魔拳のデイドリーマー

osho

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第16章 摩天楼の聖女

第293話 『アガト』

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さて……なんかよくわからん理由で名乗ってくれないので、どう呼んだらいいかわからないけども……とりあえず、暫定的に『敵』として見ていいであろう何某さん。

会話とも言えないような短いやり取りの後……突然襲いかかってきた。

見た目通りというか、両手にはめている手甲が武器で、しかしスピードとか身軽さが全然見た目通りじゃない。素早く動いて、小回りを利かせた軌道で鋭く攻撃してくる。

「――ぅらあっ!」

ここが路地裏だっていう点もうまく生かしていた。
地面だけでなく壁をうまく利用し、上下左右に動いて先を読ませないようにしながら……隙をついて黒い手甲の一撃を突き出してくる。

攻撃の方も手甲に見合った重さで……並の鎧や盾なんて、ないがごとくぶち抜いてしまえそうな威力だった。コレが高速で何発も飛んでくるとなると……結構どころじゃなく怖いと言える。

とはいえ、僕にとっては脅威になるようなものじゃなく……普通に手で払って、あるいは受け止めて防げるような攻撃だったので、数合打ち合ってそのまま反撃に移……ろうとしたが、それを気取られたのか、寸前で距離を取られた。

「はっ……聞いてた通りだな。本当に……ムシャクシャするくらい、あっさり対応してきやがる」

「勝手に喧嘩しかけてきといて、勝手にイラつかれても……つか、マジであんた何なの? あの総裁さんに僕の邪魔でもするように言われた?」

「いーや? 単なる俺の独断だよ……理由は教えねえがな」

……何か腹立ってきたな。

一方的に押しかけてきて、こっちがあの女盗賊捕まえるのの邪魔しといて、さらに喧嘩売ってきたかと思えばこっちにイラつきをぶつけてくる。その過程で、こっちの疑問にはほぼ答えない……どころか、全体的に『聞く耳持たん』的な対応に感じる。

理由もなく色々邪魔されるこっちとしては、たまったもんじゃないわけで……テレサさんに依頼されてた、義賊の捕獲も失敗しちゃったし。

どうやら、こいつの目くらましで逃走した際に、さらにこいつがばら撒いた魔法薬みたいなものの作用で、この辺り一帯で『マジックサテライト』が妨害されているらしかった。解像度が壊滅的なレベルになり、取得できる情報もめちゃくちゃに。
慌てている間に、見事に探索範囲から出られて見つからなくなり……しかもその下手人が、また別な妨害用のお香(?)を炊きながらやってくる始末。

(ちっ……完全に匂いが消えたな。これじゃ、追跡は難しいか)

消臭効果があるっぽい香料で、さっきの盗賊の匂いをこのあたりから消してしまった。彼女自体も風下に逃げていったし、これじゃ、匂いで追跡は無理そうだな……。

「さて、そろそろいいか……」

こちらを油断なく睨みつけながら……ぽつりと、呟くように言う。

「あの女盗賊も逃げただろうし、そろそろ俺も退散させてもらうかね」

「……心情的にも状況的にも、このまま逃がしたくはないんだけども。つか、マジでお前何で今僕の邪魔したんだよ。お前んとこのボス、さっき僕と敵対したくないって言ってたけど? 少なくとも、自分達の行動に有害にならない範囲では」

今僕、結構機嫌悪いんだけど。一方的に乱入されて、盗賊捕縛の邪魔されて、何も教えられないままに今度は逃げられようとしてる……って時点で。

「知らねーな、俺は俺のやりたいようにやるだけだ……どーせテメェは敵なんだから、遅かれ早かれだろうし、ご機嫌とってもしかたねえだろ? むしろ俺は……敵になる奴をさっさと潰すなり、痛い目見せてこっちに盾つかねえようにする方が手っ取り早いと思ってるからな」

「これまた身勝手な……組織に属するのに向いてないタイプの物言いだな」

「テメェがそれを言うかね……けっ」

……? 何か、ちょっと今ので機嫌悪くなった?

今別に僕……悪口、ってほどのこと言ったつもりなかったんだけど……何かこいつの気に障るワードでも混じってたんだろうか?

