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2-13 ミスと敗北
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自宅へと戻り、荷物を軽くすると同時に3人は戦闘用の服へと着替えを済ませる。
そして時間通りに集合すると、早速草原へと出た。
最早庭と呼んでも良い程に慣れ親しんだ草原を、いつも通りのルートでもって歩いて行く。
風が吹き、一面の緑がそよぐ。
日が照り、だれるような暑さは続くが、その中で時折吹く心地良い風は、3人の心を非常に穏やかなものにした。
横並びで歩く3人のうち、左側に位置するアロンが両手を組み、空へと大きく持ち上げる。
「んー……カラッとしてるからか、歩いていて心地良いな」
それを聴いた真ん中を歩くルティアは、ふふっと笑うと、
「今すぐピクニックに出かけたい気分ですわ」
「ピクニック! 確かにこの気候でピクニックしたら気持ち良いだろうな!」
快晴、低湿度、程よく流れる風。
少々気温は高い気はするが、それでも十分に心地良い気候であり、まさにピクニック日和だと言える。
しかし、残念ながら本日の予定はパトロールだ。もう少し気を引き締めて取り組まなければならない。
ルトは2人のテンションに苦笑しつつ、
「……気持ちはわかるけど、今日はパトロールに集中しよう」
「すまん。テンション上がり過ぎた」
「申し訳ありませんわ」
2人のテンションが落ちる。
しまったと思った。咎めはすれど、2人の気を落とすつもりはなかったのである。
ルトは2人の姿をチラと見ると、頭をポリポリと掻く。
「あーほら、別に気候が良いのは何も今日だけじゃないし。また今度予定組んでピクニックにでも行こうよ」
「そうだな! また今度行こうぜ!」
「はい、行きましょう!」
テンションが上がる。一気に空気が華やいだ。
◇
その後3人は時折談笑を交えながらも気を引き締めて回る。何度も回るうちに効率化してきたのか、予想以上に早く終わった。
時刻は15時。
未だ家に帰るには早い時間である。
では、どうするか。
こういう時の予定は決まっている。
と言うわけで、3人は最早定番とも言える模擬戦をする事になった。
まず、1戦目はルティアとアロンが行った。
結果はいつも通り、ルティアの勝利。
やはり序列1位と最下位には大きな差があるようである。
2戦目はルティアとルトが行った。
こちらも結果はルティアの勝利。
幾ら纏術に目覚めたとは言え、未だ纏う事すらままならない現状では、やはりルティアには敵わないようである。
そして3戦目。序列戦最下位である、ルトとアロンの対決──
「ルト。前回は結構中途半端で終わったからな。今日はしっかりと決着つけようぜ」
「うん。負けないよ」
「俺も絶対に負けねぇ」
グッとアロンが真剣な表情を浮かべる。
対しルトは一度ふうと息を吐くと、
「おいで──死狩」
言って、右手に相棒である大鎌を顕現する。
その様子を、アロンはじっと眺めていた。
そして、ピクリと眉を動かすと、
「……今日も纏わないのか?」
「まだ慣れなくてね」
「そうか」
静かに一言述べ、両者は口を噤む。
無言の空間が生まれる。周囲に流れるのは、草木のそよぐ音のみ。
……どれ程睨み合いの時間が続いたか。
遂に、アロンが小さく口を開く。
「んじゃ──行くぜッ……!」
言って風を緩く身に纏い、グッと地面を蹴った。模擬戦の開始である。
アロンは開始と同時に脚部へ纏う風の量を多くすると加速。そして以前の模擬戦同様、ルトを中心とするようにぐるぐると走る。
「……やっぱ、あれ来るか」
言って必死にアロンの姿を追うのと同時に、ルトは多少の後悔の念を抱いた。
近距離攻撃しか出来ない自身と、遠距離、近距離攻撃のどちらもこなすアロン。比べて自身の方が不利である事は誰がみても明らかだ。
加えて、今回はアロンが先に攻撃を仕掛けた。これはつまり、以前の模擬戦のように速攻をしかけ、できる限り近距離──つまりルトの間合いに持っていく最初の機会を失った事になる。
この時点でアロンから放たれるだろう遠距離攻撃を見事にいなし、彼に接近しなければならなくない──圧倒的不利な状況となったのだ。
不用意に近づけば、速攻で潰されていた可能性があったとは言え、先攻を譲ったのは明らかにルトのミスであった。
現状、ルトに遠距離攻撃はない。つまり、今から放たれるであろう風塊の嵐から逃れぬ事にはルトに勝ち目はないと言える。
と。ここで遂にアロンが風塊を放った。
超速でもって接近してくる風塊。
ルトは多少身体を傾けつつ、それをギリギリまで目視。そして風塊の軌道に一切のブレがないのを確認すると、フッと死狩を振るった。
瞬間、死狩とぶつかった風塊は、周囲に弱い風を撒き散らしながら霧散する。
ビンゴ。核ありだ。
しかし、一撃を防げたとは言え、ここで安心はできない。
現にアロンは既に次の風塊を放とうとしている。
「大丈夫。今日は見える」
それでも、ルトは一切の焦りを見せなかった。
そう。何故なら以前は目で追えずにいたアロンの姿が、風塊の軌道が、ギリギリではあるが、追えている。つまり、前回の模擬戦よりも進歩しているのである。
目で捕らえられるということは、こちらから向こうへ攻撃を仕掛ける事ができる可能性があると言う事でもある。
ならば、勝機はあると言える。
ルトはそう考えると、迫り来る風塊を身を翻し躱した。
先程の風塊にはブレが見えた。──つまりは、核無しだ。
核無しは核がない為か、威力が低いのと同時に、若干のブレがあるのだ。
だからこそ、ルトは核無しだと判断し、直撃を免れる為に躱したのだ。
そしてその後も、ルトは核有り核無しを判断しながら風塊をいなし続けた。
同時に、このままではジリ貧であると考え、何とか接近出来ないかと考える。
が、残念ながら現状のルトの纏術では近寄ることでしか相手に干渉する事ができない。
つまりはこのままアロンから一方的に攻撃され続け、こちらがミスした所で一気にかたをつけられ敗北する。それしかないのだ。
──そう、ルトが纏術という力に溺れ、ろくに準備すらせず戦闘に臨む大馬鹿者であった場合は……だが。
「──使ってみるか」
不意に。ルトはポツリと呟いた。
そして好機を狙うかの如く、風塊をいなしながら、ルトの周囲を走るアロンの姿を目で追う。
──まだ、まだ、まだ、今じゃない、まだ。
避けてはタイミングを計り、避けては計りの繰り返し。
永遠に続くのではないか、そう思ってしまう程のやり取りの中で……遂にその時、ルトが仕掛けるタイミングが来た。
アロンが始めて風塊の発動を失敗したのだ。
「──今!」
ルトはここしかないとそう確信。
すぐに腰に差していた短剣を抜くと、アロンの進行方向へと思いっきり投げた。
ハデスの影響により強化された筋力で放たれた短剣は、切っ先が向いたまま、一直線にアロンの方へと向かう。
「──こんなものッ!」
しかし、いくら高速とは言え、所詮は大して斬れ味のない安物の短剣。
そんなもの、一部の魔物に効果はあったとしても、魔術師であるアロンには大した脅威では無かった。
アロンはここで足を止めたらルトに攻め寄られると考え、あえて速度を落とさず走った。
同時に、左手に魔力を集中し、分厚い風の層を作る。
迫り来る短剣。
しかしアロンは決して臆する事なく、迫り来る短剣を分厚い風を纏った左手でもって、叩き落した。
これでルトの手は弱まる。その時そう判断したアロンであったが、実はこの行動自体が悪手であった。
「──ッ!」
アロンが短剣に触れた瞬間、何かが起動する音と共に術式が展開。
そして次の瞬間には、甲高い破裂音が辺り一面に響き渡ったのである。
──音爆弾。
強い衝撃を受ける事で、仕込まれていた術式が起動し、周囲に爆発音を響かせる魔道具であり、ルトが先程アスチルーベ商会で購入した数少ない魔道具のうちの一つである。
使い方は非常に簡単で、そのまま投げたり、または自身の武器などに接着させ投げる。
それだけである。
突然の音爆弾。それも短剣による攻撃だと思った所での音爆弾である。
流石のアロンもこれには怯み、一瞬ではあるが動きを止めてしまった。
それを見逃すルトではない。
ルトはグッと加速するとアロンへと接近した。
そして、怯むアロンへと死狩を振るう。
アロンは風を操りつつ、それを避ける。
しかし、間合いを詰めた現状では近接戦闘を得意とするルトの方が有利であった。
それを証明するかのように、必死に避けるアロンの動きに乱れが見え始めた。
このままではいけないと思ったのか、風塊を放ち応戦する。が、ルトには当たらない。
そして遂に、焦りが祟ったのか。アロンが風の操作を失敗し、少し体勢を崩した。
「──グッ」
これを好機と見たルトは、ここで決めるべくグッとアロンへと迫り──そこでアロンが驚愕でも絶望でも無くニヤリと笑っている事に気づいた。
そして同時にアロンの足元へと目を向ける。
「────ッ!」
するとそこには、今すぐにでも放たれそうな程しっかりと形作られた風塊があったのである。
まさか、足からも放つ事が出来るとは!
