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番外編
図書室の司書先生2
しおりを挟む仏頂面で口数の少ない寡黙な人
喋れば不機嫌そうで怖い。
図書室で騒ぐ生徒は容赦なく追い出す。
今年の春過ぎから臨時で入った。
先生ではない。
いつもマスクしてる。
マスクの下は絶対美青年に違いない。
斎藤が一週間で集めた、"土岐先生"に関する情報だった。余りにも少ない、微々たる情報に斎藤は満足できなかった。下の名前すら分からないってどういうことだ。
「土岐さん、名前もわからなけりゃ年齢もわかんなかったんスけど」
不満たらたらに唇を尖らせた斎藤に、眇めた視線を送る。生徒に好かれる性格ではないと自覚しているゆえに、どうしてこの生徒が「土岐さん、土岐さん!」と慕ってくるのかわからなかった。
図書室の受付カウンターの奥にある司書室のソファに我が物顔で座り、惣菜パンを食べている男子生徒を見ながら不思議に思う。
自身が在学していた頃にいた先生たちは、二人を残して代わってしまっていた。本当は、この臨時業務だって土岐が請け負うはずじゃなかった。日元が柔らかく優しい女性職員が臨時として派遣されるはずだったのを、どこから聞きつけたのかかつての担任だった国語教師に乞われて土岐が派遣されることになってしまったのだ。
今更、学生と馴染めるとも思えないのですが、と言えば元担任は「土岐にそういうことは期待していないから安心するといいよ」とかなんとか失礼なことを言ってきた。いや、失礼だろ。
「君は僕のことを知ってどうするつもりなのさ。僕のことなんて知っても面白くないよ」
「キョーミあるんですって。ほら、親睦を深めはしようよ!」
「イヤだよ、男同士で親睦なんて……」
持たされた弁当を食べながら、げんなりと溜め息を吐く。
栄養バランスも良く、彩り豊かなお弁当の中身に毎朝毎朝よく作るものだと感心する。
「土岐さんのそれって手作り?」
「まあね。あげないよ」
「いらないって! オレいっぱいあるし。彼女さんが作ってんの? え、てか、結婚してるんスか?」
ちらり、と自身の左手を見る。薬指にリングなんてついていないのに、何を持って結婚だなんて言っているんだか。
「残念ながら彼女はいないよ。結婚もしてない」
「じゃー、お母さんとか?」
「……この歳で母親に弁当作ってもらうとか、恥ずかしすぎるでしょ。これは……ルームシェアしてる奴がついでだからって作ってくの」
危うく、同棲と言いかけるところだった。なぜか自身に興味津々の斎藤にわざわざ餌をくれてやるつもりはない。
運が良いのか悪いのか、元担任は斎藤の現担任のようだったから、彼からもいろいろ話を聞いている。教室で土岐んについて聞きまわっているとかなんとか。
クラスではムードメーカー的存在で、それほど成績も悪くない。顔も整ているほうだ。わりとモテているよ。ま、三年の頃の土岐には負けるけど、とお茶をしながら言われた。確かに、モていた自覚はあるがあの頃はそういうのに興味がなかったから、付き合う以前のお話だった。
「ルームシェア、って男と?」
「そうだけど」
かすかに目を見開き、驚いた様子に首を傾げる。
「土岐さん、潔癖っぽいからルームシェアとか無理そーって思ってたのに」
「潔癖なのは否めないな。まぁ、ルームシェアしてそろそろ十年くらいになるから、あいつに慣れたっていうか、あいつが慣れたというか」
「……随分、仲いいんスね」
ムスっと拗ねた齊藤がおかしくて笑いが零れた。仲が良くないとルームシェアなんてしないというのに。
「なんか、オレの勝手なイメージなんスけど、土岐さんは人間なんて嫌い! って感じしてたから仲イイ人いるとかチョー意外」
「僕だって、ただの人間だよ」
ルームシェアを持ちかけたのは唯一無二の姉である。
