しなくても勝手に会いにくるかもだけど」
「ほう、興味を」
となると2人とも女性なのだろうか。いや、男性でも興味を持つ人はいるか?
「ほら、あたしが女子力ってやつ? に目覚めたからな。徐々に変化していくあたしの姿を見て、いつも一緒にいる2人は何があったのかと興味を抱いたってわけ」
「なるほど。たしかに元々綺麗だったのに最近より美しくなられましたもんね」
「そうそ……って! お、お前。ほんと急にそういうこと言うなよな!」
「ちゃんと本心ですよ?」
「わかってる、わかってるよ! ソースケのそれが本心だってことはな! ……でも、ほらよ、そういうのは心の準備ってもんがあるんよ」
「心の準備……ですか」
「そうそう! ソースケだって急にカッコいいとか言われたらビビるだろ?」
「それは……違う意味でビビりますね。今までそんなこと言われたことないので……」
「あ、す、すまん」
……気まずい空気になってしまった。これは話を変えねば。
「そ、それよりも。パーティーメンバーのお2人とか、たくさんの人にPOPPYのことを広めてくれて、本当すごく助かってます。いつもありがとうございます、リセアさん」
「あたしは気に入ったものはとことん広めたい主義なんよ。だからただそうしたいかそうしてるってだけで、別に感謝されることじゃねぇよ」
「でも、おかげでこうして繁盛店になりましたよ」
「それはあたしの力じゃねぇ。ソースケのサービスが良かったからそうなってるだけだ。それに、あたしが広めなくても遠からず繁盛店になってたと思うぞ。だから、勘違いすんなよな」
「ふふっ、ありがとうございます。それで、最近うちの噂が近くの飲食店でも広がってるのだとか。あ、ウィリアムくんって知ってますか?」
「ん? あぁ、アナに惚れてるやつな」
「周知の事実……」
「さすがにわかりやすすぎるからな」
「あはは。それは否定できませんね」
言って苦笑いを浮かべると、リセアさんがチラとこちらへ視線を向けた後、何やらボソリと呟いた。
「……まぁ、あいつも気の毒だよな」
「えっ?」
「いんやこっちの話。それよりも噂な。……たぶん2つ聞いたろ?」
その言葉に、僕はうんと頷く。リセアさんが再度口を開く。
「いい噂は別として、悪い方は……まぁいつかそういう噂も出るだろうと思ってたわ」
「僕もある程度は」
──よくない噂。それは『宿屋まごころでアナさんと黒髪の男が高額な商品の販売を始めた』というもの。
別に何かものを売ってる訳ではないので、正直的外れもいい所なのだが、そこは噂である。うちのサービスが口コミで徐々に広がっていく中でら少しずつ曲解されていったのだろう。
正直これに関しては、あまり気にしていなかった。
というのも、SNSのようなものがないこの世界において、情報が伝わる手段は大半が会話である。であればどこかしこでこうした嫌なな噂が立つことがあってもおかしくはないと最初から考えていたからだ。
……それにここら辺は利用者が増えて、リセアさんのように目に見えて変化する人々が大量に出てくれば、この辺りの噂は徐々に少なくなっていくとは思うけど。
思いながら、僕はグッと唇をキツく結んだ。
というのも、1つだけ噂の内容に不可解な点があるのだ。
「でも、なんでこんな広まり方を? これではまるで、アナさんがまごころで悪事を働いているように映ってしまう」
その声に、リセアさんは何ともいえない笑みを浮かべる。
「あー、そうか。ソースケはまだ聞いてねぇのか」
僕は再びグッと唇を結んだ後、呟くように言葉を漏らした。
「……アナさんに何か抱えているものがあることはなんとなく気がついています。あとは昔まごころが繁盛店だったという話も、ウィリアムくんから聞きました」
「……ほかは?」
「アナさんが『精神感応』というスキルを有していることを本人から聞いたくらいです」
「そっか」
アナさんのその言葉の後、部屋を静寂が支配する。
こうしてシンとした中でマッサージを続けていると、少ししてリセアさんが再度口を開いた。
「気にならないのか?」
「それは……正直気にならないといえば嘘になります」
「なら直接聞けばいいんじゃねぇのか? 昔何があったのか」