それに、さっきから思ってたんだけど……こうしている今も肌で感じている、この……殺気っていうか、敵意?は何なんだろう? あの『会議』の時からずっと、まるで親の仇でも見るみたいな目で僕のこと見てる……気がする。僕の気のせいとか、自意識過剰じゃなければ。

「……どこかで会ったっけ?」

もしかしたら、今までどこかで出会って……何かやらかしてたとかだろうか? 恨みを買うようなことを、何か。

いやでも、その可能性はあるか? こいつ『ダモクレス』の一員だもんな。
ダモクレス関連では、何度も僕は敵対して戦ってるし。些細なのを上げれば『真紅の森』の密輸品とか、『トロン』の奴隷を使った人体実験の摘発。あれらにも絡んでたんだっけ。

直接的にバトルになったのでは……『サンセスタ島』だな。

もしかしたら、その他にも、こいつらが関わってる仕事か何かを、どこかで邪魔したかもしれないし……だとしたら恨まれてても、可笑しくはないか。

……けど、どっちにしろこいつの顔に見覚えはないな。
まあ、もともと僕、人の顔と名前覚えるの、そんなに得意じゃないし……仕事とかで一緒になってそれなりに親しくなったとかならともかく、ちらっと見かけたとか程度ならまず無理だ・

例え、それが敵対して戦った相手でも……ああでも、逆にそうなら向こうは僕のこと鮮烈に記憶に残っててもおかしくはないけど。

なんてことを考えた僕の目の前で、目の前の少年は……ますます機嫌が悪くなった。

「ハッ……そりゃそうだ。覚えてるわけねえし、気づかなくてもおかしくねーよな……ああ、別にいいさ、期待してたわけじゃねえし、期待するようなことじゃねえからな」

とのこと。……やっぱりどっかで会ってんのか……と、思ったら。

「まあいいさ。俺だってお前のことは別に覚えてるわけじゃねえし、知ってるだけだしな」

「……は?」

え、どういうことだ今の?
そっちも覚えてないって、え? 僕ら……初対面なの? いや、にしては何か言い方が……

しかしその時、まださらに何か言おうとした彼の言葉を遮る形で、その背後の空間がゆがんで……1人の男がその中から現れた。……こっちはがっつり見覚えがあるな。

「そこまでです、アガト。これ以上は見過ごせませんよ」

「……ちっ、何だよウェスカー……別に本筋の計画の邪魔したつもりはないぜ?」

転移して現れたウェスカーに、これまた面白くなさそうに言い返す…………ん?
ちょっと待て? え、今……ウェスカー、こいつのこと何て呼んだ?

言い方からして、名前呼んだんだと思うけど……ちょっとその固有名詞に聞き覚えがあったというか、聞き捨てならないというか……

しかし、割り込んで聞く暇もなく、同じ組織だというのに睨み合っている2人の会話はハイペースで進んでいっていた。

「それで通るとでも思っているのですか? 十分に今後の展望に影響しそうな越権行為でしょう……おまけに、秘匿性Aの薬品を勝手に持ち出して使うなど……」

「あーはいはい悪かった悪かった。ちっ、そんなに気になるなら、今ここでこいつのことぶっ殺しゃいいんじゃねえか? そうすりゃ、薬の秘匿性がどうのこうの言わなくても済むだろ」

「……現状であれば、薬のことはともかくまだリカバリが効くとのことで、総裁からはお咎めなしのお言葉をいただいております。ですが……これ以上勝手な行動をとるようであれば……私も黙っているわけには行かないのですが?」

「ちっ……わーったよ。退きゃいいんだろ、退きゃ」

しぶしぶ、といった様子で、いらだちを隠そうともせずに承諾の意を返す少年……『アガト』。

その、相変わらず敵意のこもった視線を再びこっちに向けたところで……僕は、そいつが何か言う前に先に口を開いた。

ただし、ウェスカーに。

「おいウェスカー? そいつの名前……アガトっていうの?」

間に立っている『アガト』本人を通り越して声をかけられたことが少し意外だったのか、一瞬きょとんとした雰囲気になったウェスカーだが、次の瞬間にはいつも通りの笑みを顔に張り付け、

「ええ、そうですよ。彼の名前は……『アガト』といいます。しかしなるほど……。ひょっとして……聞き覚え、あるいは見覚えののある名前でしたか」

「ふーん……」

「ああ、そうだよ。俺『が』……アガトだ」

そこにさらに割り込んできてそう言ったアガトの表情は、今までで一番機嫌が悪そうで……視線には敵意に加えて殺気も乗っていた。

さっきウェスカーに対して『わかった』と言ってたのがなければ、今この瞬間襲い掛かってきてもおかしくない、って感じの激しいそれだ。

しかし、前言を撤回するわけにもいかないらしい。
忌々しそうにしながらも、アガトは踵を返す。

僕はその後ろ姿を……ある魔法、というか能力を使った状態で見送った。

………………

(……アガト、ねえ……?)

