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2-20 ルトvsアロン 前編

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 ルティアが会場へと到着する数分前。
 アナウンスを受け、大勢の観客に囲まれた試合会場の一角で、ルトとアロンは言葉を交わす事なく向き合っていた。

 数週間ぶりだろうか。

 互いにルティアとは時折会話をしており、そこから多少情報を得たりはしていたが、こうしてしっかりと顔を合わせるのは久しぶりの事だった。

 しかし、だからといって険悪的なムードかと言うとそうではない。

 当然だ。幾ら今後の人生を左右する程大切な試合の対戦相手だろうと、友人は友人なのだ。
 それに現在は喧嘩をしている訳でもない。

 とは言え、顔を合わせるのが久しぶりなのは事実であり、第一声を何とすべきか決めかねているのもまた事実である。

 と、互いにそんな思いのまま佇んでいると、この空気に耐えられなくなったのだろう、アロンが頭をポリポリと掻きながらゆっくりと口を開く。

「……あーっと、その、久しぶりだな、ルト」

「うん、久しぶりだね、アロン」

 何ともぎこちないやりとり。しかし、一度話してしまえば、案外会話とは続くもので、

「……なんか見違えたよ」

「そうか? あんま変わんないと思うけどな」

「いや、シュッとしたと言うか、面構えが変わったと言うか、とにかく纏う雰囲気が変わったように思う」

 アロンの全身を目に収めながら、ルトは言う。
 本人は気づかないものだが、ルトの言葉の通り身体は引き締まり、その表情には以前よりも確かな自信が感じられるようになっていた。

「……んー、まぁこの数日間は今まで以上に必死こいて特訓したから、そのせいかもな」

 言ってアロンはニッと笑う。柔らかいながらも力強さの感じられる笑みである。

「…………」

 そんなアロンの笑みを目に収めながら、ルトは明確な劣等感を抱いた。

 グダグダと悩む事に長い期間を要した自身とは違い、アロンは早々に覚悟を決め相応の特訓をしていたのだ。

 確かに、あの後ルト自身も覚悟は決めた。やはり自身の夢がどれ程弱くとも、手を抜くのは違うという結論に至り、その後は努力をした。

 しかし、どんなに努力をしても、戦う覚悟を決めても、その想いの全てがアロンに負けているようなそんな気がしたのである。

 だからか、次の言葉が出てこない。

 そんなルトの姿に違和感を持ったのか。アロンがルトに問いかけようとした所で、何やら客席がざわざわと騒がしい事に気がつく。

「……何だ?」

「……さぁ」

 訳もわからず、とりあえず観客席の方へと視線をやる2人。
 騒めきの原因がどこかわからず、キョロキョロと視線を動かしていくと、

「…………!?」

「ルティアさん……?」

 こちらへと目を向けながら、肩で息をするルティアの姿があった。

 何故? 今別会場で試合をしている筈では?

 ルトとアロンの脳内に、同じ考えが浮かぶ。

「まさか、もう試合終わらせたのか? あの《勇者》相手に……?」

 苦笑いを浮かべながら、アロンが口を開く。

 はなから2人の頭の中には彼女が試合を放棄しただとか、負けたという考えはない。
 となると、今この場に彼女が居るのは、あのユリウスという強者を瞬殺したとしか思えないのだ。

「……流石、規格外の《天使》様だね」

「だな」

 言って、ルトとアロンは向かい合うと、小さく笑う。
 次いで、再びルティアへと視線を向けると、手を振った。

 ルティアが目を見開く。
 そして数瞬の後、ぐっと身を乗り出すと、

「ルトさん! アロンさん! 頑張って下さい!       ……私、ここで応援していますわ!」

 と、周りから向けられる視線など関係ないとばかりに2人へと激励の言葉をかける。

 対し、ルトとアロンはその言葉に頷きを返すと、視線を互いの方へと向ける。

「彼女の応援に応える為にも、無様な姿は見せられないね」

「そうだぞ。だから細けぇことは気にせずに、本気でだ」

「…………ッ! うん、全力で勝ちに行く」

「よっしゃ! 負けねぇからな!」

 と、ここで再びアナウンスが入り、ルトとアロンは所定の位置へと着いた。

 そして、ルトは死狩テトを顕現させ構え、アロンは全身に風を纏わせる。

 沈黙のまま佇む事数秒。

『それでは──始めてください』

 と、会場に響き渡るアナウンスと共に、序列戦が始まった。

 先に仕掛けたのはルトであった。

 ルトは開始と同時にグッと地面を蹴ると、全速力で一直線にアロンの方へと駆ける。
 射程、移動速度のどちらを考えてもまず間違いなく向こうが上回っている現状、序盤にルトに出来る事と言えばとりあえず距離を詰める事しかないのだ。

