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最初の晩餐
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サニーは藁から顔だけを出して、大きなパンにかぶりついた。
よほどお腹をすかせていたのだろう。
僕より大きな口をあけたんじゃないだろうか。
胸に抱けるほどの大きなパンも、ひと口でずいぶんかけたから驚いた。
嬉しそうな笑みと膨らんだほっぺは可愛いけれど、あいにくそこは僕のベッドだ。
ご飯を食べるところじゃない。
「わっ……どうしたの?」
「パンは暖炉の前でどうぞ。僕はきれい好きなんだ」
藁の山から顔を出すサニーの襟をくわえて、宙ぶらりんのまま暖炉の前に運んだ。
どんなに驚いてもパンを手放さないからすごい。
「驚いた。はじめて空を飛んだわ?」
「僕だって、はじめて人間の女の子と話をしたよ」
「わたしだって、はじめて動物と話をしたわ?」
「僕だって、はじめてこの城に生き物を招待した」
「二百年も生きているのに?」
そうだ。僕は、
「二百年。お母さんが死んでからだと、一八九年か。ここにはだれも来たことはなかった」
サニーと話すのは楽しい。
僕は嬉しかったのだ。
だれかと話をするのは、一八九年ぶりなのだから。
友達だって欲しい。
今日からサニーと暮らせると思うと、すごくワクワクする。
サニーも嬉しいだろうか。
「……サニー?」
どんな顔をしているのか見てみようと、首を下げて顔を覗き込んだ。
サニーはあれだけ手放さなかったトコモロコシのパンを床に置いて、手が届くほど近くにある僕の顔を胸に抱いてくれた。
突然で、驚いた。
でも、心臓の音は心地いい。
その音は、お母さんと同じ音だ。
人の温もりも、お母さんの温もりも、同じ。
「寂しかったのね。でも、今日からはわたしが話し相手。あなたもわたしも寂しくないわ」
「サニー、なんだか恥ずかしいよ。僕はもう子供じゃない」
「優しいキリンさん。わたし、あなた好きよ」
あのころ、僕はいくつだっただろうか。
ぼんやりと思い出すのは、電車の中の風景だ。
いつもの電車の、いつもの席。
そこから、憧れだった女の子を眺めていた。
年ごろはちょうど、サニーと同じくらいか。
それなら僕も、同じ年ごろで死んだのか。
僕のおでこに小さな顔を擦り、サニーは鼻に可愛らしくキスをしてくれた。
人間だったら大変なことだ。
この世の女の子は少し大胆なのかもしれない。
動物でよかった。
パンを拾って、今度は床で休む僕の翼の中に潜り込んだ。
サニーはあたたかいこの場所が好きらしい。
ここもご飯を食べる場所ではないが、ちぎっては僕の口に運んでくれる。またちぎっては自分の口へ。
ころころと転がりながら、行儀悪くパンをたいらげた。
「あぁおいしかった。お腹いっぱい」
ぐぅ……――
まだまだ足りないようだ。
「少しあたたまったら、外に出て食べ物を探そう。サニーは葉や草を食べないだろうから」
「うん。……そうだわ、暖炉があるんですもの。火を焚きましょうよ」
「火か……、僕は火が怖いんだ」
「怖い? それならいいわ、大丈夫」
火が怖い。
動物だからなのか。
それともあの日、火の中で死んでしまったからか。
火。そうだった。僕は、火の中で死んだ。
でも、火があればあたたかいスープやご飯が作れるのか。
トコモロコシのパンは、とても美味しかった。
もう一度食べたい。
薪はないけれど、枝なら城の外にたくさん落ちている。
サニーは火の焚き方を知っているだろう。
今日からは、そばにサニーがいる。
「サニー、火を焚こう」
「いいのよ。あなたの翼の中に入っていれば、寒くなんてないわ」
「ずっとそこにいてもいい。でも、もう一度トコモロコシのパンが食べたい。今度はできたての、ふわふわが食べたいんだよ」
サニーは少し照れた。
もじもじしながら、言った。
「美味しかった?」
「うん。ほんのり甘くて。外はカリカリ、中もカリカリだ」
クッキーみたいだった。
本当はもっとふんわりしているのだろう。
失敗だよあれは。
「あれは失敗したのよ?」
やっぱり。
笑った顔が見たかっただけだ。
「だからもう一度作ってほしい。カリカリも美味しかった」
僕は歯が丈夫だ。
サニーがいればきっと火も怖くない。
一緒にあたたかい暖炉の前で、あたたかいスープやトコモロコシのパンを食べてみたい。
