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上司ではなく、今度は部下の私が頑張る番です。
友達だから
しおりを挟む車が走り出して間もなく、大河は光流にこの半日の話を話して聞かせた。
矢野目家から六華が戻らないと連絡があり、監視カメラをチェックして清川玲という隊士が六華を連れ去った事実を把握したが、三番隊はそのためだけに動けないと聞いて辞めてきたこと――樹とのやりとりは除いて話せることはすべて話した。
助手席の光流はそれを聞いて目を丸くする。
「ええーっ、じゃああんたもう三番隊の隊長じゃないのか!」
「すまんな。というわけでほかに応援は見込めない」
「僕、休みでよかった……。これ出勤日だったらマジで懲戒処分じゃないか……」
光流ははぁっと深くため息をついて、両手の指先でこめかみを押さえる。
「降りるか?」
「降りるわけないだろ……!」
光流は柳の葉のような流麗な眉毛を吊り上げて、大河をにらみつけた。
「あいつは僕の友達だからな」
「友達……」
光流のその言葉を聞いて、大河はどこか不思議そうな顔をする。
「そうか……友達か」
大河のほっとしているような反応に、光流は不思議な気持ちになった。
陰陽師を生業とするものに、友達という存在が似つかわしくないと思っているのかもしれない。
(まぁ確かに、友達なんかこれまでできたことなかったけど)
光流は過去多くの陰陽師を輩出した古い貴族の分家に生まれた。分家筋ではあるが光流はそのたぐいまれない才能を見出され本家に養子に出された。そこから血のにじむような努力を重ね、十代にして竜宮警備隊の二番隊に入隊し竜に仕えることになった。
いわゆるエリート中のエリートである。
だが光流はそれだけの青年ではない。分家筋だからこそ、因習と歴史にとらわれている本家の連中を腹の底から信用することはなかった。
「あんたが飛び出して来たっていうんなら僕も正直に言うけど、僕は竜宮に勤めていながら忠誠心が薄いんだと思う。皇太子殿下のことは個人的には尊敬しているけど、竜宮という場所が好きにはなれない。なにか大きなことを隠されている気がして、それがずっと気になっていた」
光流はハンドルを握る大河に向かって、素直な気持ちを口にする。
「その不信感から矢野目に協力を要請した……だから彼女を危険にさらしたのは僕のせいだ」
突然食堂を飛び出していった六華を追いかけるべきだった。後悔しかない。
途中まで追いかけるべきかと迷ったのだが、注意を受けたばかりだということを思い出して躊躇(ちゅうちょ)してしまったのだ。
そして家に帰ってもなんとなくモヤモヤして、寝る前に六華に連絡してみたが返事はなく、結局朝一番に三番隊へと向かい、血相を変えて走っている隊長である久我大河の姿を発見し何かを感じた光流が彼を追いかけた――のがついさきほどのことである。
「本当に……すまなかった」
光流ははっきりと謝罪の言葉を口にする。
(こいつ……久我が矢野目のことを具体的にどう思っているかは知らないが、大事にしているのは間違いないだろう)
なにしろ六華の名前を口にしただけで、即座に確保して骨を砕こうとした男だ。
いくら責められても仕方ないと光流は思っていたが、
「――それは違う」
大河は正面を見つめたまま、光流の発言を否定した。
「きっかけはそうだったかもしれないが、六華がそれを望んだ。竜宮から消える女官の行方を気にしていた。事情を知りたがっていた。だが俺はお前が気にすることではないとそれを切り捨てた。それこそあの時……俺が親身になって相談に乗っていればこんなことにはなっていない……!」
大河はそう吐き捨てるように口にして、ハンドルを握る指に力を込める。ついでに車が加速されて、光流の体は重力に負けてシートに押し付けられた。
「……そうか」
光流はうなずきながら、大河という男をじっと見つめ、観察する。
長身で筋肉質。恵まれた体から推測される身体能力。そして整い過ぎている顔立ち。
神は美しいものを好む。
陰陽師の集団である二番隊は、美貌に恵まれた者が多い。仕事中には顔を隠すのは、その美が力になるからだ。
もちろん姿かたちの造作だけでなく魂も関係するのだが、神々は人以上に美しいものを愛おしむということを、陰陽師たちは理解し利用していた。
「――あんた、兄弟が竜宮で働いてないか」
大河の独特の雰囲気に当てられて、光流は思わずそんなことを口にしていた。
「は?」
大河が不審げに眉を寄せる。
「いや、あんたの顔……気というべきか。どこかで知っている気がしたんだ」
記憶力には自信がある光流だが、久我大河という名を光流は知らない。だったら身内を知っているのかもしれないと、そう思ったのだった。
「まぁ……身内はいるな。竜宮内に」
大河は具体的な言葉を口にせず、ふんわりと濁して笑う。だがそれだけで光流には十分だった。
「ああ、やっぱり! だからどこかで見たことがあると思ったんだな」
光流は納得して、窓の外に目を向ける。
車は信じられないほどのスピードで走っているが、恐ろしさは感じなかった。
とにかく今は矢野目六華の安否が気にかかる。
「――あと何分で着く?」
「九十秒だな」
向かっている先は清川玲の自宅マンションだ。
「ちなみにどうやって入るんだ?」
正面から押しかけて果たして清川玲が大人しく従うだろうか。むしろ部屋に六華がいたとしたら、彼女を危険にさらすのではないか。
光流は首をかしげる。
すると大河はふっと笑って、「大丈夫だ。考えがある」としっかりとうなずいた。
「あ、そう……」
なんなら式神を使って管理人室からマスターキーを盗んでもいいと思っていたのだが、大河に考えがあるならそれでいい。できるだけ目立たないに越したことはないのだ。
(と――思った九十秒前の自分を殴りたい……!)
光流はびゅうびゅうと風を切って上昇する自分が、もしかしてもう既に死んでいるのではないかと感じていた。
「しっかりつかまっておけよ」
「わっ、わっ、わかってるよーっ!」
そう――大河はマンションの下に車を乗り捨てると、説明もなしに光流をひょいと肩にかつぎあげ、マンションのバルコニーの手すりを足場にして、縦にジャンプして上の階へと飛び移りはじめた。
三番隊の身体能力は知っているが、この男は桁違いのようだ。
どんどん小さくなる地面に気が遠くなるが、ここで気を失ったら死ぬのは自分である。
(矢野目六華……ぜったいに職員食堂のスペシャルパフェをおごらせてやるからな……!)
光流は大河の体に巻き付けた腕と足に力を込めて、六華の無事を祈るのだった。
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