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闇堕ちイベントとか求めてないです!

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 温かなオレンジの瞳に、影が走る。
 ぐるぐると胃の奥が渦巻いて、吐けもしないのに吐き気が襲った。心臓がきりきりと痛み、呼吸をすると闇を吸い込んでしまいそうで恐ろしかった。

 闇の深くなる新月の夜に、ジュキアは飲み込もうとしてくる闇に抗っている。

「……くそっ! 何なんだよ……ッ!」

 闇が恐ろしい。部屋の四隅が異様に気になる。
 ベッドの中に潜り込み、荒くなる息を無理やり押さえつけると、酸欠状態に頭がくらくらした。

 母は決して、父親のことを口に出さなかった。口に出すのも恐ろしいとばかりに、ジュキアを抱きしめて「ごめんね」と謝るのだ。
 薄幸で儚い、サクラに浚われそうな美しい母が眉根を下げて困った表情をするのが苦手だった。満月の夜に、空を見上げて泣いているのはもっと苦手だ。

 頑なに父のことを話さないかわりに、腹違いの兄についてはときおり口ずさんでいた。思い出に浸るように、寝物語のように、教えてくれた。
 黒髪の美しい子だと。闇夜に光る翡翠の瞳が怖かったのだと。

 ――思い出せば、母が教えてくれた兄と、スヴェンの姿が一致していく。
 向こうはジュキアも、母のことも知っている様子だったのが気に食わない。

 いまさら、「兄だよ」と言われてもどうしろっていうんだ。

「ぐ、ぅあ」

 体中を巡る気持悪さに目の奥がチカチカ光る。

 窓の外は真っ暗だ。よく目を凝らすと星々が輝いているのが見える。

 眠ってしまえば、深淵の常闇が近づいてくる。

『受け入れてごらんよ。今まで見えなかったモノが見えてくるよ』

「闇を、受け入れる」

 受け入れたら、この苦しみから解放されるのだろうか。

 オレンジの瞳を目蓋が覆う。

 闇を身近に感じるようになったのは今年に入ってから。じわじわと、じりじりと、蝋燭が燃えるように、海が満ちていくように、闇が侵食をしてくるのだ。

 近づいてくる闇を感じながら、ジュキアは眠りに意識を落としていった。

 
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