高校卒業してすぐ。「フランスに留学するから、めぐちゃんはあっくんのところでお世話になってね」と置手紙と共に姉がいなくなって、半狂乱になったところをアイツに-暁に保護された。捕獲と言ってもいいかもしれない。てっきり、同じ大学に進むものと思っていたから、入学式に向かって、いつまでも姉が来なくって、帰ってみたらいなかった。だからなおさら驚きと動揺で混乱してしまったのだ。
「まぁ、それなりの付き合いだから」
「土岐さんにそんな表情させる奴が、羨ましいなァ」
がじ、と焼きそばパンを噛み千切った齊藤は不機嫌を体で表していた、
じっとりと弁当を見つめる齊藤の目が怖い。
「齊藤君、」怪訝に、声をかけた。
「あ、なーに?」
ぱっと、笑顔を浮かべる。笑えば目尻にシワが寄って、可愛い印象になる。柴犬みたい、と女子生徒が言うのも分かる気がした。
ああ、嫌な気持ちだ。他人の感情には機敏なほうである。好きだ惚れたは、一番厄介だ。
「放課後は来なくてもいいよ」
え、と表情を固まらせた。どうしてそんなこというの、と表情の抜け落ちた顔で呟く。
「部活があるんでしょ。聞いたら大会前なんだってね。どうせ、放課後にやる事と言えば図書の返却と施錠くらいだから」
「なッんでそんなこと言うんだよ!」
ローテーブルが大きく揺れた。勢いつけて立ち上がった齊藤は机を乗り越えて土岐に迫る。かじっていたパンは床に放られて、袋から飛び出していた。
上背があって、毎日部活に精を出しているだけあり体格もいい。引きこもりの土岐と違って、しっかりと筋肉のついた体で抑えこまれたら逃げる事もできない。二の腕をがっしりと掴まれて、ソファの背もたれに押し付けられる。痛いくらい、二の腕を握られて整った顔が歪んだ
「ねぇ、オレ、土岐さんのことが好きになっちゃったみたいなんだ」
黒々とした瞳は、情欲に浮かされている、アイツが、よくそんな色を浮かべて僕のことを見てきた。その色によく似ていて、年下に迫られる情けなさと、身動きのできない恐怖に頭が混乱して思考がめちゃくちゃだ。
「そ、それはっ! 君の勘違いだ。学校という閉鎖空間で、僕というあたらしい興味を引く奴がいたから、」
「勝手にオレの感情を決めつけんなよ!!」
激しい叫びに言葉を遮られた。土岐からしてみれば、惚れる要素なんて顔くらいしかないと思っている。性格が良いわけでもない。一体どこに惹かれたと言うんだ。
目を白黒させて、そっと青年を見やる。
眉を顰めた、悲しくて苦しそうな表情だ。どうして、君がそんな顔をする必要があるの。
「たった一週間だけど、それでもオレは土岐さんのことが好きだって思ったんだ。性別なんて今更関係ない。好き。好き、土岐さん」
年甲斐もなく、顔が熱くなった。十歳も下の男の子に好きだと言われて、気持ちが昂るなんて本来あってはいけないことだ。
嫉妬深いアイツに、そんなのが知られたらただではすまないだろう。けれど、何をされるのかと考えれば考えるほど体が熱くなった。目の前にいるのは年下の生徒なのに、頭の中ではアイツの姿がくっきりと浮かんでいる。口の端を引き攣らせて、罪悪感から目をさ迷わせた。
白い肌がぽってりと赤く色つき、同性であるのに自分にはない色気を土岐に感じた齊藤はごくりと喉を鳴らす。
「土岐さ、」紡ぎかけた言葉は、響き渡る鐘の音に遮られた。
「……授業、行っておいで」
「土岐さん、」
「遅刻をしたら怒られるよ。放課後、来なくていいから」
ぴしゃり、と齊藤に口を開かせずに無理やり腕をどける。強い力で掴まれていたところがジンジンと熱を持って痛い。もしかしたら赤く痣になっているかもしれない。帰ってからが怖いなぁ、と。土岐の意識はすでに違う方向へと向かっていた。
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