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上司がぐいぐいきます。
竜の秘密
しおりを挟む大河は唇を湿らせるようにお茶を一口飲んで、音を立てずにテーブルの上に置く。
「通常、日本刀は最も上質な鉄、玉鋼(たまはがね)から造られる。だが竜が鍛えた武器はそうじゃない」
「……では珊瑚は……あなたが持つ金剛は、なにからできてるんですか?」
六華の声も緊張でかすれていた。
おいそれと触れてはいけない禁忌に近づいている気がした。
頭の隅で六華の理性が、それ以上踏み込むなと騒いでいる。だが同時に本能が叫ぶのだ。
『知らないままでは大河を理解することはできない』と。
そして今から大河が口にしようとしていることは、おそらく今まで竜宮の奥で秘密として守られてきたことなのだ。
六華は黙ったままの大河にさらに声をかける。
「隊長……。久我さん。教えてください。私は知りたいんです……あなたを……理解したいから」
六華が絞り出した声に、大河はようやく顔を上げる。
「俺を、理解……?」
なぜか不思議そうな顔をしている。
自分が理解されると思っていないのだろうか。人のことを口説くといっておいて本当に不思議な男だ。心を通わせる上で、それは必要不可欠なことだろうに。
(でも、久我さんらしいかも……)
六華の体から力が抜ける。
「そうですよ。話を聞いて、知ったからといってあなたの問題すべてを理解できるわけじゃないけど……それでも私はあなたを放っておけないし、理解した上で、守りたいって本気で思っているんです」
剣の腕は大河のほうが上だ。腕力だっておそらくかなわない。なのに守りたいと思う。
六年前に彼に一方的に恋をしたあの時からずっと――。
六華はこの強くてもろい男を愛し、その心を護りたいと願っていたのだ。
「――お前は本当に変わった女だな」
大河は苦笑して、湯呑から手を放し髪をかき上げる。
「恋なんかできない、する予定もないと言っておきながら、俺にどんどん踏み込んでくる。その結果俺ばかりがお前を好きになっていく」
「久我さん……」
確かに彼の思いに応えるつもりはない六華だが、そういわれると辛い。
そしてはっきりと彼を拒絶しない自分をずるいとも思う。双葉のことはいったん置いておいて、再会した彼と離れたくないというのは自分のひとりのエゴに違いないのだから。
「いや、いいんだ。お前にはお前の事情があるんだろう。だから俺はただお前が好きだと、欲しいと言うだけだ。それでいい」
大河は妙に達観した様子で、むしろ六華が自分に振り向かないことに対してどこか安心したような雰囲気で、そう口にすると、しっかりと背筋を伸ばして六華を正面から見つめた。
「今から話すことは他言無用だ。いいな?」
「はい」
いよいよ本題に入る。
六華はごくりと息をのんで、彼を見つめ返した。
「俺たちが普段使っている、金剛、珊瑚……その他竜が鍛えた武器は、死んだ竜たちをもとに、造られている」
「――」
なにを言われたって驚かないと心に決めたはずだった。
だが大河の言葉は六華の想像をはるかに超えて、忌まわしいものだった。
「死んだ……竜?」
口にするにも恐れ多い。
『死んだ竜』
それはなにかの比喩や暗喩ではないかと、脳がフル回転するが、それらしい考えが思いつかない。
「ああ、そうだ」
だが大河の声はまっすぐで芯があった。
そこには嘘もごまかしもなく、一切の疑問を挟む必要がない事実を告げていた。
「その昔、原始の竜たちは数千年の時を生きた。だが長寿ゆえに種の保存ができず、一度絶滅しかけた。このまま滅びるか、もしくはどんな手段を使ってでも生きながらえるか――。問題はいつまでたっても解決しなかった。それもそうだろう。竜は誇り高い生き物だからな。おいそれと自分の生き方を変えられない……」
まるで自分のことのように、大河は自嘲する。
「だが滅びの未来を知ってから数百年後、とある竜が選んだんだ。力は弱いが繁殖力のある人と交わりながら自分たちの血を保存することを……。それが今の竜宮の二千年を作った、祖というわけだ」
大河の発言は明らかに不敬だった。
竜宮に仕える者――しかも隊長がこのようなことを口にすれば、間違いなく罪に問われるだろう。
だが六華は彼の発言を止めることができなかった。
この二千年、自分たち、人の上に立ちつづけてきた竜の秘密を前にして、六華はどうしてもその先を――知りたいと思ってしまった。
ぞくぞくと、魂の奥底が荒ぶっているような、不思議な感覚が体を包む。
「だが二千年の間に原始の血は薄まり続け、今や竜は数百年も生きることができなくなった。だがそれでも竜は竜だ。その体は死んだ後も、一族を護るために再利用される」
「再利用……?」
腰の珊瑚が、ずっしりと重い。
普段は重さなど感じたこともないというのに――。
「そういえば、お前は最初から金剛の存在に気が付いていたな」
「え?」
最初とはいつのことだろうと一瞬考えて、気が付いた。
ああそうだ。双葉のことを侮辱されて彼と打ち合った時――。
入隊前にも関わらず、久我大河が力を持った刀を持っていると、六華は気が付いたのだ。
(結局、うやむなのままだったけれど……)
そこで大河が意を決したように、椅子から立ち上がった。
「見ていてくれ。静かに……決して声をあげるなよ」
そして彼は自身の両手を自分の顔の前で合わせて、目を閉じる。
「金剛……顕現(けんげん)」
彼がそう口にした瞬間、合わせた手のひらから黒い光があふれだした。
「っ……!」
それは人間という矮小な存在の本能だったのかもしれない。
恐怖。畏怖、恐れ、狼狽。
いろんな感情がごちゃ混ぜになって腹の底からこみあげてくる。
悲鳴をあげなかったのはそんな余裕すら感じなかったからだ。
真の強大な力の前では、指一本動かせない。
ただひざまずいて見上げるだけだ。
大河は両手をゆっくりと左右に開いていく。黒い光とともに、大河の左右の手のひらから、一振りの刀――金剛が姿を現す。
足元から風が巻き起こる。大河の髪が煽られて、ほんの一瞬、この地に竜巻が起こったような気がして、とっさに六華は目を閉じてしまった――のだが。
「見ろ」
低い声が響いて、六華はおそるおそる目を開ける。そこには一振りの美しい刀――金剛を携えた久我大河が立っていたのだった。
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