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花籠の泥人形

✿02✿ ※22.10.13追記

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 ウィンターホリデーが、始まった。始まってしまった。世の学生ならば両手を上げて喜ぶのだろうけど、この先に待ち受ける高い山と深い谷を想像しては溜め息を飲み込んだ。

 僕はエディとともに、聖女様と謁見するために北の雪原、不可侵領域と呼ばれる純白の大聖教会を訪れていた。
 僕にとっての、第一関門である。

「ようこそ、お越しくださいました。お久しぶりですね、エドワード王子殿下、ロズリア様」

 一面の雪景色に溶けてしまいそうな純白の装束を身にまとったフィアナティア嬢が、緩やかな笑みを浮かべて出迎えてくれる。
 秋の姉妹校交流会では大変お世話になったうちのひとりだ。彼女のおかげで、悪魔によって負った怪我が完治していると言っても同然だ。

 どこもかしこも白、白、白。それに加えて雪、雪、一面の雪。
 年がら年中、白雪に閉ざされた聖域は静謐で神聖な空気に包まれていて、僕の中に存在するモノが反応しているのか、少しだけ息苦しさを感じた。
 白亜の建物に鮮やかなステンドグラスが光を映して色を描く。光の魔法で照らされた大聖教会内をフィアナティア嬢に案内されていく。

 静寂は愛するものだけれど、静かすぎるのも嫌だな、と口を噤んだ。
 あまりにも静かすぎる空間に、三人分の足音とフィアナティア嬢の声だけが響いていく。
 通り過ぎる人々はフィアナティア嬢の姿を見止めると、その場に膝をついて頭を垂れた。そこにあるのは純粋な敬い尊ぶ気持ち。白い衣装だからか、交流会でお会いしたときよりも眩く輝いているように見える。

「お二人は私の賓客です。この大聖教会では誰もが平等で、貴族だとか庶民だとか、身分も関係ありません。聖域での争いはご法度。心優しく穏やかに、聖母マリアの庇護に置かれた私たちは嫉妬することも悪意持って働くこともありません」

「だから、安心して大丈夫ですよ」と苦笑いを浮かべたフィアナティア嬢に言葉を呑みこんだ。僕が何を思い考えていたのか、お見通しだったらしい。
 乱暴は働かれない。強要もされない。口に出して明確に示してくれたおかげで、僕の中の不安は少しだけ解消された。

 僕の、腹の奥に救う闇の卵について、どのように説明をしたかわからないが、モルモットみたいに扱われるんじゃないかと不安だった。
 聖女様に対して不敬だと言われてもしかたないけど、だって、何をされるのかわからないことが一番恐ろしい。

「当代の聖女様には、私も式典の際に何度かお会いしたことがある。ヴィンスが心配するようなことは何も起こらないから安心して。それに、もし何かあっても私が絶対に守るから」
「何かあると思われていること自体がよろしくないんですけれどねぇ。何も起こさないし、起こさせないから、大丈夫ですよ。――はい、着きました。客室の一室ですが、特に何もお尋ねしなかったのですけれど同じお部屋でよろしかったですよね?」
「かまわないよ」

 木の大きな扉を開けると、広いワンルームが目に入った。
 天蓋付きのクイーンベッドに、窓際にカフェスペースがあって、二人並んで座っても余裕のあるドレッサー。まるでお姫様の寝室みたいな部屋に頬が引き攣る。

 エディと一緒にいるとロイヤルクオリティのおこぼれに預かることはよくある。王子殿下エドワード伯爵家次男ヴィンセントか、どちらにクオリティを合わせるかと言われればエドワードに合わせるだろう。

「聖女・マリベル様との謁見は明日の正午を予定しています。お部屋にもシャワールームはございますが、来会者用の大浴場もオススメいたしますわ。もし入浴をご希望されるなら、今から準備いたしますがいかがなさいますか?」
「部屋のシャワーでも私はかまわないけど」
「ちなみにですが、大浴場の天井はガラス張りになっておりまして、夜になると満点の星空を眺めながら入浴できますよ」

 白と雪に包まれた北の雪原は、夜になると不思議と空は晴れて、美しい星空と、運がよければオーロラも目にすることができるという。
 再度小首を傾げたフィアナティア嬢と数秒見つめあったエディは、満面の笑みを浮かべて「大浴場にするよ」と頷いた。ろくでもないことを考えているんだろう。目と目で何を会話したのか。