ルトの知らなかった事実、そして先ほどまで執拗に風塊を放っていたのは、自身の上半身の方へと意識を向ける為だと理解したルトは、その場から退こうとする。
──しかし、もう遅い。
「貰ったッ!」
「──くっ!」
アロンの声と共に至近距離で風塊が放たれた。
咄嗟に死狩を前に出し、風塊を防ごうとするルト。
が、しかしルトはこの時点で負けを確信していた。
これ程までしっかりとした戦術で向かってきたアロンの事だ。
ルトが防ぐ可能性があるからと、足から放たれた風塊は核無しにしている事だろう。
そうなれば、風塊は死狩を越え、もしくは死狩越しにルトへとぶつかる。そしてルトは吹き飛ばされ、アロンに組み伏せられ何度目かわからない負けとなる。
しかし、もはやルトにはどうする事も出来なかった。バランスを崩している以上、避ける事すら出来ないのだ。
だからこそ、ルトは負けを確信し、次に来る衝撃に備えようとする。
そんなルトへと放たれた風塊。
それは幾度目かわからないルトの敗北を彼へと繋げる一撃へと──ならなかった。
なんと、風塊は死狩へとぶつかると、周囲に風を撒き散らしながら霧散したのだ。──まるで、核あり魔術のように。
「…………え」
漏れ出たものは、どちらの声か。2人して目の前で起こった事に動揺し固まる。
しかしまだ戦闘は続いているのだ。
ハッとした表情を浮かべる2人。そしてどちらも動き出そうとする……が、どうやらルトの方が一歩早かったようだ。
「……しまっ──」
慌て風塊を放とうとするアロン。しかしそれよりも早く、ルトがアロンのみぞおちへと死狩の石突き部を突き出した。
直撃。
「ハッ──」
アロンの口から息が漏れる。苦しそうにもがく。
しかし、ルトはこの好機を逃すまいとアロンへと飛びつき押し倒し──首元へと死狩の刃を当てた。
ハァハァと荒い息を吐くルトの視線の先で、アロンは大きく目を見開く。
その瞳に、様々な感情の色を浮かべながら。
そして、このままではいけないと思ったのだろう。アロンはグッと歯をくいしばり、悔しくて堪らないといった表情のまま、ぽつりと呟くように口にした。
「負け、ました」
──今まで何度も口にしてきた言葉。しかしルト相手には初めて吐く言葉を。
その言葉が吐かれてすぐに、ルトは死狩を消すと、尻餅をつくように後方へと倒れた。
呼吸を整えるように何度も何度も息をする。
「ルトさん! アロンさん!」
と、ルティアが心配そうな表情で走り寄ってくる。そして錫杖を顕現すると、天癒を唱え、2人の傷を癒した。
「大丈夫でしたか? ルトさん」
「うん、僕は大丈夫。アロンは?」
「…………」
「アロン?」
首を傾げ、アロンへと声を掛ける。が、彼は口を開かない。
と。ここで、アロンがゆっくりと立ち上がった。ひとまず傷は癒えてるようでルトがほっと息を吐く。
そして、再び声を掛けようとルトが口を開き──しかしそれよりも先にアロンがぽつりと呟くように声を漏らした。
「……すまん。用事を思い出したから先帰る」
あまりにも突然だったからか。ルトはアロンの顔を見つめ呆然としたまま、
「あ、う、うん。気をつけて」
「ああ」
短く、沈んだ声音で返答する。
そしてくるりと身を翻すと、そのまま街の方へと歩いて行く。
そんなアロンの様子を、今にも泣きそうな表情でルティアは見つめる。
何か声を掛けるべきか。何て声を掛けようか。様々な考えを頭で巡らせ、このままではいけないとアロンの方へと数歩、歩を進める。
「あ、アロンさん」
しかしそんなルティアを、
「ついて……こないでくれ」
アロンは尚も沈んだ声音で拒んだ。
「アロン……さん」
ルティアも結局これ以上彼に寄ることはできず、この日は思わぬ形での解散となった。
そして時間通りに集合すると、早速草原へと出た。
最早庭と呼んでも良い程に慣れ親しんだ草原を、いつも通りのルートでもって歩いて行く。
風が吹き、一面の緑がそよぐ。
日が照り、だれるような暑さは続くが、その中で時折吹く心地良い風は、3人の心を非常に穏やかなものにした。
横並びで歩く3人のうち、左側に位置するアロンが両手を組み、空へと大きく持ち上げる。
「んー……カラッとしてるからか、歩いていて心地良いな」
それを聴いた真ん中を歩くルティアは、ふふっと笑うと、
「今すぐピクニックに出かけたい気分ですわ」
「ピクニック! 確かにこの気候でピクニックしたら気持ち良いだろうな!」
快晴、低湿度、程よく流れる風。
少々気温は高い気はするが、それでも十分に心地良い気候であり、まさにピクニック日和だと言える。
しかし、残念ながら本日の予定はパトロールだ。もう少し気を引き締めて取り組まなければならない。
ルトは2人のテンションに苦笑しつつ、
「……気持ちはわかるけど、今日はパトロールに集中しよう」
「すまん。テンション上がり過ぎた」
「申し訳ありませんわ」
2人のテンションが落ちる。
しまったと思った。咎めはすれど、2人の気を落とすつもりはなかったのである。
ルトは2人の姿をチラと見ると、頭をポリポリと掻く。
「あーほら、別に気候が良いのは何も今日だけじゃないし。また今度予定組んでピクニックにでも行こうよ」
「そうだな! また今度行こうぜ!」
「はい、行きましょう!」
テンションが上がる。一気に空気が華やいだ。
◇
その後3人は時折談笑を交えながらも気を引き締めて回る。何度も回るうちに効率化してきたのか、予想以上に早く終わった。
時刻は15時。
未だ家に帰るには早い時間である。
では、どうするか。
こういう時の予定は決まっている。
と言うわけで、3人は最早定番とも言える模擬戦をする事になった。
まず、1戦目はルティアとアロンが行った。
結果はいつも通り、ルティアの勝利。
やはり序列1位と最下位には大きな差があるようである。
2戦目はルティアとルトが行った。
こちらも結果はルティアの勝利。
幾ら纏術に目覚めたとは言え、未だ纏う事すらままならない現状では、やはりルティアには敵わないようである。
そして3戦目。序列戦最下位である、ルトとアロンの対決──
「ルト。前回は結構中途半端で終わったからな。今日はしっかりと決着つけようぜ」
「うん。負けないよ」
「俺も絶対に負けねぇ」
グッとアロンが真剣な表情を浮かべる。
対しルトは一度ふうと息を吐くと、
「おいで──死狩」
言って、右手に相棒である大鎌を顕現する。
その様子を、アロンはじっと眺めていた。
そして、ピクリと眉を動かすと、
「……今日も纏わないのか?」
「まだ慣れなくてね」
「そうか」
静かに一言述べ、両者は口を噤む。
無言の空間が生まれる。周囲に流れるのは、草木のそよぐ音のみ。
……どれ程睨み合いの時間が続いたか。
遂に、アロンが小さく口を開く。
「んじゃ──行くぜッ……!」
言って風を緩く身に纏い、グッと地面を蹴った。模擬戦の開始である。
アロンは開始と同時に脚部へ纏う風の量を多くすると加速。そして以前の模擬戦同様、ルトを中心とするようにぐるぐると走る。
「……やっぱ、あれ来るか」
言って必死にアロンの姿を追うのと同時に、ルトは多少の後悔の念を抱いた。
近距離攻撃しか出来ない自身と、遠距離、近距離攻撃のどちらもこなすアロン。比べて自身の方が不利である事は誰がみても明らかだ。
加えて、今回はアロンが先に攻撃を仕掛けた。これはつまり、以前の模擬戦のように速攻をしかけ、できる限り近距離──つまりルトの間合いに持っていく最初の機会を失った事になる。
この時点でアロンから放たれるだろう遠距離攻撃を見事にいなし、彼に接近しなければならなくない──圧倒的不利な状況となったのだ。
不用意に近づけば、速攻で潰されていた可能性があったとは言え、先攻を譲ったのは明らかにルトのミスであった。
現状、ルトに遠距離攻撃はない。つまり、今から放たれるであろう風塊の嵐から逃れぬ事にはルトに勝ち目はないと言える。
と。ここで遂にアロンが風塊を放った。
超速でもって接近してくる風塊。
ルトは多少身体を傾けつつ、それをギリギリまで目視。そして風塊の軌道に一切のブレがないのを確認すると、フッと死狩を振るった。
瞬間、死狩とぶつかった風塊は、周囲に弱い風を撒き散らしながら霧散する。
ビンゴ。核ありだ。
しかし、一撃を防げたとは言え、ここで安心はできない。
現にアロンは既に次の風塊を放とうとしている。
