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第22章 双黒の魔拳
第540話 暴君の最期
しおりを挟む「何だ、今の男は……次から次へと……!」
突如として現れたかと思ったら、数秒と経たずにその場からいなくなったミナト。
一応は協力者であるハイロックを、一瞬にしてその場から退場させた謎の人物に、ジャバウォックはいら立ちを募らせるが、どうにかそれも抑え込む。
ここに居もしない相手にいらだっている場合ではないのだ。気を抜けば、間違いなく自分の喉元に刃を突き付けてくる存在が、今まさに目の前にいるのだから。
邪魔ものがいなくなり、再びジャバウォックとの戦いに集中するように、強い意志のこもった目でにらみつけてくるゼット。
『今度こそ、決着をつける』……とでも言いたげなその目に射抜かれながらも、ジャバウォックは恐怖や動揺をはるかに上回る怒りと、それを支える自尊心、ないしプライドから熱を呼び起こし……体中に巡らせていく。
高まる魔力を全身にくまなく纏い、文句なしの臨戦態勢に体を持って行った。
先ほど、ブレスの暴発で顔面に、しかも口の中から受けた深刻なダメージは抜けきっていない。いかに強大な生命力を持つ龍といえど、内側から牙を吹き飛ばすほどの衝撃が炸裂したとなると……再生までには時間がかかるのは明白。
その間は、満足に歯を食いしばることも難しいだろう。
しかし、当然ながらゼットがそれを待ってくれるはずもない。
ジャバウォックもそれを理解していたがゆえに、短期決戦でこの場を切り抜ける、あるいは隙をついてラインから逃げることを考えて……
(くっ……この我が、逃げることなどを選択肢に入れて戦わねばならぬなど……! この屈辱は決して忘れん……ただ殺すだけでは済まさんぞ、黒い龍!)
色々なものを棚上げして勝手に怒り、ほとんど逆恨みに近い怒りをゼットに対して抱き……そして、咆哮する。
同時に、全身にみなぎらせていた魔力を一気に高め、全身を最大限に強化した状態でゼットめがけて突撃していく。
大きく振りかぶった腕を、大槌のようにゼットめがけて振り下ろす。
それをやすやすとかわすゼットだったが、ジャバウォックの今の攻撃はフェイク。
振り下ろしてそのまま降りぬく……かと思われた腕を素早く切り返し、裏拳の形にしてゼットめがけて追撃の一撃をふるう。
しかしその一撃は……ゼットが邪魔だ、と言わんばかりに、虫でも払うように振るった腕での雑な一撃に遮られ、いとも簡単にはじかれ……防がれてしまった。
それどころか、そのゼットの拳の勢いで――自分よりも何十倍、何百倍も小さな龍が放った一撃で――体勢を崩される。のけぞるほどに大きな衝撃で強制的に体がよじれ……しかし、そのことに怒るより先にゼットの追撃が飛ぶ。
ブースターから琥珀色の炎を噴射して飛翔し、同じ色の複雑な軌道を描いて飛んだゼットは、ジャバウォックの防御をかいくぐって懐に飛び込む。
が、それを読んでいたジャバウォックは、口の中に瞬時にチャージしたブレスを放ってそれを迎え撃たんとする。
全力で放った時ほどの威力はでなくとも、ひと呼吸で放射するブレスとしては破格の威力。十分に地形を変えるだけのそれを有していた。
全力で突っ込んでくるのであればよけられまい、と考えての攻撃だったが、その予想をいとも簡単に覆し……ゼットはほぼ直角に方向転換して真上に飛んでいく。
そして、その背後から……無数の鱗の棘……否、ミサイルが代わりに飛んできた。
ゼットによる攻撃を読んでいたジャバウォックだったが、ゼットの方はその迎撃すら読んでいた。
是中にある琥珀色の突起と鱗をミサイルに変え、自分が突撃する軌道に隠して放つことでジャバウォックから見えなくしていたのである。
そして。ゼットの飛翔速度とほぼ同速で突っ込んできたそれを、ジャバウォックのほうこそかわすことはできず……鱗のミサイルは全弾見事に口の中に命中し、炸裂。
チャージされていたブレスを誘爆させ、またしても内部から甚大な被害をもたらした。
「がぁぁああぁっ!?」
怒号とも悲鳴ともとれる叫び声をあげるジャバウォックだが……繰り返すが、ゼットが体制を立て直すのを待ってくれるはずもなく。
万が一ブレスが放たれた時を考えてか、一気にかなり離れたところにまで退避していたゼット。
今度は背中の突起と鱗を使い、さらに大型のミサイルを無数に作成し……遠距離から雨あられと降り注がせる。