「では、お夕食の後にご案内いたしますね。何かございましたらベルを鳴らしてください。私か、アイリスかリコリスがお尋ねしますので。それではどうぞ、お寛ぎください」

 やけに「ごゆっくり」と語気を強調していったフィアナティア嬢。彼女が立ち去ると、華やかな空気がとたんに静けさを増して、広い部屋の中に僕とエドワードだけがぽつんと残される。
 無意識に緊張していたんだろう。強張っていた肩に詰まっていた喉が緩んで、思わず大きな溜め息をこぼしてしまった。

「疲れたかい?」
「……転移魔法もそうですけど、初めての場所はいつだって緊張します」
「プチ旅行だと思って楽しもうよ。寮部屋でも、学園でもない場所でお前と一緒というのは新鮮だね。私はずっとワクワクしてるよ」

 滞在期間は三泊四日。
 一日目は聖女様と会うためには身を清めなくてはならないので禊のための準備日だ。二日目の昼に謁見をして、夜に食事会が開かれる。三日目はお昼頃を目途に、お暇する予定だ。

 慣れない場所から早く立ち去りたいけど、そうしたら家に帰るしかない僕はとっても複雑な気持ちである。帰りたいけど帰りたくない。
 今回のこの大聖教会の訪問も、本当なら試験前の予定だったのを家にいる期間をできる限り短くしたかった僕のお願いで無理やりホリデーに食い込ませたのだ。

 エドワードの立てたスケジュールで行けば、ホリデーのはじめに教会での所用を済ませ、僕の実家――ロズリア家へともに赴き、僕の両親へ挨拶をして、ホリデーの残りは僕を連れて王城で過ごすというものだ。
 一応、父には第一王子殿下と共にローザクロス家へ顔を出してから帰ると文を出してはいるが、どうなるかまったく予想できない。

 聖域への足を踏み入れる許可を得られたのはエディと僕だけ。エディの従者(候補)であるアンヘルきょうだいはローザクロス家へ向かう際に合流する手筈となっている。

 慣れない空間に対する疲労から、目についたクイーンベッドにぼすんっと背中から倒れこんで――そのふかふか具合に驚いた。

「やっわらか……!?」

 サラサラのシーツに、ふわふわの羽毛布団。体に沿って沈み込むマットレスはもはやマットレスじゃない。一流シェフの作ったスポンジケーキみたいだ。
 あまりにも柔らかくて気持ちの良いベッドに、手でポスポスと叩いたりゴロゴロ転がってみたり子供みたいにはしゃいで、ともに感動を分かち合いたくて「早く早く!」とエディを手招きした。

「そんなに柔らかい?」
「はい! とってもふわふわ!」

 手が届く位置にまで来たエディの手を掴んで、僕にしては強引に引き寄せた。

「う、わぁ!?」

 ぼふんっ、と柔らかいベッドに沈んだエディの間抜けな姿が面白くって笑いがあふれてしまう。

「……やったなぁ?」

 腕が伸びてきて、胸の中に閉じ込められた。毛布に埋まっていたエディの逆襲だ。

「う、えっ、わぁっ! っふ、ははっ! あははッ」

 ぎゅうっと抱きしめられて、大きな手指が脇腹をくすぐられえる。爪先の整えられたまぁるい指先がシャツをめくってインナーの中に潜り込んできた。浮いたあばらをカリカリと掻かれて、やわやわと好き勝手に動き回る手のひらに笑い声が抑えられない。
 部屋の外が静かすぎるあまり、僕の笑い声も聞こえているんじゃないか。だけど容赦なくくすぐってくるエディにどうにも笑い声を我慢できなかった。

 けたけたきゃらきゃら笑って、ようやく手が止まった頃には息も絶え絶えで目尻から涙があふれていた。

「……エディ」
「なぁに?」
「声、抑えられる自信がないのでダメです」
「私たち以外に来会者はいないようだし、フィアナティア嬢が言ってただろう? お忍びでやってくる来会者のためにも、プライベートの保護の観点から教会の全ての部屋には防音魔法がかけられているって。だから、我慢しなくていいんだよ」

 もちろん、フィアナティア嬢の説明を聞いていた僕も知っている。
 それはそれは綺麗な微笑みを浮かべて僕の服を脱がしにかかる殿下。リボンタイを解き、柔らかなブラウスのボタンをプチプチと外される。白い肌が赤らんで、ドキドキと高鳴る心臓は次のステップに期待している証拠だった。