「ねえ、最後に1つ、いい?」

「はい?」

「あぁ?」


☆☆☆


その30分後、

「で、結局逃がしたわけか」

「はい、すいません」

「まあ……横合いから邪魔が色々と入ったようだし、仕方ないわね……それにその敵、転移魔法を使えたのでしょう? だったら、追いかけるのは難しかったでしょうし」

「裏路地とはいえ街中……貴様が本気でやり合うには場がよくないか」

顛末を報告するために宿の部屋に戻った僕を出迎えたのは……いると思っていた『邪香猫』と各国代表の面々に加えて……『女楼蜘蛛』の3人だった。
今回の僕の依頼人の1人であるテレサさんと、僕と同じように式典の警護を任されている、師匠とテーガンさんがいたのである。ちょっとびっくりした。

ちなみにエレノアさんがいないが、ちょっと用事で出ているそうだ。

結果として、女義賊も『アガト』も取り逃がしたものの、叱責とかはなかった。
会場を襲撃され、その犯人を取り逃がしてしまったにもかかわらず、だ。

テレサさんとしては、参加者や建物その他は極力守っては欲しいし、そういう内容で僕に依頼したとはいえ、テロとかで大規模に破壊や殺戮が起こるようなことがなければ、多少は仕方ないと思っているそうだ。

そもそも、僕やテーガンさん、エレノアさんに依頼したのは、ここにテロふっかけてくる可能性があるのが『蒼炎』のアザーであり、並の警備じゃ役に立たない可能性があるからだ。

テロの際に起こる二次被害から、無関係かつ何も罪のない人たちを守るのは、国軍ないし正規軍の警備兵の仕事。普通ならテレサさんは、自分も含めてそこに関わろうとはしないものの……今回テロをふっかけてくる可能性があるのはかの『蒼炎』。

それこそ、都市1つ丸ごと瓦礫の山になるようなことすら起こりかねない。この国最大の都市であるこの聖都がもしそうなったら、被害者数は何万人、何十万人規模になる。

加えて、各国の要人までそれに巻き込まれれば、大規模な政治的混乱も起るだろうし、三次、四次で災害が起こることを考えれば、ちょっと楽観視はできない。そのための、今回の依頼。

つまりテレサさんの依頼の正確なところは……本当に致命的な事態を引き起こさないための、念には念を的なストッパーなのである。

逆に……そういう極大規模の災害とかでなければ、それは警備兵の仕事だ。
なので極端な話、放置してもいいそうだ。王女様達の護衛の方を優先していい、と。

今回のコレも、『一応お願い』程度のものだった。それに加えて、僕が個人的に恨み?があったこともあって、捕縛に動いたのだ。

今回の女義賊の襲撃では、警備兵に若干被害は出たものの、死人は出てない。
それにそもそも、普段からあの女義賊は、悪い奴らからだけ盗んで(奪って)いる連中のようで、善良な民に被害が出ているわけでない以上、テレサさんとしても『別にいいわ』とのことだ。

しかしそうなると……テレサさんって、どうしてこんな、比較的だけどしがらみ多そうな職業についてるのか……今度聞いてみようかな。

さて、話がそれた。

さっきの顛末を、テレサさん、テーガンさん、師匠を含めた、関係者各位に報告終わったわけである。無論……その前に行った、『ダモクレス』との会談のことも含めて。
こっちは、先に帰ったドレーク兄さん達からすでに聞いていたらしいので、さっとだけど。

義賊の話はこれで終わり、取り逃がした。残念でした……ここまでだけど、それ以外にも話し合わなきゃいけないことはあったので、情報と意見の交換をした。
それと、今後の方針についても。