「大丈夫。今日は見える」
それでも、ルトは一切の焦りを見せなかった。
そう。何故なら以前は目で追えずにいたアロンの姿が、風塊の軌道が、ギリギリではあるが、追えている。つまり、前回の模擬戦よりも進歩しているのである。
目で捕らえられるということは、こちらから向こうへ攻撃を仕掛ける事ができる可能性があると言う事でもある。
ならば、勝機はあると言える。
ルトはそう考えると、迫り来る風塊を身を翻し躱した。
先程の風塊にはブレが見えた。──つまりは、核無しだ。
核無しは核がない為か、威力が低いのと同時に、若干のブレがあるのだ。
だからこそ、ルトは核無しだと判断し、直撃を免れる為に躱したのだ。
そしてその後も、ルトは核有り核無しを判断しながら風塊をいなし続けた。
同時に、このままではジリ貧であると考え、何とか接近出来ないかと考える。
が、残念ながら現状のルトの纏術では近寄ることでしか相手に干渉する事ができない。
つまりはこのままアロンから一方的に攻撃され続け、こちらがミスした所で一気にかたをつけられ敗北する。それしかないのだ。
──そう、ルトが纏術という力に溺れ、ろくに準備すらせず戦闘に臨む大馬鹿者であった場合は……だが。
「──使ってみるか」
不意に。ルトはポツリと呟いた。
そして好機を狙うかの如く、風塊をいなしながら、ルトの周囲を走るアロンの姿を目で追う。
──まだ、まだ、まだ、今じゃない、まだ。
避けてはタイミングを計り、避けては計りの繰り返し。
永遠に続くのではないか、そう思ってしまう程のやり取りの中で……遂にその時、ルトが仕掛けるタイミングが来た。
アロンが始めて風塊の発動を失敗したのだ。
「──今!」
ルトはここしかないとそう確信。
すぐに腰に差していた短剣を抜くと、アロンの進行方向へと思いっきり投げた。
ハデスの影響により強化された筋力で放たれた短剣は、切っ先が向いたまま、一直線にアロンの方へと向かう。
「──こんなものッ!」
しかし、いくら高速とは言え、所詮は大して斬れ味のない安物の短剣。
そんなもの、一部の魔物に効果はあったとしても、魔術師であるアロンには大した脅威では無かった。
アロンはここで足を止めたらルトに攻め寄られると考え、あえて速度を落とさず走った。
同時に、左手に魔力を集中し、分厚い風の層を作る。
迫り来る短剣。
しかしアロンは決して臆する事なく、迫り来る短剣を分厚い風を纏った左手でもって、叩き落した。
これでルトの手は弱まる。その時そう判断したアロンであったが、実はこの行動自体が悪手であった。
「──ッ!」
アロンが短剣に触れた瞬間、何かが起動する音と共に術式が展開。
そして次の瞬間には、甲高い破裂音が辺り一面に響き渡ったのである。
──音爆弾。
強い衝撃を受ける事で、仕込まれていた術式が起動し、周囲に爆発音を響かせる魔道具であり、ルトが先程アスチルーベ商会で購入した数少ない魔道具のうちの一つである。
使い方は非常に簡単で、そのまま投げたり、または自身の武器などに接着させ投げる。
それだけである。
突然の音爆弾。それも短剣による攻撃だと思った所での音爆弾である。
流石のアロンもこれには怯み、一瞬ではあるが動きを止めてしまった。
それを見逃すルトではない。
ルトはグッと加速するとアロンへと接近した。
そして、怯むアロンへと死狩を振るう。
アロンは風を操りつつ、それを避ける。
しかし、間合いを詰めた現状では近接戦闘を得意とするルトの方が有利であった。
それを証明するかのように、必死に避けるアロンの動きに乱れが見え始めた。
このままではいけないと思ったのか、風塊を放ち応戦する。が、ルトには当たらない。
そして遂に、焦りが祟ったのか。アロンが風の操作を失敗し、少し体勢を崩した。
「──グッ」
これを好機と見たルトは、ここで決めるべくグッとアロンへと迫り──そこでアロンが驚愕でも絶望でも無くニヤリと笑っている事に気づいた。
そして同時にアロンの足元へと目を向ける。
「────ッ!」
するとそこには、今すぐにでも放たれそうな程しっかりと形作られた風塊があったのである。
まさか、足からも放つ事が出来るとは!