ジャバウォックのサイズからすれば、それでも小さな棘に等しい程度の大きさしかないが……その1発1発には、ゼットの胸に光る『生体魔力式縮退炉』によって生み出された膨大な魔力が込められており、まさしくミサイルかと思えるような威力を有している。
甚大なダメージに加えて絨毯爆撃に等しいそれを浴びたジャバウォックは、怨嗟の咆哮を上げるも、動くことができない。
計算されて降り注ぐミサイルが、回避しようとする方向からさらに回り込んで襲ってくるため、その場に縫い留められてしまっている。
その自分で放ったミサイルの弾幕を支援砲撃代わりにしてゼットは突撃し、今度こそ邪魔されることなくジャバウォックの懐に飛び込む。
そして、衝角のように鋭く突き出した角を中心にして高速回転。さらにそこに全身のブースターを噴射させた勢いを上乗せし、琥珀色の魔力光をまとって……まるで、一条の黄金の矢、あるいはドリルのような姿となって……ジャバウォックの心臓めがけて突貫した。
その瞬間、これまでで一番……あえて言うならば、今まで生きてきた中で最大の命の危機を感じ取ったジャバウォック。
それを裏付けるかのように、
胸の鱗に触れたゼットの一撃は、いとも簡単にジャバウォックの鱗を砕き、肉を切り裂き、えぐり、押しのけ……その感触が妙に生々しく、はっきりと感じ取れた。
ジャバウォックは、その感覚が、死の間際に時間がゆっくりになるというそれ……『走馬灯』に等しいものだと気づくよりも先に、反射的に体が動いていた。
降り注ぐミサイルの弾幕の中、強引に体をひねり、さらに限界まで筋肉を強化して硬質化させることでどうにかその軌道をずらし……致命傷を避ける。
結果、ゼットの一撃による被害は、胸の一部と、片側の腕と翼をえぐり飛ばすのみにとどまった。
それでも、ここにきて生じた、目に見えるダメージ……を通り越して、欠損である。
十分、というか明らかに致命傷ではないかといえるような大傷であるが……ジャバウォックの生命力からすれば、これでもなお、相応に時間……ないし、期間をかければ自己再生が可能な範囲だった。
しかし、さすがに戦闘の続行は不可能。
片腕に片翼では、膂力も機動力も半減以下。万全の状態でなお圧倒されていたゼットを相手に戦えると思うほど……ジャバウォックも愚かではなかった。
「おのれ……おのれぇっ……! この我が、このような無様をさらすことになろうとは……絶対に許さんぞ、黒き龍め……!」
底知れぬ怨嗟の込められた声ではあるが、はたから見れば完全に負け惜しみにしか聞こえないそれが響く中、ゼットは突撃に制動をかけて振り向き、すぐさま追撃を狙う。
しかしその時にはすでにジャバウォックは、残った腕に魔力を集中し……自分の頭ほどの大きさの火球のようなものを作り出していた。膨大な魔力が込められているそれではあるが、しかしそれでもゼットを仕留めるに足るかと問われれば不安が残る。
が、それはゼットを攻撃する目的で作られたものではない。
直後、ジャバウォックがそれを放り投げると……火球は強烈な閃光と膨大な熱、そして衝撃波を放ちながらさく裂し……目くらましになった。
さすがに一瞬動きを止めるゼット。
その隙を見逃さず、ジャバウォックは……逃走を図る。
(今はいい気になっているがいい……ひとまずここは引いてやる……! 戦いの中、新たな『龍王』の手に、牙にかかるならまだしも……『渡り星』の龍ですらない貴様に、この我が負けるわけには、ここで滅ぼされるわけにはいかん!)
ジャバウォックは片翼を懸命に動かして飛び、目指す先にあるのは……自らが通ってきた『ライン』。宇宙空間を突破して、故郷である『渡り星』につながる一本道。
この『ライン』を使えるのは、ごく限られた龍のみ。それは、『渡り星』の龍の中にもほんの一握りしかおらず……当然、地上にいる龍――ジャバウォック曰く所の『劣等種』ないし『下等種族』――には使えない。
故に、ここを通って『渡り星』に帰ることさえできれば、この黒い龍は手出しできない。いや、帰るまでいかなくとも、ラインの力場の中に入りさえすれば……外からの干渉は届かなくなる。
そう考えて、ジャバウォックは光の中に飛び込もうとする。
……確かに、ジャバウォックが認識しているとおり……そのようにできれば助かっただろう。
しかし、彼にとっての誤算が1つ。
光の中に飛び込めば助かる……しかしそれは、彼と同じように、その『ライン』に干渉できる者が、他にいなければ……の話だった。
―――ガ ン !!