 きっと、アロンもルトにはこれしかない事を理解してる。だからこそ、アロンもそれに準じた動きを見せるはず。

 そんな考えもありつつ、ぐんぐん距離を詰めるルト。

 しかし、その距離が3メートル、2メートルと近づいても、アロンは一向に動きを見せない。その距離は更に詰まっていき、遂には死狩テトの射程にまで迫った。

 ……が、それでもアロンは動かない。

「…………」

 不審に思う、ルト。とは言え、だからと言って、動きを止める事はない。
 何か仕掛ける気なのかもしれないが、幾らアロンと言えども、避けきれないだろう位置にまで現状ルトは迫っているのだ。

「…………ッ!」

 ルトはアロンに不審な点は無いか注意しつつも、アロンの首元に向かって死狩テトを振るう。
 死狩テトの刃が徐々に首元へと近づいていくも、アロンはやはり一切動かない。

 ……獲った。

 ルトは確信した。このままアロンの首元へと刃が当たれば、許容以上のダメージをアロンへと与えた事になる。
 そうなれば、後はそのダメージを周囲を覆う結界が肩代わりし、結界が消滅。
 結果ルトの勝利となる。

 しかし──

「……え?」

 勝利を確信しながら死狩テトを振り抜いたルトであったが、その刃がアロンの首を斬る事はなかった。

 それどころか、彼の姿が見えない。

「──どこ…………ッ!?」

 困惑し、周囲を見回そうとするルト。
 しかしそれよりも早く、ルトの背を強い衝撃が襲った。

 ……後ろからッ!?

 ルトは攻撃を受け、地を転がりながら、何が起きたのかと必死に頭を働かせる。

 先程まで前方にいた筈のアロンが、ルトの後方から攻撃をする。
 それも、ルトに視認されずにだ。
 いや、そもそも先程ルトの振るった死狩テトはアロンの首へと当たる寸前だったのだ。

 そんな状況から一体どうやって避け、後方から攻撃を仕掛けたのか。

 考えながら、追撃を許さないように立ち上がる。そして周囲を見回し──

 やっぱり居ない……ッ!

 ルトの視界にアロンの姿は無かった。
 そして再び、ルトの背に走る衝撃。

「…………ガッ……!」

 思わず声を漏らしつつ、ルトは再度地を転がる。

 ──そこからは、一方的な試合展開となった。

 吹き飛ばされたルトが立ち上がり、必死に頭を働かせアロンの姿を捉えようとするも成功せず、攻撃を食らう。

 その繰り返し。

 ルト自身も単純な動きでは無く毎度変化をつけ相手の隙を作ろうとしたりと何とか現状を打破しようと動く。
 しかし、そのどれもがアロン相手には一切通用する事は無かった。

 そしてそんな事を繰り返す事数回。

 その場には、遂に動く事ができなくなり地に伏すルトと、その頭上に立つアロンという構図が出来上がっていた。

「ルト……もう終わりか?」

 警戒を怠る事なく、落ち着いた様相でアロンは見下ろす。
 そこに侮蔑の色は見られない。あるのは、こちらの力を認めながらも、しかし自身の力に確かな自信を感じているような、力強い表情であった。

 ──強い。

 頬に地の冷たさを感じながら、ルトは強くそう思った。

 正直、認めたくはないが圧倒的であった。

 速さが、攻撃のスキルが、そして何よりも勝利への渇望が。
 強さとしてアロンを後押しし、ルトを追い詰めている。

 数日前までは、互角とはいかずとも、ここまでの差は無かった筈である。
 しかし今、ルトは明確な力の差を感じてしまっている。

 つまり、現在のアロンの強さは、血の滲むような努力の成果……という訳である。

 ……悔しいなぁ。

 ルトは全身を襲う痛みに何とか抗いながら、自分以外には聞こえない程の声量で小さく言葉を口にする。

 何度も何度も、アロンが学園に残った方が良いんじゃないかとそう考えた。
 しかし、だからと言って手を抜くのは良くないという結論に至り、全力で戦った。

 その結果が、これだ。

 なに、別に悪い事ではない筈だ。

 双方が全力で戦い、アロンが上回った。
 それだけの事。

 寧ろこれでアロンは後腐れなく夢に向かって突き進む事ができる。

 何も──問題はない筈……なのに。

 グッと口を引き結ぶ。切傷でも出来たのであろう、口内に血の味が広がる。
 しかしそんな事どうでも良くなる程に、この時のルトの脳内はとある感情に支配されていた。

 ──悔しい。

 学園の退学どうこうとか、双方の事情とか、悩むべき事迷うべき事は沢山あった。

 だけど、そんな事よりも、今この場でアロンに実力で負かされて地べたに這い蹲っている、その事実がどうしても悔しかった。

 と同時に──ルトは半ば無意識のうちに口を開いた。

「ずっと……迷っていたんだ」

「………ッ」

 突然聞こえたルトの声音に、耳を傾けながらもアロンは身構える。
 対してルトは、倒れ伏したまま更に言葉を続けた。

「アロンは……僕なんかよりも明確な夢があって、それに向けて必死に努力をしていて。あぁ、アロンが勝って学園に残る方が、良いんじゃないかなって考えもした……」

 この全てが事実だし、考え自体は今も変わってはいない。
 きっと、目標も夢もちっぽけな自分より、家族の為に大きな夢を抱くアロンが学園に残った方が良いのだと、そう思っている。

「でも……ッ」

 倒れた状態でグッと拳を握る。最早ダメージで力も入らないその拳を必死に。

「やっぱり……ダメだ……ダメなんだ」

 そしてうわ言の様に呟き、

「どうしても──負けたく……ないッ!」

 顔をガッと上げ、ルトはアロンを視界に捉えた。

「…………ッ」

 アロンの表情に一瞬動揺の色が浮かぶ。
 しかしすぐに、目の前のルトが最早満身創痍である事を再認識すると、心を落ち着けるようにフーッと息を吐いた。

「……何をするつもりか知らねぇけど……やめといた方が良い。今のルトじゃ、俺には勝てねぇ」

 アロンの言う通りであった。万全の状態でさえ敵わなかったのに、ボロボロな今のルトでは到底アロンに敵う筈がない。

 そう、今のルトでは無理なのだ。

 しかし──

「……ハデス……いける?」

 ルトは勝利を得る為の一つの可能性に小さく声をやった。

『正気か……? 未だお主に我を制御する事は出来ない。ましてや今は深い傷を負っている。……完全に侵食されてしまうかもしれないぞ』

 死神とは思えないこちらを気遣うような姿勢を見せるハデス。とは言えその声音は、背筋の凍る程に恐ろしいものなのだが。

 対してルトは小さく笑みを作ると、

「耐えてみせるさ。それくらいの覚悟がないと、きっと今のアロンには勝てない……」

『面白い。良いだろう。再度我を纏い、意識を保てると言うのならば……やってみよ』

「うん」

 ルトは頷くと、小さく息を吸い込んだ。

 今のルトにとっての強さでもあり、呪いでもある、そんな力を引き出す為の詠唱ことばを口にする為に。





 対してアロンは、そんなルトの様子を訝しげな表情で眺めていた。

 当然だ。

 何せ突然誰かと会話をするような姿勢を見せたのだ。そしてその相手の声はアロンには聞こえない。

 まさか頭がおかしくなってしまったのかと、そう考えても仕方がないと言えるだろう。

 が……ここで、アロンは妙な悪寒がした。

 最早ルトにはアロン自身にダメージを与えられるような、そんな力はない筈だ。

 しかし、それなのに……何か嫌な予感がしたのである。

 ────まさか。

 と。ここでアロンはとある可能性にたどり着いた。
 同時に焦りと共に、この試合を終わらせようとルトへ風弾を放った──その瞬間であった。

「──死貴神ハデスッ……!」

 覚悟と共に、ルトの口から死神の名が唱えられる。

 瞬間、彼の周囲を謎の黒い靄が覆い、アロンの放った風弾を弾いた。

「…………ッ」

 動揺と共に、アロンは一度距離を取ると、ルトを中心として発せられる暴風に思わず顔を覆う。

 そしてその暴風が収まった時、そこにはボロ布のようなものを全身に纏い、フードの奥から紅の瞳を覗かせるルトの姿があった。

「ハハッ……なんだよそれ」

 アロンの口から、思わず乾いた笑いが漏れる。しかし、仕方がないだろう。

 こんなルトの姿、アロン自身は直接目にした事がないのだから。
 当然ルトから漏れ出る猛烈な力に当てられたのもこれが初めてのことなのだ。

「隠してた訳じゃないんだ。使うには相応の覚悟が必要で、僕にそこまでの覚悟がなかっただけ」

 ハデスの力、その侵食に呑まれないように耐えながら、しかしどこか平静を装った様子で小さく笑う。

「今のルトには……その覚悟があると?」

「……どうだろう。ただ、どうしても、何としてでも負けたくないって、そう思っちゃったんだ。全身全霊を掛けてこの試合に臨むアロンに、僕も同じくらい強い気持ちで臨まなきゃって」

「そっか……」

 どのような思いを抱いているのか、少し俯く。
 そして数瞬の後、顔を上げると、

「……なら、ここからが本番って訳だ」

「うん」

 ルトが頷く。確かに死神の力を纏っているだけあり、周囲に濃密な死のエネルギーを放っているが、しかし意識がしっかりしてるからか、彼自身の纏う雰囲気はルトの優しい雰囲気そのものであった。

「……負けねぇよ、俺は」

「僕だって……負けない」

 言って2人は構えを取る。

 2人の周囲を静寂が包む。

 そして数瞬の後、何かの合図があった訳でもなく、ちらほらと試合を終えた学生が見える中で、ルトとアロンはほぼ同時にグッと力強く地を蹴った。
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