上 下
45 / 64

2-18 アロンの想い

しおりを挟む
「ただいま」

「おかえり、アロン」

 思い詰めたような表情のまま呟き、アロンは家へと入る。
 そんなアロンの姿に、カザニアは料理の手を止めると、振り向き首を傾げる。

「……何かあったのかい?」

「…………」

 カザニアの問いに、アロンは玄関の扉の前で立ち尽くし、沈黙する。
 そしてほんの少しの逡巡の後、遂には耐えきれなくなったのだろう、意を決した様子で、その内情を吐露した。

「母さん、実は──」

 序列戦の対戦相手が親友のルトになってしまった事。その事実と、自身の思いを事細かに伝える。

 カザニアは台所から一旦離れ、アロンと向かい合う形で椅子に座ると、彼の話を真剣に聞く。

 そして、アロンが一通り話し終えた辺りで、カザニアは目を伏せると、ゆっくりと大きく息を吐いた。

「──全く、酷い話もあったものだね」

 退学のかかった大切な試合。その対戦相手が、親友の少年とは、何とも救いのない話である。

「…………」

 アロンは俯いたまま口を開かない。
 その姿をチラと見た後、カザニアは続けて声を上げる。

「それで、アロンはこれからどうするんだい?」

「……特訓をして、ルトに勝つ。今までと同じように」

 例え親友相手でもそこは変わらないのだろう。何かに耐えるような表情のまま、しかしアロンは顔を上げ力強く言う。
 そんなアロンに、カザニアは静かに問うた。

「──お前自身の為に、かい?」

「ああ、俺自身の為に」

「いや、違うね」

「…………なにを」

 はっきりとした否定の言葉に、アロンが困惑したように声を上げる。
 そんなアロンの姿をしっかりと目に収めたまま、カザニアは優しく微笑む。

「……なぁアロン。あたしは知ってるよ。なんでお前が学園に入ったのか」

 一拍開け、確信を持ったまま告げる。

「あたしに、家族に楽をさせたいって、そう考えたんだろう?」

「……ッ! 何でそれを……」

 一度も言った事が無かった『夢』。それをあたかも聴いたことがあったかのようにピタリと言い当てる母を前に、アロンは思わず声を上げる。

 対し、カザニアは笑みを浮かべたまま息を吐くと、

「心優しいお前の事だ。そんな事だろうと思っていたよ」

 愛する息子の事である。
 カザニアからすれば、知ってて当然だった。

 アロンが黙ってカザニアの方へと目を向ける。
 カザニアは話を続けた。

「お前の考えはすっごく嬉しいさ。あぁ、何て良い息子に育ったんだろうって、今すぐ抱きしめてやりたいぐらいさ」

 劣悪とは言わないまでも、母子家庭と言う事もあり、それなりに貧しく大変な環境で過ごしてきた。
 しかしそんな中でも、アロンは文句一つ言わず、寧ろ積極的に家事を手伝ったりと常に家族の事を考えて動いていた。

 本当、どこに出しても恥ずかしくない、素晴らしい息子である。

 しかし、そんな素晴らしい息子だからこそ、カザニアは思う事があった。

「……ただ、本当に次の大事な試合を『夢』の為に戦って良いのかい?」

「良いさ。今までも、これからも俺は『夢』を叶える為に戦う。そこを変えるつもりはねぇよ」

 力のこもった強い瞳でカザニアを見る。

「……変えて欲しいとは思わないさ。それにお前がどんな夢を持って、どう生きて行こうと母さんは否定しない。夢を叶える為に戦うと言うのなら、手放しで応援する」

 変えて欲しい何て思う訳がなかった。
 カザニアを、家族を考えて行動を起こす。そんな息子の夢を否定するつもりも更々無い。

 しかし、今回だけは。何としても伝えたい事があった。

 カザニアはこちらへと目を向けるアロンの瞳を真っ直ぐに見つめる。
 そして、一切目を離すことなく、力強くされど優しさの篭った声音でもって、伝える。

「だから……今回はさ、あたし達家族の為じゃなく、お前の……お前自身の為に戦ったらどうだい?」

「俺、自身の為に……?」

『夢』を叶える為に戦うのは、確かにアロンの為だと言えるのかもしれない。
 しかし、それは本当の意味でアロン自身の為に戦っているとは言えないだろう。

 カザニアが続ける。

「もしかしたら今回がルト君と公式戦で戦える最後の機会かもしれないんだろう? そんな大切な一戦なんだ。せめて今回だけでも、『夢』の為では無く、ルト君の親友であるアロン──お前の為に戦ってほしいと、母さんは思っているよ」

