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第16章 摩天楼の聖女
第284話 セレブ入門とテレサの依頼
しおりを挟む連絡を取ってみたところ、ジェリーラ姉さんとノエル姉さんの予定が空いてるところが、うまいことかぶらずに存在してたようなので、その時間をもらうことになった。
現地で教えてくれるそうだ。
遊び方……というか、何というか、金の使い方を。
未だに、一部を除いて価値観が一般庶民な僕には、ありがたい話である。
しかし、そういう場所に出入りするには、当然相応の作法とか知識が必要になる……とも聞かされ、現在僕は、
「はいストップ! ミナトさん、パンは食べる分だけちぎって食べてください」
「は……はい……。じ、じゃあ次はお茶……」
「ストップです。ミナトさん……ティーカップの取っ手の穴に指を入れるのは……」
「えぇ? マジで……じゃあコレ何のためについてんの?」
「つまんで持つのよ。指を引っ掛けちゃダメ」
ナナ、アリス、クロエの、『元』含む貴族3人娘に、マナーというものを習っていたんだけども……これが結構きつい。
細かいし、意味がよく分からない内容のそれが多くて……何度頭の中で『何でそんなとここだわるんだよ!』って、誰に対してかわからない文句をつけたか……。
「……はぁ……『クトゥルフ』よりマナーの方が強敵だ……」
「ミナトの頭なら、覚えるくらい楽勝なんじゃないの?」
「いや、ほら……教えてもらってるとこ失礼を承知で言うけど……興味ないことって覚える気になれないじゃん。というか……生理的、本能的にこういう細かいの苦手だわ」
招待されてる例のイベント……『シャルム・レル・ナーヴァ』は、それ自体が公的な、華やかさや礼儀正しさを求められるイベントらしい。普段そう言うのとは無縁の冒険者、それを承知で招待してくるんだから、多少は大目に見えてもらえると思うけど……一応、気を使うべきだろう。
今までそういう関係で招待されたのって、ネスティア王都の時と、こないだのフロギュリアの時くらいだけど……どっちもそんなにうるさくは言われなかった。
けど、ネリドラいわく……あそこにはそういうの気にする、うるさい連中も多いそうで。
なら予習しとこうか……と、そんな風に考えて始めたこの講座だけども……苦戦中。
「もっと細かい、気が遠くなるほど精密で繊細な細工物とか普通にやれるくせに」
それとこれとは別。
それに僕……食事ってものは、味と量さえ満足できるレベルならそれでいいと思ってるし。
僕の持論だけど……食事ってのは、一人でも大人数でも、にぎやかにでも静かにでもいいけど、楽しんで、幸せにやるべきものだと思うんだ。味はもちろん、匂い、食感、見た目、噛む時に顎に伝わる振動や音に至るまで、それにきちんと意識を向けて一口一口をあ痛っ。
「言いたいことはわかるけど、必要なんだからきちんとやんなさい」
……また口に出てたのか。
エルクからぴしゃりと、ツッコミと共に注意が飛んできました。
仕方ないので、次々にシェーンやコレットが運んできてくれる皿の料理を食べながら、その都度マナーを指摘されていく。
……まずどの程度マナーを知ってるか見てから、どう指導するか決める、ってんで、ナナ達に言われてやってるけど……きちんとまず教本とかで、1からどころか0から予習してからやるべきだったんじゃないかな……こういう知識、僕、皆無だもん。
「全く……ホントに興味のないことは覚えようともしないんだから」
「別に指導しようと思ってた、宝石・貴金属類の鑑定技能や知識なんかは、独学で、私たち以上のレベルまで普通に修めてましたから省けるとしても……なんというか、あらためて思いますけど、ミナトさんって知識の有無がちぐはぐですよね」
「興味を持ったことに集中して学ばれたということですし、仕方がないのではないでしょうか? とりあえずこれは……やはり一から確認するつもりでやった方がよろしいかと」
ナナとアリスが言う通りかもな……自分が思ってる以上に何も知らなすぎる。
どうするのかも……どうしたらいけないのかも。
「ま、時間はあるし……ゆっくりやろ」
クロエもそう言ってくれてるので……今日はこの皿で終わりにしよう。
そして後で、誰かに頼んでマナーの入門書とかないか、手に入らないか聞いてみよう……。
オリビアちゃんとか知らないかな? あ、どっちかって言えば同じような境遇のルビスもいいかも。今回来るらしいし……あ、でもヴィットさんの鬼指導入ってるんだっけ? うーん……
―――♪♪♪ ♪♪♪ ♪♪♪
「うん? ごめん、ケータイ……はいもしもし? アイドローネ姉さん?」
『ミナト、ちょっとそっち行ってもいい? 届け物』
数分後、リビングで落ち合ったアイドローネ姉さんは……結構分厚い書類の束を持ってきた。
ウォルカのギルド本部から送られてきた『依頼』のデータをプリントアウトした奴だな、あれは。
いつもは、その中からよさそうな奴を選んでリストを作ってくれて、その中から僕が選んで受注する……って感じのことをやるわけだけど……何であんなにいっぱい?
もともと、ここに送信される依頼の数は、決して多くはない。
SSランクの僕に依頼するってことは、それだけの難度ってことだし……ランクの低い依頼はまず回ってこない。最低でもAAAランクのはずだ。そこからさらに厳選される。
にもかかわらず、あんな量の依頼が一度にあるってことは……もしかして。
「アイドローネ姉さん、それ……もしかして」
「うん……来月の『シャルム・レル・ナーヴァ』絡みの依頼」
やっぱり。
聞けば、依頼人はそのイベントに参加予定の貴族やら大商人……その他、各業界の名士の方々。
近頃物騒だし、そのうちの幾人かは、例の『蒼炎』の暗躍や、標的の1つが『シャラムスカ』だっていう噂もあって、強い護衛を連れて行こうと色々手を打っているそうだ。
自分のところの私兵とかはもちろん、傭兵や、冒険者なんかにも声をかけて。
で、対外的に『最強の冒険者』ってことで名前を知られている立場の僕にも、話が来てると。
僕自身招待されているわけだけど……招待客、兼、護衛……って感じでできなくもないしね。
……うん、やる気が出ません。
しかし、そのへんはアイドローネ姉さんもわかっているはず。僕が貴族とかあんまり好きじゃなくて、その手の依頼を受けるつもりはないってことは。普段からそうだから。
加えて……僕のところにも招待状が来たから知ってる。
このイベントは、かなり日程としては長い。そんな長い間、偉そうにふんぞり返って見下してくるような貴族と一緒とか、ごめんだ。
前に一回護衛依頼受けた時なんか、偉そうにして視線・言動ともに見下してくるわ、エルク達を口説こうとするわ、依頼内容にないことまで手伝わせようとするわ、装備品やマジックアイテムを欲しがって『売れ』とか言ってくるわ……散々だったもんな。
その後、例の師匠の100年前の一件のぶり返しにならないように、ネスティアの王様から謝罪文届いたんだっけ……必死だな。
聞いた話じゃ、そうそういない大ハズレの部類だったらしいけど……その一件で嫌になって……まあ、それ依頼、貴族関係の依頼は受けてないわけだ。
それでも持ってきたってことは……その、今持ってる依頼の『依頼人』が、特別だってことか。
アイドローネ姉さんは、何も言わずに、ばらっと紙束を、重ならないようにテーブルに広げた。
依頼人の名前欄が見えるように置かれているそれを見て……納得する僕。
なるほど……門前払い、っていう扱いにはしない、しづらい、できないようなラインナップだ。
相当に地位が高いか、あるいは、僕の顔見知り……って感じの人たちだな。
「……とりあえず、国や所属、地位の高さは関係なく、顔見知り以外はアウトで」
「じゃあ……ここからここまで」
広げられた中から一部を選んで取り除き、持ってきた封筒に戻すアイドローネ姉さん。
さて、残るは……と。
……主に、事前に出席予定を知ってた面々から、予想通りに依頼が来た感じだな。
ネスティア、ジャスニアの王家……フロギュリアのオリビアちゃん家……ニアキュドラのレジーナに……
(…………ん?)
その中に……ちょっと意外な名前を見つけた。
ついアイドローネ姉さんを見るも……『間違いとかじゃない』とのこと。つまり、ホントにこの人が……僕に依頼を出してきたと?
……いや、今確認しておいてなんだけど……ホントに何かの間違いじゃないの?
普通に考えてこの人が僕に『護衛依頼』とか……出すはずないよね? だって……
……僕より明らかに強いじゃん。
☆☆☆
で、電話で話を聞いてみたところ……
「護衛の依頼じゃなくて、警備の依頼?」
『ええ、そうなの。小間使いの子に頼んで出してもらったのだけど……ちょっと行き違いがあって勘違いさせてしまったようね』
テレビ電話の向こうから、そう、申し訳なさそうに言ってくるのは……僕の母さんの昔なじみ。
『聖王』の名で知られる、元『女楼蜘蛛』の1人……テレサさんである。
こないだも、フロギュリアでの一件の時にお世話になった人である。
最終決戦の時、『邪魔しちゃ悪いかしら』って僕VSクトゥルフの戦いを傍観してて、その他の細かい魔物を撃ち漏らさないように立ち回ってくれてたそうだ。
……あなたが参戦してくれてれば、多分1分かからずに終わったと思うんですがね。
まあ、別に、頼りきりになりたいわけじゃないし、自分が受けた以来だから、文句はないけど。
しかし、そのテレサさんが何で僕に護衛の依頼なんか……と思って連絡を取ったら、今言ったような意味の取り違えだったというわけだ。
何でも、例のテロリストをはじめ、物騒な噂の数々はテレサさんも聞いて『怖いわね』と思っていたそうで。
無論、戦闘になればテレサさんが負けるとも思えないけど……敵の目的は、テロ。
正面から正々堂々来るはずもなく、そうなるとテレサさんも、百人力ってわけにはいかない。向かってこない敵まで全部察知して、全部倒しきれるか……っていうと、否だそうだ。
防衛となれば、どうしても『数』がいる。しかし、教会が手配する護衛とか警備じゃ限界があるし、それなら……ってことで、僕に話を持ってきた。
『参加者』である立場を利用して、何かあった時に、イベント参加者達や、建物の損壊なんかも極力守ってほしい、と。また、できれば犯人の検挙なんかもお願いしたい、と。
わざわざギルド通してくれたのはうれしいけど、それなら直接連絡くれてもよかったのに。
僕にとってテレサさんたちは、各国の王家以上に身近なものとして『身内』として見てる。最終的にギルド経由の依頼になるとしても、前もって渡してあるスマホでもなんでも使って、電話なりメールなりくれればよかったのにな。オリビアちゃんやドレーク兄さんとかはそうしてたし。
そう聞くと、
『それはそう思ったのだけど……ごめんなさいね、ミナト君。私、マジックアイテムだとはわかっていても……新しい道具とかって、どうも使うの苦手なの。だから、使い慣れてる手紙の方を選ばせてもらったのよ』
「まー、年寄りは新しいもん苦手だって言うしな、無理もな……」
『ミナト君、君の隣にいる吸血鬼に私の代わりにパンチをプレゼントしてもらえる?』
「………………」
板挟みやめて。
師匠も、ここにいなくて逆襲される心配ないからって煽るのやめてくださいマジで。テレサさんモニター越しでもわかるくらい怒りオーラ出てますから。
フロギュリアの時もそうだったけど、うっかり口滑らしたあんたが粛清されかけるから、通信に同席するのはいいけどくれぐれも気を付けてってさっき言ったばっかじゃないですか。
そのあと数分かけてどうにかテレサさんをなだめ、ついでに師匠に御退出願って、詳しい話を聞いた。それによると、他の人の護衛をしながらでいいから、会場全体にも気を配っていてほしい、ということのようだ。
しかも……『念のために』とは言っても、テレサさん結構マジらしい。
テーガンさんとエレノアさんも呼ぶんだってさ。ガチじゃん、警備体制。
テレサさん自身と、僕と一緒に行く予定の師匠も含めれば……女楼蜘蛛4人か。もうこれで鉄壁じゃないのか警備?
まあ、そうは言っても、少数精鋭って体制は防衛には不向きだから……その分万全を期したいんだろうな。僕なら最悪、自分が動けなくても『CPUM』で頭数増やせるし。
要人がいるパーティーとかで出しても問題なさそうなの、今から作っとこうかな。
『もちろん、護衛として守るべき人の警護を優先してもらって構わないわ。本命のガードはエレノアとテーガンに頼むから。ただ、余裕があればミナト君にも動いてほしいし……ミナト君は2人と違って、色々なことができるオールラウンダーだから、頼りにしたいのよ』
そう言ってもらえると、こっちとしても悪い気はしないというか何というか。
「まあ、そんな感じでよければ……でも、お察しのとおり、知り合いの王家やら重鎮から軒並み護衛依頼が来てますから、どういう感じにするかは、後で相談させてもらっていいですか」
『もちろん。こちらの警備に必要な情報も、後で用意しますね。それと……クローナもちゃんと連れてきてくださいね? うふふふふ……』
あ、だめだコレ、なだめられてなかった……時限爆弾に変わっただけだった。
そのまま通信を終えて……考える。
……どうしたもんか。
今言った通り、知り合いの王族貴族から軒並み護衛依頼来てるしな……
だが、よくよく考えてみれば……あの人たちが『競って』僕に依頼をしてくる、ってのもおかしな話だ。僕の体は1つだし、『邪香猫』も1チームしかない。人数も多くはない。
すぐに気づくだろう。自分たちと同じように、他の国の重鎮たちも僕に依頼してくるだろうと……そして、僕が、特に仲良くもない連中の依頼はさっさと弾くだろうことや、その後誰の依頼をどう受けるかで悩むところまで。
そして、僕自身が招待客であるということに気づくのにも、そう苦労はするまい。
ということは……これらの依頼は、それを承知で送られてきてると見るべきか。なら……
(まさか……全員分一度に受けろってか?)
……ありうるな。
各国、自分のところからも護衛は持ってくるだろうし……それに、万一の時に助けてくれるプラスアルファ、みたいな感じで僕に声をかけたと見れば納得がいく。
本来、SSランクの僕を『プラスアルファ』なんて立ち位置で雇うなんてのは、自画自賛だけどありえないと言っていい。けど今回みたいに、取り合いになることがほぼ前提で、しかし取り合う面子がほぼ顔見知りか、利害関係を一致させる間柄であれば……広く浅く、という選択もアリだ。
それに、さっきテレサさんが言ってたように、僕には色々と、自分自身が動けなくても護衛対象を守ることができる手札がある。マジックアイテム、CPUM、その他諸々……それを当てにしてる部分もあるんだろうな。
「……というかコレ、こんな考えて予想せんでも、直接連絡して答え合わせすれば一発だよね」
「でも、もう夜だから、また明日……私も眠い」
なるほど。それもそうだ。
明日以降、詳細を……ギルドもそうだけど、ドレーク兄さんとかに問い合わせて確認することにしよう。オリビアちゃんもだな。
仮に僕の予想通りだった場合……まあ、期待に応えると思って頑張りますか。
マナー講座その他と並行して、護衛任務とかに使えそうなものの開発を進めよう。
……それにしても、
行った先でヤバいトラブルが発生する、ってのは何度もあったけど……可能性がある、ってレベルだとはいえ、最初からヤバいトラブルが発生するとわかっている場所に行くのって……何気に初めてかも?
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