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第一幕 一節
愛い子や眠れ
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――頭を撫でられる感触に、そっと目蓋を持ち上げた。
一番初めに目にした、木目の天井だ。
「おや、目が覚めたかい?」
ずい、と目の前に現れた人外染みた美しい男にデジャビュを感じる。
「……夢浮橋様」
「うむ、俺だ。もっと気軽に呼んでくれても構わないのだぞ?」
「神様に大して、気軽に、というのも……」
柔らかく髪を梳く手のひらが心地よい。
「突然意識を失うモノだから驚いたよ。無理をさせ過ぎたなぁ……紅葉なんて大慌てで酒をひっくり返していたぞ」
はっはっは、と笑う。
室内は薄暗い。夜、だろうか。そもそも神の領域に朝や夜という概念があるのだろうか。
「私は、かえれないんですか?」
ぽつりと呟かれたそれは静かな和室によく響いた。
「かえりたい、とな?」髪を梳いていた手がぴたっと止まった。ずん、と室内の空気が重くなったように感じる。否、夢浮橋が威圧感を放っていた。
「かえりたいと、俺の元から去ると申すか」
「っ……私は、私は何も知りません。なぜ神様方が私のことを主と呼ぶのかも、――夢浮橋様が、私に執着なさるのかも」
「知らなくて良いのだ。我らはそなたを主として見定めた。ここもそなたを主と認めた。それだけだ。深き森で倒れていた主様を拾ったのは俺だ。捨てられていたモノを拾っただけだ。何が悪い? 主様のかえる場所は俺の元だ。それ以外に認めなどせぬ」
幼い子供に言い聞かせるような優しい声なのに、どうしてだろう、怖くて堪らなかった。蒼い目をいっぱいに見開いて、目尻に涙を滲ませる。
「あぁ、すまぬ、すまぬ。怖がらせるつもりはなかったのだ。主様がかえるなんて言うから」
よしよし、と頭を撫でられる。なんだか体が小さくなってから、感情の制御ができなくなっている気がする。恐怖を押し殺せない、隠せない。恐怖も、不安も、何もかもが涙と一緒になって流れていく。
「なぁ、主様。俺は、俺たちは、俺たちの主様である限り大切にする。ずっと愛せる。愛でられる。だから、かえるなんて言わないでおくれ」
どこか、懇願しているようにも聞こえた。
「……どうして、そこまで」
「主様だからだ。初めて見たとき、見つけたとき、運命だと、離したくないと感じた」
ずっと、ここに居ておくれよ。笑っているのに、泣いているみたいだった。
「ずっと、は無理かもしれません……。私が、帰るまでなら、ここから居なくならないと約束します。それで、ゆるしてはくれませんか……?」
きっと、いつか帰れる日が来る。そう信じなければ絶望に呑まれてしまいそうだった。
「……そうだな。かえることができたら、なぁ」
疲れているだろう、今はゆっくり休むといい。起きたら、話をしよう。眠りを促す声に、だんだんと目蓋が重くなってくる。
愛い子や眠れ
よくよく眠れ
てうが夢まで誘うてやろう
愛い子や眠れ
よくよく眠れ
一番初めに目にした、木目の天井だ。
「おや、目が覚めたかい?」
ずい、と目の前に現れた人外染みた美しい男にデジャビュを感じる。
「……夢浮橋様」
「うむ、俺だ。もっと気軽に呼んでくれても構わないのだぞ?」
「神様に大して、気軽に、というのも……」
柔らかく髪を梳く手のひらが心地よい。
「突然意識を失うモノだから驚いたよ。無理をさせ過ぎたなぁ……紅葉なんて大慌てで酒をひっくり返していたぞ」
はっはっは、と笑う。
室内は薄暗い。夜、だろうか。そもそも神の領域に朝や夜という概念があるのだろうか。
「私は、かえれないんですか?」
ぽつりと呟かれたそれは静かな和室によく響いた。
「かえりたい、とな?」髪を梳いていた手がぴたっと止まった。ずん、と室内の空気が重くなったように感じる。否、夢浮橋が威圧感を放っていた。
「かえりたいと、俺の元から去ると申すか」
「っ……私は、私は何も知りません。なぜ神様方が私のことを主と呼ぶのかも、――夢浮橋様が、私に執着なさるのかも」
「知らなくて良いのだ。我らはそなたを主として見定めた。ここもそなたを主と認めた。それだけだ。深き森で倒れていた主様を拾ったのは俺だ。捨てられていたモノを拾っただけだ。何が悪い? 主様のかえる場所は俺の元だ。それ以外に認めなどせぬ」
幼い子供に言い聞かせるような優しい声なのに、どうしてだろう、怖くて堪らなかった。蒼い目をいっぱいに見開いて、目尻に涙を滲ませる。
「あぁ、すまぬ、すまぬ。怖がらせるつもりはなかったのだ。主様がかえるなんて言うから」
よしよし、と頭を撫でられる。なんだか体が小さくなってから、感情の制御ができなくなっている気がする。恐怖を押し殺せない、隠せない。恐怖も、不安も、何もかもが涙と一緒になって流れていく。
「なぁ、主様。俺は、俺たちは、俺たちの主様である限り大切にする。ずっと愛せる。愛でられる。だから、かえるなんて言わないでおくれ」
どこか、懇願しているようにも聞こえた。
「……どうして、そこまで」
「主様だからだ。初めて見たとき、見つけたとき、運命だと、離したくないと感じた」
ずっと、ここに居ておくれよ。笑っているのに、泣いているみたいだった。
「ずっと、は無理かもしれません……。私が、帰るまでなら、ここから居なくならないと約束します。それで、ゆるしてはくれませんか……?」
きっと、いつか帰れる日が来る。そう信じなければ絶望に呑まれてしまいそうだった。
「……そうだな。かえることができたら、なぁ」
疲れているだろう、今はゆっくり休むといい。起きたら、話をしよう。眠りを促す声に、だんだんと目蓋が重くなってくる。
愛い子や眠れ
よくよく眠れ
てうが夢まで誘うてやろう
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よくよく眠れ
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