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2-19 序列戦1年の部第1試合 ルティアvsユリウス

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 あっと言う間に時間は過ぎ──序列戦1年の部当日。

 一面に広がる青々とした空の下、序列戦第1会場一帯は、試合開始1時間前でありながら、大勢の観客による大歓声に包まれている。

 過去に行われた序列戦も街の一大イベントという事もあり、多くの観客で賑わっていたのだが、今回の盛り上がりは普段と比べても群を抜くものであった。

 しかし、それも当然と言えるだろう。何故ならば、今大会では誰しもが望んでいた注目の対戦カードがあるのである。

 それは、序列戦1年の部第1試合。
 現在に至るまでの4試合を、赤子の手を捻るが如く軽々と勝利を収めてきた《天使》ルティア・ティフィラムと、《勇者》ユリウス・ルービバッハの対戦である。

 両者共に、ルックスの良さと桁違いな強さの両方を併せ持つ事もあり、学園内外問わず絶大な人気を誇っている。
 故に、これ程の盛り上がりを見せているのである。

 と。そんな熱狂の中、話題の人であるルティアは第1会場の控え室に居た。
 表情を真剣なものにしたまま、控え室の端にあるテーブル席へと一人つき、開始時間になるのを待っている。

「…………」

 当然のように、彼女は言葉を発さない。

 しかし、それは彼女だけではない。

 大部屋という事もあり、同じくこれから序列戦に臨む学生の姿がちらほらと見受けられるが、誰一人として私語をする者はおらず、部屋には緊張感が漂っている。

 と。そんなしんと静まり返った部屋の中で、ルティアは突然ゆっくりと目を閉じた。
 別に眠たくなった訳でも、視界に入れたくない物があった訳でもない。

 ただ目を閉じた方が、思考を働かせやすいと考えたのである。

 ルティアが思考を働かせる。

 そんな彼女の姿からは、数日前まで抱いていた苦悩の色は一切見えない。

 そこには理由があった。

 ──今日に至るまでの数日間、ルトとアロンと個別に会うことでわかったこと。

 それは、2人共、相手の事を恨んだりしてないし、今でも友達だと思っている。

 しかし、だからと言っていつも通りに過ごしていては、練習している技などが見られてしまう恐れがある。
 そのため、基本的には会わないようにしている。それだけ、次の試合に賭ける思いの強さがあると言う事。

 その考えを聴き、答えがでた。

「……私に出来る事。それは、ルトさんとアロンさんの試合を最後まで見届ける事」

 ──ルトとアロンの対決。その試合の全てを余す所無くこの目で見届ける。

 それが、これから自身がなすべき事であり、最善であると。

 が、しかし。

 結論付いたは良いものの、これには2つ弊害があった。

 1つ目は、ルティアとルト達では試合を行う会場が違う事である。

 というのも、本日序列戦を行うのは1年のみではあるが、それでもアルデバード学園には500人を超える生徒が居るのである。
 その全ての人間が1日で試合を終えるとなると流石に1会場では足りないのだ。

 その為、会場は3カ所に分かれている。

 一応その全ての会場がアルデバード学園の敷地内にあるのだが、それでも流石に数十秒で行き来できるような距離ではないのである。

 2つ目に、同日同時間に試合が開始される為、会場と会場を行き来する時間が殆どないというのがある。

 とは言え、幾ら3会場に分けたとしても、全員が一度に試合を行うのは不可能であり、何戦にも分ける必要がある。

 ルティアは1巡目に試合を行うのに対し、ルトとアロンの試合は2巡目以降となる。
 その為、僅かではあるが、移動時間はあると言える。

 しかし間に合わせる為には、《勇者》と呼ばれる強者相手に、速攻で勝利し、即座に第2会場へと向かう必要があるのである。

 ……それは決して簡単な事ではない。

「…………」

 そう思いつつ、ルティアは膝の上でぎゅっと両の手を握った。

 ──と、ここで。

 突然、辺りがざわつき始めた。

 何かあったのか。そう思い、ルティアが視線を上げようとすると、

「ここ、座っても良いかな?」

 突然、声が聞こえていた。
 思わず顔を上げると、ルティアの視線の先に気の良さそうな笑みを浮かべる少年の姿が映った。

 少し癖のある亜麻色の髪に、平均よりも高い身長。線の細い体型に、学園の誰よりも整った容姿。
 普通の女子ならば微笑まれただけで惚れてしまいそうな、まるでお伽話に出てくる王子のような男。

