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2-10 劣等感
しおりを挟むルトがエリカと共に草原へと向かっている頃。
集合場所として名高い街の噴水前に、1人の少女の姿があった。
金色の長髪をさらりと靡かせ、スラとしたスタイルの良い肢体を純白のワンピースで包み、人々の視線に晒されても尚、悠然と立つその少女の姿は、まるで天使の様である。
そんな少女であったが、到着からおよそ10分ほど経った所で、憂いを帯びた表情を浮かべると、一度周囲をチラと見る。
別に一身に浴びせられる視線が気になりうんざりした訳でも、問題が発生し困っている訳でもない。
いや、寧ろ周囲の視線なんてものは、一切気にすらしていない程である。
では、何故少女──ルティアの表情にこうも翳りが見えるのかと言うと、そこには現在の時刻が関係していた。
「……遅いですわね、お二人共」
言って、ルティアは再び周囲に視線を這わせる。
そう、現在の時刻は8時55分。
集合時間である9時まで、残り5分と迫っている。
しかし、そんな時間になったと言うのに、友人である2人の姿が未だ見えないのである。
確かに、集合時間にまだなっていないのにも関わらず遅いと嘆くとは、少々せっかちではないかと思う人も居るかもしれない。
が、今まで3人で幾度となく集まった事があるルティアから言わせれば、5分前になっても自身しか居ないという現状は非常に珍しい、いや寧ろ一度としてなかった程なのだ。
だからこそ、ルティアはほんの少しだけ不安を感じているのである。
……それに、ルティアには早く2人に来て欲しい理由が存在した。
と、そんなことを考え、ルティアが視線を落としながら立ち尽くしていると、彼方から彼女の名を呼ぶ声が響いてきた。
「おーい! ルティアちゃーん!」
「……! アロンさん!」
ルティアがバッと顔を上げ、歓喜の表情を浮かべる。
対し、アロンは全速力でルティアの元へと近づくと、停止。そして、数度大きく呼吸をすると、両手を頭上でパチンと合わせた。
「わりぃ、遅くなって! ちょっと、家の用事に手間取ってさ!」
成る程、やはり普段よりも遅くなったのには理由があったようである。
ルティアはその事実と、やっと来てくれたという安堵感からか、いつも以上に朗らかな笑みを浮かべると、
「大丈夫ですわ! 私も着いたばかりですの」
「まじか! なら、良かった。……っと、そういやルトは?」
言って、ルトが居ない事に気づいたのか、アロンがキョロキョロと視線を動かす。
「ルトさんは、まだ来てないようですわ」
「……珍しいな、普段何だかんだいって1番に来てんのに」
「ですね……どうしたのでしょう?」
予定時刻の15分前には到着しているのが普段の姿なだけに、アロンとルティアは、小さく首を傾げる。
しかし、悩んだ所で結果は変わらないと思い、またルトなら絶対に来ると言う信頼感からか、アロンは明るい調子で声を上げ、
「んー、まぁとりあえず待ってみるか! それよりルティアちゃん、その服!」
話題をルティアの外見へと移した。
というのも、この日のルティアの服装が、いつもの戦闘服でも、また学生服でもなく、おそらく私服である、純白のワンピースだったのである。
汚れ一つない純白の衣に、スルリと風に靡く金色の髪。そして何よりも、この世の者とは思えない程に美しい容姿を持つ彼女は、お世辞でも誇張でもなく、神もって『天使』のようであった。
と、そんな見惚れながらに吐かれたアロンの言葉に、ルティアは気づいてくれた事が嬉しかったのか、満面に喜悦の色を浮かべると、
「ふふっ。普段あまりおめかしをしないので、こういう時くらいはと思いまして。……どうでしょう? 似合って……ますか?」
若干の不安を感じさせながら吐かれたルティアの言葉に、アロンは「ここで似合ってないと言ったら、きっとこの世の全ての人間に恨まれる事になるだうな」と思いつつ、グッと親指を立てると、
「めっちゃ似合ってる! 可愛いと思うぜ!」
