上 下
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上司ではなく、今度は部下の私が頑張る番です。

思いつく限りの方法で

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「ここだな」

 大河の言葉に光流は上半身を起こし肩越しに振り返った。上品なえんじ色のカーテンが視界に入るが、中をうかがい知ることはできなさそうだ。
 おそらく十階以上は登って来たのではないだろうか。
 光流を肩にかついでいることを感じさせない身軽さで、大河はすっと右足を振り上げる。

「ちょい待てっ……!!」

 光流は慌てて大河の肩をバシバシと手のひらでたたくと、
「降ろせっ……!」
 と小さく叫んでベランダに足をつけ大河に向き合った。

「なんだ?」

 窓を背に立つ光流に向かって、大河が怪訝そうに眉を顰める。

「あんた、今窓を蹴破ろうとしただろ」
「……」

 光流の指摘にあからさまにしまったという顔になる。それを見て光流は唖然とした。

(どれだけ気が短いんだよ……)

 よくこれで隊長が務まったなと思うが、六華もやりかねないと光流は思う。そこが二番隊との違いなのかもしれない。

「物理的な破壊はまずい。あとで言い訳しづらくなるようなことは極力避けるべきだ。ここは穏便に中に入ろう」

 そう言って、コートのポケットから一枚の白い紙を取り出して、そっと唇を近づける。

「フッ……!」

 光流の鋭い吐息が白い紙を揺らす。
 紙は両腕を左右に広げた人の形をしていた。
 精巧なものではない。シンプルな直線とアーチでできており、あくまでも人に見えるだけだ。
 だがその紙人形は、光流の息によってまるで命を吹き込まれたかのように、突然両手をじたばたさせるように動かした後、手のひらからふわっと浮かび上がった。
 紙人形は、そのまま頭上の通気口へと滑りこんでいく。

「――式神か」
「まぁ、その一種だな」

 陰陽師が自身の身の回りの世話をさせたり、術の手伝いをさせたり、そういった役割を持つ妖怪、あやかし、魔物を総じて式神(しきがみ)と呼ぶ。
 コピー用紙を切り抜いたような紙人形でも、力のある陰陽師がまじないをかければ、それは主の忠実なしもべになるのだ。
 通気口からエアコンへと移動したのだろう。
 窓越しに式神が頭上からひらり、ひらりと降りて器用にロックを外す。
 立派な不法侵入で犯罪だが、ばれなければ問題ない。そのあたり光流も常識人のような顔をしてそれ相応にぶっ飛んでいた。
「よし」

 光流はしっかりとうなずいて、背後で黙って立っている大河を振り返った。

「お前が先に行くんだろ」
「ああ、もちろん」

 大河はすうっと息を吸い、ゆっくりと吐く。
 さっきまでの短気ぶりはどこへ行ったのだろう。
 腰に下げていた金剛に指先で触れると、見る見るうちに大河の表情が変わっていく。
 まるで数々の戦場を生き抜いてきた戦士のような空気をまとう大河に、光流は一瞬息をのんだ。

(なんだこいつ……)

 二番隊と三番隊は犬猿の仲である。いつからと言われてもわからない。おそらく現在組織に属している誰も、そのきっかけを知らないような昔から、そうなのだろう。
 だから光流は知らなかった。
 彼らがどんなふうに戦うのか。事後処理でしか見たことがない、彼らの戦う姿をもしかしたら見られるかもしれないと思うと、少しだけ胸が弾む。
 若さゆえの好奇心だけでなく光流自身が、久我大河という男に興味を持ったからかもしれない。

 カララ……。

 大河が左手で窓を開ける。
 なにかあれば自分もすぐにフォローできるようにと光流も身構えた。
 大河の後に続いて、光流もサッシをまたぎ土足で足を一歩踏み入れる。
 一歩。二歩。三歩。
 薄暗い部屋の奥に大きなベッドがあるのが見える。

(……ここは寝室か)

 だがそこで大河が唐突に「遅かった」とつぶやいた。いつでも抜刀できるようにしていた構えを解き壁にあるスイッチに手を伸ばす。ぱちりと音がしてパッと部屋が明るくなった。高級ホテルのスイートルームを思わせる、センスのいい部屋だ。

「――ここに六華はもういない」

 大河は眉間にしわを寄せて、うなるようにささやいた。

「もう? いたかどうかわかるのか」
「わかる」

 大河はこくりとうなずいて、今度はベッドサイドに歩いていくとシーツの上をそっと手のひらで撫でる。

「彼女の気配が残っている」

 そしてベッドに片膝をついて乗り上げ、端整な顔をシーツに近づけ額を押し付けた。
 まるで残存している思念を読み取るようなしぐさだ。

(でっかい犬みたいだな……)

 だがベッドに彼女の気配があるというのなら、それはそれで問題があるのではないだろうか。

「それで……矢野目は無事なのか?」
「ああ。とりあえず俺は人殺しをしなくてもよさそうだ」

 顔を上げた大河は、さらっと答える。

「おっ、お前もしかして躊躇なく殺すつもりだったのかっ?」

 その瞬間、大河の鋭い目に赤い光が宿ったように見えた。

「清川がそういう目的で六華をさらったわけではないとわかっているが……。もしあいつが彼女の尊厳を踏みにじるような真似をしていたら、殺す。思いつく限りの残忍な方法で殺す。法の裁きなど受けさせない」

 赤い光。
 それは人にはありえない魔力の波動のようなもので。陰陽師の自分だからこそ耐えられたが、ごく普通の人間なら昏倒するレベルの力だった。

「っ……?」

 光流は驚いて目を瞬きを繰り返したが、顔を上げた大河の顔はいつもどおり不機嫌そうな眉間のしわと、目の下にうっすらと隈が見えるだけだった。

(消えた……)

 今の光はなんだったのだろう。窓から差し込む太陽光の起こした錯覚だろうか。

「――ここがだめなら、次は清川の実家?」

 そんなことを考えながら光流は尋ねる。

「いや……無駄足だろう」
「まぁ、そうだな」

 実家の住所は竜宮で把握しているのだから、わざわざ移動したということは誰も知らない場所へ、というのが妥当だろう。
 さてどうしたものかと部屋の中を見回していると、

「――光流。お前に頼みがある」

 唐突に大河が口を開いた。

「なに……?」

 いったいどんな無茶ぶりをされるのかと、光流はごくりと息をのむ。

「これで俺を切ってくれ」
「――は?」

 大河は金剛をつかんだ手を、ぐいっと光流へ向かって差し出してきた。
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