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1-28 隠し事

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 結局町の門にたどり着いた頃には、すっかり辺りが真っ暗であった。

 ちなみにステータスに関する詳しい話については、後日改めてリセアさんと会話することになった。とりあえず今は不用意にステータスを見せないこと、魔力の伸びが異常であることさえわかっていればそれでいいらしい。

 僕としてもそれに異論はなかったためうんと頷き、この話は終わり。そのタイミングでちょうど町の近くまで到着したため、そこからは普通の会話やリセアさんへお礼などを言いながら歩く。
 こうして夜は危ないからと、お姫様よろしく情けなくも宿の前まで送ってもらい、彼女とはそこで解散となった。

 ……遅くなりすぎてしまった。アナさん、起きてるかな。

 さすがに宿の入り口は鍵がかかっているだろうと思い、トントンと軽く扉を叩きつつ声を掛けると「鍵、開いてますよ」と聞こえてくる。その声に従い、僕はゆっくりと入り口の扉を開けた。

「ただいま戻りました」

 扉を開けた途端にまず目に入ったのは、真っ暗でシンとした室内で一つだけ淡く光るランプの灯りであった。

「おかえりなさい」

 その光源のそばで、アナさんが柔らかい笑みと共にそう声を掛けてくれる。
 僕はその声に決してそんなことはないはずなのに、なんだか久しぶりに聞いたような感覚と安心感を覚えつつも、しかしここまで遅くなってしまったことを詫びるように小さく頭を下げる。

「すみません、こんな遅い時間の帰宅となってしまって。あの、もしかして僕が帰るまで寝られなかったとかでは……」

「ふふっ、そういう訳ではありませんよ。いつもこの時間まで起きていますから」

 言って微笑むアナさん。その姿を見ていると、ここで彼女の両手に何やら細い棒のようなものが握られており、そのそばには毛糸の束が置かれていることに気がつく。

「編み物ですか」

「はい、今は靴下を編んでるんですよ」

「趣味なんですか?」

「それもありますが……ほら、宿だけだとどうしても稼ぎが」

 言ってなんともいえない笑みを浮かべるアナさん。
 彼女や僕が普段着ている服装を考えれば、毛糸で編んだ靴下であればそこそこの値段で売れるのだろうか。

 ……それにしても今までそんな素振りを見せたことはなかったな。もしかしていつも僕が部屋にいる時とか、空き時間にこうして編んでいるのだろうか。

 そう思っている間も、アナさんは手を動かし続ける。その姿に、僕は驚いた。

「手慣れてますね」

「それなりに長いこと続けてますからね」

「へぇ。靴下1足でどのくらいかかるものなんですか?」

「そうですね。空き時間にやっているだけなので……1週間ほどでしょうか。これを知り合いに卸しているのですが、やはり数が数なだけにそこまで大きな儲けにはなりませんね」

 言葉の後、アナさんは苦笑を浮かべる。そんな彼女に僕は言う。

「あの、隣で見てもいいですか」

「もちろん構いませんが……ただ、そんな面白いものでもありませんよ?」

 言って微笑む彼女の隣へ僕は腰掛ける。そしてそのまま靴下が編まれていく様子をぼうっと見つめた。
 アナさんは一度編み物へと意識を向けてからは、声を掛けるのを躊躇うほどに集中しているようである。

 僕は邪魔しないように彼女の手元を、そして時折チラと真剣なその表情へと視線をやりながら、色々と考えを巡らせていた。

 ……それにしても、どうして彼女は宿屋に固執するのだろうか。

 単純な稼ぎだけなら、客足の少ない宿屋よりも今行っている編み物の方が良さそうに思える。

 それでも編み物をメインにはせず、宿屋を中心に経営しているのは、たとえば宿屋を営むことが彼女にとっての生きがいだからだろうか。それとも他に何らかの理由が?

 そう考えながらも、徐々に編まれていく靴下を眺めていることおよそ30分。

 もともとほとんど完成していたこともあってか、ここで片足分編み終わったようである。アナさんは手を止めると、ほうっと息を吐いた。

「お疲れ様でした」

「ソースケさん。退屈ではありませんでした?」

「そんなことないですよ。普段編み物を目にする機会なんてないですから。こうして出来上がっていく様はとても興味深かったです」

「ふふっ、それならよかったです」

 言っていつも通り柔らかい笑顔を向ける彼女の姿からは、いつぞやのように少しだけ疲れが見て取れる。
 やはりPOPPYの繁盛により、最近まごころにもお客さんが増したことが原因だろうか。

「アナさん、久しぶりにマッサージでもいかがですか? 簡単に肩周りだけでも」

 僕の提案に、アナさんは期待のこもった、しかしこちらを案ずるような絶妙な表情を浮かべる。

「その、お疲れではありませんか?」

「何も問題ありませんよ。むしろレベルアップの影響か、力が有り余っているくらいです」

「あら。それではお願いしようかしら」

「ふふっ、お任せください」

 ということで僕は席を立つと、彼女の背後へと立ち、マッサージを開始した。
 今回はあくまでも簡単にということなので、オイルとかを使ったりはせず、単純な肩周りのもみほぐしのみである。──もちろんおまけとしてスキルの効果を使いながら。

「気持ちいい……」

 言ってウットリとした表情になるアナさん。その表情を見ていると、思わずこちらも笑顔になってしまう。

 ……そうだよ。この表情もまた、僕が生きがいを、夢を見つけられた要因だ。

 シンと静まり返った暗闇の中で、テーブルにあるランプと僕の両手から発せられる光のみが淡く僕たちを照らし出す。
 今もこの宿には何人か女性たちが宿泊しているはずなのに、この瞬間だけは、まるでこの世界に僕たち2人だけしか存在していないような、そんな気さえしてくる。

「…………」

 アナさんのあの声以降、僕たちに言葉はない。

 そんな酷く心落ち着く空間の中で、アナさんは唐突に、それこそまるで周知の事実であるかのように自然な様子でポツリと呟いた。

「ソースケさん。私、実はスキルがもう1つあるんです」

 その声が室内に溶け込むほどの間を開けて、彼女はさらに言葉を続ける。

「『精神感応』といって、人の感情がなんとなくわかるという、そういったスキルです。あの時、私のことを信用できるようにステータスボードを見せるとかいいながら、実はこのスキルのことを隠していた──私、隠し事の多い悪い女なんですよ」

「どうして今そのことを」

「なぜでしょうか、正直わかりません。ただ少し感傷的になってしまったのかもしれませんね」

「1つだけお聞きしてもいいですか」

「はい」

「そのスキルは元々持っていたものですか。それとも、後天的に手に入れたものですか?」

「後天的に、ですね」

 ……そう言って微笑む彼女の表情に晴れやかさはない。きっとまだ色々とあるのだろう。

 だが、それを無理に聞くつもりはなかった。

 こうして少しずつでも前進できれば、きっとその先に彼女の憂の正体を知ることができる。根拠がないながらも、僕の中にそう確信めいたものがあったからだ。
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