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最終章 エピソード・オブ・デイドリーマーズ
第600話 2人のミナト
しおりを挟む「…………ミナト」
「……うん」
「……私、お母さんって呼ばれるような年じゃないからね。コレ2回目よ」
「あ、うん、その……ごめん」
よかった、つい『母さん』ってまた呼んじゃったけど……前回と同じく『先生をお母さんと呼んでしまう現象』で片付けてくれたっぽい。
そんな母さんは……余裕そうなことを言ってる割に色々と余裕はないみたい。
今、僕が抱きかかえて支えてるんだけど……まだ力が入らないみたいだから。
ケガしてるわけじゃない。けど……単純に、今まさに死にそうになってたショックとかそのへんが理由だと思う。
僕が割り込んであの謎の人物を吹っ飛ばすのがもうコンマ1秒、あるいはもっと短いかもしれないけど……そのくらい遅れてたら、母さん、死んでたからな。確実に。
そのくらいの威力が確実にある一撃が、今まさに叩き込まれようとしてた。
思わず『虚数跳躍』と『リニアラン』組み合わせて使って飛び込んで、こっちも手加減なしで殴り飛ばしちゃったよ。
……しかし、殴り飛ばした後でなんだけど……今の、何だ?
僕の目がおかしくなってたんじゃなければ……今僕が殴り飛ばしたの……『僕』だった気がしたんだが。
「あのさリリン、今のって……」
「……ミナト、私の目を見て。しゃべってる時間ないから……直接伝えるわ」
そう言って母さんは、僕の顔を両側からそっと手で包むようにして、くいっと自分の方を向かせる。
そして、目が合った瞬間……母さんの記憶がこっちに流れ込んできた。
ああ、そういやこんなこともできたっけな。他者の記憶を直に読んだり、自分の記憶を他者に伝えたり……前者は僕もできるけど、後者はまだ苦手なんだよな。
そして、その受け取った記憶によると……なるほど。
「……あのヤロー……僕のクローンまで作ってたのか。しかも、母さんの体内に仕込んでとか、どんな悪趣味な……あたっ」
「ミナト……3回目よ、もう。さすがに怒っていい?」
「ご、ごめん……」
「全くもぉ……そんなに私、あなたのお母さんに似てるのかしら?」
同一人物です、とはまさか言えないので、無言で苦笑だけ返しておいた。
それと同時に、僕が殴り飛ばした――あ、今更だけど殴った後の『白い僕』は、向こうにあった廃屋に突っ込んで埋まりました――そいつが、瓦礫を吹っ飛ばして出てきた。
そして、僕を視界にとらえて……
「…………?」
なんか、首をこてん、とひねって不思議そうにしてる。
自分と同じ顔がいるから『何で? 誰?』ってなってんのかな?
……っていうか、こいつは中身、バイラスじゃないのか?
気配もそんな感じじゃないし……母さんの記憶からも、ひどく自我が薄弱な感じに見えた。生まれたばかりの子供(ただし殺意高め)って感じだ。
こんな隠し玉作るんなら、それこそこいつの体内にバイラスの複製魂魄を入れてると思ったんだが……いや、もしかして……入れてたけど使えなくなったのか?
あの見てくれが僕のクローンだからだとして、僕の体質もある程度コピーしたとしたら……『夢魔(サキュバス)』や、『霊媒師(シャーマン)』の能力もある程度持ってるかも。
となると、『呪殺』によってバイラスの魂は吹き飛んだ。けど、もともとこのクローンが持ってた魂は、『夢魔』と『霊媒師』の体質による精神攻撃抵抗によって守られた。
結果、死にはしなかったけど、なんか中途半端な精神の怪物になっちゃった……と。
……まあ、結局予想だけで結論、ないし答えはでないんだが……そういう想定で行こう。
「それでミナト……アレが何なのか、知ってる?」
「知ってはいないけど……心当たりはある」
そのあたりでようやく母さんが自力で立てるようになったので、ひとまず手を放し……もう1人、近くで倒れている師匠のところに向かう。
他のメンバーも倒れてるみたいだけど、見た感じ一番重症なのは師匠だ。
傷がひどい上に、大量の『邪気』を流し込まれて魔法や再生を阻害されている。
対処法は幸い知っている。それに、師匠は『吸血鬼』だから、『邪気』さえ取っ払ってしまえば再生も早いはず。
(となると、薬を使うよりも……こっちがいいな)
僕は収納から、短剣を一本取り出し……自分の腕に傷をつける。
そして、そこから流れる血液を、抱き上げた師匠の口に垂らして飲ませた。事前に『邪気』を散らせるように『霊力』を溶け込ませておいた状態で。
口元に垂らされた血を、ぺろりとなめとって口の中に……そして、ごくん、と飲み込むと……その直後から、師匠の体に広がっていた『邪気』が散り始め、同時に傷も癒えていく。
さすがは師匠、自前の再生力が、下手な魔法薬使うよりえげつない強さだ。
「ミナト……お前、今の、何……?」
「あ、もうちょっと飲みます? 僕なんかの血でごめんですけど」
「………………飲む」
あ、そう? お腹空いてたのかな。
まあ別に問題ないので、そのままもう少し飲ませる。
その間もきちんと『白い僕』の方に注意は払ってたけど、僕にも母さんにも襲い掛かる気配はなく……きょとんとしたままだ。
……多分、そのまま去ってくれるとかではなく、嵐の前の静けさ的なアレだとは思うんだけど……今はまずありがたい。