ルトの知らなかった事実、そして先ほどまで執拗に風塊を放っていたのは、自身の上半身の方へと意識を向ける為だと理解したルトは、その場から退こうとする。
──しかし、もう遅い。
「貰ったッ!」
「──くっ!」
アロンの声と共に至近距離で風塊が放たれた。
咄嗟に死狩を前に出し、風塊を防ごうとするルト。
が、しかしルトはこの時点で負けを確信していた。
これ程までしっかりとした戦術で向かってきたアロンの事だ。
ルトが防ぐ可能性があるからと、足から放たれた風塊は核無しにしている事だろう。
そうなれば、風塊は死狩を越え、もしくは死狩越しにルトへとぶつかる。そしてルトは吹き飛ばされ、アロンに組み伏せられ何度目かわからない負けとなる。
しかし、もはやルトにはどうする事も出来なかった。バランスを崩している以上、避ける事すら出来ないのだ。
だからこそ、ルトは負けを確信し、次に来る衝撃に備えようとする。
そんなルトへと放たれた風塊。
それは幾度目かわからないルトの敗北を彼へと繋げる一撃へと──ならなかった。
なんと、風塊は死狩へとぶつかると、周囲に風を撒き散らしながら霧散したのだ。──まるで、核あり魔術のように。
「…………え」
漏れ出たものは、どちらの声か。2人して目の前で起こった事に動揺し固まる。
しかしまだ戦闘は続いているのだ。
ハッとした表情を浮かべる2人。そしてどちらも動き出そうとする……が、どうやらルトの方が一歩早かったようだ。
「……しまっ──」
慌て風塊を放とうとするアロン。しかしそれよりも早く、ルトがアロンのみぞおちへと死狩の石突き部を突き出した。
直撃。
「ハッ──」
アロンの口から息が漏れる。苦しそうにもがく。
しかし、ルトはこの好機を逃すまいとアロンへと飛びつき押し倒し──首元へと死狩の刃を当てた。
ハァハァと荒い息を吐くルトの視線の先で、アロンは大きく目を見開く。
その瞳に、様々な感情の色を浮かべながら。
そして、このままではいけないと思ったのだろう。アロンはグッと歯をくいしばり、悔しくて堪らないといった表情のまま、ぽつりと呟くように口にした。
「負け、ました」
──今まで何度も口にしてきた言葉。しかしルト相手には初めて吐く言葉を。
その言葉が吐かれてすぐに、ルトは死狩を消すと、尻餅をつくように後方へと倒れた。
呼吸を整えるように何度も何度も息をする。
「ルトさん! アロンさん!」
と、ルティアが心配そうな表情で走り寄ってくる。そして錫杖を顕現すると、天癒を唱え、2人の傷を癒した。
「大丈夫でしたか? ルトさん」
「うん、僕は大丈夫。アロンは?」
「…………」
「アロン?」
首を傾げ、アロンへと声を掛ける。が、彼は口を開かない。
と。ここで、アロンがゆっくりと立ち上がった。ひとまず傷は癒えてるようでルトがほっと息を吐く。
そして、再び声を掛けようとルトが口を開き──しかしそれよりも先にアロンがぽつりと呟くように声を漏らした。
「……すまん。用事を思い出したから先帰る」
あまりにも突然だったからか。ルトはアロンの顔を見つめ呆然としたまま、
「あ、う、うん。気をつけて」
「ああ」
短く、沈んだ声音で返答する。
そしてくるりと身を翻すと、そのまま街の方へと歩いて行く。
そんなアロンの様子を、今にも泣きそうな表情でルティアは見つめる。
何か声を掛けるべきか。何て声を掛けようか。様々な考えを頭で巡らせ、このままではいけないとアロンの方へと数歩、歩を進める。
「あ、アロンさん」
しかしそんなルティアを、
「ついて……こないでくれ」
アロンは尚も沈んだ声音で拒んだ。
「アロン……さん」
ルティアも結局これ以上彼に寄ることはできず、この日は思わぬ形での解散となった。
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※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
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