「僕もできることならそうしたいんですけどね。ただ、出会って間もない僕が不躾に聞いても、傷を広げることになりかねないかなと。…….だったら彼女から語られるのを待つべきなのかなと、そう思ってしまうんです」
長々と語った僕の言葉を受け、リセアさんはなんともいえない表情のまま声を上げた。
「なんかあれだな」
「……?」
「ソースケって結構面倒臭いやつだよな」
「いきなり失礼!」
「だってそうだろ? あたしに……その、美人? だとかそういう言葉は平気で言えるくらい大胆かと思えば、今みたいに考えて考えて慎重な所もあったりするんだぜ?」
「……あれ、僕って面倒臭い?」
リセアさんの話を聞いていると、なんだか自分が本当に面倒臭い人間のように思えてくる。……というか、おそらく面倒臭い人間なんだろう。だって前世では友達も恋人もいなかったし。
そう内心で何ともいえない感情になっている僕をよそに、リセアさんは再度口を開く。
「でもまぁ、そんなあんたの面倒臭い所あたしは好きだぜ? どっかの誰かさんと似て……いい面倒臭さだからな」
「それって……」
「なんでもねぇよ。ただ1つ言っとくとしたら、まぁあれだな。あいつはかなり頑固で、色々なものを1人で抱え込む癖があったりする」
「あー何となくわかるかもしれません」
「だろ? ……昔色々あった時さ、あたしが助けようかとしたら断られたんよ。これは私の問題だって。それからも何度もなんとかしようと考えたけどよ……どうやら戦うことしか能のないあたしじゃ、どうにもできねぇらしい」
言葉の後、リセアさんは特にこちらへ顔を向けることなく再度口を開いた。
「あたしは…….もしかしたらあんたならなんとかできるかもってそう思ってる。あいつと、アナと似たようなソースケならな」
「それは……買い被りすぎですよ」
「いや、そんなことねぇよ。きっとソースケならできるさ」
言葉の後、僕たちを再び静寂が支配する。それでも僕はこれ以上彼女に声を掛けることはせず、その心地良い静寂の中マッサージを続けた。
すでに事前予約で一杯であったため、幾人かの新規とリピーターのマッサージを行い、あっという間に時間が過ぎていく。
そして辺りが真っ暗になった時間帯に、この日ラストのお客さんであるリセアさんがやってきた。
今回彼女が選んだメニューはいつも通りの全身オイルマッサージ……なのだが、時間を30分延長して90分となっている。
そして香り的にも問題なかったため、使用するオイルは一般的なマッサージオイルと、前回とは大きな変化点がいくつもある。
そんなこんなで普段と変わらぬ順序でマッサージを開始したのだが、その時の彼女の反応やコリの感じを見て、僕はあることに気がつき、それを口にした。
「だいぶお疲れのようですね」
「んー。今日戦った魔物が中々の強敵でよ、思った以上に苦戦してなぁ」
「なんと。リセアさんが苦戦する魔物なんているんですね」
「そりゃいるだろうよ。あたしなんかまだBランクだからな。それにパーティーメンバーも同じランクだし。冒険者にも、魔物にもまだまだ上がいるってわけよ」
「想像つかない次元の話です」
単純計算で僕の80倍以上の攻撃力があるリセアさんが苦戦する相手となると、最弱のゴブリンと死闘を繰り広げたばかりの僕にはイメージが湧かない話だ。
……世界は広いんだなぁ。
そんなことを心の内で考えていると、少ししてリセアさんが真剣な面持ちのまま口を開いた。
「……今度Bランクの魔物に会わせてやろうか?」
「僕を殺す気ですか……?」
「ははっ、冗談だよ。でもパーティーメンバーにはいずれ会わせてやるよ。2人とも個性的でおもしれぇやつらだからな。きっとソースケも気にいるぞ」
「それは是非お会いしたい所ですね」
正直リセアさんが言う個性的やおもしろいは少しだけ不安だが、実際彼女が普段どんなメンバーとパーティーを組んでるのかはかなり気になるところである。
リセアさんはこちらに視線をやると、ニッと快活な笑みを浮かべる。
「だろ? ま、2人ともソースケのマッサージにも興味持ってたからな。もしかしたらあたしが紹介しなくても勝手に会いにくるかもだけど」
「ほう、興味を」
となると2人とも女性なのだろうか。いや、男性でも興味を持つ人はいるか?
