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扉の外

38話 春行きのゆりかご

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 断崖の街ケイヴァには岩壁がせり出した地点を基本として、多くの『降り場』が点在している。
 ギュイヌに連れられて牛狩りをする事になった一行は、その中で比較的小さめの『降り場』のへと集まった。

「この昇降機って、ハヌゼベのとこよりもだいぶ原始的だよな……?」

 分厚い木板を重ね合わせて作られたリフトの上に荷物を積みながら、小森がこぼした。

「うん? 無翼公はねなしこうが昇降機を持っているのかい? 初耳だねそりゃ」
「あっ。小森。秘密にしてるって言ってなかったか。あいつ。」
「あっ」

 結局、小森はケイヴァに至る道のりをギュイヌへ洗いざらい話さざるを得なくなってしまった。

「うへえ、枯れ木のとこっていうと楽園五層かい。そんなに下まで行けるシロモノを隠し持ってるなんてねぇ。しかも自動で動くのかい?」
「あれはレバーを引くだけでよかったな。それに対して、この昇降機は――まあ、予想はついてるが操作法を聞かせてもらおうか……」

 それはハヌゼベのリフトよりもはるかに巨大だが、中央に大人数で回す事を前提としたような滑車が取り付けられていた。

「あっはっはっ! これを見たら回したくなってきただろう? よし回そう! コモリ君の予想通り、回さないと降りられないよっ」

 やはり手動で滑車を回し続ける必要があった。

 小森・あかり・ヌー・ギュイヌ以外に搭乗者はいないので、必然的に全員で操作することになる。

「ヨーホー! とか歌いながらまわしますか?」
「アハハッ、男衆がよくやってるねえそれ」

 四人それぞれが等間隔に滑車を囲んで棒状のハンドルにつき、全身を使って押し回しはじめた。
 ヌーの腕ほどある太さのロープが少しずつ伸びて、リフトはゆっくりと『降り場』を離れて深淵へと沈んでいく。

「なあっ。降りるだけなのに。なんでっ。こんなにっ。重たいんだっ。ぐぬぬぅ。」
「そりゃっ……よいせっ……安全装置をっ……ふんっ……きつーくっ……してあるからさぁっ」

 降下開始数分でヌーとギュイヌは汗だくになっていた。

「あれ? そんなに重たいでしょうか。 小森さんは軽そうですけど」
「いや、俺はほら、スーパーマンみたいになってるからな今。……あかり君も余裕そうだが──ん、その腕のせいか?」

 あかりは小森の真後ろでハンドルを押しているので、小森の位置からはよく見えていない。

「いえ、わたしのこっちの手だけでも余裕ですね!」

 そう言うとあかりは右手だけで滑車を押し始めた。声色に変化はなく、平然としている。

「ふむ……というか、あれだな。これは全身運動だから腕力だけでどうにかなるもんでもなかったな。あかり君は見た目によらず、実はインナーマッスル的なのが凄かったりするのか?」
「それは普通だと思いますけど……あっ! わたし、心当たりありますよ。わたしの中に、たぶん小森さん成分が入っているのです。小森さんパワーなのです」
「……は?」
「これは話すと長いのですが──」

 リフトは少しずつ穴の奥へと潜り続ける。目的地まではまだ遠く、霧が幾重にも重なって先が見えくなっていた。
 ヌーとギュイヌは交互に休憩をとっているが、小森とあかりは淡々と滑車を回し続ける。

「わたし、真っ黒な箱に入っていたじゃないですか。 あのとき、不思議な体験をしたのですよ」
「ああ……そういえば痛かったりしなかったのか?」
「それが、ぜんぜん! どろどろーっと身体が溶けていくような感覚で──あ、実際に溶けていたらしいですね──それでも嫌な感じじゃなくて……うーん。温かい闇の世界とでも言うのでしょうか。そんな感じの場所にいる夢を見ているようでした」