「!?」
一瞬、ジャバウォックは何が起こったのかわからなかった。
しかし、わかったらわかったでもっと困惑した。
入れない。
自分を受け入れるはずの、自分ならば使えるはずの光の柱の中に……まるで拒絶されるように、入ることができない。
飛び込むつもりが、激突してはじかれてしまった。
困惑するジャバウォックの目の前で、光の柱がうっすらと透明度を増していき……
「……っ……貴様ぁぁああぁ!!」
「久しぶりですね、ジャバウォック……なんともまあ、無様な姿になったもので」
先客が、そこにいた。
彼にとっても見覚えのある、白い鱗にすらりとした体躯の龍が。
その龍……『メテオドラゴン』のテオと、さらにその背には、自分があの時殺しそびれた人間の少女……エータも乗っていた。
彼女達がすでにラインの中に入り、外部からの干渉を妨げて……それこそ、資格を持つ龍ですら入れなくしているのだと、一発で分かった。
人間であるエータはラインの中に入れないはずだが、恐らくはテオの力による後押しと、エータ自身が『ドラゴノーシス』の感染者……すなわち『龍の巫女』であるがゆえに、一緒に入ることができたのだろう。
「あなたを逃げさせはしませんよ。父母を殺した恨み、友誼を結んだ地上の皆さんの恨み……晴らさせてもらいます。それらに加えて……『龍王』になったのでしょう? 最後まで逃げずに戦ったらどうですか。『龍王』が敵に背を向けて逃げるなど、皮肉抜きにどうなのかと思いますよ」
「っ……貴様、何をわかっ―――」
何かを言う前に、ジャバウォックの巨体は……真下に回り込んで激突してきたゼットによって打ち上げられ……そのまま空高く持ち上げられて、ないし押し上げられて飛んでいく。
今度のゼットは回転してはいない。
ゆえに、貫かれることこそないが……その勢いは止まらない。
どんどん押し上げられる。
満身創痍で満足に抵抗もできないまま、雲を超え、さらに上へ。
まるでロケット発射時のような、大気圏を突破するのではないかとすら思えるほどの勢いで……周囲の空間が暗くなり始めるくらいにまで飛ばされた。
そこまできてゼットは急制動をかけて停止し、ジャバウォックの体は慣性により、そのままの勢いで放り出された。
その眼前で、ゼットは『縮退炉』をフル稼働させてすさまじい魔力を練り上げ……同時に翼を大きく広げ、体全体に魔力を漲らせ、纏っていく。
冗談のような密度の魔力が全身を包んでいき……ゼット自身が黄金の光を放っていく。
その光に、黒い『闇』の力が混じっていく。
まるで、胸にある『縮退炉』の中にあるブラックホールから染み出したかのような……あるいは、この力を託した好敵手……ミナトが得意とするがゆえに顕現したかのような、漆黒の、底知れない闇。
ジャバウォックは知る由もないが、夢の中で彼と模擬戦を幾度となく繰り返していたミナトが……『絶対に地上に向かって撃つなよそれ』とまで言っていた、最も強力で、最も危険な技。
それが混ざって不思議な、しかし凄絶な色合いとなった光が、ゼットの全身を包んでいき……ゆっくりと口を開くと、その中に……破滅の光が見えた。
その瞬間、ジャバウォックは……逃れられない結末の到来を悟る。
そして直後……カッ、と大きく開かれたゼットの口から、目の前にあるもの全てを消滅させる、恐ろしいほどのエネルギーが凝縮された破壊光線のブレスが放たれた。
ゼットの体内で凝縮されていたのであろうそれは、放たれると同時に、ゼット自身の体長の何倍もの太さになり……よけることのかなわないジャバウォックは、飲み込まれ……細胞のひとかけらも残さず、消滅した。
己のエゴのままに地上を蹂躙せんとした暴虐の龍は、宇宙空間にほど近いところでその生を終え……それを滅ぼした黄金と漆黒の混じった光は、虚空のかなたにまで飛んで行って消えた。
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