「ほら、あたしが女子力ってやつ? に目覚めたからな。徐々に変化していくあたしの姿を見て、いつも一緒にいる2人は何があったのかと興味を抱いたってわけ」
「なるほど。たしかに元々綺麗だったのに最近より美しくなられましたもんね」
「そうそ……って! お、お前。ほんと急にそういうこと言うなよな!」
「ちゃんと本心ですよ?」
「わかってる、わかってるよ! ソースケのそれが本心だってことはな! ……でも、ほらよ、そういうのは心の準備ってもんがあるんよ」
「心の準備……ですか」
「そうそう! ソースケだって急にカッコいいとか言われたらビビるだろ?」
「それは……違う意味でビビりますね。今までそんなこと言われたことないので……」
「あ、す、すまん」
……気まずい空気になってしまった。これは話を変えねば。
「そ、それよりも。パーティーメンバーのお2人とか、たくさんの人にPOPPYのことを広めてくれて、本当すごく助かってます。いつもありがとうございます、リセアさん」
「あたしは気に入ったものはとことん広めたい主義なんよ。だからただそうしたいかそうしてるってだけで、別に感謝されることじゃねぇよ」
「でも、おかげでこうして繁盛店になりましたよ」
「それはあたしの力じゃねぇ。ソースケのサービスが良かったからそうなってるだけだ。それに、あたしが広めなくても遠からず繁盛店になってたと思うぞ。だから、勘違いすんなよな」
「ふふっ、ありがとうございます。それで、最近うちの噂が近くの飲食店でも広がってるのだとか。あ、ウィリアムくんって知ってますか?」
「ん? あぁ、アナに惚れてるやつな」
「周知の事実……」
「さすがにわかりやすすぎるからな」
「あはは。それは否定できませんね」
言って苦笑いを浮かべると、リセアさんがチラとこちらへ視線を向けた後、何やらボソリと呟いた。
「……まぁ、あいつも気の毒だよな」
「えっ?」
「いんやこっちの話。それよりも噂な。……たぶん2つ聞いたろ?」
その言葉に、僕はうんと頷く。リセアさんが再度口を開く。
「いい噂は別として、悪い方は……まぁいつかそういう噂も出るだろうと思ってたわ」
「僕もある程度は」
──よくない噂。それは『宿屋まごころでアナさんと黒髪の男が高額な商品の販売を始めた』というもの。
別に何かものを売ってる訳ではないので、正直的外れもいい所なのだが、そこは噂である。うちのサービスが口コミで徐々に広がっていく中でら少しずつ曲解されていったのだろう。
正直これに関しては、あまり気にしていなかった。
というのも、SNSのようなものがないこの世界において、情報が伝わる手段は大半が会話である。であればどこかしこでこうした嫌なな噂が立つことがあってもおかしくはないと最初から考えていたからだ。
……それにここら辺は利用者が増えて、リセアさんのように目に見えて変化する人々が大量に出てくれば、この辺りの噂は徐々に少なくなっていくとは思うけど。
思いながら、僕はグッと唇をキツく結んだ。
というのも、1つだけ噂の内容に不可解な点があるのだ。
「でも、なんでこんな広まり方を? これではまるで、アナさんがまごころで悪事を働いているように映ってしまう」
その声に、リセアさんは何ともいえない笑みを浮かべる。
「あー、そうか。ソースケはまだ聞いてねぇのか」
僕は再びグッと唇を結んだ後、呟くように言葉を漏らした。
「……アナさんに何か抱えているものがあることはなんとなく気がついています。あとは昔まごころが繁盛店だったという話も、ウィリアムくんから聞きました」
「……ほかは?」
「アナさんが『精神感応』というスキルを有していることを本人から聞いたくらいです」
「そっか」
アナさんのその言葉の後、部屋を静寂が支配する。
こうしてシンとした中でマッサージを続けていると、少ししてリセアさんが再度口を開いた。
「気にならないのか?」
「それは……正直気にならないといえば嘘になります」
「なら直接聞けばいいんじゃねぇのか? 昔何があったのか」
「僕もできることならそうしたいんですけどね。ただ、出会って間もない僕が不躾に聞いても、傷を広げることになりかねないかなと。…….だったら彼女から語られるのを待つべきなのかなと、そう思ってしまうんです」
長々と語った僕の言葉を受け、リセアさんはなんともいえない表情のまま声を上げた。
「なんかあれだな」
「……?」
「ソースケって結構面倒臭いやつだよな」
「いきなり失礼!」
「だってそうだろ? あたしに……その、美人? だとかそういう言葉は平気で言えるくらい大胆かと思えば、今みたいに考えて考えて慎重な所もあったりするんだぜ?」
「……あれ、僕って面倒臭い?」
リセアさんの話を聞いていると、なんだか自分が本当に面倒臭い人間のように思えてくる。……というか、おそらく面倒臭い人間なんだろう。だって前世では友達も恋人もいなかったし。
そう内心で何ともいえない感情になっている僕をよそに、リセアさんは再度口を開く。
「でもまぁ、そんなあんたの面倒臭い所あたしは好きだぜ? どっかの誰かさんと似て……いい面倒臭さだからな」
「それって……」
「なんでもねぇよ。ただ1つ言っとくとしたら、まぁあれだな。あいつはかなり頑固で、色々なものを1人で抱え込む癖があったりする」
「あー何となくわかるかもしれません」
「だろ? ……昔色々あった時さ、あたしが助けようかとしたら断られたんよ。これは私の問題だって。それからも何度もなんとかしようと考えたけどよ……どうやら戦うことしか能のないあたしじゃ、どうにもできねぇらしい」
言葉の後、リセアさんは特にこちらへ顔を向けることなく再度口を開いた。
「あたしは…….もしかしたらあんたならなんとかできるかもってそう思ってる。あいつと、アナと似たようなソースケならな」
「それは……買い被りすぎですよ」
「いや、そんなことねぇよ。きっとソースケならできるさ」
言葉の後、僕たちを再び静寂が支配する。それでも僕はこれ以上彼女に声を掛けることはせず、その心地良い静寂の中マッサージを続けた。
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