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盛夏の夜の魂祭り(第三話)嫉妬の業火は諸刃の剣

07 午前二時のロマンス

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 詠が戻ると同時に、徐敬文は清矢たちをふるさとから別の場所に移した。清矢たちは軍閥の逃亡のために葛葉たち常春殿が用意したルート上、布引天神の神社にまとめて伏せられることになった。詠は生まれて初めて本物の軍議というやつに参加した。

 旗揚げのころから祈月源蔵に付き従っている関根、張本の両雄だけではなく、新顔が何人かいた。きっちりと隙のない狐亜種の西行英明、猫亜種のワイルドな伊達男、北条直正。ほかに狸亜種の小笠原時雨など、今までの武闘派と比べると雰囲気が違っていた。

「……という訳で、清矢さまを始めとした渚村と常春殿の若者たちで、殿軍を務めてもらう予定だ。鷲津の伝統的な術嫌悪と、これまでの我々との戦いぶりからして、敵軍に汎用魔法や術による攻撃に対する備えは一切ないとみていい。逃げる本軍に対してなるべく強烈にやってもらう。追撃の気をなくさせるのが狙いだ」

 伊藤敬文が作戦を話し終わると、斜に構えた感じの北条直正がいきなり文句をつけはじめた。

「上手くはいきそうだが、初陣から殿しんがりだなんて若の命が危ういと思いますけどね」

 それは当然の懸念だった。同じく席についている張本も関根も微妙な顔つきだ。しかし、あの白のロングコートを羽織った清矢は堂々と言った。

「父上が死ぬくらいなら俺が行く。それに、まだもう一人息子はいるから」

 結局こんな修羅場まで付いてきてしまっている望月充希が問いただした。

「それってどういうことなの」

 文香がうんざりした顔でごまかした。

「夜空っていう兄が、ロンシャンに留学してる」

 それで一応、北条直正も納得した様子だった。

「絶対あたしが清矢を守り抜いてみせるよ!」

 志弦はもう夜空の名を出されても何の屈託もないみたいだった。息巻いている少女に、父親である猛将、張本忠義が泡を食う。

「あのよ、俺も清矢たちと残るぜ。娘に後を頼んで、自分だけとんずらなんて情けなさすぎる」
「新兵のみの軍を殿に当てるなど正気の沙汰ではないです。歴戦の張本殿が中心になってくれて初めて、許可できる作戦ですね」

 表情を変えずうなずく西行英明はいかにもまとめ役という感じだ。殿に据えられた忠義は犬耳を掻いて敬文と清矢の二人を心配そうに見た。

「でもよう、清矢、大丈夫なのかよ。魔法で敵と渡り合おうだなんてさ……そんなの、結局は皇太子さまたちの真似した芸事に過ぎねぇだろ。人質にでもなって手間かけさせるってんなら、源蔵兄貴と一緒に逃げてくれたほうが、俺たちも安心なんだがな」

 それは全員の本音だろう。数十分後、彼らは清矢の術の威力に驚くことになる。沢渡マルコが魔導書片手に教えた『リュミエールドイリゼ』は、光系列の大魔法で、実際には魔物にすらまだ使ったことがなかったが、充分に戦術に数えられる広範囲の制圧術だった。猫亜種の北条直正まで、目を焼かれて辛そうだ。逃亡の折には布引天神の神官たちも雷を降らせてくれるという。詠は充希とともに最初の大魔法詠唱まで清矢を守る役をもらった。

 ついに本物の『戦』に参加するんだ。

 詠の闘志は激しく燃えていた。清矢は祈月次代に相応しい毅然とした受け答えをしてくれた。憧れのヒーロー、『輝ける太陽の宮』耀サマの孫。京人形のような端正な美貌で、剣を臆さず取る清矢ほど詠を煽るものはない。清矢がもう充希のほうを相棒と認めていようが、その路傍の一石となれるだけでも実際、構わなかった。

 その日は興奮して眠れず、雑魚寝の大広間から抜け出して、砂利を敷いた庭園で月光の下、素振りを繰り返した。本戦が迫っている。悪あがきだろうと、地道な一打一打を積みあげる以外に、出来ることはなかった。

