51 / 88
上司の秘密が知りたいです。
六華の決意
しおりを挟む(いやいやいや!)
六華は慌てて肩にかけられたコートと脱いで、大河に差し出す。
「大丈夫です!」
寒くないと言ったら嘘になるが、隊長に負担をかけてまで暖をとりたくない。
「そんなくしゃみしておいてなにが大丈夫だ。大人しく着ておけ」
差し出されたコートを乱暴に押し返す大河も、決して譲る気はないようだった。
「私は脂肪があるので!」
「俺だって筋肉がある」
「脂肪のほうが氷河期には強いんですよ! 寒いと恐竜だって死ぬんです!」
だからなんだといいたくなるような子供じみた応戦をしつつ、ふたりでじたばたと軽くもみ合った後――。
大河が「強情だな、お前は……」と深々とため息をついて、コートを両手でつかんで自分の肩に羽織った。
やっとわかってくれたのかと六華がほっとした次の瞬間、大河はコートを肩に乗せた手で、六華の体を後ろから抱きよせる。
「!?」
まるで雛を温める母鳥のように、大河は六華を懐に仕舞ってしまったのだった。
「これでいいだろ」
背後から耳元でささやく。
大河と体が触れて背中から熱が伝わってくる。
「いいだろって……」
確かに体を近づけるだけで相当暖かいが、好きな男にこんなことをされて平静でいられるはずがない。
「お前も暖かいし、俺もそうだ」
大河の唇からこぼれる吐息が六華の耳元にふれる。
六華は目を白黒させながら必死に言葉を繰り出す。
「確かにあったかいですけど! これじゃ、不測の事態の時、どうするんですかっ……!」
六華は大河の右側に包み込まれている。
軽く身を引いて剣を抜くことは可能ではあるが、そのほんの数秒の遅れが大河の身を危うくさせるのではないかと六華は不安になったのだ。
「俺は大丈夫だ。絶対に後れをとらない」
だが大河はあっさりと首を振る。
「本当ですか、それ?」
なにも大河の腕を疑っているわけではないが、絶対だなんて、なぜ言い切れるのか不思議だった。
「俺が勝てない存在は、この国では片手以下だ。そしてその方々は、決して自らが剣を持つことはない」
それは己の強さを誇っているような声色ではなかった。
むしろどこか諦めているような、その現実をただ受け入れるしかないというような、諦観にも似ていて――。
(決して自らが剣を持つことはない方々……?)
六華は肩越しに大河を振り返る。
「それってまるで……」
大河は六華が振り返っても見返してくることはなかった。
まっすぐに前を見た大河の目には、どんな色も浮かんではいなかった。
(あ……)
彼のこの表情を見るのは二度目だ。
一度目は久我大河と行った後宮での晩さん会。竜の皇太子である璃緋斗が会場に現れたとき、彼はこんな目をしていなかっただろうか。
そこにはなにもないと言わんばかりの、冷めた眼差し。荒れた感情を別の色で強引に塗りつぶして、なかったことにするような虚無。
六華はなぜか唐突に怖くなった。
彼が目の前にいるのに消えてなくなるような気がした。
それはそう遠くない未来で、そのことを六華は死ぬまで悔やんで、一生を終えるだろうというような――予感。
「隊長っ……」
呼びかけた声に不穏な気配があったのかもしれない。
大河の目にふっと生気が戻ってきて、ちらりと六華に向けられる。
「――そういえば。来週の水曜日、メシでもどうだ」
「えっ?」
「俺の休みがいまいち怪しくて決められなかったんだが。落ち着いてきたからどうかと思ってな。だめか?」
大河が軽く目を細めて問いかける。
「い、いえ、全然……大丈夫ですっ」
六華はぶんぶんと首を振る。それを見て大河はふわっと花が咲くように笑って、唇に笑みを浮かべた。
「じゃあ、店を予約しておく」
「はい……」
六華はこくりとうなずいた。
ただ、一緒に食事ができるなんて嬉しくてたまらないのは本当だが、なんとなくごまかされた気がした。
(いや……ごまかしたというよりも、今はその時ではないということなのかもしれない)
大河は『知りたいのに知られたくないのはフェアじゃない』と前置きをして、六華に自分の過去の話をしてくれた。
だから六華が勇気を振り絞って彼にどんどん踏み込めば、話してくれる気でいるのかもしれない。
(でも、私がそれをしないのは……勇気がもてないからだ)
正直、久我大河は謎だらけだ。
飛鳥という友人がひとりいることは知っているが、竜宮警備隊の三番隊隊長というエリート職にありながら経歴がまったくわからない。
どこで生まれ育ったのか。
両親は、家族は?
子どものころ、警備隊出身の山尾に面倒を見てもらっていたというくらいだからそれなりの身分だとは思うが、貴族の玲は『久我大河という名前を聞いたことがない』と言っていた。
一年間、空白だった竜宮警備隊の隊長職につくために突然やってきた、謎の美丈夫。
それが久我大河という男で。
そして六華の初恋で、世界で一番大事な息子の父親なのである。
いつまでもこのままでいいはずがないのはわかっているが、不安が先に立ってこれまで受け身でしかいられなかった。
(でも……このまま知らないふり、見て見ぬふりをしていていいはずがないんだ)
食事に誘われたのはいい機会でもある。
少しずつ、自分の意志で――彼を知りたい。そして彼が抱えるなにかを、理解したい。
「あの、久我さ……」
六華が彼の名を呼びかけようとした瞬間、ブーンと小さな振動が背中越しに伝わってくる。
「――ん?」
久我大河がかすかに体を動かして胸元に手をやる。業務用のスマホだ。彼はすぐにそれを耳に押し当てる。
「久我だ。どうした? ん……ああ、そうか。わかった、すぐに行く」
大河は電話を切って「呼び出しだ」と告げる。
「代わりの人間がすぐに来る」
「――わかりました」
どうやら彼と二人の時間はもう終わりらしい。
(残念だな……)
六華が彼の腕から離れると、久我大河は肩に羽織っていたコートを手早く脱いで、そのまま六華を正面から包み込む。
「着てろ」
吐息ではない。低い声が、久我大河の唇が六華の耳たぶに確実に触れた。
「……っ!」
ぎゅっと背中を抱きしめられて、六華は体を震わせたが、大河は何事もなかったかのようにさっと腕を離し、「じゃあな」と駆け出していく。
「もうっ……」
顔が熱い。めちゃくちゃ熱い。
六華は手の甲で頬や額を押さえながら、その背中を見送ったのだった。
0
お気に入りに追加
1,458
あなたにおすすめの小説
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
英雄になった夫が妻子と帰還するそうです
白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。
愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。
好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。
今、目の前にいる人は誰なのだろう?
ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。
珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥)
ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる