魔拳のデイドリーマー

osho

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最終章 エピソード・オブ・デイドリーマーズ

第597話 覚醒の時

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「……いいかげんに飽きたというか、うんざりして来るな、ここまでしつこいと……」

「こちらにしてみれば……1万2千年の宿願ですからね。いくらでもしつこくなりますとも」

 心配になった僕は、母さんに見つかるかもしれない、『来ないって言ってたのに何しに来たの?』って怪しまれるかもしれないことも覚悟の上で、『グラドエル』に来てみたら……ご丁寧にお出迎えしてくれたのだ、こいつが。

 昨日、確かに倒したはずの、スーツにシルクハット、病的な白い肌に赤い瞳の男。
 ダモクレス財団総裁・バイラス。

 ……確かに機能仕留めたと思ったんだが……本当にゴキブリよりしつこいな……。
 色合いや不快感も合わさって、なんかそんな感じに見えてきそうだ。全く……

 いかにも『デイドリーマー』な考え方で技と言わせてもらうと、マンガとか小説でも、こうやってダラダラ討伐が伸びていくようなキャラは、盛り上がりもピークを過ぎるとだるくなって不快感が先に来るもんだが……今僕、たぶんそんな気分だ。
 現実にいる人に対してそんな風に考えるのは不謹慎かもしれないとはわかりつつも、そんな風に思ってしまう。

(というか昨日……確かに『手ごたえ』はあったんだが……気のせいだったか?)

 そんな僕の心の中を読んだ……わけではないだろうが、不敵な笑みのままに、バイラスは口を開く。

「まるで、どうやったらこいつを殺せるんだ、とでも言えそうな顔をなさっていますね。確かに殺したはずの相手があっさりこうして目の前に現れて、困惑よりも先に不快感や呆れが先に来ているご様子だ」

「……大体正解。まったく……確かに昨日仕留めたと思ったんだけどね……」

「ご不快にさせてしまったのは申し訳ないですねえ……でしたらお詫びに、1ついいことを教えて差し上げましょう。……あなたのお考え、ないし感覚ですが……実は間違っていませんよ?」

「?」

「結論から言いますと…………あなたが感じた手ごたえの通りです。私は……『バイラス』は、もうすでに死んでいます。昨日、あなたと戦った時に……全身全霊をかけて挑んで、しかし力及ばず……あなたの蹴りの一撃によって、1万2千年前に生み出されたその命は散りました」

 しれっとそんなことを言ってくるバイラス(?)。
 きょとんとした表情になっているであろう僕に対して、さらにこんなことを言ってくる。

「では今目の前にいるコイツは何なんだ、とでも言いたそうな顔ですね。……簡単に言えば、私は彼の複製ですよ。クローン技術によって、『渡り星』のドラゴンと同じように彼を複製したもの。私は、バイラス本人ではありません。記憶と力の一部を受け継いだだけの……劣化コピーです」

「…………マジで?」

「ええ、マジです。あなたが感じたであろう、彼の命を奪った感触は、錯覚でもなければ偽装でもない。その時……彼は確かに死んだのです。……そして、自分が死んだ後も計画を終わりにしないために、私という……いえ、私達という存在を作り出し、備えておいた」

 ……なんつー狂気と執念だ。そう、僕はさすがに戦慄せざるを得なかった。
 自分自身のクローンなんて作ったら、そりゃ便利ではあるかもしれないけど……フィクションではお決まりの、クローンの反乱とか成り代わりとか、その他にも大小さまざまなトラブル……何が起こるか分かったもんじゃないってのに。

 自分の計画を遂行するためとはいえ、そこまでするか。

 そりゃ、大国すら利用したり使いつぶしたりする、見境も躊躇いもないやばい奴だってのは知ってたけどさあ……コレはさすがに、生理的にこう……ぞわっとするわ。

 しかも、その後さらにぞわっとさせられる光景が目の前に広がった。

 転移魔法を使ってだろう、バイラス(偽)の周囲に、何人もの人影が現れたのだ。
 しかも、その姿は……
 
「……何のつもりだ、それは」

 自分で言うのもなんだけど、ちょっと僕らしくない口調になってしまった気がする。
 けど、目の前で……自分の仲間達や、母親やその友人たちの姿をして……しかし明らかに『中身』が違うとわかる『何か』が出て来たりしたら……仕方ないよねコレは。一瞬で不快感が天元突破してしまったとしてもさ。

 エルクにシェリー、ザリーにナナといった『邪香猫』のメンバー達。
 さらに、母さんやアイリーンさん達といった『女楼蜘蛛』のメンバー達まで。

 ……あんまり想像したくもないけど、なんとなくわかる。こいつ、クローン技術で母さん達の肉体を複製して……その中に自分の人格、ないし魂を入れたな?
 彼女達の肉体をそのまま武器として運用する目的でこんなことをしやがったわけだ……どこまでも僕の神経を逆なでしてくれる。

 見慣れた彼女達の姿で……明らかにバイラスのそれだとわかる笑みを浮かべられるのは、もう何度も言ってる気がするが、不快感しかない。
 ……正直、戦いたくもない。見た目が知り合いだから戦いづらい、っていう以上に……気持ち悪い。相手したくない。

 けど、そんな僕の信条なんか慮ってくれるような奴じゃないのはよく知ってる。なので……

「…………」

 無言で、構える。
 こういうのは、さっさと終わらせるに限る。

 感じ取れる限り……確かに、母さん達の肉体を再現したこいつらは、かなり強い。
 けど、本物の母さん達には……それこそ、今のこの時代の母さん達にもまだまだ及ばないレベルでしかないようだ。あの規格外達を、クローン技術で完全再現することは不可能だったみたいだ。

 戦闘能力的には、上の中、くらいか。それでも十分強くはあるんだろうけど……僕なら苦戦も特にしないで倒せるだろう。
 
 そんなことはバイラスもわかってるはずだ。ここにいる全戦力を僕にぶつけたところで、僕には勝てないと。
 ……まあ、戦いにくくて僕の手が鈍ったりして、万が一勝てれば儲けもの、くらいに思ってる可能性はあるか。

 けど、奴は余裕の笑みを崩さない。
 勝てないとわかっていながらこの態度なのは……

(……多分、同じようにここでバイラスが全員死んでも、まだほかにクローンが用意されて……どこかに隠されているから、だろうな。ここで僕が、ここにいる全員を消し飛ばしても、またそいつらが起動して隠れて研究を続ける……終わらない鼬ごっこ、尻尾を掴ませる気がない。本当に、どんな手を使ってでも宿願を成就させるつもりで動いてるんだ)

 そうなってしまったら……普通に考えれば、どうしようもない。手の打ちようがない。
 目の前にいる、あるいは、見つけることができた敵を何人、何十人、何百人倒したところで、次々そのスペアが現れるんであれば……終わりなんて来ないからだ。

 魔法や呪術、『ザ・デイドリーマー』とすら違う、技術的な、物理的な不死身。
 これはさすがに、『ザ・デイドリーマー』でも破れない。不可能を可能にするチート能力とはいっても……さすがに目の前にないものにまで影響を及ぼすことはできない体。

 だから、こいつは恐れていない。こいつが僕に勝つことはできないが、僕もこいつを殺すことは……勝ちきることはできないから。
 
 ………………まあ……

(そう思ってるなら……甘い、と言わざるを得ないけど、ね)


 ☆☆☆


 一方、リリン達はというと……ミナトが昨日見つけることができなかった地下施設で、自分の姿をした他人と相対するという、奇妙な経験をしていたところだった。

 姿かたちは自分と瓜二つ。しかし、明らかに『中身』が違うという、異様な存在。

「たしか……姿かたちをそっくりコピーする魔物がいたよな。『ドッペルゲンガー』とかいう」

「いるけど……多分こいつ違うニャ。なんか、筋肉のつき方とかその他色々、リリンと違う……というか、生物として不自然なところがあちこちにあるニャ。……この趣味の悪い実験施設みたいな場所といい、もしかして……」

 エレノアの推測から、リリン達もまた、説明もないままに……目の前のリリンが、外科医療的な技術によって『複製』されたリリンなのだという、おぞましい事実に行きついていた。

 それによって生まれる生理的嫌悪感を隠そうともしないままに……3人とも、すっと構える。
 目の前にいるリリンの偽物は、明らかに自分達にとって敵である。考えるまでもなく、それだけは確かだと察することができていた。

 幸いと言っていいのか、そこらの冒険者、ないし魔物よりも強そうではあるが……感じ取れる限りでは、自分達にとってはそこまで深刻な脅威ではない。

 もちろん、この施設は何なのかとか、お前は何者なのかとか、聞くべきことはいくらでもある。
 しかし……それに対するまともな返答は期待できない、答える気などないだろうということもまた……直感的に理解できた。

 最初から、彼女……偽リリンは、害意を隠そうともしていない。
 明かに、自分達をここで害するつもりでいる。生きて返すつもりもないだろう。

 なら、そのあたりは倒してから考えるべきだと、3人は言葉を交わすまでもなく意見を一致させ……一様に臨戦態勢を取った。
 倒して、動けなくして……その上で口を利ける状態であったならば聞き出せばいい、程度だ。

(ふむ……戸惑っていたのもほんの一瞬、それすらも不意打ちが成功するような決定的な隙にはならなかった……さすがですね。力量も、1対1でもこの急増の肉体では手に余る。ですが……)

 しかし、それでもまだ、偽リリン……バイラスは、余裕の笑みを崩さない。

(それでも、私が負けることはない。あなたはまだ……『ザ・デイドリーマー』を使えないのだから。私にとどめを刺すことは、できないのですよ。それならば、いくらでもやりようはある……!)



 そして始まった戦い。

 リリン達の予想通り、戦力的には確かに大きいが、そこまで脅威ではなかったバイラスは、リリン達に対して有効打を中々与えられないまま、一方的に打ちのめされていた。

 息の合った3人の連携。近距離、中距離、遠距離に隙のない戦いは、バイラスが1回攻撃する間に、10回20回の攻撃を……それも、致命傷クラスのそれを叩き込んでくる。
 率直に言って、勝負になっていないと言ってすらいい状況だった。

 しかし、そうでありながら戦いが終わらないのは……バイラスの『不死身』ゆえだった。

 リリンが魔法で焼き尽くしても、クローナが金棒で木っ端微塵に粉砕しても、エレノアがカマイタチで切り刻んでばらばらにしても……数秒と経たずに何事もなかったかのように再生する。
 そのゾンビどころではない『不死身』ぶりに、さすがにリリン達も困惑しながら、徐々に溜まっていく疲労や、魔力面での消耗を覚えながらも戦い続けるしかなかった。

 手ごたえはある。確実に殺しているはず。
 なのに、あっさりとそれらの傷がなかったことになる上……向こうはさして疲労もしているようには見えないのだ。

(何なのよ、このインチキ……!? こいつ、本物の不死身なの!?)

(強さは本物だが……まだ若いが故か、表情でわかりやすいですね。『本物の不死身なのか』とでも思っていそうだ。そうだったら……あるいは、オリジナルの私の『不死身』そのものならもっとよかったのですが……)

 今のバイラスの『不死身』は、オリジナルのバイラスがもっていた『ザ・デイドリーマー』由来の不死身ではない。さすがにその力は、肉体と魂、記憶をコピーした程度では再現できなかった。
 多少それに近い力を再現することはできているが、オリジナルのように無制限に何度でも、というわけにはいかなかった。

 その代用品に用いているのが……リュウベエが持っていたものと同じそれ。
 『邪気』を使って魂を変質させたことによる、死ぬことができない呪われた命だ。

 仕組みはことなるものの、こちらも通常のやり方では太刀打ちできない『不死身』に変わりはない。
 そこにさらに自分の技術力によって治癒・再生能力を強化して付け加えることで、バイラスは、殺されたそばから復活して戦えるほどの『不死身』を再現していた。

 もちろん、これも『ザ・デイドリーマー』の能力をもってすれば、貫通して討伐しきれる程度のものでしかない。
 足止めのために他のクローンを差し向けているミナトには、一蹴されてしまうだろう。

 しかし、ここでリリンを殺すには十分だった。彼女はまだ、その領域に至っていないのだから。
 いくら強くとも、無限に体力も魔力も続くわけではない。逃がさないように結界で移動を封じ、少しずつ、少しずつ削っていけば倒せる。そう、バイラスは考えていた。

 今も、何百回目かになる確実な死を……上半身を跡形もなく魔法で消し飛ばされるという目にあっておきながら、何事もなかったかのように復活するその姿に……リリン達もさすがに、戸惑いを隠せなくなってきていた。
 このまま永遠に繰り返すのではないか、自分達では倒せないのではないか。
 そんな不安が、口に出すまでもなく表情に浮かび、バイラスには容易に読み取れた。

「よくわかんない能力持ってる上に、人の体コピーして勝手に使ってくれて……ホントにタチ悪い奴ね……! 本当に何者なわけ、あなた?」

「ふふふ……名乗ったところで理解してはもらえませんよ、今のあなたでは、ね」

「声までリリンとほとんど同じ……けど、やっぱ外科手術で色々いじってあるからか、微妙に声の感じが違うニャ」

「とんでもねえ技術なのはみとめるが、胸糞悪ィ使い方しやがる……俺でもちっと薄気味悪いって思っちまうぜコレは」

「……この無限復活能力も外科手術によるものだと思うニャ?」

「いや、アレは多分また違う……治癒力の強化とかはやってるみてえだが、それでもあんだけきれいに消し飛ばされたりしたらさすがに再生なんてできねえはずだ。なのに、何の影響もないがごとく次の瞬間には復活してる……多分、魔法的な何かだな」

「不死身に慣れる魔法なんて、そんなのあるの!?」

「聞いたこともねーよ……そんなもんがあるなら、秘匿されてるとしても……ちっ!」

 話が終わるのを待たずして、バイラスの手から魔力弾が射出されてきたのを察知し、3人がそれぞれに回避する。

 そのうち、飛び退ったリリンを追う形で一足飛びに距離を詰めてくるバイラス。
 手に持った『プリズムブレイザー』から光の刃を伸ばして迎え撃つリリンは、ほんの数合切り結んだ後、一瞬の隙を突いてバイラスの腕を斬り飛ばすが、構わず攻撃を続けてくる。欠損クラスの傷すら、バイラスには気にするようなことでも何でもないらしい。

 その欠損も、一瞬時間を置いただけで復活し……しかも、切り落とした腕が独自に動いてリリンに襲い掛かってくる始末。

 無茶苦茶だ、と毒づきながら大きく振り回した光の刃で、腕を消し飛ばし、バイラス本人もけん制して距離を取……れなかった。
 胴体が真っ二つにされることすら構わず飛び込んできたバイラスの手から光の刃が伸び……

「……! リリン!」

 その喉元に迫る。
 さすがのリリンでも、回避も防御も間に合わないタイミング。次の瞬間には、その刃が突き立てられ……命を奪うか、あるいは致命傷クラスの傷を負うことになる。

(……うわ、すごい……こういうの、ホントにあるんだ。死ぬ直前に、時間がゆっくりになるって奴……)

 目の前に光の刃が、自分に死を与える凶刃が迫りつつある状況で……リリンは、妙に自分が冷静にものごとを考えていられるものだと、どこか他人事のように考えていた。

 1秒後、いや0.5秒後には、この光刃は自分の喉に届いているだろう。それはわかっている。
 わかってしまっている。回避も防御も間に合わないと。
 ここで死ぬ、あるいは……死ななくても、戦線離脱レベルの傷を負うことになるだろう。残りの2人……クローナとエレノアの負担が大きくなる。

 もしかしたら、似たような状況……生まれて初めてレベルの危機というものを、ごく最近すでに味わっていたからかもしれない。この、自分でも不自然に思えるほどに冷静な思考ができるのは。

 思い出されるのは、ここのところ仲良くしていた、1人の少年、あるいは青年。
 行き違いや勘違い、その他諸々が原因で戦わざるを得なくなった彼との戦いは……今の状況以上に絶望的だった。こいつのような理不尽な不死身ではなかったものの、それを補って余りあるくらいの、純粋な『強さ』があった。

 もっとも彼の場合は、なぜか終始自分達を殺さず無力化するつもりで戦っていた……どころか、そもそも戦いたくすらないと思っていたようだ。
 ……理由は教えてくれなかったが、彼は優しい男だ。この短い付き合いの中でもわかってしまうくらいに。よほど親の教育がよかったのだろうとリリンは思っていた。

 ミナトとの戦いに比べれば……この敵はまだまだ弱い。

 しかし、ミナトと違って、確実にというか、明らかに自分の命を奪うつもりで襲ってきた。

 油断していたわけではない。ただ、単純にまだまだ自分の考えや判断力が甘かった。
 その結果がこれだ。

(これがミナトなら、こんな状況でも自力で打開するか、そもそもこんな状況にはならなかったんだろうなー……めっちゃ早いし強いし、何より頑丈さが反則レベルだもん。……っていうかさっきから私、ミナトのことばっか考えてるな……これから死ぬってのに緊張感ないというか、何でこんな今わの際で彼のことが……え、何で?)

 緊張感がないことを考えていることを自覚しつつも、なぜかそういう思考をやめる気になれないリリン。

(ひょっとして私、ミナトのこと好きだったとか? 人生の最後に思い出すのが、仲間達じゃなくてミナトのことってくらいだし……うわ、ちょっと恥ずかしい。……そんで悔しい。こんな状況になるまで自覚できないとか……恋心を自覚した1秒後に死亡とか、笑えない……いや、別に恋心なのかどうかはまだわかんないんだけど、でもやっぱこんな時に彼のことばっかり思い出す理由なんて外に何も…………あれ、ちょっと待てよ?)

 そこまで考えて、リリンは……ふと思いついたことがあった。

 以前、ミナトとの雑談の中で……こんな話を聞いたことがあった。
 それはちょうど今のような、『死ぬ前に時間がゆっくりになる的な現象』……についてだった。
 人によってはその時、自分の人生全てをわずかな時間で振り返ったりすることがあり……それはいわゆる『走馬灯』と呼ばれる。

 ちょうど、ミナトとの戦いで無力化されたまさにその時のクローナやテーガンがそういった経験がある、ということも聞いていたので、話が弾んだ。

 その時に、ふいに思い出したようにミナトが、


『そういえば走馬灯って、何で見るのか知ってます?』

『何で? ……そういや、見るものだとは聞いて知ってたけど、見るのに理由があるってのは……あんまり聞いたことないな』

『死に際の極限の集中力の中で……ほかに考えることがないから自分の人生振り返っとるとかではないのか? それだけの集中の中なら、今の状況把握するだけじゃすぐ終わるじゃろうし』

『いや、そんな暇つぶしみたいニャ……でも、確かに聞いたことないニャ。ミナト君は知ってるの?』

『まあ、僕も本か何かで読んだ程度の知識なんですけど……あれって、死を前にした危機的状況に陥った時に、今までの人生を超スピードで振り返って、その中から打開策を探し出したり思いつくために脳が本能的に行っているものだ、っていう説があるんですって。まあ確かに、生物の本能としてはそういう機能もあってもおかしくないな、とは思いますけど……』

『なるほど、一理あるわね。……でももし私だったら、色々思い出とか浮かんでくるの見入っちゃって、打開策とか探しきれないうちに終わっちゃいそうだなー』

『あーあるある、掃除とかしてる時に昔好きだった本とか見つけてついつい読みふけっちゃうやつね。永遠に掃除終わらないんだそれで』

『うわあ、生存本能意味ない……でも正直僕もやりそう……』


(……そうそう、そんなこと話してたっけ……でも、っていうことは、え? 今のコレも、必死に私の本能が『打開策探せ!』って頑張ってくれてるのか……あーじゃあ頑張って打開策探さないと悪いな……って言っても、1秒後に死ぬようなこの状況からどうにかすることなんて……)

 そこまで思って、リリンは……思い至った。

(……いや、いた。そんなことやってた奴が)

 思い出すのは、ミナトとリリン、それにテーガンとアイリーンが戦ったときのこと。
 連携攻撃を何十回、何百回と叩き込んだ末に、鉄壁の防御力を誇っていたミナトがようやく体制を崩し……決定的な隙をさらした、あの瞬間。

 同時に攻撃したリリンとテーガンの、それぞれ必殺の一撃。
 いくらミナトでも、これは防げないし避けられないし耐え切れない。一瞬後には決着がついている。そう確信できた……しかし、次の瞬間、ひっくり返された。そんな、一瞬の攻防。

(あの時、ミナトは確かに……絶対に防ぎようがない私達の攻撃をさばききって……それどころかテーガンに致命打を与えてみせた……そうか、あれなら……!)


 あの時ミナトが一体何をしたのか、リリンにはわからなかった。
 後から聞いても『さすがにそれはちょっと……』と、ミナトは教えてくれなかった。……教えたそうにしていたが、教えられない、とでもいうような態度がなんだか不思議だった。

 けど、それで諦めることはできず……クローナやテーガン、アイリーンといった知識層や戦いの専門家も巻き込んで『あれは何だったんだ会議』を開き、その内容を大まかにでも解明しようとあーだこーだ議論をぶつけて……

 そして、合っているかどうかはともかく……おそらくこんな感じではないか、という結論を出すことに成功していた。
 ……もっとも、それはそれで『こんなんできるわけないだろ』と放り投げるしかないような、ハチャメチャな内容ではあったため、結局それをリリンは再現できなかったし、しようとも思えなくなっていた。

 仮にこれが合っていたとして、ミナトはやっぱすごいな、と思うくらいになっていた。

 けど、今、それができなければリリンは死んでしまうという状況にある。

 普通に、常識的に考えて、できるはずがない。でも、できなければ死ぬ。
 それに、ミナトにはできた。……だったら。

(私ができないまま諦めるわけにはいかないわよね! ミナトにできたんだから……私にもできるはず! ……何でこんな風に考えちゃうのかわかんないけど、それでも……! こんなところで終わるくらいなら……常識でもなんでもぶっ壊してでも、何だってやってやろうじゃない!)



(『否常識』上等! アイリーン達にもさんざんいつも言われてるんだ……私は、夢見がちな無双者で……でも、それを力ずくで手繰り寄せていつも現実にしちゃう……『デイドリーマー』だって!)



 そして、次の瞬間。


 ―――バキィ!!


「ぐっ……!?」


 1秒後には、リリンの喉を貫いていたはずの、光の刃。
 それはなぜか、何も捕らえることができずに空を切り……

 バイラスは、目の前にいたはずのリリンに……背後から蹴飛ばされて、床に転がっていた。

 一瞬、と呼ぶこともできないほどのわずかな間に、劇的に状況が変わっていた。

 バイラスはもちろん、それを見ていたクローナとエレノアも、きょとんとしている。
 絶対にかわせないと思っていた攻撃をあっさりとかわして、なんなら余裕をもってリリンがそこに立って反撃までしていた。

 しかも、それをやってのけたリリン自身が……どこか『何今の?』とでも言いたげな顔になっていた。

 その状況を見て、わなわなと震えるのは……蹴飛ばされたバイラスだった。

 ダメージは全く大したことはない。『復活』しなくても、治癒能力だけで一瞬で回復する程度の傷でしかない。
 しかし、今目の前で起こったこと……それが何なのかを、バイラスはこの場の誰よりも正確に理解できていた。できてしまった。

「馬鹿な……そんな……それは……!」

 ゆえに……震えをこらえることができなかった。
 何せ、自分の予想が当たっているのであれば……今リリンがやってのけたそれは……自分にとって最悪の能力を、今まさにリリンが目覚めて、手にしてしまったということだから。



「覚醒、したのか……!? 今、この状況で……『ザ・デイドリーマー』に!?」



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