そうこうしているうちに、師匠はどんどん傷を再生させていく……だけでなく、魔力もなんかすごい勢いで戻ってきてるな。吸血鬼すげー。
そして同じくらいのタイミングで……
「ミナト! ……うっわ、何この状況……」
「リリンさん達がこんなことに……」
「ちょっと信じがたい光景だね、僕らからしたら……しかも、変なのいるし」
「…………ミナトさん、色違いのお兄さんとか弟っていましたっけ?」
「それっぽい兄はいたけど見た目が同じじゃなかったし、もう死んでるんだよね……例によって、あのヤローの作品っぽい。母さんの話だとやばいくらい強いみたいだから、戦おうとか考えないでね」
「まあ、この状況見ればそれはわかるけどね……」
エルクをはじめ、シェリー、ザリー、ナナ、義姉さん、サクヤが現着。
母さん達『女楼蜘蛛』が死屍累々の状態になってしまっている光景を、信じられない、というような目で見つつ……それでもすぐに動いて、彼女達を助け起こして言ってくれる。
「ミナト殿、クローナ殿をこちらに」
「うん、よろしくサクヤ」
「……あ、もっと……」
「後であげますから今は大人しく助けられてください。……そろそろアイツ動き出しそうな気がするんで。時間ない」
僕も、抱き起こしていた師匠をサクヤにバトンタッチし……もうちょっと血が飲みたかったらしい師匠を『おあずけ!』しておく。ちょっとかわいかった。
彼女達にはこれから、拠点の『オルトヘイム号』に戻ってもらい、母さん達の保護と手当てをしてもらいます。
見た感じ、師匠……は割ともう大丈夫そうではあるけど……エレノアさん、テーガンさん、テレサさんが、それぞれ重軽傷+邪気による浸食でやばそう。
アイリーンさんは大丈夫そうだけど、それでも……このままここで戦えるかっていうとな。
……母さんの記憶の中で見た感じだと、てんで相手になってなかったもんな……全員。
どんだけつよいんだ、この白い僕。クローンってこんなに強く作れたの?
……それとも、暴走してバイラスの想定を超えるレベルまで成長しちゃった結果……とかか? ありそうで怖いわ……バイオハザードじゃん、一種の。
何にせよ……今の母さん達じゃ、ここにいさせるのは危険だ。エルク達も同様。
多分、アレに対抗できるのは……僕だけだ。
(未来の世界じゃ、まだまだ高い壁だった母さん達を、こんな風にかばって代わりに戦うことになるなんてな……150年分の開きがあって、その分僕が強いんだろうとはわかってても、なんか変な気分だな)
「エルク……よろしくお願い。『邪気』も『毒魔力』も、ネリドラとリュドネラなら処置できるから」
「わかった。……気を付けてね」
そうしてエルク達を見送……ろうとした瞬間、ついに『白い僕』が再起動した。
まるで、突然思い出したかのように、地面を蹴って……あ、それだけじゃないな。脚が帯電してるから、電磁加速してる。
矢のような……なんてもんじゃない。弾丸以上の速さで、母さんに殴りかかった。母親の仇に逃げられるとでも思ったんだろうか。
当然そんなことは許さず、横からちょっと小突いて軌道をそらし、90度方向転換させて別な廃屋に突っ込ませる。
すごいスピード、ないし勢いで直進する物体は、横からの力に弱い。止まることはないけど、割と容易く軌道をそらされる。
瞬きするより早く怒った今の攻防に、エルク達はぎょっとしつつも、どうにか足早に撤退。
……足早に、って言っても走って逃げたわけじゃなくて、アイリーンさんが普通に転移して連れてってくれたけどね。
それと同時に廃屋から復活した『白い僕』。
きょろきょろとあたりを見回して、母さん達がいないのを確認すると……その場に残っている僕1人を見定めて……敵意を向けてくる。
表情も何も変わってないのに、これからこいつは僕を殺しにくるってのがわかる。……不思議というか……不気味というか……。
「……答えてくれるかどうかわかんないけど……君、名前とかある? 一応―――」
無言。
無言・無表情のまま……僕が言い終わるのも待たず……突っ込んできた。
振りかぶった拳は……見えたの一瞬だけだったけど、しっかり握りしめられてた上に、なんか鱗とか爪とか生えてた。……ああ、ただのクローンじゃなく、キメラだったなそういや。
母さんの記憶の中でもそんなんなってた。
まあそうなるかもとは思ってた……というか、いつ来てもいいように心の準備はしてたので、僕も拳を握りしめてそれを迎え撃つ。
そして、互いの拳と拳が激突した瞬間……その余波として発生した衝撃波があたりに広がって、周囲の全てを破壊した。
足元にはクレーターができたし、360度全方位の廃屋が木っ端みじんになった。……それだけでなく、その裏側、通り1つ挟んださらに先にあった他の廃屋も半壊したり窓ガラスが全部割れたりした。
(……魔力とか衝撃波とか何もない……ただの打撃同士の余波でコレか)
このままここで戦ったんじゃ、被害が尋常でないことになる。
かといって、他の場所に誘導するのも難しい。というか仮に誘導できても、その途中に攻撃をさばくだけで、通った場所が壊滅状態になると思う。どっちみち。
なので、一旦飛び退って距離を取り……隔離結界を作動させて、僕ごとコイツを異空間に隔離―――
―――ダンッ!!