 足さばき。急所を狙う刺突への薙ぎ払い。さまざまな場合を想定して、詠は剣技を練り上げる。清矢を守るには剣だけでもダメだった。防御魔法は詠のほうがすぐれていると、沢渡マルコだって太鼓判を押してくれている。広い物理結界を、前面に張り巡らせる。詠唱を繰り返し、剣で印とともに透明な壁を展開する。下がるうちに再度攻撃。夢中になっていると、清矢も起きたのか、縁側から庭に降りてきていた。

「清矢くんも眠れねぇのか? ちょっと訓練に付き合ってくれよ」

 詠が精いっぱい明るく告げると、清矢は寝間着のまま傍にやってきた。そしてくすりと笑って、詠の汗を指でぬぐった。

「そんなこと始めたらますます眠れねぇだろ。寝床に戻れ……あと、その前に話がある」
「話? えと……俺また何かやっちゃった?」
「詠が『みさき』なんて女に釣られちゃったのは俺のせいだから」

 清矢は沓脱石に座り込んで、膝に頭をもたせかけている。思ってもみない論理に詠は驚愕した。清矢は充希に対しても受け入れるまでが慎重だったし、伊藤敬文が来てからと言うもの、落ち度なんて何もなかったはずだ。

 綺麗な顔を憂鬱に曇らせて、寂しそうに清矢が言う。

「俺は詠をついに戦場にまで引きずり出しちまう。それなのに話にもちゃんと取り合ってやってなかった……ずっと、俺に不満だったんだよな。ホントにどこも怪我はないのか? やせ我慢なんてするなよ」

 詠はしょんぼりと狼耳を伏せた。

「ちげぇよ。俺はただ、清矢くんと離れるのが嫌だっただけだ。だから戦場なんて怖くねー。『みさき』については騙されるほうがアホだったってだけの話だ」

 たとえ失態がきっかけで、ともに上る階段のステップが違ってしまっても、追えるだけついていきたい。今の詠は反省ののちそういう心境になっていた。清矢はまっしろな素足で砂利まで降りてきた。そして憐憫たっぷりに、「馬鹿」となじる。

「俺が女の子だったらお前『みさき』なんて奴に騙されなかった?」
「せ、清矢が女の子だったら……やべーよ。俺も絶対恋してた」
「守ってくれた?」

 詠はうつむいてしまう。清矢がどうして女の子なんだよ。清矢が男の子だから、好きなんだよ。耀サマの孫を守るのに男も女も関係ねぇよ。そう思ったが、いざその仮定を想像してみるとドキマギした。

「あんな女より俺の方が何倍も詠のこと好きだし、愛してるよ」

 清矢はあっさり甘いセリフを言ってのけて、悲しそうに笑った。

「俺もたいがい、女々しいんだ。思い残すことがあったら良くないと思うから言っとく。俺の弱点は詠だよ。詠が一番大事で……傷つけたくない。命令なんかしてごめんな」

 詠は頬が熱くなるのがわかった。詠が欲しかった言葉そのものだったからだ。清矢は詠の左手をぎゅっと握りしめ、涼しい目線でじっと詠の心臓を射抜いた。

「そんだけ。あんま気にしないでくれ」

 詠は何も答えられずに突っ立っていた。

 いつも凛としている清矢。かっこよく伊藤敬文をのした清矢。ピアノがうまく、ときに酷薄な王子のように命じてきた清矢。

 それがあんなに弱弱しくも直球で、情を向けてくれている。

 『みさき』に告られたときよりもずっと、男冥利に尽きるという感情が胸に染みた。眼の底までじんわりと熱かった。

 たとえ広大くんに気色悪いって言われたって、俺は……!

 寝床に戻ると、清矢は詠のとなりで静かに瞼を閉じていた。詠はそっと額の前髪を払ってやる。そして母のようにそこにキスした。いつも清矢がしてくれるように、できるだけ優しい声色で、告げる。

「清矢くん、俺も同じ気持ちだ」

 自分もこんな猫なで声が出せるんだと驚きながら、詠は清矢の寝顔を眺めた。

「いつだって一番最初に命令してくれ。俺、それでも平気だぜ。だって俺たちはちゃんとひとつだったんだから」

 一世一代の詠の口説きを、清矢はもちろん聞いていた。何も言わずに目を開けて詠を下からかき抱く。詠は以前より何倍も強くなった気持ちで、清矢に体重を預けた。
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