そして食事をしながら、僕はひとつ、サニーに問いたい。
雲の下の動物の世がどうなってしまったのか、聞いてみたいのだ。
よほどお腹をすかせていたのだろう。
僕より大きな口をあけたんじゃないだろうか。
胸に抱けるほどの大きなパンも、ひと口でずいぶんかけたから驚いた。
嬉しそうな笑みと膨らんだほっぺは可愛いけれど、あいにくそこは僕のベッドだ。
ご飯を食べるところじゃない。
「わっ……どうしたの?」
「パンは暖炉の前でどうぞ。僕はきれい好きなんだ」
藁の山から顔を出すサニーの襟をくわえて、宙ぶらりんのまま暖炉の前に運んだ。
どんなに驚いてもパンを手放さないからすごい。
「驚いた。はじめて空を飛んだわ?」
「僕だって、はじめて人間の女の子と話をしたよ」
「わたしだって、はじめて動物と話をしたわ?」
「僕だって、はじめてこの城に生き物を招待した」
「二百年も生きているのに?」
そうだ。僕は、
「二百年。お母さんが死んでからだと、一八九年か。ここにはだれも来たことはなかった」
サニーと話すのは楽しい。
僕は嬉しかったのだ。
だれかと話をするのは、一八九年ぶりなのだから。
友達だって欲しい。
今日からサニーと暮らせると思うと、すごくワクワクする。
サニーも嬉しいだろうか。
「……サニー?」
どんな顔をしているのか見てみようと、首を下げて顔を覗き込んだ。
サニーはあれだけ手放さなかったトコモロコシのパンを床に置いて、手が届くほど近くにある僕の顔を胸に抱いてくれた。
突然で、驚いた。
でも、心臓の音は心地いい。
その音は、お母さんと同じ音だ。
人の温もりも、お母さんの温もりも、同じ。
「寂しかったのね。でも、今日からはわたしが話し相手。あなたもわたしも寂しくないわ」
「サニー、なんだか恥ずかしいよ。僕はもう子供じゃない」
「優しいキリンさん。わたし、あなた好きよ」
あのころ、僕はいくつだっただろうか。
ぼんやりと思い出すのは、電車の中の風景だ。
いつもの電車の、いつもの席。
そこから、憧れだった女の子を眺めていた。
年ごろはちょうど、サニーと同じくらいか。
それなら僕も、同じ年ごろで死んだのか。
僕のおでこに小さな顔を擦り、サニーは鼻に可愛らしくキスをしてくれた。
人間だったら大変なことだ。
この世の女の子は少し大胆なのかもしれない。
動物でよかった。
パンを拾って、今度は床で休む僕の翼の中に潜り込んだ。
サニーはあたたかいこの場所が好きらしい。
ここもご飯を食べる場所ではないが、ちぎっては僕の口に運んでくれる。またちぎっては自分の口へ。
ころころと転がりながら、行儀悪くパンをたいらげた。
「あぁおいしかった。お腹いっぱい」
ぐぅ……――
まだまだ足りないようだ。
「少しあたたまったら、外に出て食べ物を探そう。サニーは葉や草を食べないだろうから」
「うん。……そうだわ、暖炉があるんですもの。火を焚きましょうよ」
「火か……、僕は火が怖いんだ」
「怖い? それならいいわ、大丈夫」
火が怖い。
動物だからなのか。
それともあの日、火の中で死んでしまったからか。
火。そうだった。僕は、火の中で死んだ。
でも、火があればあたたかいスープやご飯が作れるのか。
トコモロコシのパンは、とても美味しかった。
もう一度食べたい。
薪はないけれど、枝なら城の外にたくさん落ちている。
サニーは火の焚き方を知っているだろう。
今日からは、そばにサニーがいる。
「サニー、火を焚こう」
「いいのよ。あなたの翼の中に入っていれば、寒くなんてないわ」
「ずっとそこにいてもいい。でも、もう一度トコモロコシのパンが食べたい。今度はできたての、ふわふわが食べたいんだよ」
サニーは少し照れた。
もじもじしながら、言った。
「美味しかった?」
「うん。ほんのり甘くて。外はカリカリ、中もカリカリだ」
クッキーみたいだった。
本当はもっとふんわりしているのだろう。
失敗だよあれは。
「あれは失敗したのよ?」
やっぱり。
笑った顔が見たかっただけだ。
「だからもう一度作ってほしい。カリカリも美味しかった」
僕は歯が丈夫だ。
サニーがいればきっと火も怖くない。
一緒にあたたかい暖炉の前で、あたたかいスープやトコモロコシのパンを食べてみたい。
そして食事をしながら、僕はひとつ、サニーに問いたい。
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