 ──ルティアは、彼の事を知っていた。

「どうぞ、お座りください」

 言って、微笑みを浮かべ、右手で自身の対面の席を示す。

「ありがとう。じゃあ、失礼して」

 ルティアの了承を得た少年は、ニコリと微笑むと席へと腰掛けた。

 向かい合う形で座る2人。同時に、室内に謎の緊張感が漂う。

 そんな中、1人ニコニコと気楽そうに微笑む向かいの少年に対し、ルティアは問いを投げかける。

「それで、態々対戦相手の所に来て、一体どうしたのですか? ユリウスさん」

「わっ。僕の事知ってくれてるんだね。嬉しいなぁ」

 《勇者》ユリウスは嬉しそうに笑う。
 が、それを本心だと思っていないルティアはそんな彼の反応を無視すると、言葉を続ける。

「……何か、訳があるのでしょう?」

「……いや、特にこれと言った用はないよ。強いて挙げるのならば、噂の《天使》ちゃんに顔を見せておこうと思ってね。ほら、一度も会話なく序列戦に臨むのもあんまりだし」

「なら、もう用は済んだと言う事でしょうか?」

「つれないなぁ。もう少し話をしようよ」

 冷たくあしらうルティアの言葉に、ニコリとした笑みを崩さないままユリウスが返す。

「……申し訳ありませんが、序列戦前に会話をして何か情報を与える訳にはいきませんので、お断り致しますわ」

「……うーん、お堅いなぁ」

 貴方が緩いのではないかと思いながらもルティアが口を閉じていると、ユリウスは何か思いついたとばかりにハッとした表情を浮かべた。

「……あ、そうだ。ねぇ、ルティアちゃん。今がダメならさ、序列戦の後、一緒に反省会を兼ねた食事会でもどうかな? ……きっと僕ならば、君が今まで味わった事のないような、有意義で素晴らしい時間を提供できると思うんだけど」

 言ってユリウスはその甘いマスクに柔らかな笑みを浮かべる。

 はるか昔、魔王と呼ばれる悪の存在を撃ち破り、勇者と呼ばれた存在。そんな勇者が使っていたとされる霊者《聖光剣クラウソラス》と同様の霊者を身に宿している事から、勇者の再来と叫ばれている男が、ユリウス・ルービバッハである。