と、心の底からの賞賛をルティアへと伝えた。
「ふふっ、ありがとうございます!」
言って、ルティアが満面の笑みを浮かべる。
その笑顔を見て、アロンは和やかな表情になるのであった。
◇
その後、ルトが来るまで2人きりだと理解したアロンは、早々ないこの機会を生かし、ルティアとの会話を楽しんだ。
話の内容は多岐に渡り、日常的な事や面白かった事の様な明るい話題から、以前の魔物による侵攻の様なシリアスな話題についてまで様々であった。
そして時刻は9時10分と、予定時刻を10分オーバーした頃。
会話の内容は、遂にこの場に居ないルトについてのものへと移った。
「……ルトは、凄いよな」
感慨深げに、アロンが口を開く。
「…………?」
ルティアは横に並び立つアロンの方へと顔を向けると、突然呟かれたアロンの言葉に小首を傾げた。
対しアロンは、空へと目を向けたまま話を続ける。
「どんなに逆境でも、無謀だと笑われるような状況でも、決して諦めずに立ち向かう」
ルティアは何も言わずアロンへと目を向けたままでいる。
アロンが更に続ける。
「……普通さ、誰もが当たり前に持つ力を、自分だけ持たずに生まれたら、諦めたくなるはずなんだよ」
魔術か纏術のどちらかを持ち生まれることが当たり前の世界で、ルトは何の不幸か一切の力を持たずに生まれた。
その絶望は、きっと計り知れないはずだ。
「……でもルトはさ、一切諦めず愚直に努力して、最終的には纏術という力を勝ち取った」
しかし、ルトは諦めなかった。
自分の才能の無さを恨むことはあったが、それでも必死の努力を続け、遂にはアロンと同じアルデバード学園への入学。
そして最終的には、纏術の力を手に入れた。
きっと、運もあるのだろう。
しかし、必死の努力が無ければ力を手に入れる土俵にすら立てなかったのは事実だ。
アロンが話を続ける。
「そんなルトを見てたらさ、何で纏術師として生まれなかったんだろうって、そればかりを考えている自分が、情けなく思えてきちまったんだよ」
確かに自身も努力を欠かすことはなかった。しかし、努力を続ける中で、魔術という力を有しているのにもかかわらず、時折纏術の力を望む事があった。
何故自分は纏術師ではなく魔術師として生まれたのか。纏術師であれば、今よりももっと簡単に強くなる事ができるのにと。
「……あ、…………」
そんな事はないと否定しようとして、しかしすぐに口を噤んだ。
──力を望むのは、この世に生きる者ならば誰だって同じである。
だが、この世というのは不平等なもので、生まれた段階で人によってスタートラインが違う。
だからこそ、纏術という恵まれた力の中でも最高クラスの力を有するルティアは、安易に言葉を返す事が出来なかったのである。
「…………」
沈黙が生まれる。
しかし数瞬の後、アロンは空へとぼーっと目を向けると小さく口を開く。
「……なぁ、ルティアちゃん。こんな事聞くのもあれだけどさ」
ルティアがアロンの方へと視線を向ける。
対し、アロンは尚も顔を上げたまま……普段ならば絶対に言わない様な質問を口にした。
「──今の俺とルトってどっちが強いと思う?」
「……えっ、そんなこと……ッ」
突然の質問に驚嘆し、悲鳴じみた声を上げ……しかし、こちらへと目を向けるアロンの表情が嫌に真剣である事に気がつくと、ルティアはグッと口を噤んだ。
そして数瞬の間頭を悩ませると、ルティアは恐る恐ると言った様相で、
「……申し訳ないですが、何とも言えません。戦闘力と言うものは一概にこれと言えるものではないので……」
そう、本心を口にした。あまりにも曖昧であった為、短時間ではっきりとした答えを見つける事などできなかったのである。
「そう……だよな」
アロンがゆっくりと視線を前へと戻す。
そして、一度グッと口を噤むと、再び両手をパンッと合わせ、申し訳無さげな笑みを浮かべ、口を開いた。
「……すまん、ルティアちゃん! 今こんな話しても困るだけだよな!」
「大丈夫、ですわ」
言って、小さく笑う。