―――ガシャァン!
「……ええ……マジかよ」
隔離しようと思ったんだが、床ドンみたいな足踏み一つで空間ごとぶっ壊された。
ああ、そういや母さんの記憶の中でも、アイリーンさんの転移魔法ぶっ壊してたっけ……やばいなコイツ、ガチで小細工とか通用しないぞ。
まあ、それ自体は僕もそうなんだが……しかしこいつ、本当に……どこまで僕の能力をコピーすることに成功してるんだ?
身体能力はまず相当なレベルだし、魔力もすごい高さ……っていうか体内に魔力炉でも持ってんじゃないかってくらいにガンガン生産されてるな。
これも、何かの生き物とキメラったせいか? 体内にそういう機関持ってる生物もいるしな。
装備もかなり上等な品っぽいし、キメラだからもしかしたら色々な生物の能力とかも持ってるかもしれない。ドラゴン系をはじめとした魔物の能力もそうだし……もしかしたら、他にも誰か他人の遺伝子を組み込んでる……かも。
……感じからして、さすがに『エレメンタルブラッド』は再現できていないようだけど……それをカバーするだけの生命力や再生力はあるっぽい。
おまけに、僕をコピーしたことによって、ある程度、製作者(バイラス)も想定してない能力を発揮してる可能性もある。さっき予想した『霊媒師』とか。
小細工は一切通じないと仮定して……ここで、このまま、真正面から……か。
仕方ない、腹くくろう。
少なくとも……このあたり一帯は更地になると思った方がいいな。
いや、それ通り越して窪地になる、あるいは地盤がどうにかなってしまう可能性も……なんてこった、予想できない。
なまじ『隔離結界』を開発してから、通常の空間でガチで戦ったことがあんまりないもんだから……今のぼくが全力で戦った結果、どれだけの被害を周囲にもたらしてしまうことになるか……あんまり考えたこと、ないかもしれない。
……まあそれでもやるしかないんだろうけどね!
一撃で仕留められなかったことに、特に悔しくも思ってはいないんだろう。表情を変えずに、白い僕はそのまま構えなおす。
僕も同じようにする。
それぞれ、白い魔力と黒い魔力を周囲に渦巻かせながら……お互いの出方をうかがう……ことはせずに白い僕が突っ込んでくる。あ、慎重になったりとかはしないのねやっぱ。
無表情のまま殺意がすごい、白い僕。……いい加減名前とか知りたいな……勝手につけるか?
……適当でいいな、『ホワイト』とかで……
「……M2」
「……はい?」
「……名前、聞かれた」
飛び込んでくると同時に放たれた蹴りをかわし、カウンターに放とうとしたかかと落としを腕で防がれた瞬間……ごくわずかな時間でそんな会話があった。
……あ、教えてくれるの? あ、うん……ありがと。
……まあ、教えてくれたとこ悪いけど……そしてここから普通に戦うんだけどね。
そして白い僕……もとい、『M2』とやらも、普通に戦うつもりできてるけどね。
『聞かれた』って言ってる途中からもうすでに拳を握りこんで、そこにさらにやべー量の魔力を充填していたM2は、またしても隕石みたいな勢いで突っ込んできて拳を突き出してきた。
そしてそれを迎え撃つために僕も、魔力を握りこんだ拳を叩きつけて……しかし今度は正面からじゃなくて、そらす感じで側面から殴りつけて……
―――ドゴォオォン!!
そらした先にあった廃屋が衝撃波で吹き飛んで……いやそれどころか、さっきより魔力こもってたからその分威力もすごかったみたいだ。
家一軒と言わず、衝撃がそのまま直進して町の外まで貫通していった。
……うん、マジでこの戦いが終わる頃には……この町(廃棄されてるけど)なくなるな。
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