 いつの間にか、ヌーとギュイヌは滑車回しを完全に諦め、リフトの端っこに座って風景を眺めていた。

「あいつら……」
「まあまあ、わたし反対側にいきますね! その方が小森さんのお顔を見てお話できますしっ」
「ん。それもそうだな」

 小森とあかりは、じっと視線を合わせながら滑車をまわす。
 互いの視界は、ぴったりと相手を中心に収めたまま、背景だけが目まぐるしく動いていく。

「うふふっ、まるでメリーゴーランドみたいですね! 小森さんっ」
「……あかり君が楽しそうにしていると、俺も楽しくなってくるよ」
「──匣の中で見た夢の続き、お話しますね」

 小森はあかりをじっと見つめて、繰り出される言葉を穏やかな心で待った。

「暗くて暖かい世界で、わたしはパズル遊びをしていました。自分の姿が描かれた絵を完成させるのが目的です。そこら中に散らばっているわたしの欠片を集めて、一枚一枚くっつけていくのですが、その欠片の数が途方もなくてですね――」

 あかりは何か楽しい事を思い出しているかのように、ニコニコと笑っている。

「やっとの思いで完成に近づいていったのですが……出来上がっていく絵が、なんとなく、コレジャナイって感じのわたしで違和感がありました。でも、どこが違うのかと考えようとしても、全然分かりません」

 ヌーとギュイヌは霧の奥に見える風景について、和気藹々あいあいと話をしている。

「まあ、でも多少違っていてもいいかな――と、そんな気持ちでパズルを再開していくうちに、なんだか悲しい……『あきらめ』の気持ちが強くなっていきました。最後のかけらをはめる頃には、悲しいのと悔しいのと……よく分からないですけど、涙がいっぱい出てきて、わたしは叫んでました。『変わりたくない』『消えたくない』『寂しい』って」

 あかりは笑顔を崩さぬまま涙をこぼした。
 小森はそれを見ても、視界から逃さないまま、じっと話を聞いていた。

「あはは、思い出したら勝手に涙が……。今は楽しい気分なので大丈夫ですよ。それで、ここからが不思議ポイントなのです。――わたしが泣き叫ぶと、声が聞こえてきました。『その灰色の肌をした絵はあかり君じゃない』……聞き覚えのある声です。目の前の絵のこと以外考えられなくなっていたわたしに、たくさんの記憶が蘇ってきました。『あかり君はもっと明るく笑っていて』『あかり君は落ち込んでもすぐに立ち直る』『あかり君は日輪の花嫁だ』……たくさんの応援の言葉がわたしの胸にすっと入り込んできて、暗かった世界を照らし始めました」

 陽光が霧の中を乱反射して、あかりの黒髪に鮮やかな色を映し出す。

「わたしの絵は、他の誰でもない、わたしになっていました。そして、わたしが絵を作っていた場所というのは小森さんと過ごしたあの部屋で、いざ気付いてみれば、三人であーだこーだ言いながら机の上のパズルを解いているところだったのです」

 がたん、とリフトが地に着く音がする。
 少し霧がかかっているが、そこは見渡す限り桃色の世界だった。

「着いたよぉ! 春の層だぁ!」

 ヌーとギュイヌがリフトを飛び降りて行く。

「さあ、小森さん。 わたしたちも降りましょう」
「──ちょっと、待ってくれ……ずっと言うタイミングを逃していたことがあって……その」
「はい、なんでしょう」

 あかりはにっこりと笑って小森の言葉を待った。
 お互い、近づいてみれば身長差は30センチ以上もある。

 あかり君の瞳に映る俺は、まっすぐにあかり君だけを見つめている。ここに身長差など関係あるのだろうか。
 上も下もない、俺たちだけが分かっていればいい。
 そんな世界が視線の中に生まれている。

「本当に、君がいてくれてよかった――
「こっ……!? 小森さんっ、もう一度言っていただけますかっっ」
「……助かってヨカッタナリ。アカリ」
「なんか違いましたよ! もっとこう――」

 大きな一歩。
 それが三人にとっていいことなのかは別として。
 いざという時にヘタレてしまう小森の鬱蒼とした心に、確かな木漏れ日が差し込んでいた。

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