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マヨヒガ

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 魔法学園は魔法に満ち溢れてる。
 アルストリア魔法学校全体がひとつの魔法みたいなモノで、俗に言う迷い家まよいがのような存在だ。季節によって姿を変え、色を変え、気紛れに模様替えをする学園内で、昨日は魔法薬学だった教室が扉を開けてみれば魔獣学の資料室だったり医務室だったり、比較的よくあることだ。つまり何が言いたいのかと言うと、迷った。

 ……はぁ。だってまさか移動中に模様替えが始まるなんて思うわけがないじゃないか! おかげでメル君達とはぐれてしまった。なんでだ、どうしてだ。手を繋いでいたはずのバルト君は、隣にはいない。地図を持っていたメル君は少し前を歩いていたから巻き込まれなかった。でも、なんでバルト君いないの! 心細くて死にそうだ!
 せめて地図があれば、と腕の中に抱きしめた授業道具を見つめる。水晶に、タロットカード、占星術の教科書。最上階にある占い学の教室へ向かう途中だった。突然、ノイズが走るように壁や床が崩れて、気づいたら知らないところにいた。なんでだ、なんでバルト君は一緒じゃないの。

「……第六、魔法研究室」
 ……どこだ。人に道を尋ねるだけのコミュニケーション能力は備わっていないが、知り合いがいたら目で訴えることができる。できれば、お兄様がいらっしゃれば一番。ミコガミ先輩でもいいな。優しいから好き。ノエル先輩でもいいけど、アル先輩だったらお断りしたい。こないだの事もあって、アル先輩に対する警戒度はマックスだからね。
 そろっとドアを開けて中を覗けば、壁一面本棚で埋まって、まさにザ・研究室って感じの部屋だ。数人の生徒がひとつの机に集まって何やら熱心に話し合いをしてる。
 あ、と声を上げそうになったのを我慢して口を手で押さえる。集まっていたのはシルフ寮生で、中にノエル先輩を見つけた。けど、なんだか声を掛け辛い雰囲気。邪魔する前にサッサと退散だ。
 上級生ばっかりだった。てことは、上級棟なのかな。だとしたらますますどこをどう行ったらいいのかわからないぞ。ひとまず、上に向かう階段を探せばいいのかな。階段の場所が変わってたら意味ないけどね。季節の変わり目ではないし、そんな大きい模様替えじゃないと思いたい。てか祈ってる。

 第六、第五、第四、とひとつひとつ魔法研究室を覗いていくけど、ノエル先輩以外に知ってる人はいないなぁ。ううん、戻って先輩に聞くのが一番手っ取り早いんだろうけど、どうしよう。

「あっれー、クリスティアン? こんなとこでどうしたんだ?」

 げっ、アル先輩が現れた! 逃げる? 立ち去る? 会話をする? 本音を言えば、逃げたい。立ち去りたい。けどアル先輩が見逃してくれるはずがなく、見なかったふりをして通り過ぎようとしたら横にズレて道を塞がれた。
「……なんのつもりですか」
「懐かない猫が逃げ出そうとするもんでな」
 僕は猫かよ! 大体、にゃんこに懐かれないとか何それ超可哀想。私も僕も断然猫派。だけどうちの家族はみんな犬派である。解せぬ。我が家の愛犬は幻獣種のシルバースノウウルフのタマです。猫じゃないけどタマなんです。厳密に言えば犬でもないけど。狼だし、動物じゃなくて魔獣の一種だし。

 幻獣種ってのは、魔獣の最高位、つまり激レアモンスターのことだ。仲間にすれば末代まで護ってくださる守護神となり、倒せば人智では到底扱えない魔法を会得でき、食べて血肉とすれば半不老不死となる。
 激レアだからね、滅多にお目にかかれないし、うちのタマは幼獣のときにオークションにかけられそうになっていたのをお母様が攫ってきた子だ。攫って、と言っても、違法取引の現場に丁度居合わせて我慢できず突っ込んでいき、捕まっていた幻獣種やら聖獣種を開放したうちの一匹がお母様に懐いて知らないうちにくっついてきてしまっていた。自然に還さなければならないのだが、何度森へ放っても屋敷に帰ってきてしまうものだからうちで飼うことにしたのだ。

「こら、俺といるってのにだんまりとはつれないなぁ」
「……じゃあどこかへ行けばいいじゃありませんか」
「可愛い後輩が困っているのを見過ごすわけにはいかないだろ?」
 あぁ言えばこう言う。なんて面倒くさいセンパイなんだ。しかし困っていたのも事実だ。この際アル先輩でもいいか。溜め息を吐いて事情を説明する。

「――つまり、迷子なんだな」
「違います! 急に模様替えが始まるから、目的地がわからなくなっただけです」
「それを迷子と言うんじゃないのか?」
 ぐうの音も出なかった。腕を組み顎に手を当て、目をきょとんとさせるアル先輩に口をつぐんだ。喋れば喋るだけ墓穴を掘る気しかしない。
 学園が模様替えするたびに迷子になっていたらキリがないな……。今後に備えて対策、考えておかないと。

「クリスティアン?」
 ぎょっと、後ろへ飛び退いた。「そんな引くことないじゃないか」しょぼん、と眉根を下げた先輩に少しだけ罪悪感を抱く。これだから、顔の良い奴ってのは…!
「いきなり顔を覗き込んでくるから……」
「心此処に在らず、って様子だったからな。心配になったんだよ。――……心を喰われちゃ、いないようで安心したぜ」

 また、あの星降る瞳だ。綺羅綺羅と輝く星が碧眼エメラルドの中を泳いでいる。瞳に映った僕は、呆れるほど間抜けな顔をしていた。
「おいで。出口まで連れて行ってあげよう」
 差し出された手に導かれるまま、僕は手のひらを重ねた。
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