 柔らかなベッドに横になったままブラウスの前を開かれて、青いリボンが視界を横切った。
 青はエディの色だ。だからつい、青色のリボンを目で追ってしまう。す、とズレた視線に唇を尖らせたエディは、すぐに笑みを浮かべなおして僕の手首に指を滑らせた。

「視界か、手首、どっちがいい?」

 的を得ない問いかけだった。察しの悪い僕は何にも気づいていない。気づいていないったらいないんだ。
 目隠しをされるのか、手首をひとまとめにされるのか、気づいていないったらいない。ドキドキと高鳴り、紅潮する頬。

「え、そ、それは、あの、」

 変にどもって、声が上擦る。期待しているのが丸わかりだった。わからないふりをしている僕に、あえて問いかけるエディは性格が悪い。
 い、いじわるされると興奮してしまうだなんて、言えるわけがないじゃないか!
 太鼓でも鳴っているみたいに心臓がドクドクして、口ごもってしまう。僕、絶対エディのせいで変な扉を開いていってる。目隠しか、手首を拘束されるのか、どっちも捨てがたいと思ってしまっている僕は、着実にマゾヒズムを開拓されている。
 エディにされることはすべからく嬉しいと思ってしまうこのポンコツ常春頭はきっと叩いたって治らない。愛しい戀人のことになると、とたんに脳みそがバカになってしまうのだ。これで何度ベティに呆れられたことだろう。

「選べない?」

 内心を見透かして首を傾げるエディに羞恥で赤面する。嗚呼、エドワードは僕の考えていることなんてお見通しなのだ。

「っ、め、めかくし、で」
「わかった。手首だね」

 あっ、あ~~~! ばれてる。
 ぶわ、と全身に熱が広がって、あ、とか、う、とか、言葉にならない声をあげる僕ににんまりと口の端を釣り上げる。
「ヴィンスはマゾだものね」と嘯かれて、反論の余地もなくマシュマロみたいな毛布に顔をうずめた。

 目をぐるぐるさせて、窓の外はまだ明るいのにだとか、聖域でそんなことをするなんてとか、自分自身への言い訳が浮かんではいくけど、結局口から出ることはなかった。僕はこの先を期待して、気持ちはすっかりその気になっている。
 今ここでやめられたら、むしろ泣いて続きを懇願してしまうだろう。

「ふふ、私へのプレゼントみたいだね」

 きゅ、と。意識をよそに飛ばしていた僕は両の手首は頭の上で、リボンタイでかわいらしくリボン結びにされた。跡が付かないようにと配慮してくださったのか、ブラウスの上から結ばれていて、キツくもないが緩くもなく、僕の手首を飾っている。
 くっと引っ張っても解けそうな様子はなく、結び目は接着剤で固めたかのようにビクともしない。

 ――ろくに抵抗もできず、好き勝手にされるのかな。

 想像してしまった自らの痴態に背筋を快感が走り抜け、無意識に膝の内側をすり合わせた。
 縛られた手首に酔いかけている僕を愛をドロドロに煮詰めて閉じ込めた瞳でエディは見つめる。

「どうしてほしい?」
「ぁ、っン……き、キスを、して、」
「それだけ?」
「え、エドワード様の、お好きなように」
「ウン。わかった。私の好きなようにする」

 濡れた唇が合わせられる。柔らかな下唇を歯が甘く噛んで、うっすらと開いた隙間から熱い舌が差し込まれる。すっかり口の中すら躾けられてしまっている僕は、無意味にあふれてくる唾液を飲み下しながら、短い舌を賢明に伸ばしてエディの舌を歓迎した。
 ぐちゅ、ずちゅ、と人には聞かせられない淫猥で粘着質な水音に鼓膜すら犯されながら、気分が高揚していく。

 何度も交じり合って、わかったことと言えばエディはふわふわきらきら笑いながらいじめっ子気質(つまりサド)で、だってこと。あと、わかりたくなかったけど僕にはマゾの気質がある。知らないままでいたかった。エディは「サドとマゾって、私たち相性抜群だね♡」とか言っていた。
 はいはいそーですね、と流していたけど、実際、ちょっと(控えめな表現)いじめられると、とても興奮すること気が付いてしまった僕が舌の根を噛んだのはつい先日のこと。

 痛いのは嫌だけど、軽く叩かれるくらいなら余裕で興奮して昂ってしまうこの体をどうにかしたいが、エディに「ちょっと痛いくらいがイイ」のがバレてしまってからは着々と快楽を植え付けられてる。
 あまりハードなのは、と引き気味な僕に、エディも「愛のない行為は嫌い」とはっきり明言してくれたので安心である。