 そんな彼からの誘いだ。きっと彼の言うように有意義な時間を過ごせる事だろう。

「成る程、確かに魅力的ですわね」

「……! なら、早速この後の予定でも──」

 パッと先程よりも明るい表情を作り、序列戦後の予定について話そうとした所で。

「──しかし、申し訳ございません。私、序列戦の後には、どうしても外せない用事がございますの」

 ルティアはきっぱりと、ユリウスの提案を断った。
 ユリウスが笑顔のまま固まる。

「……僕との食事会よりも大事な用事があると言うのかい?」

「えぇ、ユリウスさんとの食事会よりも間違いなく大切な用件ですわ」

「へぇ……そう」

 言って、一拍開けると先程よりも低い声音でもって再度声を上げる。

「……まさかとは思うけど、最近君に付き纏ってる2人が関係した用ではないよね?」

「…………」

 ルティアは答えず、小さく微笑む。

「成る程、そうか。君は……この僕よりも矮小なあの2人を選ぶと言うんだね。そうか、そうか……」

 言葉の後、ユリウスは立ち上がると、くるりと出口の方へと向きを変える。

「……ルティア・ティフィラム。次の試合で教えてあげるよ。君の選択が如何に愚劣であったのかをね」

「……ならば、私もユリウスさんに教えて差し上げますわ。私の選択は決して間違ってなどいない事を」

「……ふっ。言ってるが良いさ」

 言ってユリウスがルティアに背を向けたまま歩いて行く。
 この時、ユリウスの表情は屈辱から酷く歪んでいたのだが、ルティアがそれに気づく事はなかった。

 そして数秒後。

「……ふぅ」

 ユリウスが行き去ると、ルティアは小さく息を吐いた。
 そして再び気を落ち着かせると、開始までじっと待つ。

 カチカチと時計が時を刻んでいく。

 おおよそどれ程の時間が過ぎたのか、遂に待機室へアナウンスが流れた。

『これより、序列戦1年の部1巡目を開始致します。該当する生徒は所定の位置へと着いてください』

 ──時は来た。

「……よし」

 ルティアはゆっくりと立ち上がると、出入り口の方へと歩く。

「……必ず、やり遂げてみせますわ。今、私に出来る唯一の事を」

 そして小さくそう口にすると、ルティアはグッと力強く握り拳を作った。

 ◇

 アナウンスに合わせ、指定の位置へと着く。

 向かいには、対戦相手であるユリウスの姿があり、その表情は先程同様優しげな笑みを形づくっていた。

「……ずっと、待っていたんだよね」

 そして、唐突に声を上げる。
 ルティアは無言を貫く。

「今まで戦ってきた相手はさ、何とも歯応えのない人ばかりで、正直つまらなかったんだ」

 言って一拍置いた後、ユリウスは更に言葉を続ける。

「……やっと、やっと戦える。君のように他の生徒とは比べものにならない人と。……己の力の全てでもって薙ぎ倒す事のできる、圧倒的な強者と」

「まるで貴方が勝つと確定したかのような口ぶりですわね」

「……序列戦での君の試合見せて貰ったよ。なるほど、確かに他とは一線を画す力を持っている。……だけど、それでも僕には遠く及ばない」

「やってみなくてはわかりませんわ」

「いや、君は僕には勝てない。この勇者の力を有している僕相手に完膚なきまでに叩き潰されるんだ」

 一拍置き、グッと視線を鋭いものにする。

「……後悔しな、ルティア・ティフィラム。そして身をもって体感してほしい。君の選択が、いかに間違っていたのかを──ッ!」

 力強くそう声を上げると彼の手の甲に描かれた紋章が白く浮かび上がる。
 と同時に、ユリウスは騎士の様な立ち居振る舞いで、その名を唱える。

「──輝け! 聖光剣クラウソラスッ……!」

 瞬間、ユリウスを眩い光が包む。
 そして数瞬の後、そこには美しい白銀の鎧で身を包み、輝く聖剣を手に持ったユリウスの姿があった。

「……恐れたかい? 慄いたかい? これが、あの伝説の勇者が魔王を討伐した際に纏っていた武具の全てだよ」

「……なるほど、確かに勇者の名に相応しい素晴らしい武具ですわ。しかし──」

 紋章が輝く。

「……それでも私には遠く及ばない事を、ここに証明致しましょう」

 凛とした声音でそう発し、次いで詠唱を口にした。

いのりなさい! 天統者セラフィム!」

 言葉の後、ユリウス同様に身体を眩い光が包む。
 次いで光が霧散すると、そこには純白のドレスの様な衣装を身に纏ったルティアの姿があった。

 そしてほぼ同時に。

『それでは──始めてください』

 アナウンスが響き、会場のボルテージが更に高まり、序列戦1年の部1巡目が始まった。

 と同時にユリウスが動き出す。

「さぁ! 僕を楽しませてくれ、ルティア・ティフィラム!」

 言葉の後、聖剣が眩い光を放つ。
 そして次の瞬間、ユリウスの姿はルティアの後方にあった。

 ──聖光剣の技の1つ、縮地でもって視認できない程に早く移動したのだ。

 同時に、ユリウスは光を纏った聖剣を振るった。

「──聖撃ッ!」

 完全に不意を突いた一撃。

 しかしユリウスの振るった聖剣は、ルティアに触れる前に光の膜によって防がれていた。

 ──天統者の力の1つ、天護ヘクトである。