その笑みも少々ぎこちないものではあったのだが、気づいたのか気づいていないのか、アロンは努めて明るく振る舞いつつ、話の方向性を変えた。
「……にしても、ルトおせーな。もう時間だぞ?」
確かに針は9時15分を指しており、とうに約束の時刻は過ぎていた。
「確かに遅いですわね」
「……ルトの事だし、来ない訳ではないだろうけど」
と、アロンが信頼感を感じさせる発言をした辺りで、
「……っと、噂をすれば」
言ってアロンが一点を見つめ微笑む、釣られてルティアもそちらへと目を向け、
「……ルトさん!」
パッと華やいだ雰囲気を醸し出しながら、こちらへ向かう少年──ルトの名を呼んだ。
当のルトは、アロン同様に2人の前で停止すると、呼吸を整えつつ、申し訳なさげに声を上げる。
「ごめん、遅くなって……」
「どうしたんだ? 何かあったんだろ?」
理由も無く遅れる筈はない。
そんな信頼の元に吐かれたアロンの言葉に、
「うん、実は──」
ルトは自身の遅れた理由を、事細かに話す事で応えた。
数分後。ルトが話終えると、
「……素晴らしいですわ!」
「そうだな、よくやったルト! 友人として誇らしいぜ!」
2人がルトの行いを絶賛した。
エリカに言った通りの反応である。
「……でも、遅れちゃって」
「理由があったんだ。遅刻の事は気にすんな! ……ってか、ルト。お前はもっと別に気にする事があるだろ?」
言ってアロンがくいっくいっと顎を動かし、ルティアの方に視線を向けさせる。
「……っ!? ルティアさんの服装が普段と違う!」
予想以上に遅れ、申し訳なく思っていたルトは、そこまで意識が回らなかったのか、ここで服装の違いに気づき、大きく目を見開いた。
「おめかししましたの。……どうでしょうか?」
「……似合ってるよ! 凄く可愛い!」
言って、純粋なキラキラとした瞳をルティアへと向ける。
普段落ち着いた雰囲気のルトであるが、こういう時だけはやけにテンションが高くなり、直接的な表現で相手を褒める。
そんなルトの間違いなく本心と言える言葉に、ルティアは若干の照れを見せる。
「あ、ありがとうございます!」
その一連のやりとりを横で見つつ、アロンが口を挟む。
「……ルトが可愛いって言うの、珍しいな」
「そ、そうかな?」
「……ルティアちゃん見てご。不意打ち食らって、顔赤くなってる」
言葉の後、2人でルティアの方へと目を向ける。ルティアはバッと顔を両手で隠すと、
「ア、アロンさん! そんな事言わなくて良いですから!」
「すまん、顔を赤らめるルティアちゃんが可愛いくてつい……」
「~~~~ッ」
まさかの2発目に、ルティアが更に真っ赤になる。
それが、何故だか物凄くおかしく感じて、その後3人は顔を合わせると笑い合うのであった。
◇
あの後、他愛もないやりとりを続ける事10分。
そろそろと向かおうかと、そんな話題も上がってきた中、目の前で話し笑う2人の姿を目にしながら、ルティアは1人頭を悩ませていた。
というのも、ルトの姿を目にしてから、アロンが先程のような痛ましげな表情を一切浮かべていないのである。
ルトの前で弱音を吐きたくないのか、それとも先程溜まったものを吐き出し、少し気が晴れたのか。
正解はわからないながらも悩んでいると、
「どうしたの? ……ルティアさん」
異変に気づいたのだろう、ルトがルティアへと声を掛けた。
その声にルティアはハッとすると、
「い、いえ……なんでもありませんわ! それよりも、そろそろ行きましょうか!」
気がかりではあるが、この場ではどうしようもできない。
そう考え、吐かれたルティアの言葉に、アロンはニッと笑うと、
「だな……んじゃレッツゴー!」
言って元気良く拳を突き上げた。
言葉の後、ルトとアロンが歩きだす。
ルティアは、現状では判断がつかない為、とりあえず気持ちを切り替えて楽しもうと、そう考えると、歩き出した2人の後をついていくのであった。
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