 ――つまり、愛のある範囲で、僕はエドワードにられているわけだ。

 昂りすぎて右も左もわからなくなったときに、一度「エドワード様」と呼んでから、エディは嗜虐に満ちた雄の顔でギラギラと僕を仕留めようとしてくる。柔和なエディも素敵だけど、雄味が全開のエドワード様も素敵でキュンキュンした。
 敬称呼びがスイッチなのか、「エドワード様」と呼ぶと、エディはギラついた瞳で僕を射止める。あまり煽りが度が過ぎると、ほんとうに食べられてしまうかもしれない。

 溺れるキスに夢中になっているうちにズボンも脱がされて、はだけたブラウスに靴下と下着一枚という中途半端な恰好になっていた。――この羞恥心すら、今では昂る要素の一つでしかない。

「ふふ、かわいい」

 膝を合わせて、を隠そうとしたふとももの間に体で割って入ってくる。見せつけるような、晒す体勢はいつまで経っても慣れなくて、羞恥が快楽のひとつになるとわかってからはわざと羞恥心を煽るようにエディは僕に触れてくる。
 下着の中で緩くきざしているソコに手のひらで触れて、僕の反応ひとつひとつを目に焼き付けるエディに、恥ずかしくならないわけがない。

 ピクピクと勝手に意思を持って震えるそれに声をかみ殺す。エディに触れられるだけで喜ぶ体は、快楽に素直すぎて自分自身で心配になった。

「着替えはこちらでご用意いたします」とフィアナティア嬢から言われていたため、最終日に着て帰る服しか持ってきていないのをいいことに、下着ごと緩く起ち上がった陽物を握り、扱かれて息が止まった。
 直接触れられるのとまた違う感覚だ。声を噛み殺すけれど、長くは耐えられそうない。生地のざらざらした感触に、敏感なところが擦れて、呼吸をするたび達してしまいそうになる。

「いいよ。イッても」
「や、ぁ……ん、う、う、うぁ、ぁっ、や、だめ、だめですッ」
「ダメじゃない。ほら、イくときはなんていうの?」

 足を閉じて、高まり続ける性感を耐えることもできない。
 ひとり辱められているのに、余裕を崩さないエドワードは僕に「オネダリ」を催促する。これが、恥ずかしくて恥ずかしくて、全身が沸騰してしまうくらい恥ずかしい。

「うっ、ァん、ぼ、僕の」
「ウン。ぼくの?」
「ぼくの……お、おちんちんを慰めて、エディの手でイかせてください……!」
「まぁ、及第点かな。次は、もっといやらしく言えるようにしようね」

 これ以上どうしろと!
 シナプスが焼き切れてしまう。布越しに、ぎゅちゅり、と強く先っぽを指先がえぐって、喘ぎが抑えられない。素直な悦楽に甲高い声が溢れていく。

 殿下の教養に言葉責めのスキルなんて必要ないはずだけど、順調にレベルを上げているエディは僕が喜ぶ言葉を、恥ずかしがる言葉を的確に選んで来るのだ。

 性急に手が上下して、ぱちぱちと神経が痺れて一息に弾けてしまう。

「ッ……!! ん、ぁ、ふっ、ふっ……!」

 意識がふわふわ浮いて、まどろむ中でキスをねだる。
 唾液を交換して、僕の魔力をエディへ、エディが息を僕に吹き込んでくれる。

 僕だけはだけてるのも嫌で、エディのシャツに手を伸ばそうとして、クッと両手が引っ張られる。あぁ、そうだった、結ばれているんだった。
 うまく動かせない両手でボタンを四苦八苦しながら外して、晒された首筋を指先でなぞる。

「エドワード殿下、ロズリア様。大浴場の準備が――」

 トントン、と扉がノックされて、返事をする前にガチャリとドアノブが回った。

「うっうわぁぁぁぁあ!!」
「いっ、だぁっ!?」

 リボンで結ばれた両手を前へ突き出し、突き飛ばされたエディはベッドから半分落ちた状態で扉を半分開いたフィアナティア嬢と目が合った。

「…………あら、失礼いたしましたわ」

 サッと僕とエディを見てにっこりと笑い、「お邪魔致しました」とフィアナティア嬢は扉を閉め、青臭さと羞恥心で真っ赤になった僕はそろりと半分落ちているエディを伺う。。

「……」
「……ヴィンセント」
「び、びっくりしちゃって……」

 ひとまず、リボンを解いてもらって服を整えることにした。


 
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