「────ッ」

 まさか防がれると思わなかったユリウスは、驚きつつも追撃を恐れ後方へと逃れようとバックステップをし──しかし、すぐに何かにぶつかった。

「…………なっ!?」

 思わず驚きの声を上げるユリウス。

 しかしそれも仕方がないと言えるだろう。

 何故ならユリウスの後方には、いつの間にかもう一枚の天護ヘクトが張られていたのだから。

「……くっ!」

 すぐに逃れようと縮地を用いようとする。
 が、それよりも早く、彼の手足に金色の鎖が纏わりつく。

「──天鎖ヘイン……ですわ」

 ルティアの新技、天鎖ヘインである。

 これにより、数瞬の間ユリウスの自由が完全に奪われた。

「……バ、バカな!?」

 思わず声を上げるユリウス。
 何とか逃れようとするが、やはり身動きが取れない。

 と、ユリウスが拘束から抜けようとしている間にも、ルティアは次なる詠唱を唱える。

「……天鏡ヘミラ

 同時に、ユリウスを囲う様に無数の光が展開された。

「申し訳ありません、ユリウスさん。私、時間がありませんの。だから……これで終わりですわ」

 言って、錫杖をユリウスの方へと向ける。

 そして、

「──連動閃デュアル・プラークッ!」

 そう唱えると、錫杖から大量の光が分岐しながら発せられた。

 その光は天鏡に反射される形で方向を変えると、その全てがユリウスの方へと向く。

 そして数瞬の後、その全てがユリウスへと直撃した。

 会場を眩い光が包む。
 と同時に、対戦エリア毎に展開されていた結界の内、2人を囲っていたモノが音を立てて砕け散った。

 ……内部にいる生徒──ユリウスに許容以上の攻撃が与えられた為、結界がその大部分を肩代わりしたのである。

 原理は詳しくわかっていないが、結界展開を得意とする纏術師である教師が張った結界の中には、様々な効力を発するものがあり、今回の結界もその内の1つであった。

 ……光が無くなると、倒れ伏すユリウスの姿がある。

 ──つまりルティアの勝利と言う訳だ。

『…………』

 唖然とした空気が、会場を支配する。

 そんな中で、会場にルティアの勝利を伝えるアナウンスが流れる。

 と同時に、ルティアはグッと地面を蹴ると、その場を後にした。

 騒めく会場。

 しかし、ルティアは気にする素振りを見せず、ただ「どうにか間に合いますように」と、その思いだけを胸にひたすらに走る。

 そしてそのまま走る事数分。

 遂にルティアはルトとアロンの試合が行われる第3会場へと辿り着いた。

 会場内へ入ると、すぐに観客席へと向かう。

 急ぐ為、霊者を纏ったままである事、また現在別会場で序列戦を行なっている筈の彼女がこの場にいる事に、会場の生徒や観客は驚きを見せる。

 が、やはりルティアはそんな周囲の様子など全く意に返す事なく走り、そして遂に観客席へと辿り着いた。

 到着と同時に纏を解除し、最前列へと向かうと、身を乗り出すように眼下を見つめる。

 見渡すように目を向け、

「…………!」

 ある一点で視線が固定される。
 そこには、これから試合を始めるのだろう、向かい合い佇むルトとアロンの姿があった。

「……間に合いましたわっ」

 ホッとしたように、しかし邪魔をしないようにと小さく声を上げるルティア。
 その瞳には、安堵からだろうか、キラキラとした涙が滲んでいた。

 と、そんな2人へと、そして現在試合を行なっている生徒達へと配慮した行動を取るルティア。
 しかし、彼女は急ぐあまり肝心な事を忘れていた──否、殆ど実感していなかった。

 そう、道中反応する声があったように、ルティアという人間が学園や街の人々にとって、アイドルの様な人気と、強い認知度を誇っていると言う事を。

 ざわざわとルティアの周囲が騒めく。
 1人1人の声は小さいながらも、しかし確かに広がっていき大きくなっていく。

 そして遂にその騒めきは向かい合うルトとアロンの元へと届き……2人の視線がルティアを捉えた。

「「「…………ッ!?」」」

 三者三様に、しかし全員がその表情を驚愕に染める。

 が、すぐにルトとアロンは一度向かい合うと、小さく笑った。
 そして、ルティアへと小さく手を振る。

「…………ッ!」

 ルティアは目を見開く。

 そして、2人の邪魔をしないようにという考えが意味を無くしてしまった為、ルティアはグッと唇を結んだ後、その顔に笑みを浮かべ、

「ルトさん! アロンさん! 頑張って下さい!       ……私、ここで応援していますわ!」

 2人に向け、そう声を上げた。

 ルトとアロンは、そんなルティアの声にうんと頷くと、視線を互いの方へと向ける。

 アナウンスが響き、2人は所定の位置へと着く。

 そしてじっと視線を交わした後、

 ルトが右手に死狩テトを持ち、そしてアロンが全身に風を纏わせた。

 一瞬の静寂。

 そして数秒後、ルティアが祈るようにして見つめる中、

『それでは──始めてください』

 会場に響くアナウンスと共に、ルトとアロンの戦いが始まった。
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