「つまり、今回の式典……狙ってこの時期を選んだのか、だとすればその理由は何なのかはわからないけど……確実にあるということね。『蒼炎』による襲撃が」

「そのようです。奴は、無用な被害を生むことを好む者ではありませんが……逆に、必要と割り切った場合は躊躇しない者でもある。警戒は必要でしょう」

「一般人が巻き込まれるかどうかは、奴の匙加減ないし解釈1つ、ということか」

ドレーク兄さんの言葉に、ルビスがそう、噛みしめるように言い……並んで座っているリンスとレジーナ、オリビアちゃんの国賓カルテットも、話の内容の深刻さに緊張していた。

「資料で読んだだけですが、過去には実際に、戦いの中で都市1つを焼け野原にしたこともあったと聞きます。ドレーク総帥と同等の攻撃力……楽観は危険、ということでしょうね」

「そんな奴がなんで、よりによって今来てるのさ……間が悪いどころじゃないよ、それ」

「……そう考えると不自然ですわね? なぜ、今の時期なのでしょう?」

と、リンスとレジーナに続く形で、オリビアちゃんがふと思いついたように言った。

「不自然、とは?」

「『蒼炎のアザー』は、腐敗政治や権力を打倒することをメインに活動している革命家です。そのために、現地の革命家たちを先導したり支援するなどして戦いを激化させたり、あるいはリアロストピアのように、機を見計らって一気に政権を打倒するなどの手段を取りますが……今回のケースは、そのどちらにも当てはまらない気がするのです」

「……? どーゆー意味?」

「レジーナさんの元の国……旧リアロストピアについては、彼はミナト様のおかげで国そのものが弱体化したところをついて、市民の中に暗躍していた革命分子を動かしてそれを実行しました。しかし、今回……今の時期は、そういった活動にあまりに不向きだと思うのです」

オリビアちゃんいわく、今のシャラムスカには、各国の要人と、それに伴って集結している腕利きの護衛たちが集っている。当然それらは、式典のためにひとところに集まっている権力者を守るため、同じくひとところに集まっているわけで。

革命などにおいて最も重要なのは、迅速に権力を奪い、掌握すること。しかしそのためには、必然的に国家中枢を武力か何かで落とす必要があり……それにはあまりにも、その中枢が強大な武力で守られている今は不向き。

加えて、他の国の要人やら何やらに被害を出せば、醜聞が広まる。最悪、他の国からの干渉を受けることもになりかねず、本来避けなければならないことなのだそうだ。人質にとるとかでもない限りは。その人質ってのも、その国を確実に敵に回す行為だから、革命にはやはり不向き。

要するに今の状態は……国の権力者が集まっているという状況はともかく、巻き込んじゃいけない部外者まで集まっていて、しかもそれらを守る武力が常駐しているという……アザーの目的にはかなり時期的に不向きなはずなのだ。
なのになぜ、奴は動こうとしているのか。

「今の時期は……それこそ、部外者ごと皆殺しにするとかでなければ、彼にとってもリスクが大きいはず……しかし、そうしようとしているとも思えませんね」

「となると、何か別に目的がある、って考えるのが自然なわけだけど……」

「……何か見落としている、いや、情報自体が足りないのだな。これでは、何かあった時に備えるしかなく……しかも、実際に何かあった時に後手に回る可能性が高い」

国賓4人もうんうんうなって考えるものの、結局妙案は出ず。

この場は仕方なく、今後連絡を密にして、気を付けていこう、ということで落ち着いた。



……そして、その4人と護衛たちが退出し……部屋の中に、『女楼蜘蛛』と『邪香猫』の関係者だけになってから、もう1つの話し合いは始まった。
仲間内でしか明かしたくない情報を含むそれが。

そして当然、そこでは……僕が報告した、あいつの話題にもなるわけで。

その名前を出した途端……それに聞き覚えのある全員が、同じように驚いた顔をした。

「……ミナト、そいつ……本当に、そう名乗ったの? 『アガト』って?」

「うん……ウェスカーも、そう言ってた」

「で、でも、それって確か……アドリアナさんが言ってた……」

驚きが抜けないまま、微妙に震える声で……エルクは、確認するように言った。



「生まれてすぐに生き別れになった…………あんたの双子の兄弟の名前、よね?」



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