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上司の秘密が知りたいです。
違和感
しおりを挟む「今度はわたくしの直接の知り合いではありません。内膳司(ないぜんし)で働いている方なんですの!」
内膳司というのは竜の眷属の日々のお食事を作ったり、配膳をしたりする後宮にある役職である。
「いなくなったのはいつ?」
六華の問いに、柚木は「昨晩か、今朝……とにかく昨日の夜まではいたのです!」と、興奮した様子で答える。
竜宮では基本的に二十四時間のシフト制だ。もちろん竜の一族の側仕えともなれば竜宮内に寮があり、そこで暮らしているのだが、基本的に下々のものは通いである。
(また女官がいなくなった……)
六華の背筋に冷たいものが流れる。
光流の口ぶりでは、年に数人程度の話だったはずだ。
だが彼女の友人がいなくなってから、まだそれほど日が立っていない。
(なのに……もう次が?)
得体のしれないなにかが、竜宮を飲み込もうとしている――。
六華はそんな想像をして戸惑ったが、一方玲は冷静だった。
「昨日の今日なら、騒ぐのはどうだろう」
「え?」
軽く肩をすくめて、柚木を見下ろす。
「だって年頃の女の子だろ。つい昨晩飲みすぎたとか、外に恋人がいて羽目を外してしまったとか、ないこともないんじゃないかな」
「――それはそうですけど……」
柚木がしゅんとした顔になる。
「それに柚木さんが知らなくても上司は事情を知っているかもしれない。確かめてる?」
「いえ……出勤していないと聞いてすぐにこちらに来たので」
柚木の瞳が不安そうに揺れた。
「だったらまず内膳司の上司に確認。僕たちは確かに竜宮を護る警備隊の一員だけど、報告するべき順番は守ったほうがいい。わかるだろ?」
「は……はい……」
玲の理路整然とした説明に、女官は完全にしょんぼりとしおれてしまった。
「すみません、わたくしったら……焦ってしまって」
おそらく彼女は玲の役に立ちたかったのだろう。
それを本人からいさめられて、いても立っても居られない気分になったようだ。完全に気落ちしている。
すると玲はふっと笑って、フォローするように彼女の肩に手のひらをのせた。
「ううん、君を叱っているんじゃない。心配してるんだ。ほら……竜宮はとても難しい場所だから。騒いで目を付けられると後々面倒なことになるかもしれない」
そしてやんわりと、彼女の肩を抱き寄せてしまった。
「あっ……」
突然のことに、柚木はぱーっと耳まで赤くして玲を見上げた。
羨望と好意と、羞恥がごちゃまぜになった眼差しだ。そんな目を向けられても、玲は臆することなくにっこりと笑う。
「りっちゃん」
そして玲は六華を振り返ってパチンとウインクをすると、「彼女をそこまで送ってくるから」と言い、柚木と一緒に木々の向こうへと姿を消してしまった。
玲に肩を抱かれていた柚木はふわふわとした足取りだった。
(柚木さんって言ったっけ。恋をしている目だな……。私も久我大河にあんな目を向けているんだろうか)
冷たくなっている手のひらで、自分の頬を挟みゆっくりと息を吐いた。
ひとりになり、いなくなった女官のことを考える。
(内膳司かぁ……。殿上人ではない、官吏の娘ってところかな)
後宮で働く女官といっても、皆が皆、貴族の娘というわけではない。
竜王や皇太子に側仕える女官はお手が付く可能性が非常に高いため、名だたる貴族の娘や縁者で占められているが、彼らにお目通りなど一生ないような下働きは官吏の娘や、貴族のコネでやってくるものがほとんどだった。
なので双葉のような例は前代未聞でもあるのだが――。
(内膳司の仕事が辛くて逃げた……?)
確かに大変といえば大変だろうが、果たしてそんな単純な問題だろうか。
その女官のことを考えると、ざらり、と思考にひっかかる感触がある。
(うん?)
違和感に胸のあたりを手のひらで押さえる。
(たった今、大事なことを聞き逃してしまったような……見逃してしまったような)
六華は柚木の言葉を必死で思い出そうと考えるが、結局ふわふわとした漠然としたなにかは六華の目の前を通り抜けて、霞のように消えてしまった。
正体を確かめようと思ったのに、しっぽすらつかめない。
「あーっ、もうっ……わかんないなー!」
頭脳派ではない自分が情けない。
くしゃりと前髪に指を入れて、六華はぎゅっと目を閉じる。
(お姉ちゃんへの脅迫状。結界を破って姿を現した鵺……以前からたびたびあったという、女官の失踪……そしてそれを気にも留めないという、竜宮の思惑……)
考えただけで胃が痛くなりそうだが、この竜宮に渦巻く人々の思惑は単純なものではないのだ。
姉を護りたいというただそれだけで入った竜宮警備隊だが、ただ姉のことだけ見ていればいいわけではないことを、六華はこの半年で学んでいた。
返り血で染まった大河が目に浮かぶ。
大河がなにを考えて警備隊に入隊したのかわからないが、他人の言葉にただ流されてくるような男ではないはずだ。
きっと彼には彼なりの目的、そして使命があって竜宮を護っている。
(だったら私は、そんな彼を支えたい)
剣は大河の足元にも及ばないが、自分にはまだやれることがあるはずだ。
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