「母さん……」

 呟き、過去を振り返る。

 術師団員を目指し、行動を起こすようになってから今の今まで、『夢』の為以外に戦った事があっただろうか。
 勿論、緊急時や街に危機が迫っているような時は、夢以外の事を考え戦う事もあった。

 しかし、それでも自分自身の為に戦った事は無かったように思うし、それで問題は無いと考えていた。

 ……だが、よくよく振り返ってみると、どうだ。
 模擬戦でルトと戦った時も、そしてそれ以外の戦闘でも。夢を追うばかりに、どこか焦ってしまっていたのではないだろうか。

 そう考え、一つ思う。

 ならば、一度夢から離れてみたらどうかと。

 最終目的として夢を叶えるのは変わらないにしても、次戦だけは夢の事を考えずに己自身の為に戦ってみたらどうかと。

 ……思った途端に、どこか気持ちが楽になったような気がした。
 張り詰めていたものが、解きほぐされていくようなどこか気持ちの良い感覚を覚える。

 アロンは先程よりもどこか晴れやかな表情で、カザニアの顔を見つめた。
 そして、力強くしかし柔らかな声音で、

「わかったよ。次の、ルトとの試合は、俺の全身全霊をもって、俺自身の為に戦ってみる」

「そうかい」

 言ってカザニアは微笑み、

「当日は母さんも応援に行くからね」

 そう言葉を続けた。
 対し、アロンは「おう!」と頷き、その後彼は一度部屋へと向かっていった。

 1人になって。カザニアは料理を再開しつつ、小さくため息を吐く。

「……本当に、酷い話だよ」

 退学がかかった試合の相手がよりにもよって親友のルトとは。
 やはり、あまりにも理不尽な展開だとカザニアは思った。

 しかし、ただの一般人である自身に、この状況をどうにかできる筈もなく、受け入れるしかない。

 ならば、せめてもと、カザニアは祈るように、声を上げる。

「……神様。どちらかが退学した時にそれを無くしてくれとは言いません。ただ、せめて今後もうちの息子と、親友であるルト君に幸多からん事を」

 自身の息子であるアロン。
 そして長い間学園に居場所が無く孤独を感じながら過ごしてきた息子に初めてできた2人の親友。

 せめてそんな彼らの行く末が素晴らしいものになるようにと、そう願って。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

底辺召喚士の俺が召喚するのは何故かSSSランクばかりなんだが〜トンビが鷹を生みまくる物語〜

ああああ
ファンタジー
召喚士学校の卒業式を歴代最低点で迎えたウィルは、卒業記念召喚の際にSSSランクの魔王を召喚してしまう。 同級生との差を一気に広げたウィルは、様々なパーティーから誘われる事になった。 そこでウィルが悩みに悩んだ結果―― 自分の召喚したモンスターだけでパーティーを作ることにしました。 この物語は、底辺召喚士がSSSランクの従僕と冒険したりスローライフを送ったりするものです。 【一話1000文字ほどで読めるようにしています】 召喚する話には、タイトルに☆が入っています。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

裏アカ男子

やまいし
ファンタジー
ここは男女の貞操観念が逆転、そして人類すべてが美形になった世界。 転生した主人公にとってこの世界の女性は誰でも美少女、そして女性は元の世界の男性のように性欲が強いと気付く。 そこで彼は都合の良い(体の)関係を求めて裏アカを使用することにした。 ―—これはそんな彼祐樹が好き勝手に生きる物語。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

処理中です...